応接室のソファに横たわって、雲雀は丸くなっていた。
女性ならば避けて通れない月に一度の体調不良週間なので、腰が重かったり、お腹がしくしくと痛んだり、苛立たしいことこの上ないが、どうにもしようがない。鎮痛剤を飲むという手があるとは知っているが、薬に頼るのは気が進まなかった。
お腹を抱え込むように丸くなっていると、少しだけ、痛みが和らぐような気がする。温めると気持ちがいいので、ホットの缶コーヒーをカイロ代わりにお腹に当てていた。保健室に行けばもう少しマシな手当てができるはずだが、保健医の顔を見たくないので、これが精一杯というところだ。
草壁に緊急の用事以外では来ないように言いつけてあるので、応接室に近づいてくる足音もなく、静かだ。絶え間ない鈍痛に疲れきっている雲雀は、うつうつと眠りに落ちていった。
ディーノが応接室に入ったとき、雲雀は完全に寝入っていた。ソファの上に丸まっている姿は、まるで子供のようだ。血の気の引いた顔色と、苦しそうにも見える寝顔が、雲雀の消耗を物語っている。
雲雀がこんな風に眠っているのを見るのは初めてではなかったので、ディーノには雲雀の不調の原因がすぐにわかった。起こさないように隣に座って、すっかり冷めてしまった缶コーヒーを取ると、雲雀の頭を自分の膝に上げる。腰を温めると楽だと言っていたことを思い出して、ディーノは羽織っていた上着で雲雀の腹を覆った。
…てことは、孕ませんのは失敗したのか。雲雀の年齢やら学校やらを考えれば、半ばほっとするものの、自分の妻は雲雀だと決めているので、やはりちょっと残念だ。
この様子では、今日がたぶん1日目。ということは、危険日は……。ディーノの頭の中で、素早く日数計算が始まる。雲雀には内緒だが、ディーノは雲雀の周期を知っている。その間は動きの鈍くなる雲雀のフォローを、必要なときに滞りなくするためだったが、今はそれを別の方向に活用しているわけだ。
雲雀の手を取り、口元まで持ち上げてキスをする。雲雀の表情は、先ほどよりも少しだけ、緩くなっていた。枕ができたことと、腹の辺りが全体的に温かくなったことで、楽になったのだろうが、その中にほんの少しでもいいから、ディーノの気配に安心したという理由があればいいのに、と思う。
「ん…?」
手の感触に、雲雀が目を覚ます。真上から覗き込むディーノの顔を見て、ぱっと頬を紅くするが、次の瞬間には、いつもどおりの雲雀に戻っていた。
「あなたなの。寝顔を覗くなんて、ずいぶんいい趣味だね」
「恭弥以外の寝顔には、興味ねーよ」
言い返すと、雲雀はぷいと顔を背けてしまった。ここで舌戦にならないのだから、腹痛と腰痛でそうとう億劫なのだろう。雲雀は2日目よりも1日目のほうが辛いタイプだ。
「恭弥」
呼び掛けて、雲雀を抱き上げると、ディーノは自分の膝の上に座らせた。抱き寄せて肩に凭れさせると、雲雀の腰をゆっくりと擦る。
「セクハラ」
ディーノの背に手を回して、雲雀がつぶやくと、ディーノはぴたりと手を止めた。その素早い反応がおかしくて、雲雀はくすくすと笑い出す。
「恭弥~」
情けないディーノの声は余計におかしくて、雲雀の笑いはなかなか治まらない。
「なにしてるの。言ってみただけなんだから、手、止めないでよ」
笑い混じりの雲雀の言葉に、ディーノはまた手を動かし始める。労わるように優しく擦る手は温かくて、雲雀はうっとりと目を細めた。
「楽か?」
「ん。気持ちいい」
本当は、ディーノに体調不良の原因をすっかり知られていることも、痛みを和らげてもらっていることも、恥ずかしくて仕方がないのだが、ディーノの大きな手があまりに気持ちよくて、拒めない。
マフィアの血塗れのはずの手が、こんなにも気持ちいいなんて、反則だ。けれど、血塗れはお互い様だったし、気持ちがいいのはディーノの手だからに他ならなかった。
機嫌よくディーノに身をゆだねる雲雀は、飼い主の愛撫に気持ちよくなる猫そのものだ。こんなときにしか見られない『甘える雲雀』を、ディーノは心行くまで独占したのだった。