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【 第5回 】

「はい、えー皆様お元気でしたでしょうか八重垣悟です。全4回の予定でお送りしてまいりました当座談会、『L’ombre blanche』SP編なんですけれども、都合上、途中で1回増えたりもしましてですね、結果、全5回になりまして、今回がその最終回ということなんですけれども…。はい。」
「ねー。いよいよ最終回だねぇ。いっつもそうなんだけどさぁ、この座談会シリーズってね、始める前はものすごく遠く感じて、やってる最中はヒーヒーヒーヒー息切れして、でもイザ最終回になってみると、何だかあっけない気がするのが不思議だね。これは人生と同じなのかなぁ。憂しと見し世ぞ今は恋しきだ。」
「いやまだしみじみするには早いですよ。もう1回ぶん息切れしないと。」
「そりゃそうなんだけどさ。それにしても最終回の入口に立てば、もうゴールテープは見えてるからね。」
「幻のテープかも知れませんよ。気を抜かずにいきましょう。はい、それでは気合を入れ直してですね、えー前回の続きから…恩師宅のお葬式だというのに川原をほっつき歩いていた無頼な男のシーンの次から、語っていきたいと思います。どうぞ。」

■ 医局 ■
「この町の遠景をさ、走っていく電車が1両だけっていうのが、なんか改めて見ると雰囲気あっていいやねぇ。雪国・山里・田舎町。直江がいるのはそういう場所なんだよと強調されてて。BGMがピアノソロから入るのもいいね。」
「降り続いた雪がようやくやんだという雰囲気ですね。こんもりと雪をかぶった庭木も、昨日今日降った新鮮な雪のかぶり方をしていると思います。」
「そんな雪の晴れ間に、七瀬は病院に戻ってくる。このトレードマークみたいな茶色いコートはさ、きっとすごくいい品物なんだろうね。ブランドもんとかじゃなくて英國屋!とかの、布の質そのものが高級な品。七瀬って男は安物をとっかえひっかえするんじゃなく、いいものを1つだけ、すごく大事にするタイプなんだと思うよ。てかこの年頃の男の人ってそうかな。ロマンスグレーのダンディズムってやつ。『サライ』が提唱しそうなやつね。」
「まぁ七瀬は『サライ』は読んでいないと思いますけれども…。ともあれそんな七瀬が建物に入ってくる前に、直江はナースセンターで、また仕事の虫になっているんですね。」
「もう仕事に逃避しちゃってるからねぇ。でもその逃避っぷりも真剣というか、自分のことを考える余裕もないほどに患者のことを考えてるんだよね直江は。救急でやってきた小児科の患者のことまで心配してやってるんだから。」
「そういう直江の優しぶり…というか余裕のない気配りは、あくまでも患者だけを対象としているのが、次の看護婦さんとの会話で判りますね。今日も部屋に行っていいかと聞かれた時の『勤務中だ』…。取りつく島もないとはこのことですよ。」
「うんうんうん。患者さんに優しいからといって、誰にでも優しくするかっつったらそうじゃないんだよね。ひたすら患者に尽くすことが、今の直江の自己防衛なんだ。んで驚いたことにその『防衛』を、直江は七瀬に対しても解かない。鉄平に先触れされて七瀬はこの部屋に現れるけど、直江は挨拶するどころか、拒絶しようとしてるでしょうこれは。」
「多分七瀬は、奥さんもさっさと仕事をしろと言っとるよと言ったあとで、直江に話しかけようとしたんでしょうね。視線がそんなふうな動きをしています。なのに直江はそれを避けるかのように、七瀬が何か言う前に、鉄平に対して外来を手伝うと申し出るんですね。」
「七瀬は穏やかな表情を崩さないけど、直江の様子がおかしいことは一目で判ったろうからね。先に行くと言って直江が出ていったあとで、鉄平も七瀬に言ったと思うよ。最近どうも直江が変だって。」
「でしょうね。だから七瀬は直江の部屋を尋ねる気になったんでしょう。院長室に呼びつけて叱責したり問い詰めたりするんではなく、酒と肴を持って自分から尋ねるという方法で。」
「ねぇ。人間的な優しいやり方だよねぇ…。なのにそういう七瀬のふところに甘えて飛びこんでいけなかった直江には、前回だか前々回だかにこの座談会で出た、父親不在の影響が少なからずあるような気がするなぁ。『僕はMMなんです先生助けて下さい!』って直江にすがりつかれた方が、七瀬は楽…というかまだ納得できるというか、人間的に苦しくなかったと思うね。」
「でも、それが直江という青年にはできなかった…。誰かにすがりつくということを、最後までせずに死んでいった訳ですね、直江は。」
「うん。それってつまりはさ、子供の頃から、無条件で自分を守ってくれる誰かの力強い腕にすがりついた経験がないからなんだよな。子供のうちは誰だって守られたい。怖い思いをすれば雛鳥は、一目散に親の羽の下にもぐりこむじゃんか。なのにそれができなかった・許されなかった子供は、誰かに頼るのは悪いことなんだ、自分は一人でも大丈夫にならなきゃいけないんだって思いこんで育つからね。悲しいことに、大人になってもそういうのって変わらないよ。だから直江青年にとっては、精神的弱さイコール罪悪になってしまってるんだ。たとえ相手が恋人であっても、恩師であってもね。」
「しかしですよ、そうやって心の背中を見せ続けることは、相手をひどく傷つけることにはなりませんか。その態度はいわば拒絶ですよね。自分を愛そうとしてくれている人への。」
「うん。だから皮肉なことにね、そうやって拒絶して傷つけることが、直江にとっての唯一の甘えなのかも知れないよ。自分の孤独と同じものを相手に強制的に感じさせることが、直江の甘えの表現なのかも知れない。そう考えるとむしろ哀れだね。」
「よく、他人に弱みを見せられる人が一番強いって言いますけれども、それって真実かも知れませんねぇ…。」
