リンゴの森の子猫たち

ディーノのイタリア語は翻訳ソフトです。イタリア語として正しい保証はありません

 午後一番の、授業中。応接室で食後の午睡の真っ最中だった雲雀は、廊下の向こうから響いてくる騒音で目を覚ました。

 うるさい。自分の感想を、そう言葉にしてみたら、なおのこと気になる。

「なんだ? 今、授業中だろ」

 勝手に隣で寝ていたディーノも、音を聞きつけて起き上がる。雲雀は騒ぎの元を取り押さえて咬み殺そうと、トンファーを手に応接室を出た。

 ばたばたと走ってくる音は、1人のものではない。群れか、と目を向けた雲雀は、そこに見慣れた顔を見つけた。

 必死に走る綱吉と獄寺と山本を、オートマチックを持ったリボーンが追いかけている。山本の両脇にはランボとイーピンが抱えられ、ランニングと勘違いした笹川了平が「ピッピ、ピッピ」と笛を吹いていた。

「げっ、ヒバリ!!」

「そうか、こっちは応接室か!」

 獄寺が嫌そうにうめき、山本がようやく自分たちの現在地に気付く。その横で、綱吉は半泣きで叫んだ。

「ディーノさぁぁぁん! リボーンを止めてくださいぃぃぃっ!!」

「無駄だぞ、ツナ。全員揃ったら、あとは撃つだけだ」

 しかし、ディーノが綱吉に応じるより前に、抑揚のないリボーンの声が、廊下に無慈悲に響く。

 そして、可愛い弟分を咬み殺されてはたまらない、と雲雀を抱きしめていたディーノもろとも、連射するオートマチックの的になった。




「ぅ、ん…」

 ばたばたと折り重なって倒れた一団の中、ディーノにかばわれて比較的衝撃の少なかった雲雀は、目を覚ますとディーノの腕の中から這い出した。

 床に座り、怪我がないことを確かめる。腰がもぞもぞすると気付いて手をやると、毛皮の感触がした。

「ってー。なんだったんだ、いったい」

 思いがけない感触に驚く雲雀の横で、ディーノも意識を取り戻す。その金髪の間から、ひょっこりと獣の耳が突き出していた。

「…!!」

「きょ…っ!」

 あまりの驚愕に、雲雀は咄嗟に言葉が出ない。雲雀に気付いて振り向いたディーノも、眼を丸く見開いて、絶句した。

 その間にも、気絶していた綱吉たちが、次々に眼を覚ます。互いに、最初に目にした相手の頭を見て、声にならない悲鳴をあげていた。

「リボーン!!」

 いい加減、リボーンのやる目茶苦茶に慣れた綱吉が、リボーンを探す。黒いスーツの赤ん坊は、廊下に据えられている消火器の上に座っていた。

「どういうつもりだよ、いきなり銃なんて乱射して! なんか変なの生えてるし!」

「仕方ねーだろ。今日中に、どーしても使い切っちまわねーといけなかったんだ」

 綱吉の抗議にも、顔色ひとつ変えずに答えて、リボーンはぴょんと床に下りた。

「さっき撃った弾は、アニマル弾だ。名前の通り、撃たれた奴は獣の耳としっぽが生える。何日かすりゃー消えるから、安心していーぞ」

 言うが早いか、リボーンは消火栓の隠し部屋へと姿を消した。あとに残されたのは、耳としっぽの生えた仲間たち。

 アニマル弾は撃たれた人間のパーソナリティーに呼応するのか、生えている耳の形はそれぞれに違っていた。

「恭弥、ちょっといいか」

 そう言って、ディーノが手に取りするりと扱いたのは、雲雀に生えている黒くて長いしっぽ。頭には、大きな三角の耳がある。間違いなく、黒猫だ。

「ベッロ…!!」

 つぶやいたディーノは、がばっと雲雀に抱きつき、猫耳にキスをした。

「Molto bello. E buono molto piu come e.」

「ちょっと、なに言ってるのか全然わからないよ!」

「すっげー可愛いから、ずっとこのままでもいいってよ」

 いきなりイタリア語になったディーノに雲雀が怒鳴ると、横から声が飛んできた。見れば、レトリバーの耳としっぽが生えた獄寺だ。

「跳ね馬の趣味って、ぜってぇ変」

「そうか、獄寺君はイタリア語がわかるんだっけ」

 感心した目で獄寺を見る綱吉には、羊の耳と角が生えていた。

 綱吉の横では、ランボとイーピンがまだ目を回している。ランボには牛の耳としっぽが生えていたが、普段から牛柄のつなぎを着て角をつけているので、特別な感慨はさっぱりなかった。イーピンにはウサギの耳としっぽがあったが、辮髪を間に挟んでピンと耳の立ったシルエットは、ウサギと言うよりもキングギドラに近い。

「つか、ディーノさん、ホコリが立つから、しっぽ振んねーでくれねーかな」

「あ。そういえばディーノさん、二つ名は馬だけど、生えたのは馬じゃないんですね。しっぽが太いから、犬って言うよりは…オオカミ?」

 ばしばしばしばしと力強く振られているディーノのしっぽに叩かれて、掃除の時間を迎えていない廊下はもうもうとホコリを立てている。ライオンの耳としっぽが生えた山本は、困った笑顔でディーノのしっぽを捕まえた。

 綱吉の見立てに満足そうな笑みを浮かべて、ディーノは頷く。

「やっぱ、ファミリー抱えてりゃ、オオカミって言われんのは嬉しーよな」

「どーでもいいから、離してよ」

 不機嫌この上ない雲雀の声が、ディーノの腕の中から聞こえた。ディーノはすっぽりと雲雀を抱え込んだまま、離そうとしない。それは、正しく愛猫を腕に抱く飼い主の構図だった。

 ディーノが雲雀の猫しっぽを愛しそうに握るが、そのたびにしっぽはするりと逃げて、ディーノの手をぺしりと叩いていた。懲りないディーノは手を叩いたしっぽをもう一度捕まえ、また逃げられては叩かれる。壊れたビデオのように、その光景は繰り返されていた。

 雲雀を抱きしめていることが嬉しいのと、猫の耳としっぽが可愛くて仕方ないのとで、ディーノのしっぽは山本の手を振り切り、結局ばしばしと揺れている。

「しっぽって、自分の意思と関係なしに、感情で動いちまうみてーだな」

 ディーノのしっぽと雲雀のしっぽの動きは、眺めていても一向に飽きなかった。ため息混じりの山本の言葉に、綱吉は苦笑を堪え切れなかった。

「あ、そーいえば、京子ちゃんのお兄さん…」

 綱吉がすっかり存在を忘れていた了平を振り返ると、そこにはカンガルーの耳としっぽを生やした了平が、騒ぐ綱吉たちを一顧だにもせず、極限だー! と太陽に向かって仁王立ちしていた。


Page Top