「訊いてもいいかな？」
よく晴れた並盛中の屋上。跳ね馬の二つ名で知られるキャバッローネ･ファミリー10代目のディーノは、あっけなく押し倒されていた。
仰向けになった喉元には、凶悪なトンファーが突きつけられている。
「オレはどうしてこんな目に遭っているのかな？」
「僕が押し倒したからに決まってるでしょ」
面食らった表情のディーノを楽しそうに見下ろして、雲雀はそっけなく答えた。
「あのね恭弥」
「うるさいな。あなたが悪いんだから、あなたは大人しく倒されてればいいんだよ」
倒れたディーノの上に馬乗りになっている雲雀は、ギリギリと凶器をディーノの首に押し付ける。
いつでも鋭い切れ長の瞳。けれど、決して、感情がないわけではない。
何日も一緒に時間を過ごして、その変化を読み取り慣れた者になら、なおさら。
押し倒された拍子に投げ出していた腕を、ゆっくり持ち上げる。ディーノが動いたことに、雲雀は一瞬身を震わせたが、ディーノは穏やかな眼差しで雲雀の視線を捕らえ、雲雀が身構えることを許さなかった。
持ち上げた左手を雲雀の背に添え、ディーノは右手であやすようにぽんぽんと頭を叩く。
「悪かった」
「なにを…」
「断りもなく一人にした。せめて、何か言ってから行くべきだった。許してくれ」
ストレートな謝罪は、雲雀にとっては思いがけないもので―――事情があるのだから聞き分けろと、諭されるとばかり思っていたから―――、困惑げに目を瞬かせる。
「信じられない。いいの、一ファミリーのボスがそんなにあっさり子供に謝ったりして」
「ボスだからさ。相手が子供かどうかは関係ない。自分に非があると思えば、誰にだってオレは謝る」
まっすぐに見つめるディーノの眼は、正に真摯そのもの。その眼差しに、1人の人間として扱ってもらえた嬉しさと、自分などに非を認める彼への困惑と、彼が今していることは自分が彼の特別だからなのではなく彼が誰にでもすることなのだと告げられた悲しさと……雲雀はどれを一番に感じればよいのかわからなくて、ただトンファーを握る手を緩めることなく彼を見つめる。
けれど、口を開いたら、感じたどれも言葉にはならなくて、きっと言うのは
どうして、否定してくれないの。僕は子供じゃないって…
そんな駄々に決まっている。
悔しくて、ぐっと腹に力を込めた瞬間、背に触れていたディーノの手がスッとすべり、腰に下りた。これまでに幾度もディーノを受け入れた、雲雀の細い腰に。
「もっともオレは、おまえのこと、子供だなんて思ったこと、ないけどな」
それは、雲雀を恋人と認めたディーノの言葉。にやりと笑ったディーノの表情は、獲物を捕らえた雄のそれだ。雲雀の好きな、ディーノの闘う男の顔。
そしてなによりも、今一番聞きたかった言葉を、この人は当然のようにくれた。
「仕方ないね」
シチリアの太陽と同じ金色のボスに、雲雀はいつも、最後には白旗を上げることになるのだ。
意識的に引き締めていた表情も、トンファーを突きつける手も、見る間に緩んで。
「やっぱりあなたが大好きだよ」
仰向けのディーノに、覆いかぶさるようにして抱きつく。
「おかえりなさい。次にイタリアに帰るときには、ちゃんと言ってから帰るか、僕も連れて行ってくれるかじゃなくちゃ、許さないからね」
「ただいま、恭弥。会えなくて寂しかったよ。イタリアに連れて行ったら、日本に帰したくなくなりそうだから、次にはちゃんと言ってから帰る」
雲雀の要求を聞き届けたボスは、そう言ってハチミツよりも甘いキスをくれた。
