桜月夜 島原別伝

 遠く三味線の音が聞こえる。どこかの座敷の宴の音だ。

 その音を聞くとはなしに聞きながら、はお茶を土方の前に出した。

「その後はどうだ? 落ち着いているか」

 そのお茶を口に運びながら、土方が訊ねる。は微笑を浮かべてうなずいた。

「このあいだ沖田殿が不逞浪士を捕らえたことが見せしめになったようだと、ご店主が言っていました。このところ、物騒なお客は少ないそうです。……もっとも、ほとぼりが冷めればまた、そういう方たちも来るのでしょうけれど」

「そうか。……すぐに屯所に戻してやれなくて、すまないな」

「仕方ありません。こちらの無理を聞いていただいたのですから、恩返しの意味も込めて、多少はお店の都合にも配慮しなくては」

 千鶴とが実は新選組の密偵だと角屋の店主に明かしたまではよかったが、角屋から急にを連れて行かれては困ると泣きつかれたのが、数日前のことだった。

 千鶴を屯所に戻す話は簡単に済んだ。もともと、新人芸妓の一人として潜入していた千鶴は、いつのまにか姿を消しても、話題になる危惧はなかった。

 だが、新しく入った花魁として話題になってしまったは、そうはいかなかったのだ。目当ての客が増えて、店主もいきなりいなくなったなどと言いにくくなってしまった。身請けされたのだと説明するにも、落籍するほどの馴染みもまだついていない新入りでは、苦しい言い訳とすぐにバレる。それで新入りの看板花魁に脱走されたなどと噂になれば、角屋にとんでもない迷惑がかかることは自明だった。

 斯くして、はもうすこしだけ、角屋に留まることになってしまった。新選組の誰かが、居続けするほどの馴染みになってを落籍するという筋書きだ。その馴染み役を土方が演じることになって、今日が居続けの初日というわけである。

 他の誰が同席するでもなく、形を整えるための芝居なのだから、いつもの慣れた姿でもかまわないことはわかっていたが、は花魁の身支度をしていた。屯所に帰るための芝居に付き合ってくれる土方に、すこしでもそれらしい雰囲気で罪滅ぼしができたらいいと思ったのだ。

「そういえば、おまえ、食事はできているのか?」

 座敷に料理がないことに気づいた土方が、を心配して訊ねる。基本的に、遊女は呼ばれた座敷で、客に振る舞われる料理を食べるはずだった。居続けは芝居なので、土方の食事もと同じように、店から出されることになっていた。それで、いま座敷には普通なら並んでいるような料理が並んでいない。

「どうぞご心配なく。あの騒動までは、呼ばれたお座敷で頂いていましたし、新選組の関係者とわかってからは、お店の方と同じ食事を出していただいています」

「そうか。ならいい」

 ほっとした土方は、またお茶を口に運ぶ。

 土方に用意されたのは、通常使われるのと同じ支度が整った座敷だ。当初は書類をここに運んで仕事をするという案もあったが、とても運びきれる量ではなく、土方は渋々あきらめた。居続けという設定のため、もこの座敷から出られない。完全に空いた時間をどうするかが、目下の最大懸案事項だった。こうして静かにお茶を飲むばかりでは、いくらも経たないうちに、場が持たなくなってしまう。

「そういえば、あちらの部屋はどうなっているのでしょう? 土方殿がお休みになれるようになっているのならよいのですけれど」

 この座敷に入ったばかりの頃は気にならなかった続きの間が気になって、は立ち上がる。土方が止める間もなく、襖を開いたは、そこに延べられている意味深な夜具一式に息を飲んだ。

