それは夕食後にみんなでくつろいでいるときだった。
「そういえば……今日、父様を探しに外出した時なんですけど」
お茶を淹れて一服していた千鶴がに話しかける。なにか聞いてほしいことが起きたのだと察して、は次の言葉を待つように首を傾げた。
「一緒に行ってくれたのは井上さんなんですけど、親子に間違えられました」
「ぶふっ」
吹き出したのは、ではなく、広間の向こうに座ってお茶を飲んでいた永倉だ。近くに座っていた原田や藤堂が「うわっ、汚ぇ!」とあわてて避ける。千鶴の本来の話し相手であるは、「あらまあ……」とつぶやくと、数回目を瞬いた。
「井上殿、そんな御歳なのかしら?」
「まあ、千鶴くらいの歳の子供がいてもおかしくない年齢か……」
不思議そうなに答えるように、原田が納得する。井上は実年齢よりも老けて見える分、余計に違和感はない。
当の井上はと言うと、風呂を使っていてこの場にはいなかった。千鶴もそれをわかった上で話題にしている。
「まあ、我々の中では最年長だからなぁ」
近藤はしみじみとうなずくと、千鶴に目を向け、微笑んだ。
「源さんのことだから、間違えられて笑っていただろう?」
「はい。こんな可愛い娘がいるなら幸せだって言ってくださいました」
くすぐったそうな千鶴の口ぶりで、井上がすこしも気を害さなかったとわかる。井上のそういうところは、まさに〝父親〟だった。
「源さんが父親だとすると、俺はさしずめ兄貴ってとこか」
「そんなこと言ったら、ここにいる全員、兄貴になるだろ」
得意げな永倉に、原田が思わず突っ込んだ。
「ええっ、俺は兄貴とか嫌なんだけど!」
「ほほーぉ、じゃあ平助は何ならいいんだ?」
「何って……そりゃ……。だって、俺がいちばん歳も近いし……」
思わず赤くなって藤堂が口ごもると、にやにやと会話を聞いていた沖田も割って入った。
「僕も、お兄ちゃん扱いは嫌かな」
「お兄ちゃんはだめなの?」
なんだかんだ言いながら、沖田が千鶴の面倒をよく見ていることを知っているは、意外そうに訊ねる。沖田は「もちろん」とうなずき、
「こんなに可愛い女の子が相手なんだから、僕は妹よりお嫁さんの方が嬉しいなぁ」
「ああ、そういうことなの。とてもお似合いよ」
沖田の答えを聞いてにこにことうなずくに、藤堂が「俺は!?」と声を上げる。
「平助殿は、そうねえ……兄弟には見えないけれど、夫婦よりももっと無邪気な感じがするわ。……強いてと言えば、恋仲かしら……?」
「残念だったな、平助」
がっくりと肩を落とす藤堂の背中をばんばんと叩いて、永倉が慰める。
「恋仲と夫婦の違いってなんだよ……大して違わないと思うんだけど!?」
「まあ、平たく言えば、色気の差だろ」
納得できない藤堂に、あっさりと原田が言い切る。
「たとえば、新八。ちょっとの横に座って、肩抱き寄せてみろ」
「おう! ……こうか?」
「きゃ……!」
ぐいっと永倉に抱き寄せられて、は思わず小さな悲鳴を上げる。咎めるように土方の眉がぴくりと動いた。
「そうそう、そんな感じ。……どうだ、夫婦に見えるか?」
原田に訊かれて、近藤も沖田も苦笑いする。
「いや……」
「近所のガキ大将と幼馴染の大店のお嬢さんが、いいとこかな……」
「新八っつぁん、色気ないしなー」
藤堂にまでため息を吐かれて、永倉はむっとする。
「俺のどこが色気ねえって? この美しい筋肉の色気がわからねえのかよ!?」
「そうだなぁ、筋肉しか色気がないって時点でだめですね」
沖田の楽しそうな一言が止めだった。うっとうめいて肩を落とした永倉を押しのけ、原田がの隣に座る。
「で、平助。俺とだとどう見える?」
自信がありそうな原田と、原田に抱き寄せられて困るを見た藤堂は、納得したようにうなずいた。
「なるほどなー。確かに、左之さんとも夫婦には見えないや。歳もそんなに離れてないし、違和感もないけど、夫婦って感じが全然しない。……ってことは、俺と千鶴もそういう感じってこと!?」
「そういうこと」
愕然とする藤堂に容赦なくうなずいて、原田はから手を離す。
「夫婦に見えるってのは、案外、簡単じゃないんだぜ」
原田の言葉は、実際に見せて説明された分、不思議な説得力があった。
「左之の説は一理ある。確かに、歳が近ければ誰でも夫婦に見えるわけではない。だが、それなら、左之が考える夫婦に見える条件とは、どういうものだ?」
無感動に一部始終を見ていた斎藤に問われて、原田はそうだなぁと背後を振り返る。
「あれかな」
原田が指差した先では、土方がを呼んでいた。
「茶を淹れてくれ」
「はい」
うなずいたは、部屋を出て勝手場に向かう。
その背中を見送って、斎藤は真顔でうなずいた。
「なるほど、わかりやすい」
「だろ?」