ディーノと欅の木

 学校の敷地と一般道路を仕切る鉄柵を乗り越えて、ディーノは椿の植え込みに身を潜めた。同じようにして隣に来たロマーリオが、校舎の見えている部分を確認して、ひゅうと小さく口笛を吹く。

「こりゃすげーな、ボス」

「まったくだ。ちょっとしたマフィアの本部並みだぜ」

 校舎の入り口という入り口を封じただけでなく、要所ごとに人を立たせている風紀委員の警戒振りは、中学生のレベルを軽く超えている。

「指揮を取ってるのは草壁だったっけ。ロマーリオ、なんかあいつのこと仕込んだのかよ。仲良かったろ」

「たまに飲む程度だぜ、仕込みなんてしてねーよ。ボス、素直に恭弥の指導力を認めたらどーだ?」

「やっぱり話はそこに行くか」

 風紀委員の目を盗みながら、植え込みから植え込みへと移動し、ディーノは体育倉庫の陰に滑り込む。そこからは、2年生の使う昇降口が近かった。

 昇降口の横の青桐まで抜けようとして、ちらりと黒い影に気付き、ディーノは足を止める。並盛中の制服のブレザーは黒ではない。学ランの風紀委員が隠れているのだと、容易に想像がついた。

「…ったく、風紀委員ってのは何人いるんだよ……」

 口の中で舌打ちし、毒づいたディーノは、ふと顔見知りを見かけて体育倉庫から顔を出した。体育の授業のために校庭に出てきた生徒たちの中に、綱吉がいる。咄嗟に、ディーノはポケットからエンツィオを出し、綱吉へ向かって歩かせた。

「10代目、跳ね馬のカメが…」

「あれ、エンツィオ?」

 気付いた獄寺と綱吉が、エンツィオの軌跡を辿り、ディーノを見つける。エンツィオを回収して体育倉庫にやってきた綱吉は、ディーノが隠れている理由は訊かずともわかっていた。

「ヒバリさんに会いに来たんですよね。もう会えたんですか?」

 エンツィオをディーノの手に乗せた綱吉は、訊きながら、たぶんまだだろうなぁと思っていた。

 予想通り、ディーノは残念そうに首を振る。横ではロマーリオが肩をすくめ、まるっきり無理そうだとニュアンスで伝えていた。

「でしょうね…。階段も昇降口も、風紀委員ががっちり固めてます」

「どこか、抜けられそうな隙はねーか?」

「無理です。応接室へ行くには、絶対に通らないといけない廊下があるんですけど、その廊下に行くための階段は全部張り込まれてます」

 気の毒そうな綱吉の口調は、どうやら、ディーノが雲雀に会いに行けないことだけが理由ではないようだ。ふと気付いて、ディーノは腰を落とし、綱吉と目の高さを合わせる。

「なぁ、ツナ。もしかして、おまえはもう恭弥を見たのか?」

「え…っ!」

 絶句して冷や汗をにじませただけで、答は充分だ。

「可愛かったか?」

「え…、ええと……」

 綱吉の目が泳ぐ。これまた、答は充分だ。

 実は、綱吉にとっては雲雀は雲雀なので、セーラー服を着ていたところで可愛いかどうかはあまり気になっていなかった。ああ、ヒバリさんセーラー服着ているなぁ。で、終わっている。

 が、獄寺は違ったので、言いよどんだ綱吉に代わって、はっきりきっぱり言い放った。

「あれは可愛いんじゃねー。エロいってんだ。ヒバリがてめーの女だってんなら、あんなカッコでウロつかせてんじゃねーよ」

「エ…エロいって、獄寺君!」

 慌てた綱吉が獄寺を窘めたが、すでに遅かった。セーラー服でエロい雲雀のイメージが、ディーノの頭を駆け抜ける。

「どーゆーことだ、スモーキン・ボム?」

 立ち上がり、目つきを険しくしたディーノに、獄寺が負けじと言い返そうと息を吸い込んだ。そのとき。

「あれ、ディーノさん。どうしたんすか、こんなところで」

 のん気な山本の声が割って入った。驚いて振り向く綱吉と獄寺に、早く来ねーと集合かかんぜ、と告げる。

「ああ、そうか。ヒバリの奴、見に来たんすね。あいつ、風紀の副委員長に、今日は応接室から出ねーでくれって懇願されてたから、応接行かねーと会えねーすよ」

 ちなみに、なぜ山本がそんなことを知っているかというと、朝、昇降口で咬み殺されたときに会話を聞きつけたからである。

「この校舎の、あそこの窓が応接室っす。ディーノさんなら、そこの木使えば、登れるんじゃねーすかね?」

 山本が指したのは、昇降口の向こうのケヤキだった。昇降口の風紀委員を突破すれば、ディーノなら登れる。ロマーリオさえ見ていてくれたら、だが。

「ヤベ、10代目。集合かかってます!」

「えっ!? じゃあ、ディーノさんすみません、オレたちこれで」

 体育教師の合図に気付いた獄寺の言葉で、綱吉たちは一目散に校庭の中央へと走っていく。残されたディーノは、獄寺と山本の話を思い返して、ため息を吐いた。

「草壁に感謝しねーとな…。エロい恭弥が出歩いてなくて、ほんとによかった」

 その横でロマーリオは、その草壁のせいで自分たちはこんな苦労をしているのだということを思い出してくれと思った。


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