「島原の座敷なんだ、おかしいことはないだろう」

 の反応に苦笑いしながら、土方は立ち上がる。に歩み寄り、そっと抱き寄せると、の身体がびくりと強張った。

 かまわず、頤を捕らえて、口づける。

「んん……っ」

 土方の胸に置かれたの手を、土方は封じるように握り、もう片方の腕でより強くの腰を引き寄せる。

「ふぁ……」

 喘ぐように息を吸うの口に、追いかけるようにして土方は舌を挿し入れる。戸惑うの舌を絡めると、の口の端からどちらのものともわからない唾液がこぼれた。

「はぁ……っ」

 唇が離れるほんの一瞬に、は必死で息をする。土方は笑って、再び舌を絡め合せる口づけをした。は鼻で啼きながら、つたない動きで一生懸命に土方の舌に応える。

 静かな部屋に、互いの息遣いと無心に舌を絡め合せる水音が響いた。

 やがて唇を離すと、息が上がったはくたりと土方にもたれかかった。その身体をがっしりと抱きとめて、土方はあやすようにの頬を撫でる。

「……なぜ、このような……」

 土方のことは好きだけれど、恋仲ではない。土方が自分をそういう目で見ているとも思っていない。だから、気にかけてくれて、島原まで助けに来てくれた。それだけで充分だと思っていたのに。

 突然に口づけられて、土方のことがわからなくなってしまう。つい問いかけたけれど、答を聞くのは怖い。

 顔をうつむかせたままの小さな声は、けれど、土方の耳に届いていた。

「なんでもなにもねえだろ。惚れた女が俺のために着飾って、揚屋の座敷にいるんだ。据え膳喰って何が悪い」

「土方殿」

 驚いて顔を上げたの視線の先に、まっすぐにを見つめる土方の顔があった。

「嫌なら、そう言え。いま言わねえと、もう止まらないぞ」

「…………」

 ふるりとは首を横に振る。しゃらん、と歩揺のかんざしが揺れた。の真意を窺うように、土方の目が眇められる。

「………………ずっと、お慕いしておりました」

 切なさが溢れるような眼差しで見上げ、は震える声で応える。

「たった一度でも、お情けを掛けてくださるなら、どんなに幸せかと……」

 が最後まで言い切る前に、土方は両腕でをきつく抱きしめた。

「居続ける間、一時も離さねえから覚悟しろ」

 本気の土方の低い声は、甘くないのに、ぞくりとするほどの色気を含んでいた。




 重い打掛も、帯も、いつのまにか脱がされ、解かれて、畳の上に投げ捨てられていた。

 夜具の上で、襦袢一枚では土方に愛撫されていた。開かれた襟元も、めくられた裾も、煽情的な姿だけれど、なによりももの慣れないの様子が、いちばん土方を煽っていることをは知らない。

「ふぁ……あっ」

 蜜壺に土方の指がもう1本入れられる。ぐちゅりと音がして、そこは健気に指を飲みこんだ。

 女孔はじっくりと解されて、熱い蜜をとろとろと溢れさせている。そのためか、男の指を2本咥えても、痛みより快美が強かった。

「あん……んぅ……」

 ぐじゅりと奥をくじられて、は声を上げる。鼻にかかった啼き声は、とても甘く土方の耳に届いた。

「一度、果てとけ」

「きゃん……んぁぁあっ…ああっ」

 土方の指に追い上げられて、は絶頂に上り詰める。新たに湧いた蜜が、とぷりと溢れた。

 果ててぐったりしたの脚を抱え上げて、土方は蜜壺の入り口にはちきれそうな雄を宛がう。どろどろに潤みきったそこは、押し当てられるままにその灼熱を受け入れた。根元まで飲みこんで、襞をうねらせ、土方自身をねっとりと包み込む。

「うっ……くっ」

 かつてない快感に襲われた土方は、思わず呻いて、衝動のままに腰を動かす。硬く逞しい雄に穿たれて、の喉はあられもない嬌声を上げた。

「あんっ……あん、あ……っ、あぁ……っ!」

 容赦なく再びの絶頂に追い上げられて、はびくりびくりと身を震わせ、土方が放った欲を胎内で受け止める。

 欲を吐き出しきった土方が交わりを解くと、蜜と白濁に塗れたそこはぬちゅっと音を立てた。どちらのものとわからない銀糸が、の蜜壺と土方の雄蕊をつなぐ。

 目を閉じて荒い息をするを、土方は再び貫いて両腕で掻き抱く。覚えている限り、女に飢えたことはなかった。女を知ったばかりの子供のような貪り方も、自分とは無縁のものだと思っていた。