「前にそんな歌あったよね、『一番の勇気はいつの日も自分らしく素直に生きること』っていうの。誰の歌だっけかなぁ、タイトルも忘れちゃったけど、ほんとにそうかも知んないね。誰にも弱みを見せられない直江は、実は誰よりも憶病で弱い人間なんだよ。一般社会でもそうじゃん? 部下や後輩を怒鳴りつけたり下請業者に威張りくさったりする奴は、要するに自分に自信がなくて弱いから、そうやって攻撃することでしか安心できないんだもん。俺ってダメだよなーなんて平気で笑えたり、助けてくれよと泣けたりする人は、実はものすごく強いんだろうね。無理矢理意地張って、肩をグイグイそびやかしてる人間よりずっと。」
「そうですね。このシーンが何だか長くなりましたけれども、あと何か言うことはありますか?」
「あのね、気がついたのがね、部屋のドアの左っかわの戸に、『こちらのドアは開けちゃダメ!』って紙が貼ってあるのが笑えた。細部までリアリティーあるなーと思って。」

■ 直江の部屋 ■
「病院にいる間は仕事に逃避していられても、独りになると直江の心は恐怖で押しつぶされそうになるんだろうね。フィルム越しのアップは綺麗だったけど、荒れた部屋や山盛りの灰皿は直江の心そのもののようでもあるな。だけど煙草を持つ手の震え方は、これはちょっとやりすぎな気もする(笑)」
「うーん…多少大袈裟かも知れないですね。まぁ本編の直江より若いのだということをはっきりさせるためには、少しオーバーアクション気味にする必要もあったのかも知れません。」
「かもね。本編より落ち着いてちゃ駄目だもんね。んでそこでピンポーンと鳴ったチャイムを、最初直江はてっきりあの看護婦さんだと思って、無視して放っとこうとしたんだろうね。だけど何度もしつこいんで仕方なく出てみたら、意外やそこには七瀬がいたと。」
「ドアがあいたところで画面にはまず酒瓶が映りこみますから、セリフより先にその映像で、七瀬が何をしに来たのか判りましたね。」
「でもその七瀬をいったんドアの外にとどめて、待たせるってのはちょっとツラかったな直江。なんぼ落ち込んでるからって、部屋をちゃんと片づけておかないからこういうことになるんだよ。備えあれば憂いなしとはよくゆったもんだよねぇ。」
「いやそれはちょっとこの場合、例えが違うと思いますけれども…。」
「まさか七瀬の目の前でガチャンとカギしめる訳にいかないし、ということはいつ入ってこられるか判らないんだから、そりゃ直江も大慌てで片づけるよね。閉めたドアのこっちがしで、一瞬固まったみたく考える直江がよかったなー。まずいぞどこから片づけよう、みたいな焦りがすごく感じられた。あとはここで挿入されるマンションの外の、車が1台ブーッと通り過ぎていくシーンはさ、時間の経過を示すとともに七瀬がいかに寒い思いをしてるかっていう説明だよね。コンクリートの足元からしんしんと冷えが這い昇ってきて、高齢でもある七瀬はいささかしびれをきらす訳だね。」
「これだけ雪が降っていれば寒いはずですよ。でなければ七瀬も待ったんでしょうが、あとは男同士の遠慮のなさですよね。気楽に部屋に上がりこんだ七瀬が、直江の片づけていたレントゲンフィルムをちらりと見てしまったのはバッドタイミングでした。」
「そこは専門家だからねぇ。シロートが見たってあんな一瞬じゃあ、レントゲンだか何だかよく判んないけどね。まぁ逆に言えばうちらも? プログラムリストをチラッと見ただけで言語の区別はつくんだから、それと同じっちゃあ同じかもね。」
「しかし直江も短い時間でよくここまで片づけましたよね。まぁ何でかんでも寝室に放り込んだんでしょうけれども、その結果リビングだけはかろうじて片づいたじゃないですか。」
「多分さぁ、片づけてるシーンはサザエさんみたいだったろうね。外の車なんかよりさ、そっち映してほしかったなー。慌てるもんでドアに指挟んだり、足の上にモノ落っことしたり。」
「いえコントじゃないんですから(笑) 逆『闇医者ジャック』ですよそれじゃ。」
「うっわ見てみてぇー! 逆闇!(笑) そういやスマスマはさぁ、『白い影』本編がオンエアされてるっていうのに、その同じ時期にワザとみたく闇医者コントやってたよねぇ。やめてくれよと思ったなアレ。ドラマ見て笑っちゃったらどうしてくれるんだと。まぁ笑わなかったけどね。」
「ま、あれはあれ、これはこれで別世界ですからね。」
「もちろんもちろん。ただそうやって闇医者をオンエアし続けるスマスマの根性っつーか、笑わせてやれという空気がおかしかったよ。んで話を戻して直江と七瀬だけど、マズい書類は何とか片づけきったと思っていたのに、やっぱりテーブルの下に1枚だけ資料を忘れてたんだね。しかもよりによって一番見られちゃまずい、MMの検査結果の数値がプリントアウトされたやつを。」
「さっきのレントゲンの話じゃないですけれども、七瀬はMMの専門家ですからね。紙1枚見ただけでたちまち核心に迫られてしまう訳です。しまったと思ってももう遅く、矢継ぎ早の七瀬の質問に直江はどれも答えられません。そこで七瀬はさっきのレントゲンを思い出すんですね。」
「ちょっと見せろって言ってさっさと取りに行っちゃうあたりが、七瀬の専門家としての自信なんだろうね。あ、そういえば直江が初めて赴任してきた時に、七瀬が研究畑の人間だって話は出てきたっけ。つまりこういうデータとか資料とかを追っかけて判断するのは、七瀬にとって一番得意な作業なんだろうね。」
「強引にレントゲンを持っていく七瀬が寝室のドア口を通りすぎた時、直江にはバレるなという直感がわいたんじゃないですか? それでもなお苦しまぎれのように北海大学の知人に預かった云々と言い訳をすると、それに対する七瀬の反応に少し間があるのがいいですね。いかに熱中して資料に見入っていたかの証拠ですよ。この時の七瀬はまさか患者が直江だとは思っていない訳ですから、いわば研究者魂に火をつけられた気持ちなのかも知れませんね。」
「ああねー。専門分野の重症例なら、腕が鳴るというとちょっと不謹慎だけど、そんな気分になっても不思議はないよね。でも『骨が若いな』ってセリフは悲しいよ。直江はまだまだ若い。真琴同様、将来の希望をどっさり抱えた年齢だっていうのに。」
「そうですね。そして直江はここでほぼ観念するんですね。無防備な後ろ姿に諦めが感じられます。」
