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【 第10回・最終回 】

「はい、皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。当『L’ombre blanche』でこのご挨拶をするのも、いよいよこれが最後ということになってしまったんですけれども…。はい。」
「いやぁ迎えちゃったねー最終回。ホッとするような寂しいような、複雑な心境だぜよ今。しかしこの最終回については、見終わった直後には何とも割り切れない、イヤーな気持ちがなかったと言ったらウソになるんだけどね。時間をおいてあることに思い至って、それから今日この座談会でこれをUPする時まで、私はずーっと、このドラマの意味を自分なりに考えてたような気がするな。自分の中でどうまとまりをつけるか、無理なく納得するか、肯定するか…。語弊はあるけど私はそのために、この『L’ombre blanche』をやってた気がするね。」

「そうですか。…で、決着というか、まとまりはついたんですか。」
「お蔭様でつきました。きっちりと、納得のいくカタチで。と同時にね、ドラマというものは解釈まで含めて1つの作品なのかも知れないと思ったね。吾郎先生じゃないけどさ(笑) もちろんドラマの見方は人それぞれなんだから、いいや私はそう思わない!って人がいるのは当然。ゆえにこれは木村智子という人間が見た、ドラマ『白い影』についての感想ですよってことで述べさせて頂ければと思う次第よ。」
「へぇぇ。何だか謙虚じゃないですか。落ち着いた感じがしますね、珍しく。」
「そっか? もぉ今ではスタッフの皆様に心から感謝しつつ、このドラマのラストに捧げる、究極のヒトコトを叫ばしてもらうだけだね。」
「究極の一言って…それはもしかして、”あれ”ですか?」
「そう。究極のヒトコトっていうのはまさに”それ”。さぁさぁあんたも言いなさい。せーの、…」
「え、僕も言うんですか? いいじゃないですか智子さん1人で。」
「だめだめだめっ。メイン・パーソナリティーとしてキミも声を揃えておくんな。いい? いくよっ。せーのっ!」
「「中居正広っ、万歳―っ!!」」


■直江の寝室■

「…何だかしょっぱなからのせられちゃいましたけれども、ええと、このシーンはあれですかね、まさか倫子はベッドまで直江を抱えてきた訳じゃないですよね。」
「んー…(笑) それはまさに、さんまさんと玉緒さんの『夢かなえたろか』を彷彿とさせる展開だけども、まさかそれは違うっしょお。直江は朦朧とした状態で、倫子の肩につかまってベッドまで歩いてきたんじゃないの。ふらつく患者の扱いは倫子も慣れてるだろうし、何とか彼を支えて寝室に連れてきたんだと思うよ。」
「そうですよねぇ。倫子が直江を抱き上げてって、それはあり得ませんよね。」
「ありえない。ヤだそんなの。恰好の突っ込みどころだったとは思うけどね。疲れが溜まって貧血っていうのは、…まぁこれはアリか。男の人で貧血って滅多に聞かないけどねー。」
「男の貧血は珍しいですよ。会社で『俺、貧血なんだよ』なんて言ったら、何か病気なんじゃないかって思われますよ普通は。」
「だろうね。『水くれないか』って言って倫子を遠ざけておいて、直江は急いでカバンの中から白い薬包を出すんだけど、ここで画面にはやっぱり支笏湖の写真が映るよね。直江の最後の場所である湖が。彼の命が残り少ないことを表す場面には、必ず出てきたこの写真。」
「それがいよいよ最大クローズアップされる最終回ですからね。画面がここでタイトルバックになって、『白い影』の下に『Final』と入るのが、何だか感無量というか、しみじみとした溜息をつきたくなりましたね。」


■院長室■

「前回の第9回では背中で語る場面が多かったけども、最終回には何度か”背中合わせ”の場面があるね。ここでの院長と小橋もそうだった。」
「背中合わせ、ですか。そこにあるのは一種のもどかしさなんでしょうね。」
「もどかしさかぁ。そうかも知れないね。しかしここへ来て小橋だけじゃなく院長も、完全に直江の理解者になってるところに、私はこの最終回におけるスタッフの苦労を見る気がするよ。主人公の自殺という厄介な結末を、美化するのではなく、また否定するのでもなく、できる限りの救いを添えて描こうとしたんだねこのドラマは。言ってみればツベルクリンというか、ノンアルコールビールというか。」
「え? ツベルクリンがどうして出てくるんですか?」

「いや、毒素をギリギリ弱めてあるものの例え。小説とか映画に比べてTVドラマってさ、ものすごく裾野が広い訳じゃんか。千差万別玉石混合、日本全国津々浦々の善男善女が牛に引かれて善光寺じゃないけども、どんな嗜好を持っているか判らない大衆が、ぶわわーっと見てる訳だよね。そういう対象に向けて放つドラマからはさ、ある程度の毒を抜いとく必要があると思うのよ。
ほら市販の風邪薬って、医者が処方するほどの強い抗生物質は入ってないじゃない。誰が買って飲むか判らない薬に、そんな強いもの入れたら危ないよね。受け入れられない体質の人がうっかり飲んだら、それこそ命にかかわる大変なことになるかも知れないんだから。

それと同じでさ。主人公・直江庸介が、『確たる信念を持ち、医者としての誇りを孤高のものにまで極めて、ただ自分の望むまま凄絶に生きて死んでいく』って設定は、ちょっと現代の一般大衆にはストレートに受け入れられにくい危険性が…危険性っていうかクセというか、いってみれば”毒”があると思うのよ。これが時代劇かSFならね、世界観と価値観が丸ごと違うんだからそれは構わないけども、レッキとした現代ものだとちょっとキツいよな。よっぽどの消化酵素を持ってる人じゃないとアレルギーの発作起こすかも知れないやん。」
「なるほどね。『愛する人にも自分の病気を告げずに自ら命を絶つ』という設定は、市販の風邪薬では済まないレベルの劇薬作用があるということですね。人によっては過敏反応というか、拒絶反応を起こしてしまうかも知れないと。」

「うん。どっこい映画となるとね、これは医者の処方した薬だと考えていいと思うのよ。映画は観客が自分でお金払って見に行く訳だし、暗闇の中に隔離しての2時間だから、『これは物語なんですよ、作り手の創作世界なんですよ』っていう、意識というかメッセージを、伝えやすいと思うんだ。だから映画版『白い影』ならもう少しね、自意識を貫き通して死んでいく直江のストイックさ、みたいなのを前面に出しても叩かれないだろうけど、ばってんTVじゃそうはいかんよなー。苦労したと思うぜスタッフ。特に脚本。」
「ああねぇ…。かも知れないですね。『直江ってのは何て身勝手なエゴイストなんだ!』と思わせないために、いろいろな手を打ってある訳ですね。例えばこのシーンで、院長と小橋を直江の理解者にしておくとか。」
「そうそう、そういうこと。まぁあとは前回も言ったけど、そのあたりを一番効果的に薄めているのが、中居さんの持っている”たおやか”といってもいい線の細さ、アクのなさ、透き通った美貌なんだと思うけどもね。」
「ああ、出ましたね前回もそんな話が。」
「だからもうホントにホントに、中居正広万歳!なんだよこのドラマは。中居さんの持つあの雰囲気なくしては、成立しなかったと言い切るね私は。ここへきて。この最終回において。」
「まぁそれは言えてるでしょうね。企画者の腕なのかも知れませんけれども。」
「うん。見事に狙いにハマッたねこれはね。」


■直江の部屋■

「ここでちょっとだけ意地悪モードになっちゃったのは、直江の飲んでるこの薬が何なのか、倫子に調べる術はなかったのかなってことだねー。X線フィルムにはあれほど興味を示したのにさ、看護婦である倫子にとってはX線フィルムより飲み薬の方が、なんぼか調べやすいんじゃないの? てゆーか、あの袋を見ただけでピンと来ないもんなのかね。」
「うーん…。どうなんでしょうねぇ。似たような包みの薬はたくさんあるんじゃないですか?」
「まぁそう解釈するしかないけどさ。それとあと、どうして今まで話してくれなかったのかを聞くのは判るけど、『じゃあなんで今?』は判んねーなー。今そこで具合悪くなったからに決まってんじゃんかよぅ。ヘンなこと聞く女だぜ全く。」
「そんな、いきなり倫子嫌いモードに入らないで下さいよ。やきもちですか?」
「ああそうだよ悪いかよ。フン。『ありがとう話してくれて…』のあたりから、口調まで微妙に馴々しくなりやがってさー。フンフンフン。直江の肩に頭を乗せるとこでは、姿勢を変えるに合わせてソファーのレザーが軽く鳴るのが憎たらしいよね。フン。」


