御礼SS
※御礼SSはこれだけです




 夕日の差す音楽室で、葛葉はピアノを弾いていた。

 アレグレットのピアノ曲。すこしノスタルジックで、けれど朗らかな。

 なめらかに紡がれる音はとても優しい。無人の音楽室で奏でられるには、もったいないような気もする。

 楽譜の最後に勝手にダ・カーポを書いて、同じ曲を葛葉は繰り返し弾く。それは曲の世界観に浸っていたいからであり、指に馴染ませるための練習でもあり、弾くという行為を楽しんでいるからでもある。

 いつ終わるとも知れず流れる曲に重なって、からりとドアを引く音がした。

 入ってきたのは土方だった。ぐるりと音楽室を見回して、生徒の姿がないことを確かめると、ドアを閉めて窓際の定位置まで歩を進める。そして窓枠に体重をかけて腰を落ち着けると、葛葉の演奏に耳を澄ませた。

 土方の表情は、生徒は見たことがないであろう程に穏やかな笑みを湛えている。

 演奏に没頭している葛葉は、土方が入ってきたことに気付かない。変わらずに微笑みを浮かべた楽しそうな表情で、何度も何度も曲を弾きこむ。

 防音完備の音楽室には、校庭で部活をしている生徒の声は入って来ない。逆光で外が見えない音楽室は、完全に外部から遮断された空間になっていた。

 自分が音楽室にいることを誰にも知られず、葛葉が弾くピアノを自分だけが聴いているこの時間が、土方にはたまらなく心地いいひと時だった。

 やがて、ふと音が途切れて、音楽室に静寂が訪れる。

「土方先生」

「なんだ。もう弾かねえのか?」

 顔を上げた葛葉に笑いかけて、土方は腰を上げる。

「ええ、今日はもうこれで終わり」

 微笑み返した葛葉は、ピアノの蓋を閉じる。戸締りを確認する間、土方は戸口で待っていてくれた。

 音楽準備室でバレエシューズをパンプスに履き替え、教科書や週案、楽譜などを抱えて土方に駆け寄ると、土方は音楽室のドアを開けてくれる。

 一緒に音楽室を出て施錠し、職員室まで並んで歩く。

 特になにか話すわけでもなく、視線をかわすこともなく、もちろん触れ合うこともなく。

 それでも、このひとときがなにより満ち足りている時間だった。




 夕日が差し込む廊下に、並んだ影が長く差し込み、やがて階段を下りて消えて行く。




 それが二人の日常。





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