 だがいまはどうだ。みっともないくらいにを貪っても、まだ足りない。の身体を離したくない。愛い女を抱くことがこんなに気持ちよく、理性を失わせるものだと、初めて知った。

 猛りを失わない自身での中を穿ったまま、土方は抱き締めたの肩に顔を埋めた。




 ふとが目を覚ますと、土方は窓際で外を眺めていた。

 夕暮れまではまだ少し間がある、午後の遅い時刻。こんな時分に眠っていたのは初めてのことだ。愛され疲れて眠ってしまったのだと、力の入らない腰が教えてくれた。

 花びらのように赤い痕が、肩口から胸元にかけて、無数に散っている。肌の柔らかいところほど綺麗に色づいていて、愛された事実を鮮明に物語っていた。

 腕で支えながら上体を起こすと、秘所がぬちゅりと滑った。そこを潤す存在がなにかを思い出して、は赤くなる。

「起きたか」

 気配に気づいた土方が、を振り返った。気楽な着流し姿のままの土方は初めて見る。なんだか土方の素の時間に触れたようで、はどきりとした。

「体はどうだ? 辛くないか?」

 言いながら、土方は立ち上がると、のすぐ隣に腰を下ろす。はあわてて襟を掻き合わせて、うなずいた。

「それならよかった。だいぶ無理をさせたから、心配してたんだが」

「……すこし、腰は重いですけど……」

「そうか。なら、もうすこし横になってろ」

 土方はの身体を抱き寄せると、そのまま床に寝転がる。土方に抱きしめられる体勢で横になったは、頭の下に土方の腕があることに気付いて、また赤くなった。

「あ、あの……土方殿。お聞きしたいことがあるのですけれど」

「うん?」

「昨夜、わたくしのこと……『惚れた女』と言ってくださいましたか?」

 は土方を見上げようとしたが、それよりも先に土方の腕がを深く抱き込んで、上を向けなくしてしまった。

「嫌だったか?」

 土方の口調はいつもと変わらなかったが、初めて聞く声音だった。優しさと色気がこもった声はとても甘くの耳をくすぐる。

 は腕を上げると、土方の背にそっと抱きついた。

「いいえ……。嬉しくて、夢ではないのなら、もう一度聞きたかったのです」

「そうか」

 土方はを抱えたまま、ごろりと仰向けになる。自然、は土方の上に身を乗り上げるような体勢になった。

「ああいうのは何度も言うもんじゃねえから、今は言わねえが……俺がこんな風に大事にしたい女はおまえだけだ、

「土方殿……」

「おまえは? ……言えよ、聞きたい」

 土方はの手を取ると、促すように指先に口づける。恥ずかしそうに視線をさまよわせたは、思い切ったように、土方の手を握り返した。

「お慕いしております、土方殿。ずっと思い焦がれておりました」

 の言葉を待っていたかのように、土方の手がの頭を引き寄せる。ついばむように唇を吸われて、は蕩けた吐息を零した。

「髪、崩していいか?」

「……? はい」

 理由がわからないまま、がうなずくと、土方は腕を伸ばして、鼈甲のかんざしを手際よく抜いて行く。ぽいぽいと投げ出されたかんざしは、畳に小さな山を作った。

 続いて櫛が抜かれ、手柄が外され、横兵庫の髷が解かれる。ばさりとの髪が流れ落ちてきて、土方は微笑みを見せた。

「ようやく、いつものおまえの雰囲気になったな」

 化粧はまだ花魁のままだったけれど、かんざしを何本も差した豪華な髪でなくなっただけで、普段のの面影が戻ってきていた。

「花魁じゃなくて、おまえを抱いてるって、実感したかった」

「土方殿……」

 を抱く腕がうなじに添えられ、引き寄せられてまた唇が重なる。昨夜教えられたとおりに薄く口を開くと、土方の舌が入り込んできて口腔をまさぐる。