■三樹子の病室■

「確執が溶ける2人、って感じかなここは。院長と美樹子の心が、しっかりと向かい合ったっていうか。」
「この院長は今まで美樹子をいくら可愛がっていても、それはいわば赤ん坊を可愛がるのと同じ愛し方だったんですね。それがここで初めて、娘の意志を受け止めてやったというか。いいシーンですよね。」
「うん。直江と出会ったことによって、全ての登場人物が何らかの人間的成長をしているというのも、この脚本の周到なる仕掛けだと思うよ。結末がむごくなりすぎないように。直江の選択が反感を買わないように。」
「そういうことでしょうね。念入りに、周到に、外堀を埋めている感じがしますね。」


■志村宅■

「また踏切の音がする倫子のうち。マニュアルでもあるのかね。このシーンにはこの効果音を入れろ、と。」
「まぁそこまでチェックして見る人も少ないですよ。」
「まぁな。あたしもこの座談会やって気がついたもんな。大きなものから小さなものまで、ヤン坊マー坊じゃないけども色々と気づくんだよ、これやると。ホント。」
「それはそうでしょうね。またそれが楽しくて、手応えがあるからやっていられるんでしょう?」
「おっしゃる通りです。はい。…だけどもさ、ここでの朝食のメニューって、なんかものすごくアンバランスだと思わない? こたつの上にコーヒーポットと、この大型の洋皿。ミスマッチだよなぁ。」
「要はリアリティを出したいんじゃないですか? 普通の家庭の朝食って、そんなに気を使って作るものでもないでしょう。パンにおみそ汁に目玉焼きとお新香。こういう和洋折衷って実際は多いと思いますよ。」
「言えた言えた。トーストにわさび醤油塗って、味付海苔はさむと美味しいんだぜ。今度試してみ。」
「トーストに味付海苔ですか? それはまた、逆トレンディって感じで面白いですね。」


■院長室■

「アイアムいいわぁ星人としてはだね、このシーンを見ては大人しくしていらんないね。直江の顔色が悪いのはメイクだとしても、お顔だちがものすごく綺麗よねぇ…。ダークブルーのシャツがめっちゃくちゃよくお似合いで、たまらんねこの風情は。無敵だね無敵。無敵の中居ビジュアル。ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」
「はいはい万歳はもう判りましたから。僕はですね、画面の中で直江の真横にある壺が、妙に気になったんですけれども。」
「あ、それは私も同じ(笑) 特に意味はないと判っていても、ヘンな存在感あるんだもんねあの壺。」
「多分いいものなんだろうなって感じはしましたね。そういえば院長は壺集めが趣味でしたっけ。」
「そうだったそうだった。自宅にも壺がいっぱいあった。そんなシーンも語ったっけねぇ。」
「語りましたね。全10回というのはそれなりの長さですからね。頑張りましたよ我々も。」

「んだべさなー。っていきなり上京物語になってどうする。でもってここでの院長はさ、もう最高級にいい人だよね。娘に会っていってやってくれと言うのもそうだし、お帰りになる日をお待ちしていますよっていうのも、直江のことを、大きな心で信じたからこそ言えた言葉でしょう。直江の病状を院長は知ってるんだから、この時期に休みを取るというのが、単なるリゾート気分じゃあないのは判ったはずだよね。まさか死にに行くとは思ってないだろうけど、死を前にした最後の休暇だと、そんな風に思ったろうね院長は。」
「そうですね。これでもう戻ってこないかも知れないというのは、院長も予感したかも知れないですね。だからこそ祈りをこめて、『お待ちしてますよ』と言ったんじゃないでしょうか。」
「かもねぇ。MMの末期患者に残された時間がどれくらいかは、素人じゃあるまいし院長にも判ってたはずだしね。休暇が明けたら元気に出勤、なんてはずがないのは明らかなんだよね。」
「院長と直江の、別れのシーンだったんですね、ここは。」


■ナースセンター■

「このシーンにもまた、結末を悲惨にしすぎないための仕掛けがほどこしてあるね。この仕掛けは本当に丁寧に、最終回の至るところにちりばめてあると思う。」
「そうですね。倫子の、『嬉しいことも悲しいこともみんな患者さんが教えてくれる』っていう言葉はそのまま、嬉しいことも悲しいことも、みんな直江が教えてくれたという考え方につながりますからね。」
「その通りよ八重垣。しかもこの柴田2号や、意地悪お局だった婦長の優しさをご覧な。直江の死後、このひとたちは間違いなく倫子の支えになってくれるんだよね。」
「ええ。脚本がそのへんを実に注意深く、幾重にも組み上げていますね。」


■屋上■

「風の吹きしく屋上で、もうフロノスは届けなくていいと小夜子に言う小橋。このシーンはさ、今まで三樹子と小橋の会話によって説明していた直江の症状を、三樹子に代わって小夜子に対し小橋に語らせることで、視聴者に伝えてるんだろうね。」
「ああ、そうなりますね。直江の体はもうフロノスでもどうにもならない、モルヒネに頼るしかない状況になっているんだということを、このシーンの会話がなかったら視聴者は知りようがないですからね。」
「それとさ、ここでは小夜子もえらく哲学的なことを言ってるじゃない。自分は薬を扱う仕事をしているのに、目の前にいる直江1人助けられないなんて情けないって。こんな人間味溢れることを、この世で自分だけが可愛かったはずの小夜子が口にしてる…。制作側の意図は推して知るべしだなやっぱ。」
「直江と出会ったことで小夜子も、何かを得たということですよね。悲しみを通して、金や出世とは全く別次元の、もっと深くて大きなものを得たと。」
「うん。すっごいヒューマンドラマ仕立ての最終回だよねこれ。もちろんそれがちゃんと成功してるから、この終わり方はこれでよかったんだろうね。」


■ロッカールーム■

「しかしこうして1つ1つ追ってみると、今さらながらに徹底した、これでもかってばかりの直江擁護がされてるよねー。倫子のセリフの、『先のことよりは、今一緒にいることが大切。今が大事ってこと。』…これもさぁ、直江が思っているだろうこと、つまり倫子と過ごす最後の時間を大切にしたいって気持ちに、ぴったり沿った考え方だもんねー。」
「そうですね。ここでもし倫子と高木が、将来の夢について語り始めちゃったら、直江の自殺はそれこそ裏切りであり、ひどい自己満足にしか映らなくなりますからね、視聴者の目に。」
「うんうん。例えばここで倫子と高木の2人にさ、
『次はもしかして婚約指輪?』
『やだ、そんなの判らないわよ、まだ。』
『何カッコつけてるのよ。白状しなさい、夢見てるんでしょ? 志村倫子から直江倫子になる日。先生の奥さんになる日のこと。女だったら夢見ないはずないじゃない?』 …なんて会話されてみ? たまんないぜ視聴者は。勝手に自殺しくさる直江に対して、何てオトコだ馬鹿野郎! 倫子はあんなに純真に夢見てたのに!って怒りが炸裂だよね。」
「そうなんですよ。そうならないようにするために、この最終回はすごく苦労してるんですよね。」


■医局■

「周囲には直江を許させ、直江には意志を貫かせる…。それがこの最終回の選び取った、ストーリー&キャラクター・コンセプトだと解釈したね私は。ここへ来て直江を迷わせたり、中途半端なためらいを抱かせたりしなかったのが、成功の秘訣だったと今は思ってる。」
「ははぁ、”今は”なんですね(笑) やっぱり。」
「うん(笑) 最初にパッと見た時はさぁ、引っかかったよねやっぱり。直江の態度はどうにも割り切れなかった。まず仕事をさせてくれと言う直江の手からファイルをひったくるようにして小橋が言う、あなたにはあなたの生き方があるのは判るが、残される彼女はどうなんだ、って言葉に対しての、『彼女なら判ってくれます。そういう人だから僕は彼女を愛することができた。今怖いのは自分の体のことじゃない。愛する人から笑顔が…僕の前で笑顔が消えることが、一番怖いんです。』 直江のこのセリフにはちょいと腹が立ったもんね。」