「無防備かぁ。確かにそうだねー。『もう手遅れですから』って言い方も投げやりだもんな。七瀬はバサッとフィルムを下げて、『それが医者の言う言葉か! 本人には何て言ってる、直江!』 と声を荒げる。そこで直江の言う、『本人は知っています、判りすぎるほど…。』 これが白状のひとことになるんだね。」
「不審がっていた七瀬もようやく直江の真意を悟り、もう一度さっきのプリントの方を見ますが、『男性28歳、既往症なし』という記載が、ダメ押しの確認の意味になるんですね。ここで流れる弦のメロディーは、本編第6回のボートの時と同じです。」
「うん。あの叙事詩のシーンなー。七瀬は勢いよく振り向いて眼鏡をはずして、『お前なのか直江!』 と問いつめる。MRIの資料、マルクの標本、MPは試したのか、Mプロテインの反応。全てに答えない直江の腕を、苛立った七瀬は乱暴に掴んでふりむかせる。『まさかこれ以上の現実を見るのが怖いなんて思ってるんじゃないだろうな!』 …愛しているがゆえの強い口調だよねー。」
「でも直江は苦しそうに目を合わせず、七瀬は強引に彼を病院へひきずっていこうとしますが、やはり直江は抵抗しますね。そこで七瀬に思いきり叩かれる。」
「そうだね。鉄平に続いて七瀬にひっぱたかれる直江。『僕は医者です、もうどうしようもないことぐらいは…』 と言ったところでビシャッとくらって、『医者である前に人間だろう。人間ならそんなに簡単に納得しない。何もしないでそんなに簡単に死を納得するな!』 と言われて、…んでその次がいいんさねぇ。七瀬はギュッと直江の顎をつかんで、『これが…この顔が納得している顔か!』 納得してる訳ないよね。七瀬と目も合わせらんないのに。」
「『死を納得する』という意識は本編でも出てきましたね。石倉さんの手術の前でしたっけ。死の形を整えてやるというセリフや、納得した死を迎えさせてあげるというセリフが、確かあちこちに出てきたと思いますけれども。」
「ああ、あったねー。自分の命にどれだけの手が尽くされたかを知ることで、人間は死を納得するんだったっけか。あの時直江がああいうふうに言えたのも、七瀬によって教わったことだったんだね。」

■ 診察室 ■
「かくして直江が七瀬じきじきの検査を受けるシーンなんだけども、ここさぁ…ここさぁここさぁここさぁ八重垣っ! なんかもんのすごぅぅぅ〜く、いけないシーンみたいな気がするのは気のせいかしらっ! どんなラブシーンよりどんなベッドシーンよりヌードシーンより、いけないシーン見ている気がするんだけどもねっアタシはねっ! CowCowCow〜〜〜!」
「何ですかその鳴き声は(笑) カラスですか?」
「ちゃうねん鶴やねん! 鶴のひとこえ、ひよどり越え! 飼ってみたいなカブトガニ、シーラカンスにホトケノザときたもんだ! このさぁ、CTスキャンだかMRの機械だか知らないけど、それにかけられる直江の姿ってものすごく刺激的だと思わない!? これ以上ゆぅとヤバそうだからゆわないけどっ! カーカー♪カラスのかんざぶろっ♪ そう思うだろー高見澤―! いわんや総長をや!」
「はいはいどうどうどう。判りますよ言いたいことは何となく。」
「おおそうか! 判ってくれるかさすがはヤエガキっ! てことはキミもお医者さんゴッコでゾクゾクしたクチだろうっ! ぬぁはっはっはっはっはっ!」
「やめて下さい話をそっちに持っていくのは(笑) 変態入ってますよそれ少し。」
「そーか? いかんな(笑) 自重しよう自重。はい深呼吸―。ほれあんたもあんたも! 深呼吸はい深呼吸。すーはーすーはーすーはーはー。」
「なんで僕までやってるんだろう…。はいいいですか酸素は補給しましたか?」
「したした。んでもすぐに足りなくなると思うよ。だってこの採血される直江の姿も刺激的だからねぇっ! なんでこんなに妖艶なのかしらねぇぇー! 痛みではない何かを耐えるように、ぎゅっと目をとじる直江のアップが、ああっいいわぁいいわぁいいわぁぁー! 天知る地知る人が知る〜♪ チルチルミチルはポテンシャル〜♪ …って魔夜峰央さんの『横須賀ロビン』の歌なんだけど知らないかなぁ。知らねーだろーなー。『人が知る』は『己れ知る』だったかも知んない。」
「またずいぶんマイナーなところをもってきましたね。魔夜さんといったらやっぱりまずは『パタリロ!』でしょう。」
「そりゃそうだけどよー。『白い影』の座談会で『パタリロ!』の話するか? ふつー。」
「じゃあ『横須賀ロビン』ならいいんですか? 便器口とか出てきますよあれだって。」
「はっはっはっ便器口―! なつかすぃー! …ってなんでそんな話で笑ってんのよアタシ。駄目だよ八重垣、話をそらしちゃあ。こんな大事なシーンなのにぃ。BGMはアダージェットで、直江が瞑目したあと月が雲に陰るのがいいよねぇ。このドラマらしい象徴映像だよ。」
「あのですね、僕が言い出した訳じゃないですからね『横須賀ロビン』は…。まぁこの責任転嫁パターンは今に始まったことじゃないんで流しますけれども、ここでの七瀬の慟哭は、医者ゆえに決して逃げることのできない残酷な真実によるものですよね。これは前々回に出た『嘘の考察』との関連においても、押さえておくポイントだと思います。」
「ああ、確かにねー。地獄にも似た苦しみを内包する、『残酷なる真実』か…。それはまさに『優しい嘘』の対局にあるものだよね。石倉夫妻や真琴に、直江が贈ったのは優しい嘘。千鶴子の求めたものもある意味ではそれなのかな。いや…そうじゃないな。千鶴子の想いはもっと大きくて、嘘をついてくれる側すなわち夫・七瀬の心の負担を軽くするために、違う病院へ行ったのかも知れないね。七瀬が嘘をつかなくてもいいように。罪の意識を感じなくて済むように。」
「そう考えるとすごい存在じゃないですか千鶴子は。七瀬や直江、つまり優しい嘘をついてくれる側を、もうひとまわり外側から、大きな大きな思いやりで包んでいる訳ですよ。」
「ねー。そういうことになるよね。だから直江は倫子のボートすらこの世に置いていったのに、千鶴子のマフラーだけは湖の底まで身につけていったのかぁ。」
