秘密の花園

「なんで、僕がこんなこと…」

 三浦家のバスルームで、雲雀は深いため息をついた。



 下校途中、2年生の笹川京子と他校生に左右から捕獲され、連行されたのがこの家。他校生は三浦ハルと名乗った。将来は綱吉の妻になるらしい。そして、今日は自分の家に泊まって行けと、それはそれは嬉しそうに言われて、雲雀が不愉快にならないはずがなかった。

 なぜ、これまで接点のなかったハルの家に泊まって、彼女たちと一晩付き合わなくてはいけないのか。怒った雲雀を鎮めたのは、親しげにハルの肩に乗ったリボーンだった。

「悪ぃーな、ヒバリ。今日はハルと京子に付き合ってもらうぞ」

 リボーンはそれ以上なんの説明もしなくて、雲雀はさんざん反発したけれど、結局は押し切られた。確かに、赤ん坊のことだから何か用意してのことに違いないと、心のどこかで計算はしたけれど。

 父の出張に母もついて行ったから、今日はハルたちだけなんです~! と嬉しそうに言うハルが、ちょっと可愛いと思えてきたころに、雲雀は風呂を勧められたのだった。



 父親が大学教授だというハルの家は、一般的な住宅よりもゆとりのある間取りをしている。のびのびと脚を伸ばせる風呂は久しぶりだ…と、大きな浴槽を眺めて思ったものの、この事態にスタートの段階から納得ができていないため、楽しむというよりは諦めの極致というのが正しい状態だ。

「雲雀先輩。お湯加減、いかがですか?」

 もう一度ため息をついたとき、脱衣所から京子の声がして、雲雀は慌てて体に湯をかけると浴槽に浸かった。

「ぬるいんだけど」

「あ、じゃあちょうどです。半身浴って、ぬるめのお湯でするものなので」

「…は?」

 京子の発言の真意を捉えかねて、雲雀が聞き返したときだった。

「お邪魔します~!」

 ばっと勢いよくバスルームのドアを開けたハルが、えいっと浴槽に向かって何かを投げつける。ドボゴン!! とすごい音を立てて投げ込まれたのは、握り拳ほども大きさのある固形入浴剤だった。

「ちょっと、なにするの!」

 そんな大きな塊を浴槽の底でゴンと音を立てるほど力いっぱいに投げ込まれて、着水が静かであるはずがない。跳ねた飛沫を思わず腕で避け、雲雀が声を尖らせる。

「はひー、すみません!」

「きゃ~、やっぱりいい匂い~!」

 ハルと京子の声は、バスルームの中から聞こえた。

 急いで腕を下ろすと、服を脱いだ京子とハルが、シャワー台の上に細々としたものを並べている。

「ねえ、どういうこと!?」

「はい、これからお風呂パーティーなんです!」

「先に言ったら、先輩、絶対許してくれないから、言わないで始めちゃおうって、ハルちゃんと…。ごめんなさい」

「あ、そうだ、手が濡れちゃわないうちに、写真取りますね!」

 呆気に取られる雲雀を余所に、京子は色とりどりの容器を台に並べ、ハルは携帯電話のカメラでお湯に浸かっている雲雀を撮る。

「ハル、前からこのお店のアイテムでお風呂入ってみたかったんです!」

「あ、やっぱりハルちゃんも? あたしも入ってみたかったんだ」

 いくら大きな浴槽でも、3人でお湯に浸かるのは難しい。少し詰めて浴槽の中に作られている段差に腰をかける。当然、肩までは浸かれない。

(なるほど、だから半身浴…)

 2人の手回しのよさに、雲雀は諦観のため息をついた。

「で、君たちの言っているのは、この邪魔くさいビラビラのこと?」

 湯面に浮いた薔薇の花びらをつまみ、雲雀は醒めた口調で尋ねた。どうやら、溶けた入浴剤の中から出てきたらしい。いつの間にか、お湯一面に薔薇の花びらが浮いていた。

「はひ! 雲雀さん、薔薇風呂よくお似合いです」

「やっぱり、最初に写真撮っといてよかったね。半身浴じゃ、薔薇のお風呂もカッコつかないもんね」

「たったこれだけの為に、僕をこんな目に遭わせたわけ…?」

 のんきな二人の言葉を聞いて、雲雀の声に剣呑なものが混じる。しかし、京子もハルも、それには気付かずに返事をした。

「違いますよ。他にも、トリートメントとかシャワーゼリーとか、いっぱい揃えました」

「あ、今のうちにパック塗っちゃいましょう。これでお肌ぷるっぷるです!」

「あ、そう…」

 雲雀の中で沸きあがりかけた怒りが、予想を超えた京子とハルのノリノリなテンションで消沈していく。

 ハルに灰色がかった緑のペーストを顔一面に塗りたくられながら、雲雀は早くこの時間がすぎたらいいのにと、遠い目つきで思った。




「京子! 悪かったな、手間をかけて」

 数日後、並盛中に現れたディーノは、京子を見かけると声をかけた。

「いいえ、いいんです。あたしたちも楽しかったから」

「ちょっと、どういうこと?」

 笑顔で答える京子に、雲雀の表情が険しくなる。京子とディーノの接点なんて、綱吉を介してのものしかないと思っていたが、違うらしい。

「え、あ、いや…」

「返答次第で咬み殺す」

 すちゃ、とトンファーを構えた雲雀は、しどろもどろになったディーノに詰め寄っていく。

 居合わせた綱吉は、どうやらディーノから話を聞くのは無理らしいと、京子を振り向いた。

「京子ちゃん、ディーノさんとなにかあったの?」

 綱吉に訊ねられて、京子はけろっとした表情のまま説明する。

「あのね。ディーノさんに、薔薇のお風呂に入っている雲雀先輩が見たいから、協力して欲しいって頼まれてたの。それで、この間ハルちゃんちで、雲雀先輩呼んでお風呂パーティーしたんだ。写真も、ちゃんと撮ってディーノさんにメールしたよ」

 ツナ君も見る? と京子はカバンを探り始める。雲雀の入浴姿など、自分が見たら大変なことになる。綱吉は慌てて辞退した。

 ドスッ! ドガッ!

「ギャァッ! 恭弥、怒るなよ…グアッ!!」

 鈍い殴打の音に混じって、ディーノの悲鳴が聞こえ始める。あれがすべてディーノの差し金だったことや、写真をしっかり入手していることを知った雲雀の渾身の制裁だ。

 相手が雲雀では、助けようもない。綱吉は深々とため息をついた。


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