「うーん…。これは確かに身勝手ですよねぇ。自分の前で笑顔が消えることが怖いって、じゃあ自分がいなくなったら別に構わないのかって言いたくなりますよね。」
「それなんだよ。ものすごいエゴだよねこれは。彼女なら判ってくれますっていうのも、『判ってくれる』というよりはむしろ、前回も言ったけども、”愛”の名のもとに無条件に直江を許すしかないところへ、彼女を強制的に追い込む訳だからね。」
「でも考えてみるとこのシーンの小橋は、直江の意志と考え方を責めた唯一の人間なんですよね。直江の両手を掴んで、絞り上げるようにして責めた人間。怒ってくれた人間。」
「うん。徹底した直江擁護の最終回の中に、ただ1点ピリッとこのシーンがあることが、いいメリハリになってると思うね。視聴者が感じるであろうことを、いち早く代弁してくれてる感じもする。視聴者の代わりに直江に言ってくれてる感じ。」

「このドラマの中での小橋っていうのは、あくまでも一般常識的な視線を持っているのかも知れないですね。よくも悪くも常識からはかけ離れた直江に対する、”普通の視線”として位置付けられているのかも知れない。それはつまり小橋の視線が、視聴者の目線の位置とも最も近い訳ですね。」
「そうだねー。視聴者が直江に言いたいことを、小橋はここでいち早く言ってくれたんだね。結果的には説き伏せられてるけどな(笑) 小橋と一緒に視聴者も説き伏せられたのかしらん(笑)」
「まぁかなり穿った見方だとは思いますが、そんな図式も成り立つんじゃないでしょうか。」

「うん。そのあたり、よくできた脚本だよねぇ。全体的にさりげないのがいいね。でもってこのシーンの映像的な話を少しさせてもらうとさ。小橋が部屋の中に入ってきたところの、オレンジ色の光が綺麗だったね。夕方という時刻を表してもいるんだろうけど、純粋に画面自体が綺麗だった。それと、『あなたにはあなたの生き方がある』のあたりの直江のブラインド越しの映像ね。聞き飽きたかも知んないけど、何て長い睫毛なんだろ。」
「いえ直江のビジュアルを強調するのは、この最終回にとって必要なことですからね。身勝手な男だと思わせないための仕掛けを何重にめぐらせるよりも、悲しそうにうつむく直江の横顔だけで、大部分の反感は雲散霧消するんでしょうから。」
「だよな(笑) 思いつめた横顔のアップに優る仕掛けなし。そのトドメを真ん中に置きながら、さらに仕掛けで固めたのがスタッフの偉さだね。」


■三樹子の病室■

「ここは三樹子と直江の別れのシーンだね。ここで印象的だったのは、最初に三樹子と目が合った時の直江の、会釈って感じの応じ方が1つ。それに、『すまなかった』って言われたあとの三樹子の目の動きかな。」
「ああ、『すまなかった』と言われた時に三樹子は、確かにいったん直江から目をそらしましたね。」
「うん。この時三樹子は思ったと思うよ。そんなこと言う人じゃなかったのに、って。女に対してすまないだなんて、口にする男じゃなかったのに…。もしかしたら三樹子的には、言ってほしくなかった言葉かもなー。これを聞いた瞬間、三樹子は真に、終わりを悟ったのかも知れないね。自分と直江の関係の終わりを。」
「ゲームセット、って感じですかね。まぁゲームというとちょっとニュアンス違いますけれども、要は三樹子は直江との恋に、自分でピリオドを打ったんですね。」

「だと思うよ。女から見れば三樹子のこういうところは、倫子なんかよりずっといい女なんだけどな。でもってそうやってピリオドを打ったからこそ三樹子は、ここで直江に倫子のことを聞けたんだろうね。倫子を直江の”最愛の人”と認めた言い方で。」
「この最終回で三樹子もまた、直江を許し、倫子を肯定するんですね。」
「そういうことだよね。またこのシーンは直江の死後の、倫子と三樹子の語らいに続く伏線でもある…。本当によく練られた脚本だねー。こりゃもう中居さんだけじゃなく龍居さんにも拍手だな。」
「あれ、今気がついたんですけれどもこの2人って、苗字が『居』つながりなんですね。」
「ホントだ。へぇぇー。意味はないけど面白いね。」


■医局■

「『いい旅になるといいね』と倫子を送り出してやる小橋。つまりは彼も結局、直江の意志というか、最後まで倫子には何も言わないという考えに、つきあわされちゃってるんだね。そういや小橋ってずっとそうだね。口では反対しつつ、結果的には全部直江の言い分が通っているという。」
「まぁ変な言い方ですけれども、小橋というのはそのためのキャラって面もありますからね。主人公はあくまでも直江ですから。」

「ここで小橋はけっこうしつこく倫子を引き止めてるっていうか、さっさと行かせがたい感じになってるけど、これがせめてもの良心のなせる技なのかも知れないね。やがて倫子は地獄の悲しみに突き落とされる。それが判っていながら自分は、彼女に何も言ってやらない。…とはいってもここまで来るとさ、何が正しくて何が正しくないのかなんて、それは自分にも判らないんだと小橋は思っていたのかもね。恋愛というのは1から100まで当事者同士の問題で、倫子の父親でも兄貴でもない小橋が、偉そうに口を突っ込む筋じゃないんだよな、確かに。」
「とことん真面目な男ですよね小橋って。そういう風に描かれていますね。多分彼は石倉に対して直江が演じた役を、今度は自分がやってやる覚悟を固めていたんじゃないでしょうか。」

「それは言えてんなー。直江はもうじき歩けなくなって、延命治療も何もしない分、あっという間に死の淵に飲み込まれてしまう訳で、倫子は石倉の奥さんがそうだったように、最後まで彼の正式病名を知らないまま、治ると信じてそばにいる…。小橋が予想していた直江の最期って、きっとそんな感じなんだろうね。」
「その時には自分も嘘をつき通してやろうと、小橋は思っていたんでしょうね。まさか直江が自殺するとは思わなかったでしょうし、仮にチラッとでもそれを思ったら、いくら何でも『あなたの人生だ』では済ませなかったでしょうからね。次郎を助けた時に言ったと同じ言葉で、直江を引きずり上げたんじゃないですか。」
「あー、今あのシーンを思い出すとちょっとイタイね。『自分で死のうとするのはどうなんだ。それこそ最低の裏切りだろう!』だっけ? 確か第4回の座談会で私、あれはスタッフ・レジスタンスじゃないかなんて憶測してんだけども、現代社会の一般通念で言えば、小橋の意見が正論だもんなー。つくづく、あのシーンが早い回にあってよかったよ。おおかたの記憶からは薄らいでるからね。」
「長丁場ですからねTVドラマはね。その点、映画は正味2時間しかありませんから。最初から最後まで通しての完成度が、銀幕には求められるんでしょうね。」

「ちょっと重たい話になっちゃったんで軽いヤツいくけどさ、私がこのシーンで目を引かれて引かれてたまんなかったのがね、小橋の背後の壁に貼ってあった心臓の絵なんだなー。さっきの院長室の壺と同じで、何だか知らないけどやけに気になる位置にあるんだもん。小橋を見ながらチラチラそっち見ちゃって、自分で笑っちゃったよ。」
「よく病院の廊下とかに貼ってある、検診のお勧めみたいなポスターなんでしょうね。待ってる間にじーっと読んじゃったりしませんか、ああいうの。」
「読む読む。成人病検査の内容とか真剣に読んじゃうんだよね。ほほぅ、人間ドックにCTスキャンがあるのか…とか。けっこういい時間つぶしだよね。」


■廊下■

「今度は小夜子と直江の別れのシーン。直江と別れていくキャラクターたちについては、1人ずつサシで丁寧に描かれていくね。院長も三樹子も、この小夜子も。」
「そういえばみんなサシですね。このシーンはBGMが歌入りで、鎮魂歌…じゃないですけれども、全体的に直江を”悼む”方向に雰囲気が流れてきている感じがしませんか。」
「うん。長い前奏曲がもう始まっているっていうかね。小夜子はヘアスタイルも変わってるし、やけにしおらしくなっちゃってるね。」
「研究開発部への異動は、もしかしたら小夜子自身が希望したことだという解釈も成り立ちますね。薬を扱う仕事をしていながら、目の前にいる直江を救えないことを小夜子は嘆いていたんですから。」
「うんうんうんうん、それっていい解釈かも知れない。いろいろお世話になりました、って言う小夜子の挨拶は、表向きはその異動に対するものだけど、実際は永の別れを知ってのものだよね。頼る薬はもうモルヒネしかなくなっている直江には、これで二度と会えないだろうって。」