「なるほどねぇ…。この座談会も第5回にしてすごい真実に突き当たりましたね。」
「ほんとだよね。医者というのは自分自身が決して嘘の中には入れないんだって話をするつもりでいたのに、違うことに気がついちゃったな。まぁ気がついたっていうか解釈を見つけたっていうか。この解釈が果たして作り手の意図とイコールかどうかは、ちょいと判んないけどね。」
「いいんですよそれで。確か前にもそんな話しましたよ。絶対的な答えが1つだけの数学とは違って、こういうドラマとか小説とかの創作物というのは、受け手の解釈まで含んで1つの作品なんです。作り手の意図と違った解釈をしてはいけないというルールはありませんからね。もし、受け手の見つけた解釈を施すことでドラマ世界がより深く輝くのであれば、そちらを選択したって全然かまわない訳です。それが個性であり主観というものなんですよ。」
「おっしゃる通りだねー。…んでそれで思い出したんだけどもさ、こないだのMIJスペシャルのオープニングのテンマツを、某掲示板で某バリ黄のかたが、『あれは謝罪まで含んで1つの作品である』という意味のことをおっしゃってて、これにはアタシ大納得しちゃったねー。どうりであんなに早く局側が謝罪した訳だ。ねえ! いやぁ久々だったよ、人の意見にこんなに深くうなずかされたの。この素晴らしきユーモアに満ちた意見が誰のものか、ここに書きたいところではあるんだけども、そうは問屋がなめこおろし。実ァねぇ八重垣。」
「はいはい(笑)」
「そのバリ黄のかたにさぁ、以前、剛と超ノーコーなキスしちゃった夢の話をリアルに書き送った結果、以来メールくんなくなっちゃったのよねー(笑)」
「また何てことするんですか(笑) 見境ないですねー智子さんも! どういう夢見てるんです。」
「なー。アタシもそう思うよ。だけど人間て面白いもんで、中居さんとキスした夢なんか自慢じゃないけど見たこともない。いつも剛だとか、慎吾だとか(笑) あやうく真澄っちにも絶交されるとこだった(笑)」
「そうなんですか? むしろ僕が思うにねぇ、香取神社で良縁なんか願うからムカつかれるんですよ。そんな話をわざわざメールで書き送るから。」
「でもちゃんとメッセージの重要度は『低』にしたぜぇ?」
「いえそういう問題じゃありません。この際だから言っときますけど、智子さんのメールって描写がけっこうリアルなんですよ。形容詞を多用してこまこまこまこま書き込むから。」
「おやそう怪? 夢の話だから平気だと思ったんだけどねぇ。」
「夢に限らずです。気をつけた方がいいですよ。何かとブツギをかもしますから。えーとそれで話はどこまで行ったんでしたっけ。ほらぁ忘れちゃったじゃないですかぁ。」
「君もそろそろ30だしなぁ。記憶力低下はいかんともしがたかろう。うん運うん。」
「あなたに言われたくないです。じゃあどこまで語ったか言って下さいよ。」
「えっとねぇ、確か謝罪まで…じゃねーよ解釈まで含んで1つの作品だってとこまでだよ。だからつまり要するに、解釈は人それぞれだってことだよね!」
「それはちょっと違います。僕も思い出しました。千鶴子は嘘をつく側のことまで思いやってくれていたと解釈する方が、ドラマとして深みが出るという話をしていたんです。」
「ああ、そうだったそうだった。んじゃそっから17号バイパスの中央分離帯の切れ目に突っ込む走り屋のUターンの如く、話を戻そう。えーとそういった訳で直江のカラダを詳細に調べた結果…ってこの言い方もすごく卑猥じゃないかヤエガキ(笑)」
「はいはいもうそらさないそらさない! カラダをカタカナにするからいけないんです。直江の体を詳しく調べた結果、やはりもう手遅れだということがここで判明してしまった訳ですね。さっき直江の部屋で七瀬の言った『これ以上の現実』が、有無を言わさず明らかになってしまったということです。」
「七瀬は頭を抱えて、『あるはずだまだ何か方法が…!』と呻吟してるけども、それはもう呪文というか、神頼みにも似た虚しいものであることは2人とも判ってるんだよね。七瀬がいくら直江を大事に思っていようとも、彼を嘘で包んでやることだけはできない。なぜかって直江は教え子であり、七瀬の患者ではないからな。『先生もういいです、もう僕の体のことは…。』 そう言う直江の口調は穏やかでも、心の中は吹雪の如く。ついに自分を保つことさえできなくなった直江は、いきなり走り出て行ってしまうと。」
「吹きつける吹雪の風の、ヒュウッと切るような音が効果的ですね。雪の通路を走っていく背中に、七瀬は必死で『直江―!』とよびかけます。この吹雪の中を走ることは高齢の七瀬にはできなくて、逆に直江にはできるというのが切ないですね。そんなに若くして不治の病に冒されてしまった訳ですから。」
「立ち止まった背中で直江がつぶやく、『どうして…どうして僕が…』って言葉。これって本音のひとことだよね。対する七瀬の、『私がお前を助けるから…私が助けるから…』という繰り返しは、もうほとんど祈りに近い。振り返った直江の頬は涙で濡れていて、笑おうとして笑顔にならず深く頭を下げる。このへんの直江の表情の微妙さは、本編初期の中居さんにはなかったものだと思うよ。バーッと全開にするんじゃない、押さえた演技ってやつ?」
「そうですね。力まずに深みを出すのは難しいと思います。間違いなくあの本編で中居は変わりましたね。」
「しかしさ、七瀬を振り切って走り出したところにちょうどカラのタクシーが来るっちゅうのは、なんぼドラマでもタイミングよすぎだと思うけどねぇ。何たって1両だけの電車がゴトゴト走っている土地だよ? 夜になればタクシーなんて滅多に通らないんちゃうん?」
「それはきっと言うだろうと思いました(笑) まぁドラマですからね。そういうのはしょうがないんじゃないですか?」
「あとさぁ。採血とか色々やって検査したのは判るけど、なんぼ七瀬が専門家でもその場で結果が出るもんかねぇ。電子顕微鏡とか使って外部機関で分析したりするんだろうから、どう早くみても1週間はかかるよなぁ。」
