白樺。青空。そよぐ風。見渡す限りの緑の高原に、不似合いなのは他でもない自分たちだと、雲雀は手の中のグラスを握り締めた。
並盛から車で数時間。国内屈指のリゾート地で知られる高原の、とある別荘地だ。
雲雀とのバカンスを謳歌するために、ディーノが思いつきで購入したのは、その中でも完璧なセキュリティの庭を持った瀟洒な洋館だった。
さわやかな高原の風景に、居並ぶのは黒いスーツのマフィアたち。
そぐわない。
著しく、そぐわない。
そのマフィアたちが取り囲むのが、バーベキュー専用の炉だというのもまた、激しい違和感を生んでいた。
「ボスー! 肉の用意ができたぜ~!」
「ボス! 野菜の用意もできたぜ!」
「おーい、ビールが届いたぞ! どこ置いたらいい?」
「ジョッキ足らねーぞ、誰か取ってこい」
ディーノの部下たちが慌しく用意する中で、雲雀だけが何もせずに座っている。アイスティのグラスを渡されて、準備で慌しい炉から少し離れたところに椅子を用意されて、まるでお姫さまだ。
別に、あれこれと手伝いたいのではないけれど、これではなんだか、大事にされているというよりは、蚊帳の外に置かれているような気がする。自分以外がまめまめしく動くのは当然だけれど、それは決して、自分をのけ者扱いしていていいということではない。
それが癪で、僕だって野菜の皮剥きくらいできるよ、と言ったら、ディーノに手が荒れるからダメと言われた。ロマーリオには、ディーノの恋人に自分たちと同じ雑用をさせることはできないからと、懇願された。
もしもの話として、僕がディーノと結婚したら、僕は毎日こういう扱いを受けることになるのかな。ふとそんな考えが浮かんだ瞬間、雲雀はぶるりと大きくかぶりを振った。よそ者扱い同然のレディ扱いなんて、考えただけでおぞましい。
意を決して、椅子から立ち上がる。手近なテーブルにグラスを置いて、ずかずかと炉に近づいていく。
「ちょっと、まさかそのまま焼く気じゃないよね? トウモロコシは1本をいくつかに切らないと、一人に独占されちゃうでしょ。皆で回して食べる気? 僕は嫌だよ」
トウモロコシを、ヒゲを取って皮を剥いただけで運んできた部下に、リテイクを命じる。雲雀の言葉に、料理に不慣れな男たちは、わたわたと対応し始めた。
なんだ、もっと早くこうしていればよかった。イライラが少し解消されて、雲雀は意気揚々と腕を組む。
「恭弥!? おまえ、危ないから座ってろって…」
炉の火を見ていたディーノが、驚いて振り向く。屈み込んでいる彼を威圧するように仁王立ちした雲雀は、目線だけでディーノを黙らせた。
「黙ってお嬢様扱いされる趣味は、僕にはないね。僕はいつだって僕のしたいようにしかしないよ」
この瞬間、部下たちには雲雀の尻に敷かれてぺったんこになっているディーノの未来が見えたという。
「うひょー、肉美味ぇー!」
「おーい、ビールもう一杯注いでくれ」
じゅうじゅうと食べ物の焼ける音と一緒に、和気藹々とした声が飛び交う。ボスと部下の垣根をよい意味で忘れ去って楽しむキャバッローネの面々に、雲雀は張り詰めていたものが少しだけ緩んだように感じた。
「ボス、ピーマンはまだ生です」
「食いかけを網に戻すなよ!!」
「ボス、シイタケ焼けました」
「シイタケばっかそんなにいくつもいらねーよ!!」
部下たちに甲斐甲斐しく世話をされているディーノの姿も、こんなときでないと見られない。
ボスとして立派にファミリーを取り仕切っていても、親の代からの部下たちには頭が上がらない面もディーノにはあるのだと、雲雀は初めて知った。
「あ」
次に食べたいものを取ろうとして、雲雀は小さく声を上げる。
「どうした恭弥!?」
「なにがあった!?」
いい年をした大人たちが、口々に雲雀を気遣う。お嬢様扱いは大嫌いだけど、女王様扱いはいいかもしれない。そんなことを頭の端で考えながら、雲雀は叫んだ。
「焼きおにぎりがないじゃない!! バーベキューに味噌焼きおにぎりがないなんて、なに考えてるわけ? すぐ用意しないと咬み殺す!!」
もちろん、味噌を塗ったおにぎりは考えうる最速の手段で用意された。