「そんな彼女に対しては直江も『僕の方こそ』と頭を下げていますから、彼は彼でまた、小夜子と会うのはこれが最後だと判っているんですね。たとえどんないきさつがあろうと、自分にフロノスを届けてくれたのは彼女なのであって、それがあったから直江の命はある程度の時間を繋ぐことができた。それについてはさすがに直江も、彼女に感謝しているんですね。」
「直江の背中を見送りながら泣き顔になりかけて、でも小夜子はくるっと踵を返して歩き始めてる。この先も小夜子は男社会の中を、自分の力を信じて生き抜いていくんだろうけど、この時の直江の背中を彼女はいつまでも覚えてるんだろうね。」
「そうですね。いつまでも立ち尽くして見送らなかったのが、小夜子らしくていいと思います。直江の背中がエスカレータの下に見えなくなる映像もよかったですね。」
「また2人が向かい合って話してる時のさ、手前っかたに見えていた上り下りのエスカレータがよかったよ。構図的にすごく面白かった。」


■玄関先〜喫茶店■

「アポもなく直江を訪ねてくる清美。私ねぇ八重垣。このドラマの全編通して、このシーンというかエピソードは、ワースト1、2を争う嫌いな場面だね(笑)」
「え、そうなんですか?(笑) じゃあ早めにやっつけましょうか。どこが気に入らないんです?」
「うーん…。清美の図太い無神経さと、直江の自己中心性かな。清美ってねぇ、もし私がストーリー作ったとしたら、倫子のお母さんじゃなくてお姉さんにするね。だったらまだ判るもん。うん。」
「図太い無神経さって、それはまた手ひどく嫌いますね。具体的にはどういうことですか?」

「うーんとねぇ…。ここまで来て個人的な悪口言うのも何だと思うから、詳しくネチネチあげつらうのはやめにして、要は清美の態度が中途半端なんだよなー。なんだかんだ綺麗ごと言って、清美は偵察に来たんでしょ? 旅行に行くっていうのはかなり親密な間柄なのであって、娘にそこまで近づいてる男がどんな奴なのか、信頼できる相手なのかどうか自分で確認したいと。それが清美の…っていうか、こういう場合の母親の本音だろー。それにしちゃ変にフレンドリィでさ、キモチ悪いんだよ(笑) まぁもちろんこのシーンの真の意図は、直江の死後の倫子を支える最大の協力者として、清美を2人の理解者にしておくってことなのは判るけども。

あとはね、清美を前にした直江のこの態度は、私テキにはちょっと傲慢すぎる。小橋ならいざ知らず相手は母親だよ? 自分はこのあと倫子一人を放り出してサッサと自殺する気でいるくせに、清美に対してただのひとかけらも、良心がうずかないのかね。あまりにもバカにしてないか清美・倫子母娘(おやこ)を。不治の病に冒されている可哀相な自分なら、死の間際に何をやっても許されると思うなよなー、ッたく。」

「ちょっとちょっと智子さん(笑) そこへ話を持っていっちゃったら、脚本を初めとするスタッフの今までの努力は何だったんだってことになっちゃいますよ(笑)」
「だしょー? そうなっちゃうでしょー? だからこのエピソードは嫌いなんだよぅ。この期に及んで倫子の母親に、穏やかそうに微笑んで見せる直江庸介は見たくなかった。せめて最後にひとこと、妙に真面目な面持ちで、『これからも倫子さんにとっての、頼れるお母さんでいてあげて下さい』くらいは言わせてほしかったなー。
直江になかったのは倫子への愛情じゃなく、彼女を1個の意志ある人間と認めての、誠意だったんじゃないかしらん。行田院長が三樹子のことを、赤ん坊のようにしか愛していなかったのと大差ないじゃんか。ッとに。」
「それは困りましたね(笑) やはりその部分がこのドラマの患部ですか(笑)」

「うん。患部(笑) 見た直後にモロテを上げて感動できなかった根本理由。でも時間がたつにつれてね、スタッフのかたたちがいかに注意深く、それを反らそうとしていたかが判る気になってさ、今ではこうして”それはそれ”として割り切れるようになりました。ハイ。」
「よかったですねぇ…。何よりですねそれは。オンエア終了後にこの座談会を始めたのも、大正解だったかも知れませんね。」
「そうなんだよ。今回はホントにその通りだったよ。よーく考えたりビデオを見直したり、そうやって咀嚼し直す時間があったからね。おかげで消化不良を起こさなかったし、味についても判ったしね。でもって何度目かの繰り返しになるけどね、その咀嚼ができたのはひとえに、ストーリーの全てをうっちゃってもノメリこめるだけの魅力が、中居さん演じる直江庸介に宿っていたということなんだな。だから何度言っても足りないよ、ナカイマサヒロ万々歳だよマジ。」
「なるほどね。そこへ着地する訳ですね(笑) いやぁ本当に何よりでした。ホッとしましたよ。」


■直江の部屋〜倫子の部屋〜直江の部屋■

「このドラマの成功の最大の秘訣。痛みと苦しみに耐える直江の映像(笑) モルヒネを飲みながらX線フィルムの整理をしている、この姿が何もかもを押し消しちゃうんだよなー。」
「そういえばこれが最後ですよね、直江のそういうシーンは。注射を打つのも薬を飲むのも、貧血を起こしてふらつくのも。」
「うん。薬が効いてくるまでの痛みを殺しつつ、倫子からの電話を受けるこの直江はさ、第1回の頃とは格段の差の演技だよね中居さん。ことさらな表情もことさらな動きもなくて、それなのにちゃんと直江の内面が視聴者に伝わってくる…。このドラマに参加したことは、現実の彼の手に大きな実りをもたらしてくれたんだろうね。正直いってそれが何よりだと思うよ。」
「ああ、それは言えてますね。ちょうど、ドラマの登場人物たちが直江と出会ったことで皆何かを得たように、中居の手にも大きな何かが残ったとすれば、それが一番素晴らしいですね。」


■湖畔■

「このドラマ最大の番狂わせは、滅多に凍らない支笏湖がピキーンと凍っちゃったことだろうね。何でも田宮さんとかがロケやった時にも凍ったんだって? すげー、元寇の神風みたいな偶然。」
「洞爺湖なんですよねここね。『虚無への供物』フェチの智子さんには馴染みの地名なんじゃないですか?」
「うん。この映像見た時は、そうか、ここに棲む神様がホヤウ・カムイ、氷沼家を呪っていた蛇神なのか…とか思って見ちゃった(笑) 『虚無への供物』は1回仲村トオルさんで映像化されてるけど、今度は是非とも中居さんの蒼司でやってほしいね。その場合、牟礼田役は豊川さんで。これは絶対譲れない、うん。」
「いやそれ以上の話はこっちに置いときましょう。何もここで別な小説の話をしなくたって(笑)」

「だって洞爺湖と聞くとどうしてもさぁ。しかしそれにしてもこのロケ映像はさすがに綺麗だね。こういうドラマチックな背景を与えられた時は、カメラマンなんて腕が鳴っちゃうのかも知れないなー。倫子が見上げた、あの木立の空なんてさ、幻想的でさえあってホントに素晴らしかったね。岸に打ち寄せる波とか、凍ったタイヤとか。まぁカットごとに天気も変わってたから、さぞや大変な撮影ではあったんだろうね。」
「雪を撮るのって難しいそうですね。あたり一面真っ白で反射がすごそうですし。」
「しかも気温が…何度だっけ、マイナス10度だっけ? 冬の群馬も寒いけど、北海道だもんねぇ。ハンパじゃないよな。画面見てて気がついた人いるかなぁ。風花って感じで舞ってる雪がさ、中居さんの唇にふわっと降り落ちて、たちまち融けたんだよねぇぇ。うわぁぁぁ〜…でいいとも星人は悶絶(笑) どんなスタジオ演出も不可能な、本物の雪だからこそだよねぇ。」
「ああ、けっこう降ってるカット、ありましたよね。薄日が差してる時もありましたけれども。」