「ええ、かかると思いますよ。でもそれもドラマの虚構の範疇です。突っ込むのは野暮な部分です。…全くもぅしみじみ感動していたかと思うと、その直後にそうやって重箱の隅が気になり出す人なんですねぇ。変わり身の早さに呆れますね。」
「まーなー、これもまぁシロートながら小説なんて書いてるもんのサガだぃね〜。受け身で物語に入れないんだよ。どういう構成になってるんだろう、作り手にどういう意図があるんだろうっていうのが、気になって気になってたまんないのね。んで最後には、私だったらどうするだろうという発想になる。」
「で、我慢できなくなるとプロフィットを持ち出して、自分で書き出す訳ですね。」
「そう。そうやって『ある出逢い』とか書いちゃうんさ(笑)」

■ 支笏湖 〜 医局 〜 支笏湖 ■
「さぁ突っ込み所満載の支笏湖のシーン。やっぱ突っ込まずにいられないのが、直江はどうやってここに来たのかってことだね。こんな着のみ着のままみたいな格好で。」
「うーん…(笑) そこも突っ込まぬが花だと思いますけれども…。直江が部屋に戻ってコートを着たり、駅で切符を買うシーンを映したりしても…ねぇ。尺の無駄にしかならないと思いますし…。」
「そりゃそうだよ。そこまで描けとは言わない。ただ場所が北海道だけに、ここの省略は大胆を通り越してマンガっぽいんだよねー。例えばここが野尻湖なら問題はないのさぁ。タクシー飛ばして何とか来られる距離だもの。でも支笏湖となるとサスガに非現実的だぁな。」
「まぁ不自然さは色々あるでしょうけれども、このシーンの映像は綺麗でしたよ。鈍色というのはまさにこの色だな、という湖水が直江の心情をそのまま代弁していました。」
「ねー。湖水が代弁してんだからさぁ、ナレーションはいらないよね。このSP編の全編通して、ここのナレーションはほんっとに不要だと思った。」
「うん、確かに邪魔でしたね。もう言い飽きた感もありますけれども。」
「ナレーションの話が出たんでここで言っちゃうけども、ここまで座談会やってきて改めて思う。このSP編はさ、正直、正直…正直言って、やっぱイマイチだったよなー。」
「え?(笑) なんですか今ここでその展開になるんですか?」
「だってさー。読み返してみて自分で思ったもん。筆があんまり歌ってねーなーって。いや、いいわぁ星人ならではのツボは別にしてだよ? それを入れちゃうと常に世の中花ざかりだから。そうじゃなくドラマ自体を冷静に眺めると、な〜んか平凡というか、特にこれといって印象に焼きつくシーンはなかったなぁ…っていうのが正直な感想。真琴のクダリもさぁ、改めて振り返るとあんまり強烈に記憶に残ってないもん。未来ある少女の初恋と死…。平凡なんだよねー。」
「はぁ(笑) 何だか急に辛口になりましたね(笑)」
「だってさー。この支笏湖のシーンもさぁ、最初は死ぬつもりで来たんだけど、過去の母親の姿と死んでいった真琴の言葉を思い出して、死ぬのを思いとどまるっていう『読めすぎる』展開じゃん? パンチ不足だよなー。手ごたえが弱い。
いや別にね、ストーリーが平凡なのはいいのよ。何もキバツな話を見せろって言ってるんじゃない。本編だって別に異星人が攻めてきた訳じゃなし、ストーリー自体は平凡ちゃあ平凡だったでしょう。
でもストーリーが平凡であるなら、エピソードに充実が欲しいよね。忘れられないシーンというのが欲しいよ。もちろん、これも奇抜である必要はない。演技の妙とか演出の妙とか、そういうので酔わせてくれればいいんであって、本編にはそういう場面が数え切れないほどあったでしょう。例えば第6回の、痰を詰まらせて生死をさまよった石倉と、その手を握りしめる弥勒菩薩のような直江のシーンは、目を閉じただけで浮かんでくるくらい感動的だったしさぁ、泣いている直江に倫子がキスするシーンとか、注射を打ってくれって美樹子に頼むシーンとか、珠玉の場面がいっぱいあるじゃない。そういうのがこのSP編には少なかったなぁと思うんだ。」
「まぁ確かにそうかも知れませんね。本編の素晴らしさは、そういった珠玉の場面にあったかも知れません。」
「でねぇ。このSP編におけるこの支笏湖のシーンは、本来そういう珠玉のシーンになるべき場面だったと思うのよ。ストーリーが平凡でもいいしエピソードが平凡でもいい。そのぶん演技と演出で酔わせてくれ! …という肝心カナメなところで出てくるのが、またこの邪魔くさいナレーションだよ(笑) オイオイ勘弁してくれよほんとにもぅ。
中居さんはいい表情してるんだよぉ。子供時代の回想シーンから現在に戻って、真琴の言葉が甦ってきたところ。カメラがぐるーっと直江の周りを回って、頬に光る涙を映す。キャプチャーしてて気づいたんだけどね、中居さんて目を閉じる寸前に一番いい表情するんだ。ここでも一瞬ふわっと瞼を閉じて、再びひらき遠くを見た時には、七瀬に叱咤された『死を納得していない顔』じゃなく、毅然たる決意の表情になっている。そこへ空からも光が差してきて、湖の全景が画面に映り直江の立ち姿と重なる…。
ねー? これでもう十分やん。十分、想いは伝わってくるやん。そこに 『遠い日の母が真琴が僕に逃げるなと言ってくれていた』 だの 『僕はこの冬の湖に弱い自分の心を沈めよう』 だのって、余計なナレーションで頼むから上塗りしないでくれぇー! …と、私は画面に突っ込んだ。マジ。
もちろんね、そこまでケナさなくても私はナレーションが気になりませんでしたよ、という人もきっといると思う。聞いているうちに慣れちゃったというのもあると思う。んでも私にとっては最後まで邪魔でした。ビバアミやドリスマのライブビデオの、目ざわりなCG合成と全く同じ感覚だね。」
「なるほどね…。ストーリーやエピソードが平凡であっても演技や演出が素晴らしければそれでいいのに、その最後のポイントまでナレーションでブッ壊されたということですね。」
「ピンポーン(笑) 要約すればそういうこった。あーハッキリ言えてスッキリした。これで肩の荷が軽くなった!」
「そうですか、よかったですね(笑) すっきりしましたか?(笑)」
