「あっ、次、あれ!」
そう叫ぶなり、雲雀は歓声の響くアトラクションへと走り出した。
秋の遊園地は、気候がちょうどいいせいか、カップルが多い。ディーノと雲雀も、そんなカップルのひとつだった。
繋いでいた手を急にくんっと引っ張られて、ディーノはつんのめりそうになりながら一緒に走る。
「恭弥、危ねーだろ」
「あ、そうか。今日は部下がいないんだっけ」
順番待ちの列に並んで、互いに向き合うと、ディーノはほっと胸をなでおろす。走るだけで慌てるディーノに、雲雀は込み上げる笑いを堪えた。
「いなくはねーけど。近くにいねーだけで、いつでも来れるところに張ってるからな。じゃなくて、急に走るなってことをだなー…」
「あ、けっこう動き激しいね」
ディーノの小言をまるっきり流して、雲雀はこれから乗るアトラクションの動きを観察していた。絶叫系の中でも、これはかなりハードだ。切った張ったのハードさには免疫のできているディーノも、重力や遠心力に振り回されるハードさは耐え切れるかどうか自信を無くす。
と、見上げていたアトラクションがひときわ勢いよく回転して、女性の乗客のスカートがめくれあがった。
一瞬にして、ディーノが真顔になる。
「恭弥。これダメ」
「なんで?」
「なんでも」
言いながら、ディーノは雲雀を引き摺るようにして列を外れる。
今日の雲雀の服装は、ミニ丈のプリーツスカートにブーツ。あんな動きをするものに乗れば、このスカートがどうなるかなんて、考えなくてもわかる。
「ヤだ、乗りたい」
「ダメったらダメ」
「じゃあ、あれ」
雲雀の指差した代替案も、勢いよく回転する絶叫系だった。
「あれもダメ」
「じゃあそれ」
「それもダメ」
次々と絶叫系を選ぶ雲雀に、ディーノは即答する。どれもこれも、乗ればスカートがめくれる。絶対に、乗せられない。
提案を却下される雲雀も、乗せたくないものばかり提案されるディーノも、どんどん表情が険しくなっていく。このままでは、遊園地内で真剣バトルが始まりかねない。
危険な兆候を感じ取ったロマーリオは、強引に手近なアトラクションに2人を放り込んだ。待ち時間もなく、都合よく2人を他から隔離したそれは、大観覧車だった。
「ちょっと、なんで観覧車!」
ただ乗っているだけののんびりしたアトラクションに、雲雀は口を尖らせる。この遊園地の観覧車は、1周15分。乗りたいアトラクションに乗ることもできずに、どちらかというと嫌いなものに乗せられて、雲雀はキッとディーノを睨む。
しかしその瞬間、雲雀はディーノに抱きしめられていた。確かめるように力いっぱい抱きしめるディーノに驚いて、雲雀は言おうと思っていたことをすっかり忘れてしまった。
「乗りたいって言ってるもの、乗らせてやれなくてごめん」
「ディーノ」
「恭弥が今日着てるのが、スカートじゃなかったら一緒に乗ってた。だけど、今日はスカートだから……乗ったら、どうなるか。考えたら、どーしても嫌だった。ごめん」
苦しそうなディーノの声に、雲雀のささくれ立った気持ちは、不思議なくらいするっと治まっていく。ディーノがこんなにも、自分を好きでいてくれる。実感したそれは、あまりにも幸せで、雲雀はディーノの肩に頬を預けてそっとその背中に腕を回した。
「仕方ないね。許してあげるよ」
滅多に聞けない、雲雀の優しい声に、ディーノは顔を上げた。たぶん今、ディーノは本当にすまない目をしている。その唇に、雲雀は愛しい気持ちのすべてをこめたキスをした。
「ん~、恭弥…」
バシッ!
蕩けきった顔でつぶやいたディーノの横っ面を、勢いよく張り飛ばしたのは、風紀委員日誌。ほっぺたに真っ赤な跡を作ったそれは、雲雀が持っているものだ。
ディーノは慌てて周りを見回した。見慣れた並盛中の応接室。どうやら、うたた寝してしまっていたらしい。
道理で、雲雀が自ら着るはずのないミニスカートを穿いて、可愛いデートなどをしていたわけだ。遊園地デートのすべてが夢とわかって、ディーノはがっかりしたため息をついた。
「目。醒めた?」
発せられた雲雀の声は、とても低い。もしかしなくても、これは怒っている。
「あ、悪ぃ恭弥……」
咄嗟に謝ったディーノは、しかし、もう手遅れなことを空気で感じ取っていた。雲雀は冷たい目でそんなディーノを見下ろすと、日誌を机に置いた。
「そんなに疲れてるなら、今日はもう帰ったら。あなたの緩みきった顔、気持ち悪いから見ていたくないし」
そう言いながらトンファーを構えて、雲雀はディーノを廊下に叩き出したのだった。