「ここでの直江のセリフも、また詩的だったよ。『とても深くて、今も底には枯れた木立が広がっていると言われている…』ってあたりなんか特に。」
「この湖は先生に似ている、って倫子が言うのに対して、『守られているのは湖の方だ』と直江が言うのも詩的じゃないですか。会話の中の暗喩。舞台劇みたいですね。」
「あ、そのセリフのとこでね、直江の口調はちょっと明るく変わってるんだよ。画面見てると気がつきにくいんで、もったいないけど目つぶって聞いてみるとよく判る。
『冬の真っ白な雪や、春の輝いた緑に包まれて、湖はただ、そこにある…。』 この直江の口調は暗くないの。真っ白な雪や春の緑っていうのは、直江の周りに存在してくれたさまざまに人たちの比喩だよね。倫子はもちろんのこと、小橋や行田院長や、三樹子もそうだし小夜子もそう、今は亡き石倉もそうでしょう。直江は直江なりにそのことに気がついていて、その人たちへの感謝の気持ちを、ここで口にしてるんだろうね。」
「それを倫子の隣で言うということに、意味があるんでしょうね。小橋が医局で言っていた通り、患者以外を近づけない雰囲気のあった今までの直江なら、こうやって周囲に感謝するなんていう考えは全く浮かばなかったんでしょう。倫子と出会ったことで直江は、人間的に大きく変わったんですね。」


■コテージ〜夜明け■

「素敵な部屋だねここ。来るなら恋人と来たい部屋。こんなとこ総長やnagaiっちと泊まったって、何が嬉しいかって感じだね。」
「まぁ確かに同性で泊まってもね(笑) 暖炉って、眺めてると落ち着きますよね。焚き火見てるのも、僕は案外好きですよ。」

「そうだね。でもってこのシーンはさ、直江が倫子を、『僕はいつでも君と一緒にいる』って言って抱きしめるまでは現実(リアル)で、後半の夜明けのシーンは、あの第6回と同じ一種の象徴表現、映像詩なんだと私は思うな。夜明けの湖を、2人が寄り添って眺めている…。あれはあのまま100%リアルな場面というより、2人の愛の姿を美しく謳いあげた、絵画的な映像なんだと思うよ。立ち方も、毛布の掛け方も、あのまま事実ととると不自然すぎる。2人の会話にだって軽くエコーかかってんじゃん。あれは2人の心の中に広がる、2人だけの世界を表していたんだと思うよ。」
「ええ、そうなんでしょうね。あの湖の映像はまるで天国の夜明けでした。朝日が映りこむ水面は祝福のキャンドルに見えましたし。」

「ここはもうね、映像の勝利だね。エゴイスト直江の身勝手極まりない自己満足を、それはそれとして別な物語の中にバッサリと切り取ってしまえるほどの映像。視聴者の心に強烈に焼きつける必要のある、直江の最後の映像がこれなんだよね。
そのビジュアルはこの上なく美しく、透き通るほどに清らかで、神々しいまでの輝きを持っていなくてはならない…。倫子と寄り添った直江の頬のあたりから日が昇って、愛し合う2人の視線はまっすぐに夜明けに向いている。謳うのはマーラー、このクラシック曲。映像と音と被写体を渾然一体として、創り上げられた愛の肖像…。それがこの夜明けのシーンなんだと思うよ。
全くさぁ、主演男優の美貌をここまで”臆面もなく”、最前面に押し出した演出も少ないと思うね。すごいことだよなこれは。知る人ぞ知る中居正広の美貌を、堂々と武器に使った演出だったね。」

「”堂々と”ね。確かにそういう演出でしたね。中途半端なキスシーンを入れなかったのが、さすがだと思います。」
「それとね、最後の直江のさ、『ああ、同じだ』って言葉はすごく力強かったと思うんだけど、あれは直江の祈りというか、たとえ自分の身はこの世を去っても、魂はずっと倫子のそばにいるんだと、こうして同じものを見、同じことを感じるんだと、…それを彼女に語るというか、誓う言葉だったんだろうね。寄り添いあい、重なりあい、ともに在(あ)る魂。このシーンで表現されていたのは、それなのかも知れないね。」


■廊下〜湖畔〜廊下■

「この最終回を見てから考えたことは色々あるんだけど、その1つがね、倫子はいったいいつ、妊娠に気づいたんだろうってこと。一番早いところでは、北海道に行くって話を清美にする朝食のシーンね。あそこで清美が言う、あんたちょっといつもと違うって言葉がさ、それを匂わせてるのかなって気もしたし、暖炉の前で直江に、じゃあ東京でって言った時の倫子が、何だかものいいたげな表情だったような気もするんだわ。」
「ああ、そう言われればそうですね。でもまぁこの廊下で高木と話している時、これはもう確実に判っていますよね。この『意味ありげな微笑み』は。」
「だよね。まぁこの妊娠というコトについては最大のトラフィックを要したんで、それについてはもうちょっと先で、ストーリー上それが明らかになってから語ろう。」
「そうですね。廊下のシーンのあいまに一瞬だけ入った直江の映像が、このあと倫子を襲う衝撃の切ない導引部になっていましたね。」


■ナースセンター■

「ホワイトボードに倫子が『志村』のネームプレートを貼るのが、何だかこのストーリーの時間の流れを感じさせますね。第1回めの最初の夜勤の時には倫子は、マーカーで名前を書いていたじゃないですか。」
「ああ、そうだったね。次郎がケンカのケガで運び込まれてきて、直江がプランタンに行ってた夜か。何だか遠い日のことのような気がするのは、倫子も視聴者も同じかな。あの時は救急車の到着を教えた電話が、この時は直江の死を告げる…。するりと受話器を落とした倫子が気を失うのは、これはすごくリアリティあったね。」
「『死んだ?』っていう倫子の問いかけを聞いて、ハッと顔を上げる小橋もよかったですね。」

「小橋といえばさ、ここでナースセンターに入ってくる時に、チラッと倫子の顔をうかがってたでしょう。てことはこれは倫子の休み明けの日なのかな。倫子の態度から小橋が見ようとしたのは、彼女が少しも変わっていないこと、つまり直江の体に大きな変化はまだ出ていないってことだろうからね。」
「倫子の笑顔を見て、小橋は一瞬ホッとしたんでしょうね。なのにその直後の訃報。小橋もさぞや驚…いてる間はないのか。倫子が倒れたんですから。」
「そのあとの洞爺湖…いや支笏湖の映像は象徴的だったね。頼りなく水に漂う空舟(うつおぶね)に、風の音がものすごくて。世界は重苦しい灰色のグラディエーション。直江の黒いコートの上で、光っているガラスのボートが涙みたいだった。」


■病室■

「『あたしに何も言わないで、ずるい』。このセリフをこの脚本は、よくぞ倫子に言わせてくれたと思ったねー。それから倫子の慟哭を聞く、小橋のつらそうな様子。せめてこの2つが直江を責めなかったら、あまりにも綺麗ごとの結末だもんね。」
「でも多分、小橋が責めていたのは自分自身だと思いますよ。ここで倫子が目を覚ますまでに小橋は、直江のお姉さんと話すか警察と話すかして、何があったのかは直接聞いていると思いますから、直江の自殺は計画的であったのだと、おそらく判ったと思うんですよ。だとすれば小橋のことですから、どうしてもっと早くそれに気づいて止めることができなかったのか、倫子にこれほどの悲しみを味わわせてしまったのは自分にも責任がある、くらいに思っているんじゃないですか?」

「ああねー、小橋らしいねぇ。それにさぁ、蒸し返すようではあるけどもさ、小橋は次郎に、自殺は裏切りだってハッキリ言ってるからね。直江に対しても小橋はこのとき胸の中で、『直江先生、志村くんのこの嘆きが見えませんか。あなたは、あなたは何てことを…!』と叫んでいたと、私はそう思いたいな。
これをセリフにしなかったのはスタッフがうまい。そう感じさせるのは上川さんがうまい。大馬鹿野郎は直江ひとりだよ。」
「またそっち行くんですか(笑) 気持ちが色々と揺れてません?」
「揺れてます(笑) グラグラだよもう。清美ってキャラには感情移入できないんだけど、それでもここで清美が倫子にさ、『直江先生は倫子のことを愛していた』って言ってやるのは、じーんとくるもんね。おそらく清美個人としたら直江には言ってやりたいことが山ほどあると思う。だけど今は何よりも、倫子を救うことが最優先だからな。」
「愁嘆場という感じのシーンですけれども、清美と倫子だけじゃなく小橋の苦悩もそこに入れたことで、平凡なお涙頂戴にはなり下がりませんでしたね。」
「単なる力わざに終わってないんだよね。バランスのいい演出かも。」


■三樹子の病室■

「院長もまた直江の死を知って、つらい気持ちで三樹子に教えたんでしょうね。自殺は衝撃であっても、病気については既に知っていた分、三樹子は倫子ほどの驚天動地には教われずに済む訳ですね。」
「そう。そこんとこが直江の罪だよね。倫子にしてみりゃ不意打ちだもんな。寝耳に水どころの騒ぎじゃない、辻斬りにやられると同じだよ。」
「知らぬが仏とは言いますけれどねぇ…。それは最後まで知らずに済むか、あとになって『実はあの時…』って聞かされるか、そういう話ですよね。いやもちろん三樹子もここでは、打ちのめされる思いでいるんでしょうけれども。」