「ついたついた。第2回の中盤くらいから、な〜んかモヤモヤしてたんだよねー。つまらないってホドじゃないんだけども、本編に比べたらこのSP編には感動してないなぁ自分…とずっと思ってた。その疑問が氷解しましたよ。2時間という制約上仕方ないとはいえ、平凡なストーリーを追いかけるのに手いっぱいで名場面が少なく、ここぞと思うシーンに限ってナレーションが邪魔をする。それで酔えなかったんだなー。うんうん。納得納得。」
「じゃあそのへんがはっきりしたところで、映像的な話はどうですか? 支笏湖や、太陽や、凝った映像だったとは思うんですけれども。」
「えーっとね、途中で七瀬たちが心配しているシーンが挿入されたそのあとの部分で、死のうとしている直江の心を映し出す演出はよかったね。まず太陽に雲がかぶって日輪が歪んで、カメラは直江の背中をズームにし、一瞬水底の光景が映る。これで直江が入水を考えていることが判るでしょう。足元でゴトゴト音がするのは、ボートが桟橋の板を叩くから。その固い音が湖の深さと冷たさを伝え、直江の目元をアップにしたところでフッと無音になる。吹きつける風は奈落からの囁きのよう。このボートに乗って死の国へ漕ぎ出そうと、直江が近づきロープをほどいているところに、『あのー』と女の子の声がする…。この一連の流れはすごくよかったね。」
「すごく計算されたカットですよね。演出家の気合を感じますよ。」
「しかしこの女の子の家族は、こんな時分こんな寒いところに何をしに来てたんだろう。…とまた細かいことが気になる私なのであった(笑) それを言っちゃうとキリがないからよすとして、あんたはこのシーンに何かある? 八重垣。」
「まぁ僕が思ったのはですね、病院での七瀬たちに関してですね。警察に連絡しようかと鉄平は迷いますけれども、七瀬がもう少し待とうと言うのは、直江を信じているからに他なりません。ツツイユウコの手術のあとで、直江に伝え得たはずのものの大きさを、七瀬は思い出していたかも知れませんね。」
「そうだね。あの時七瀬の言葉の1つ1つにうなずいていた直江は、聡明そのものだったもんね。あの直江なら、たとえ一時は錯乱して自分を見失っても、早まったことをするその寸前に、命の重さを思い出してくれるに違いない…。いや思い出してほしいと、七瀬は念じていたのかも知れないよ。」

■ 七瀬宅 ■
「さて前のシーンではイロイロ文句をつけましたけども(笑) SP編最大のクライマックスといったらこの、直江と七瀬の語らいのシーンだろうね。ここには邪魔なナレーションもなく(笑) ベテラン山本さんと真正面から向かい合った、中居さんの演技も見ものだったよ。」
「ええ。確かに見ごたえのあるシーンでしたね。ずっしりと重厚な印象があります。」
「まずは歩道を歩いてくる直江。カバンを持って旅支度して、七瀬の家の前にやってくる。家の明かりが何だかすごくあったかい感じがするんだよね。んで直江はひとつ息を吐いて、ピンポーンと呼び鈴を鳴らすんだけど、ここはもう今までと表情が違う。この時点で直江は完全に、『納得している顔』になってるね。」
「一方の七瀬は玄関に現れると、直江を認めていったん立ち尽くしたあと、厳しい顔になって戸を開けますけれども、このカラカラという音が僕は案外好きですね。バタンというドアじゃなく、長野の旧家という感じがして。」
「うんうんそれはいえる。日本家屋ってもともとこういう戸なんだよね。ドアよりも開けたてのスペースを必要としない、すぐれた建具なんだ。」
「またこうやって七瀬がいきなり出てくるというのも、『にわかやもめ』でしたっけ? 奥さんに先立たれた七瀬の孤独な暮らしぶりがよく判りますね。」
「お兄さんといい奥さんといい、七瀬も親族に先立たれるなぁ。んで今度は直江との別れだ。いきなり行方不明になって帰ってきた矢先、これから東京へ行くと言いやがる。知人の伝手で行田病院に就職を決めてきた、ってセリフであたしゃ一瞬、オイあそこは東京じゃなくて埼玉だよ!ってすごく間違った突っ込みをしてしまった(笑) 行田病院は江戸川区だっけね。もっとも江戸川区は厳密にいうと千葉県の領土なんだけども、ここへきてそういう馬鹿話は置いといて、この座敷で向かい合う2人はあくまでも静かだね。『どんなに手をつくされても僕は死にます』 という究極の台詞を直江は淡々と語り、その表情には『納得』の強さが宿っている。」
「このシーンは珍しく、引き気味の映像なのも興味深いですね。動きのない映像を、微妙にアングルを変えてカメラは切り取ってくれます。」
「そうそう。今までとはちょっと撮り方が違うんだここ。アップ&アップの応酬じゃない。BGMも最小限でね。」
「七瀬は懸命の説得を試みますが、直江の決意は固く諦めざるを得ません。『縄でゆわいて止めても行く奴だ直江庸介という奴は!』 と、それを一番よく知っているのも七瀬なんですね。」
「『独りで勝手に行ってこい!』 と言い捨てて七瀬が立っていったあとの、独りになった直江の表情がいいよ。膝に置いた手の、あらたまった置き方もすごくいいし、千鶴子の遺影に向かってにじるように体の向きをずらして、深く一礼する仕種も男らしいなぁ…。」
「遺影のそばに飾られている菊の花が、白とピンクだったじゃないですか。これが何だか生前の千鶴子の人柄を忍ばせている気がしますね。」
「そういえばここにお骨(こつ)があるってことは、まだ納骨もしていない短い間に、直江の身にはずいぶんと色んな出来事があったってことだね。七瀬に病気がバレて支笏湖へタクシー飛ばして、江戸川区で中途面接して採用され、マンション決めて長野に帰って荷造り済ませて、七瀬の家か。はなはだ行動的やねぇ。」
「またそうやって現実的になる(笑) 省略しなきゃドラマになりませんよ。」

■ 追分駅前 ■
「先輩たちと直江の、そして七瀬の別れのシーン。『追分駅』っていうのは架空の駅名なんだろうけど、ゆうパックの案内だの駐輪禁止の札だの、『山里の信州そば』の看板だのと凝ってるねぇ。TBSらしく芸が細かいというか。」
「信濃追分という駅はありますよね。あそこはもとの沓掛なんでしょう?」
