連休を利用しての温泉旅行は、時期的な理由もあり、とても気分が良かった。
「しかし、すごいですよね、ディーノさん。まさか、温泉旅館貸しきっちゃうなんて」
大浴場へ続く廊下をぺたぺたと歩きながら、綱吉は隣を歩くディーノを見上げた。
「まあ、人数的な都合もあったし…。恭弥も、群れがいなけりゃ行ってもいいって言ってたからな」
結局ディーノのプライベートは、雲雀が基準で動くらしい。
もっとも、雲雀の他に、綱吉一行と警護の部下が来ている。部下たちの警護の負担と、職業的に周囲に与えてしまう影響を考えれば、こちらの人数とほぼ同じ収容人数の旅館を借り切ってしまうのがベストなのは、確かだった。加えて、貸しきってしまったことで、タトゥのあるディーノも遠慮なく温泉に入れる。
「まったく、おめーは本当にヒバリに骨抜きだな」
苦笑いするリボーンも、ディーノと雲雀に関しては、すっかり見守りモードだ。
「10代目、露天風呂もありますよ! 後で行きましょう」
「うん、そうだね。たくさんお風呂があるから、順番に行こう」
案内板を見た獄寺と綱吉は、大浴場スタートの風呂めぐりの話を始める。湯量の豊富さと何種類もの風呂を売り物にしているだけあって、この旅館の風呂は露天風呂だけでも5つになる。
「おっ。ツナ、すげーぜ、混浴もある」
「えええええっ、混浴!? まさか山本、行くの?」
「興味はあるけど、どーしよーかな。もしヒバリと鉢合わせたら、オレらフルチンで咬み殺されることんなるだろーしなー」
「ははは、安心しろよ山本。そのときは恭弥が咬み殺す前にオレが撃ち殺してやるから」
もちろん、雲雀をではなく、山本をである。
さらっととんでもないことを言った山本と、軽くツッこんだわりに本気のディーノ。さわやかな笑顔のふたりに、綱吉はひぃと小さく悲鳴を上げた。
「獄寺君。混浴行くの、やめとかない?」
「そうっすね、10代目」
「なんだツナ。だらしがねーな。ヒバリだって風呂入ってれば丸腰だろ。そのくれー、なんとかしろよ」
山本の肩に乗っているリボーンが、綱吉と獄寺を振り返る。そのリボーンに、綱吉は本気で言い返した。
「ヒバリさんにはそれでも勝てないよ! だいたい、ディーノさんが殺しに来れば同じだろ!」
「ことヒバリに関しちゃ、跳ね馬も手強いすからね」
普段ディーノをへなちょこと言い放つ獄寺も、雲雀が絡めば別だということは身に沁みていた。
「僕が、なに?」
ふいに後ろから声がして、綱吉は飛び上がる。浴衣を着た雲雀が、入浴セットを持って歩いてきたところだった。
「すげー、恭弥。色っぽいな、その格好」
「熱い。離れて」
すかさず近づいたディーノを、雲雀はむっとして睨んだ。雲雀の歩いてきた方には、混浴の露天風呂がある。露天風呂に入った後、内風呂に移動するところのようだった。温まった頬がほんのり上気している。
なんとなく一緒になって大浴場へと歩きながら、綱吉は何とか話題を…と雲雀に話しかけた。
「ヒバリさん。露天風呂、どうでしたか?」
「よかったよ。君たちも後で行って来たら」
予想以上にお湯が良くて上機嫌の雲雀は、かすかに微笑みさえ浮かべて言葉を返した。薄い浴衣姿の雲雀は、そうしていると、普段の男装姿を知っている綱吉たちにさえ、凄絶なまでの美女だった。
「ただし、僕、夜になったらまた入りに行くから、そのとき君たちがいたら遠慮なく咬み殺すよ。忘れないでね」
予告してくれただけ有難いと、綱吉はがくがく頷いた。その横で、ディーノはなぜわざわざ夜なのかと、首を傾げる。
「なんだ、あなた知らないの」
そんなディーノの様子に気付いた雲雀は、くすくす笑ってディーノの袖を引いた。
「星を見ながら入るお風呂も、気分いいんだよ。あなたなら、特別に許してあげる」
それは、ディーノと一緒に露天風呂に行ってもいい、ということで。
喜ぶディーノと、驚いた綱吉たちが、それぞれに硬直するのを後目に、雲雀はぱたぱたと大浴場へ向かって行った。