■廊下〜病室〜川原■

「この場面にはちょっと文句ありだなー。ここまで丁寧に象徴映像をちりばめてきた演出をさぁ、一瞬とはいえ思わせぶりにしないでほしいね。からっぽのベッドと開け放しの窓。さも、倫子は後追い自殺でもしたのかと思わせるような安っぽい演出。これにはちょっとムッカ(笑)」
「まぁでもそれはほんとに一瞬だったじゃないですか。すぐに川原のシーンに切り替わった訳ですし、それにこの川べりを歩いている倫子は、直江のあとを追うことも十分考えていたと思いますよ。」
「あ、それはそうだろうね。考えて当然だよな。だけどもさ、自分には何も言わないまま直江に死なれたことを考えると、一方では彼の愛情を疑う気持ちも、倫子の中には芽生えてたんじゃないかしらん。何でも話すと約束し、一緒にいると言っておきながらの、この仕打ちは信じられないでしょ。倫子は直江の病名も知らないんだからさ。」
「ああね、病名はまだ知らないんでしたね。傷めたのは腰椎で、帰ったら治療すると直江は言っていましたし、モルヒネについては痛み止めだとしか…。」

「多分倫子はさ、何もかも信じられない気持ちでこの川原を歩いてたんじゃないのかなぁ。足元にたんぽぽはあるけど、花は見あたらず葉っぱだけ。目の前に広がる風景も、現実なのか夢なのかよく判らないような感じで。」
「そこで目に入ったのが、直江のマンションなんですね。あそこに行けば直江に会えるような気が、倫子はしたに違いありませんね。全ては悪い夢で、川を見下ろせるあの部屋で直江は自分を待っている…。何かに呼ばれるように倫子は、マンションに向かったんでしょう。」


■直江の部屋■

「さぁそこで問題です。倫子は直江の部屋のカギを持っていたんでしょうか。それともこの部屋にはもう、カギはかかっていなかったんでしょうかっ。」
「…さぁ(笑) 何もそんな…ねぇ。ここへきてそんな意地悪モードにならなくたっていいじゃないですか。」

「だってさー。このドラマの全編通してさー。嫌いなのがさっきの、喫茶店での直江と清美のシーンだとすれば、笑っちゃったのがこのビデオレターなんだもん。なんかもう腹がたつとかを通り越して、『何だ?』って感じだった。だってビテオレターだよ? あれ撮ってる時の直江を思うと、なんかこっちが恥ずかしくならない? てゆーか直江って、こういうことするの嫌いそうじゃないか? ”その時”が来たらきれいに消えよう、滅んでいく体を水の底に深く沈め、きれいに消えようと決めていた男が、果たして自分に向けてカメラを回すかねー。途中で失敗したらアタマっからやり直しか? ちゃんと録れたかどうか、巻き戻して再生したのかね。
うわー、ヤだっ! 何を考えてるんだよスタッフ!!

あまりにもこの場面が腑に落ちないからさー、とある人とね、これはもしやスポンサー殿の絶対的なご意向だったんじゃないか、なんて話までしたよ。番組のどこかでスポンサー製品をアピールせよと。そんな無茶がなかったら、考えつく演出じゃないだろう、と。

まぁねぇ、手紙だと平凡でありがちかも知れないし、ちょっとウェットになりすぎるかも知れない。手紙を読み上げるのは直江の声でいいとして、その時の映像は回想シーンかあるいは、直江の入水場面を入れなきゃならない。前者は聞くところによれば、心ある制作者の間では邪道の最たるものだそうだし、後者はちょっとストレートすぎてマズかろうと。そんな訳で万策尽きて、ビデオレターなんて”斬新”な演出を用いたのかとも思うけど、やっぱどう考えてもヘンだろこれ。
これを撮ってる時の直江の姿、あたしゃ死んでも見たくないね。傲慢であれ身勝手であれ、とにかくも誇り高き自意識の塊だったはずの直江先生がだよ、ただのミョーな自己顕示魔になっちまってる。もぉ他の一切はこれでいいから、このシーンだけは勘弁してくれって感じよ。『スポンサー様のご意向』という荷札つけて、どっかの倉庫に送っちゃいたいよマジ。」

「ああ、それっていいアイデアかも知れませんよ(笑) まぁ僕としてはね、ビデオレターについては笑って済ませるとして、ガランとしたこの部屋の中に直江の死の覚悟がはっきりと見えて、彼に会えるような気がしてここに来た倫子は、むしろ逆にこの部屋の空気によって、直江の死は事実であると思い知ったんじゃないかと思いますね。」
「うんうんうん、もとから生活感のない部屋ではあったけど、こんなに無味乾燥とした冷たい整い方はしてなかったもんね。どこかに多少なりとも直江の気配があった。それが今や完全に、洗い流されたようになくなってるんだね。支笏湖はさながら直江の墓に等しい。その額を持って倫子が思うのは、あの人は今頃、この水の底に…ってことなんだろうね。」

「直江の部屋に倫子が入ってきた時、カメラは当然室内の家具とかを映しますけれども、いつも直江がいた窓ぎわの白いソファーは、最初にチラッと画面の角をかすめるようにしか映らないんですよ。それが、倫子が寝室から額を持ってリビングに戻ってきたところで、そこに置いてあるハーモニカと封筒が映し出されているんですね。封筒の宛名に自分の名前を見て、息を飲む倫子にはぞくりとしましたよ。」
「ぶるっ、て感じでね。あれは竹内さん巧かったなー。死者の残した手紙。さぞや重かっただろうね。でもさぁ、その中身がアレじゃあなぁ。アレでなければせめてもう少し、感動できたんだろうになぁ。出てきたのがビデオレターじゃさぁ、なんか笑っちゃうよ。視聴者をあんまり泣かせないように、わざわざアレにしたんじゃねーか?とさえ思うよ。
しかもねぇ。このシーンのトドメが最悪でなぁ。倫子の口から 『ここに赤ちゃんがいます』って聞いた瞬間、マジで目の前が真っ暗になった(笑) いやほんとに。原作とドラマは大分違うって人のウワサに聞いていたから、もしかして妊娠という要素だけは省いてくれてはいないかと、内心祈ってたからね私。
それを突きつけられた時は、ああこりゃマジでどうしようかと思った。果たして自分はこの設定をうまいこと消化できるのかと。それほどの消化酵素は持ち合わせていないんじゃないかと。せっかくここまで没頭できたドラマなのに、最後の最後で決裂しなきゃいけないかも知れない…そう思ったら寒気がしたね。」
「うーん…。確かに妊娠というのはねぇ。夢物語では済まない話ですからねぇ。いきなり夢から覚めちゃいますよね。」

「そうなのよ。いくら精神論で補強して、人生を哲学的に考えて、直江の意思と生き方を肯定しようとしたところでさ、倫子を妊娠させてたんじゃ何もかんもブッ壊しっしょお。よい子のおとぎ話じゃねーんだよ。精神論で子供は育てらんねっつの。

『いやいやこれはドラマなんだから』って見方もあるとは思うけど、そうじゃなくてドラマだから嫌なんだよ。現実だったらそれはもうしょうがないというか、十人十色の価値観と千差万別の事情の中で、恋愛や結婚だけに限らず”不幸”が存在してしまうのは仕方ない。人間ごときにはどうすることもできない不条理だよね。
だけど、物語っていうのは書き手の思うままなんだ。全ては書き手の思想で成り立ってるんだよね。もちろんアンチテーゼの作品っていうのもあるけど、それでも書き手と全く異質なものはあり得ない。『これだけは許せない』って性格のキャラクターを主人公に、物語を作れる奴なんていないと思うよ。

そんなこんなをひっくるめて、何で倫子を妊娠させるんだよ…。あたしゃ虚空に溜息ついたね。

これねぇ、もしもさぁ、『ここに赤ちゃんがいます』って言葉をね、このビデオレターの中で自己陶酔に浸ってる大馬鹿キャラクターが、死ぬ前に北海道で聞かされたとしたらどうなんだろうね。多分一瞬にして、そいつは地獄に突き落とされるよね。自分のエゴを『僕の我儘なんだ』でシラッと片付けて、心残りなく綺麗に消えようって訳にゃあいかなくなるよなぁ。タカさんじゃないけども、そうは問屋が卸さないだろ。