「だっちゅう話だね。超高級別荘街だ。しかしこの別れのシーンでの玲子はさ、つくづく大したエピソードのなかったキャラだよね。『頑張りすぎて無理しないのよ。体も心もよ。何だか返事が早くて心配だな…』ってさぁ、いいセリフなのにセリフで終わっちゃってる感じ。描かれなかったエピソードを想像しようにも材料がなくて、純名さんっていう女優さんを使いきれてないよね。残念残念。」
「直江が自分の病気に気づいたあとは、先輩たちとの長いやりとりがあまりありませんでしたからね。少し印象が薄らいでいるかも知れません。」
「んでやけにでっかいバスが来て、直江がそれに近づいていったところに七瀬が走ってくる。気づいた直江の表情が、さっきまでの厳しいものではなくなっているのが素晴らしいね。煩悩苦悩に捕らわれていた時と、支笏湖で死のうとしていた時と、清冽な決意を固めた時と、この最後の七瀬との会話。全てにおいて直江はちゃんと、違う表情になっている…。ひょっとして中居さんてのはすごい役者だぞオイ(笑)」
「この七瀬との会話の時が、最も素直で最も自然な、人間らしい表情でしたね。また七瀬もさっきは苦虫を噛み潰した顔をしていたのが、優しい表情に戻っています。これは多分あれですね、千鶴子に行けと言われたんでしょうね。頑固なのがあなたの悪い癖だと叱られて。」
「そうそう! きっとそうだよね! 前のシーンのラストは千鶴子の遺影だったんだ。千鶴子は、自分に一礼していった直江が本当は不安なのを感じ取って、座敷に戻ってきた七瀬に、あなたが支えてあげなくてどうするんですか、まだ間に合います早く行ってあげて下さい、って背中を押し出したんだろうね。コドモだなー七瀬も(笑)」
「千鶴子が編んでいたマフラーを直江の首にかけてやる、その七瀬の不器用さもいいですね。老いた父親そのものの雰囲気です。」
「そうだね。『来るつもりはなかったんだ』 とかまだ言い訳しつつ、『またいつだって会えるんだ。会えるんだぞ。私たちはいつでもここにいるからな!』 …今の直江にとってこんなに暖かい、優しい言葉はないよねぇ。みゆき姉さんの歌にあるんだけどさ、『忘れたふりを装いながらも 靴を脱ぐ場所があけてあるふるさと』… 帰る場所があることのありがたさだよね。」
「本当にそうですね。直江は長野生まれではない訳ですけれども、この土地は直江の心のふるさとになるんでしょう。」
「なのに北海道で死にくさったけどなコイツ(笑) かくして直江と七瀬は琴線に触れる会話を交わしあってる訳だけど、バスの運転手さんにしてみれば迷惑な話だ。もたもたせんと早く乗れっちゅーねん。」
「いいじゃないですか少しくらい(笑) バス会社の人間ですか智子さんは。」
「ふふっあたしゃ人間じゃない、いいわぁ星人やねん。しゅばっ!」
「ああっ! き、消えたっ!」
「消えるかボケ(笑) 言葉だけが手段の文章世界でまぎらわしいことゆーな(笑) んでクラクションに催促された七瀬は、さぁ行けと直江の足を促し、直江はもう一度七瀬に頭を下げてバスへと向かう。ここで信号がパッと緑になるから、運転手さんにはすぐにもアクセルを踏むだろうことは予想できる。乗り口の脇に立っている鉄平たちに直江が顔を向けないのは、もう泣いてしまっているからだよね。」
「深く顔をうつむけて、大股で歩いていましたね。そして直江が乗るとバスはすぐ走りだし、2〜3歩下がった七瀬の横を大型リムジンの車体がぐるりとターンして、座席に後ろ向きに手を突いて深々と頭を下げる直江が見えますけれども、その姿を透かす窓ガラスの表面を、外灯の光が流れていくのが綺麗でしたね。いい演出だったと思います。」
「BGMのアタージェットも最高に効果的だね。『直江―! 生きろー! 生きるんだぞー!』って叫びは、そのまんま聞くと気恥ずかしいというか、夕陽に向かってバカヤローのノリに近いっちゃあ近いんだけど、前後がビシッと締まってるからこういうセリフも『浮かない』んだよね。」
「そうですね。それだけ力のあるシーンだったということです。」
「あとさ、逆カメで車内の直江の背中を映してる時、最後尾のガラスの向こうね、遠ざかる駅前の明かりがちゃんと入ってるのがよかったよ。まぁ運転手さんの気持ちになってみれば、いい加減に座って下さいよお客さん、って言いたいところだろうけど。」
「だからこの際、運転手さんの気持ちにはならなくていいでしょう。それをやっていたらもう本当にキリがないですよ。」
「そうかなぁ。七瀬が直江の部屋に来たときに手みやげに持ってきた、あのお寿司がどうなったかもすごーく気になるんだけどねぇ。冬場の雪国だから日もちはするだろうけど、いかんせん寿司じゃなぁ…。」
「呆れましたね、そんなことを気にしてたんですか。寿司の顛末まで考えてのドラマ…あったら見てみたいものです。」

■ 行田病院 ■
「ここから先はいわゆるカタストロフだからさくさく行くよ。直江が新たな自己実現の場として訪れたのは、視聴者には懐かしいあの行田病院。雪深い長野とは違い都会の空はカラカラに晴れていて、建物の雰囲気も七瀬病院とは全く違う。シャンデリアなんか付いちゃってるし、美樹子みたいなアカ抜けた女も長野にはいなかったはずだよ。」
「ええ、いなかったでしょうね。真っ赤なセーターにハイヒールで院内を歩いている職員なんて。」
「美樹子が院長の娘だってことを、この時点で直江は知らないはずだもんね。また美樹子の方も、誰この人、みたいな顔で直江を一瞥してすれ違ってる。やがてこの2人は大人の関係になって、色々なエピソードを重ねていく訳だね。」
「新たなエピソードの予感は、車椅子に乗っている女の子によっても感じさせられますね。真琴と同じピンクのマフラーをした。」
「そうそう。ここにも真琴と同じように、医者の救いを待っている少女がいるんだ。」
「この子がニット帽をすっぽりかぶっているのは、抗ガン剤の副作用か何かで髪が抜けてしまっているからなんでしょうね。」