「もっと口開いて、舌出せ」

「ふ……っ、ぅんんっ」

 ささやかれたとおりにすると、呼吸まで攫われるような深さまで口づけが深くなる。逃れようとしても、土方の手がの頭をしっかりと押さえていて、思うさま舌を絡め取られる。

 土方のもう片方の手が、の背から腰に下りて、襦袢の裾をめくる。昨夜すでに開かれている裾は簡単にめくれて、白い太ももが露わになった。

「ん……んぁ……っ」

 蜜壺に指を這わされ、はびくんと震える。土方は跳ねる体を押さえつけて、かまわずに蜜壺に指を埋めた。つい数刻前まで土方の雄を受け入れていたそこは、たっぷりとした蜜と白濁でまだ充分潤っている。指が動くと、ぐちゅぐちゅとはしたない水音がした。

 ひとしきり指でかき混ぜて、潤みを確かめた土方は、口づけを解いてを床に俯せに寝かせると、覆いかぶさるようにして後ろから貫いた。

「あぁ……っ」

 もう何度目かもわからない、熱い熱に穿たれる感覚に、の喉から快美の声が漏れる。これが快美だと、昨夜から繰り返し教え込まれた。

 胎の奥を逞しい熱に揺さぶられて、はまた絶頂を迎える。程なくして奥深くで土方の欲が放たれたのを、は頂きの自失の中で感じた。




 居続けの最後の朝、は暁七つを遠くに聴きながら目を覚ました。

 三日三晩、土方に抱かれて、秘所はいまだ白濁で潤っている。清める時間も与えられず愛されたせいで、には土方の匂いがすっかり染み込んでいた。

 このままでは、身籠ってしまうかもしれない……。

 そう思うのは、自身も土方のぬくもりが恋しくて、ずっと縋っていた自覚があるからだ。土方の欲を受け止めたのも、もう数えきれない。感じていなければ身籠る心配もなかったけれど、何度も感じて果てた。女孔は普通なら零れてくることはないはずの白濁を溢れさせている。

 もしこれで身籠ったら、土方は妻として扱ってくれるだろうか。

 土方が新選組の副長である己を曲げることはない。だから、角屋を一歩でも出た瞬間から、を女として見ることはないだろう。補佐として誰よりも近しい位置で役に立ちたいけれど、孕んでしまえばそうもいかない。そのとき、土方はをどう思うだろう。

 そして、ただの補佐に戻れるだろうかと不安にもなる。の肌は土方のぬくもりを、土方の熱を、覚えてしまった。恋う男の手に愛されて、その猛りに貫かれる快感を覚えてしまった。これからも傍にいて、その熱を欲さずにいられるだろうか。

……?」

 寝起きの声で土方に呼び掛けられ、ははっと我に返る。が顔を上げて土方を見つめると、土方は優しい手つきでの髪を撫でた。はその手を取って、掌に愛しさをこめて口づける。

 普段ならただくすぐったいだけの他愛もない仕草で、また雄に熱が集まっていくのを、土方は止められなかった。

「あんっ」

 を抱きしめ、手加減なく穿つ。の蜜壺は、ずぶずぶと雄蕊を飲みこんだ。

 土方は頭の片隅で、このままが孕んでしまえばいいと思った。そうすれば、自分の妻として、誰の目も気にせずに大切にして愛しむことができるのに。

 三日の間に、はすっかり土方に愛されることに慣れ、快感にあっさりと溺れるようになっていた。いまも甘い嬌声を上げて、は土方の熱を受け止める。

 どちらからもともなく、お互いに腕を回して、きつく抱き合う。相手のぬくもりから離れたくなかった。

 角屋を出るまで、まだ時間はある。

 二人は残り少ない時間を惜しんで、ぎりぎりまで熱く睦合った。


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