そう考えるとさぁ、つくづく甘っちょろい物語だよなこれ。主人公は別に、倫子の身代わりになって死ぬ訳でも何でもない。てめぇで勝手に病気になっといて、単なる自分の理想論にこだわってロクな治療も受けないで、果ては女を妊娠させて、自分のビデオ撮ったあとで入水自殺だとよ。
笑わすなってんだよね。遺体を捜さなきゃなんない捜索隊の苦労と、費用払ってる国民の負担を考えろっつの。病気と戦ってんのはキサマだけじゃねぇわ。いつか『家族会議』に出演してくれた難病の男の子の言葉を聞いてみろっつの。彼は言ってたぜ。朝、目がさめた時に、ああまだ生きてたなって思えるのが自分の幸福だって。自殺する力も自分には残されていない。もし自殺できるくらいの力があなたの体にあるのなら、何か人のためになることを考えて下さいって。ッたくこれを聞いて恥ずかしいと思わないのかね。何が『死んでいく僕だからこそ見える医療がある』だよ。うぬぼれんじゃねぇタコ。だだっ子とどこも変わらん主人公だな。ケッ。

―――と、オンエアを見た時には思ったのよ私は(笑) え?八重垣(笑) そう思っ”た”んだってば(笑)」

「……(笑) そ、そうですか(笑) 過去形なんですね? …ホントにもぅ…。顔面蒼白でしたよ僕は、今。」
「すまんすまん。ヘンな引っぱり方をしちまった。謝る謝る。ごめんね。」
「全くもう…。やめて下さいよそういうのは。逆接のツカミは短くして下さいって。長すぎますよ今のは。読んでて引いちゃった人もいらっしゃるんじゃないですか?」
「魚魚(ぎょぎょ)っ。…なーんてここで下らないギャグかましても駄目か。岩(がん)っ。」
「ああもうそういう馬鹿なことでhtmlのサイズ大きくしないで、オンエアの時はそう思ったことが、今ではどう変わったのかを説明して下さい。要点を明瞭に、簡潔にお願いしますよ。中居正広万歳!だけだったら、それはもう最初に言いましたからね。」

「いやいやそれもあるんだけどよ。要するに、そんな暗澹たる気持ちで見終えた最終回から私を立ち直らせてくれたのはね。中居さんの演じた直江庸介には、『まさかこの自意識のバケモンみたいな男が、何の避妊もせずに倫子とセックスするか…?』っていうギモンを抱かずにいられなかったってコトだったのよ。いやふざけてないよこれは。本当にそう思ったんだから私。

つまりさぁ。直江は医者だよね。しかもかなりストイックな性格。まぁそういう奴に限って実際のベッドマナーはだらしなかったりもするもんだけど、21〜2の血気盛んな時期ならともかく、直江はもう30歳だろ? 万一倫子が妊娠したら、誰より自分自身が困るってくらいは判るはずだよね。
何たって自分は綺麗に消えたいんだから。愛する女に対してさえも、病気というネガティブな自分は見せたくないんだ。そういうニヒルでヒロイックな主義思想を正当に貫くには、妊娠なんつぅ現実バリバリのずっしーんとした事態は、避けるのが賢いに決まってんじゃんか。
直江って男は死の瞬間まで、それくらいの冷静さは持ってたんじゃないの。持っているキャラとして描かれてきたし、視聴者にも思われてきたんじゃないの。

と、すればだよ。こうは考えられないかな。
直江は、そのあたりには彼なりの注意をちゃんと払っていた。でも、それにも関わらず倫子の体は、彼の命を受け止めてしまった。それはもう直江の意思を離れた、神の摂理に近いものであったのだ。…

こう思った時に思い出したのがね、母親の友達で、いまはもう亡くなった産婦人科の先生が、前に私に教えてくれた言葉だった。医学博士でMというその人は、こんなことを言ったんだよ。
『この世に生まれ出る命というのは、親が与えたり奪ったりするものではなく、赤ん坊が自分で、天から持ってくるものなのである。』

その先生はもう高齢でね。何百という出産に立会い、乳癌や子宮癌の手術もしたし、当然ながら中絶手術もしてきた。それらの経験を通してM先生はね、この世に誕生してくる命には、それを誕生させようとする天の意志があるんだと思うようになったんだって。その意志のないところに命は生まれない。死産もそうだし、中絶もそう。親がいくら堕ろしたいと思っても、どういう訳だかそうはならずに元気に生まれる赤ん坊もいるし、大金持ちで何不自由ない健康な若夫婦に、何としても子供が授からないこともある。つまり妊娠とか出産とかいうものは、たかが1人2人の人間の意志で、決定できるほどたやすいものじゃないんだね。

またその先生はこうも言った。医学的にまず確実といえる避妊法は、パイプカットとピルだけなんだってさ。医学的に言ったらコンドームなんて気休めだし、ゼリーだのリングだの膣外射精だの、何をあぶなっかしいことやってるんですかって程度なんだって。
パイプカットかピルとなったら、直江も倫子もやっちゃいなかったろー。ということはだね。直江が払ったくらいの注意では、確実な避妊は果たせなかったと考えられるよね。
ここまで思い至った時、大袈裟かも知れないけど私はさ、直江というキャラクターがもう一度ゆっくりと、私の方を振り向いた気がしたね。天の声のナレーションが、聞こえたような気がしたよ。

曰く。自らの強すぎる自意識に翻弄されつつ、冷静という仮面をかぶった心弱く繊細な青年・直江は、倫子という春の化身を真実、愛していた。
もちろん倫子もそれは同じ。昇る朝日を支笏湖に映して、2人はともに新たな世界の夜明けを見た。
自分はどう生きるべきかの答えを必死でまさぐっていた直江と、春の笑顔で彼を包み、その手を取り合った倫子の上に、大いなる天の意思はおごそかに宿りたもうた。
直江の切ない意思などよりも遥かに大きな力によって、倫子の体の奥深くに、新たな命が芽生えたのである…。

こう考えた時にさぁ。この『白い影』というドラマがね、すぅぅーっと綺麗な円錐形にまとまって、空に伸びていった気がしたね。美しく、本当に美しく収束していった。何かこう、ものすごく満足したね私は。
拡大解釈、と言われればそうかも知れない。それは素直に認めるよ。でも、ドラマというか物語というか、絵も音楽も演劇も、あらゆる創作物というのは、ひょっとして解釈まで含んで1つの作品ではないのか…。そんなスリッパ職人・吾郎先生みたいなことを、私は考えさせられたね。作品に創り手の意思や思想が反映されるなら、解釈にだって受け手の意思・思想が反映される。この2つがどう共鳴し、響きあうか…。大切なのはそのことなんだ。
どんなジャンルのどんな作品も、受け手がなくては成立しない。たとえばHPだってそうなんだよ。発する人がいて、受け取る人がいる。どちらかが手をぬいたら、美しい和音は生まれないんだろうね。
だから、もしかしたら私は私なりの方法で、『白い影』というこのドラマを、しっかり受け止め得たのかなぁ…なぁんてさっ! そーんなエラそうなことまで考えちゃいましたよ八重垣くんっ! ばしばしばしっ! ばしっ!」
「痛いですよ(笑) いや感激はいいですから、僕を叩かなくたっていいでしょう。…なるほどねぇ。ということはこの『L’ombre blanche』は、発信者と受信者の幸せな関係をつづった、証拠文書という訳ですね。成程。」

「しかもだね。私が『このドラマは駄目だ!』と放り出さずにそこまで考えられたのは、これはもうくどいけど、ひとえに中居さんのおかげだから。中居さんの演じた直江庸介がここまで魅力的でなかったらね、そもそもこの座談会を始めようなんて思わなかったと思う。てゆーかこれを始める前に、ドラマそのものを封印してたよ。
だから今回はほんとに、中居正広万歳どころか、ありがとう中居さんと言うのが正しいね。うんうんうん。」
「そうですか。何だか結論が出ちゃったみたいな感じになっていますけれども、じゃあ残りのシーン、そろそろいきますよ。」
「おう。あとはまとめる感じで、あっさりといこうかね。」