「だと思う。なのに病気に負けず戦おうとしているんだろうことは、直江にニコッと笑いかけてくる態度で判る。初対面の人に挨拶できるエネルギーがあるんだよね。へこたれてないんだ。そんな患者に直江も会釈して笑い返し、歩き出すところからスローモーションになる。『七瀬先生、僕は生きます。最後にあの湖を訪れるその日まで…。』 んでその直江のアップに、”今”の支笏湖にいる七瀬がかぶると。こういう流れでドラマは終結するんだけども、しかしさぁ、こんな前向きな気持ちで行田病院に来た直江が、たった2年後には、当直なのに酒を飲みにいくような無頼漢になっちゃってる訳だよねぇ。まぁこれは作る側の設定のズレだから、視聴者がああこう言う話じゃないんだけどさ。」
「設定のズレね。言ってしまえばそういうことですよね。本編を撮る前の直江のキャラクター設定と、本編のあとのSP編での設定に、食い違いが生じている訳ですね。」
「その食い違いがなんで生じたのかというと、まさに 『中居さんが直江になりきったため』 なんだから、ある意味歓迎すべきズレだよね。SP編の直江の方が中居カラーが強いんだ。演者とキャラクターがより深く結びついた結果の現象。視聴者の最大公約数的意向が、SP編には強く反映されていると言うべきか。」
「ですから、どうしてもそのズレを埋めようとするならば、また新たな物語が必要になる訳ですよね。倫子と出会うまでの2年間、行田病院で直江に何があったのか。」
「そういうことになるけどね。まぁその話は最後にして、とりあえず次のシーンを語っちゃおう。」

■ ”今”の支笏湖 ■
「直江の思い出を語らっている七瀬と倫子のところに、タクシーが赤ん坊を届けにくる。七瀬がこの子を見るのはもちろん初めてな訳で、心情的には完全に孫だろうね。てゆーかもしも直江があのまま元気でいて、長野を去ることもなくやがて七瀬病院を嗣いでくれていれば、養子にはならなかったにせよ七瀬は完全な直江の親代わりで、孫を抱くことも夢じゃなかっただろうにね。」
「そうですね。ここでの七瀬の笑顔には、そんな切なさも隠れていたんでしょうね。」
「んでこのシーンで特筆すべきは、七瀬と話をした翌日、赤ん坊を抱いた倫子の背景の湖が、すごく明るい光を湛えていることだと思うね。今までは暗くやるせない色だったのに、希望の色に変わってるんだよ。そこにまりやさんの主題歌が重なって、『先生見えますか、あたしたちのヨウスケ。大きくなったでしょ?』 という倫子の呼びかけで物語は終わる…。画面は本編第1回めからの記憶の映像になって、スタッフロールが巻き上がる。」
「本編の映像は、”今”の倫子から見れば直江との愛の物語であり、SP編の側から見れば、このあとに続いていく物語でもあります。その両方の位置づけになる訳ですね。」
「第1回めのボートの映像、直江というか中居さんやっぱ若いなぁ…。川原にたたずむコート姿のシルエット、すげー綺麗だなぁ…。そんな風にずっと見ていって、さて最後の最後にどのカットが来るんだろうと思っていたら、第6回で川を流れていくボートの中の直江だったね。へー、と思ったなぁ。もしかしたらやっぱりスタッフも、あのシーンが一番お気に入りなのかしら、なんて勝手に考えてしまいました。」
「―――はい、ということでSP編の全シーンを語り終えた訳なんですけれども、何かさっき智子さん言ってましたよね。倫子と出会うまでの2年間の直江の話を、最後に語るとか何とか…。」
「ああそうそう。最後に語ろうと思ったのは、DVDのディレクター・インタビューにあったとかっていう、『白い影』映画化の話よ。」
「はいはいありましたありましたそんな話が。あちこちの掲示板で、賛成意見・反対意見が戦わされたみたいですけれども。」
「あれね、私テキには反対だな。これで映画化するなんていっても、三番煎じが関の山だと思う。本編の『白い影』に感動した人たちは、もうすでに自分たちの中に理想のイメージを作り上げている。だからその次にどんな続編をもってこられても、もう本編の時のような感動はないんだよ。
それに、直江を演じた中居さんの心も、もうすでに”次”に向いてるんじゃないかなと私は思うねー。『白い影』の映画化は、ごく一部のファンにとっての居心地よい沼にすぎないと思うんだ。海でもなければ川でもない、森の奥の深い沼ね。
まぁ…とか何とかゆったって私も? 映画化されりゃあモンクたれつつ高崎109に行くだろうし、続編やれば9.2で録画しながら見るだろうとは思うけどね(笑) でもこれ以上のストーリーは、各自が心の中で大切に紡いでいけばいいと思うんさね。あのドラマも直江というキャラクターも、すでにファンのものだ。制作者の手さえ離れて、別の花を咲かせてるよ。」
「なるほどね…。ある意味それが、最も幸せな形かも知れませんね。
はい、ということで以上でですね、『L’ombre blanche』SP編を終わりにしたいと思うんですけれども、今回は途中でちょっと変則的なUPになったりして、内心少し心配でしたよ。」

「あたしもだよ(笑) 終わるかなコレ、ってちょっと不安になった。でも何とか着地できてホッとしました。あんたもお疲れさんでしたね八重垣。」
「いえいえ智子さんこそお疲れさまでした。ちょうどねぇ、仕事がいきなり忙しくなっちゃって大変だったと思いますけれども、7月5日にならずに決着がつけられてよかったと思います。」
「なー。ぎりぎりセーフだよなー。これでしばらくはいつものペースでいける。皆様と違ってあたしゃライブシーズンは気楽なんだ♪ 頑張って下さいましね皆様〜。あたしゃ高見の見物です。」
「それも一つの楽しみ方かも知れませんね。でもライブにいらっしゃる皆様は体調と天候に注意して頂いて、ホットでクレイジーな夏をフラッパーに楽しんで頂きたいと思います。
では今回の座談会は、これで終了とさせて頂きたいと思います。また近々お会いする日まで、お元気で。パーソナリティーは私、八重垣悟と、」

「7月は出張とかもあって、ますます忙しくなりそうな木村智子でしたぁ〜! いちんちふつか更新がズレたら、お許し下さいまし〜!」
【 完 】



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