■院長室■

「直江の意思を受け継ぐ小橋と、行田院長。直江が整理してたX線フィルムの資料は、私は最初七瀬先生に送るもんだとばかり思ってたんだけど、小橋に送ったんだね直江は。」
「いえ、もしかしたら最初は七瀬に送るつもりだったのかも知れませんよ。でも小橋は涙さえ浮かべて、君を救いたいと言ってくれましたでしょう。その情というよりは熱意に…医者としての情熱に感じるものがあったから、自分の体をもとにしたデータを、直江は小橋に手渡したんじゃないでしょうか。」
「そうかも知れないね。また直江によって院長も変わったから、行田病院はきっと患者の立場に立って医療を進めるような、素晴らしい病院になっていくんだろうね。次期院長が小橋なのは間違いないとして、院長夫人は果たして三樹子か、それとも大穴・高木センパイか! さぁどっちだ小橋! 神埼先生も見守ってるぞー!」
「そしていずれは倫子が婦長になるんでしょうね。患者さんからは白衣の天使として慕われるんでしょう。行田病院。素敵な場所になりそうですね。」


■廊下〜噴水の前■

「三樹子がここまで回復してるってことはさ、直江の死後1か月くらいは経ってるのかな。髪をまとめて俄然大人びた倫子は、カメラがピョンとスキップしちゃったこの時間の中で、悲しみを乗り越え涙を拭いて、彼女らしい笑顔を取り戻したんだね。まぁこの流れは多少料理番組的というか(笑)…実際はあったであろう苦悩や重たい葛藤の数々を、TVらしくスパッとカットしてるね。ま、これはこれでいいでしょう! この期に及んで重箱のスミはつつきません。はい。」
「料理番組的っていうのはいいですね。『このように肉や野菜を入れて半日煮込みまして、出来上がりましたものをこちらにご用意してあります。』っていう奴ですか。」
「そうそう正にそれな。直江の死を知らされた時の清美はさ、倫子が錯乱しかけてたから必死でなだめにかかってたけど、イザ落ち着いて妊娠を知ったら、ちょっとあそこまで穏やかではなかったろうと思うしね。でもまぁこのケースなら、いわゆる死後認知っていうんだっけ? 結婚前に男性が亡くなっても、証人とかの話によって赤ん坊の認知はできるってやつ。いずれ倫子が生む赤ちゃんには、それが可能なんじゃないかしらん。倫子のバックには院長や小橋といった、ハイグレードな協力者が揃ってるんだもんね。」

「それにですね、倫子に電話をかけてきたということは、直江のお姉さんていう人も倫子のことを知っている訳ですよね。多分直江は北海道へ行った時、唯一の肉親であるお姉さんに会って倫子のことを話したんでしょう。貯金やあのマンションや、そういった財産が自分の死後倫子に渡るように、それくらいの手は打っていったのかも知れませんね。」
「まぁそれくらいはしただろうね直江も。愛と違って金銭には人生を支える力はないけれど、生活を支える力はあるからな。丸ごと置いてけ直江! あのCDプレイヤーもだ!」
「ああそうか。あのCDプレイヤーも倫子のものになったんでしょうね(笑)」

「そうして病院の噴水前での、倫子と三樹子の優しい会話。晴れ晴れしてる三樹子の表情が、何だか1つの救いになってるね。
さらに、三樹子の病室での直江との会話によって引かれていた伏線がここで明らかになる。三樹子は言う。『あなたを救う志村倫子の力は何?って聞いたら、あの人言ったの。彼女の、春みたいな笑顔だって。』
この三樹子のセリフの途中から、まりやさんの歌声がスタートする。倫子は微笑み、大空を見上げ、場面は本当のラストシーンへと、なだらかに繋がっていくんだね。」
「終わるんですね、1つの物語が…。たくさんの人たちの心を、未来へと羽ばたかせながら。」


■川原〜エンドロール■

「花咲く川原、水面をゆくボート。流れる川はそのまま人生の象徴かも知れないね。ボートの中に倫子は横たわり、多分、直江の声を聞いている。
『もっと近くに感じる。空も。川も。そして君のことも…。』
彼女は決して一人ではない。愛する人がくれた命が、地球にも似た鼓動を彼女の中に刻んでいる。
とく、とく、とく、とく…。あの日の直江が聞いていた鼓動。途切れることない命の脈動。
倫子も、直江も、生まれてくるその子もひとりじゃない。直江はいつも倫子のそばにいる。直江の故郷の湖で、湖面を眺めたあの日のように。…」

「このラストの直江の映像、よかったですよねぇ。第1回めの最初のシーンと、それから湖のほとりのシーンと。」
「そうだね。直江の死後、中途半端な回想シーンが入ってないだけに、ここでの直江の映像には視聴者も、焼けつくほどの恋しさを感じたと思うよ。最後に主題歌をじっくりと聞かせてくれたのも最高だったし、見慣れたはずのエンドロールの映像も、これが最後だと思うと感慨もひとしおだね。
でもね、いま私が目を閉じて思い出すのは、黒いコートを羽織りポケットに手を入れて、ちょっと眩しそうに眉を寄せた直江の姿だね。彼はそんな苦笑気味の笑顔を浮かべて、このドラマを愛した人たちの記憶の湖畔に、いつまでも佇んでいるんだろうね。」

「―――――はい、という訳でですね。ドラマ『白い影』座談会 『L’ombre blanche』全10回を、以上で完結したいと思います。お疲れ様でした智子さんっ!」
「いやぁお疲れっ八重垣くんーっ! 最後の最後でちょっと焦らせたけど、きっちりまとまってホッとしたよ私も!」
「いえいえもうね、何だか今回は僕も手ごたえを感じましたよ。やっぱりいいですねこの座談会は。機会に恵まれる限り続けましょう。」
「ああもちろん。人もドラマも大切なのは出会いだからね。出会って過ごす時間をどう深めるかは、そのまま人生の豊かさに通じるぜ。ぬわぁぁんちゃってカッコつけすぎー! はっはっはっはっ!」

「まぁこれでね、何とか『L’ombre blanche』の決着が着きましたから、皆様にお約束した通り次は『世にも奇妙な物語』ですよ。」
「げげっ!! と激しく驚いてしまいましたが、いやいやもちろん覚えております。来週…となるとちょっと確約できませんが6月中には必ず、残り2編の座談会を行いたいと思いますっ! はい!」
「ほんとですね。まぁ1週間くらいはお休みするとしても、6月中ですね。判りました。じゃあ僕もそのつもりでいますから。」
「人づかい荒いねーアンタ。1週間お休みするったってそれは座談会だけの話で、HPの更新は相変わらずするんだからよー。仕事だって忙しくて、あたしゃいっぱいいっぱいだっつの。全くもぅ…。」
「何を言ってるんですか。智子さんの好きな中居さんはもっともっとハードなスケジュールをこなしているんですよ。その人に恥ずかしくないように、頑張らなくちゃ駄目じゃないですか。ねぇ中居さん。」
「…あんたさ、最近アタシの使い方覚えたでしょ、八重垣。」

「いいえそんな滅相もない。…はい、といった訳でですね、長らくおつきあい頂きました『L’ombre blanche』は、以上をもちまして『完』とさせて頂きます。まぁ近々皆様とはね、『僕は旅をする』と『オトナ受験』で、またお会いすることになると思いますけれども。ええ。
では、ひとまずその日までご機嫌よう。パーソナリティは私、八重垣悟と、」

「求む・フラメンコ情報〜! 踊る訳じゃない書くためのフラメンコを、あちこち情報収集しております。どなたかお詳しい方がいらっしゃったら、是非ともメールを下さぁい!な木村智子でございましたっ! ばいびー!」

「さぁそれじゃ乾杯しましょうか。シャンパン…はないんでビールでいいですね。スーパーミレニアム・モルツでいいですか?」
「えー、それってちょっとクセあんだよなー。普通のモルツないの? ノーマルモルツ。」
「ありますけど…変わりばえしませんけれどもこれでいいんですね? じゃあはい、乾杯乾杯。全10回、どうもお疲れ様でした。」
「お疲れ様でしたっ! …くぅぅーっ、冷えててうまいっ! そういや最近アンタ人気あるね。八重垣くんと一度飲んでみたいっていうおハガキが…ハガキじゃないや、メールがけっこう来てるよ。」
「えっ、そうなんですか? いいですよもう、どんどん言ってきて下さい。僕は基本的に、来るものは拒まず去るものは、滅茶苦茶追いかけるタチですから。」
「タダの欲張りじゃんかよそれよぅー! 確実な避妊法は2つしかないってコトを、ゆめゆめ忘れるんじゃないよ! いいねっ!」
「いやべつに拒まずってそういう意味じゃあ…(笑)」




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