「…と、こんな時間か」
久しぶりの週末、綱吉の家で綱吉やリボーン、獄寺、山本とお茶を飲んでいたディーノは、ふと見上げた時計の示す時間に眉を動かした。
「ディーノさん?」
日差しが暖かい、午後のど真ん中の時間だ。「こんな時間」という程でもないだろうと、綱吉たちは不思議そうな目をディーノに向ける。
「悪ぃ、ツナ。オレ、そろそろ帰るよ」
悪いといいながら、しかし帰り支度をする様子は「いそいそと」とつけたほうが正しそうなくらい、浮かれている。その崩れまくったにやけ顔から、居合わせた全員がおおよその理由を悟った。
「スクデーリアの昼寝の時間か」
そう言ったリボーンに、ディーノははずむような口調でハズレと応える。
「リアが起きる時間。今すぐ帰れば、しばらく一緒に遊べるからさ」
スクデーリアとは、先月生まれたディーノと雲雀の娘の名前だ。ゴッドファーザーは綱吉である。
「リアちゃん、また大きくなったんでしょうね」
その綱吉は、自分が名前をつけた可愛さがあるので、つい口に出してしまった。もっとも、赤ん坊の美人の基準はよくわからないなりに、綱吉もスクデーリアは顔立ちの整った女の子だと思っている。
「おう、また美人になったぜ! この調子で美人度が上がったら、大人になる頃にはもーどんだけ美人なんだって話だ。まあ、オレと恭弥の子なんだから、美人で当然なんだけどな」
写真見るか? と、ディーノはポケットに入れて持ち歩いているフォトケースを探し始める。その横で、綱吉は全員から「バカ」とか「責任取れ」とか「10代目!」とか叱られた。
ちなみに、スクデーリアの写真は生まれてから毎日ディーノが撮影しており、フォトケースの中も日替わりだ。ディーノはそれを会う人全員に見せびらかす。運がよい人間は写真を見るだけだが、タイミングが悪いと延々数十分、ディーノの娘自慢を聴く羽目になる。
「このあいだなんて、恭弥がいねーときに泣き出して止まらなくって、でもオレが抱っこしたらすぐに泣きやんでさー。もー、リアはパパが大好きなんだなって……」
娘が生まれてからこの方、ディーノの親バカは妻である雲雀でさえ匙を投げるほどで、綱吉とリボーンは何度か、ロマーリオから「ボスを何とかしたいがいいアイデアはないか」と相談も受けている。いまのところ、有効な対策は雲雀に咬み殺される以外に見つかっていない。
「ほらみろツナ。ディーノさん、独演会入っちまっただろ。どーすんだよ」
「どーするもこーするも、ヒバリさんいないのに、こうなったディーノさんを止められるわけないだろ」
「だから、跳ね馬に娘の話は禁句だって、あれほど言ったじゃないですか、10代目」
山本と綱吉と獄寺は、1人でしゃべるディーノをそっちのけにして密談する。いちばんいいのは雲雀が来てくれることだが、スクデーリアがいま昼寝中なのであれば、携帯電話が繋がるかどうかも怪しかった。
「……でな、オレの顔じーっと見つめてたと思ったら、ぱぁって笑って、その顔がまた可愛いのなんのって、ツナ聞いてるか?」
「は…はい、ディーノさん?」
流れるように訊かれて、半分以上聞き流していた綱吉は慌てて返事をする。ディーノはそんな綱吉ににやっと笑いかけた。
「リア。可愛いよな?」
「ええ、もちろん! でも、いまからあんなに可愛くちゃ、大きくなったらディーノさんも心配ですね」
そう言ってから「しまった」と思った綱吉を、リボーンと山本が小突いた。獄寺は「10代目…」とうめいて頭を抱える。
ディーノの新しい路線に、火をつけてしまったのだ。
「そうなんだよ。まあ、リアはあれだけ美人だし、高校生とかなったら、彼氏は仕方ねーと思うんだ。でも、ふたりっきりは絶対ぇ許さねー。デートもついてくぜ」
「げっ」
予想の範囲斜め上のディーノの発言に、山本がうめいた。
「門限5時!!」
「グレますよ!」
力いっぱいのディーノの宣言に、綱吉が叫ぶ。
「跳ね馬。そんなこと言ってると、娘、結婚できなくなるぜ」
「バカなこと言うなよ、スモーキン・ボム。オレのリアだぜ?」
「てめーみてーな親父がくっついてるとわかってて、求婚する男がいるもんかよ」
「リアに求婚しねー男は、キャバッローネの総力を上げて、排除する」
獄寺とディーノは、バチバチと火花が散りそうなほど、にらみ合う。
「てゆーか、スクデーリアって、まだ1ヶ月だろ?」
「うん。まだ首も据わってないはずだね」
ディーノの剣幕に呆気に取られる山本と綱吉は、ディーノと獄寺を眺めながらため息を吐いた。
「しょーがねーな」
それまで面白そうに見物していたリボーンが、痺れを切らして立ち上がった。さすがに、親バカ全開のディーノが、そろそろうっとうしくなったらしい。
「おい、ディーノ。おめー、スクデーリアに求婚する奴が出たら、どうする気だ?」
「決まってんじゃねーか。オレが認める男じゃねーと許さねー」
「てことは、おめーはスクデーリアの求婚者と、腕試しをするんだろ?」
「そうなるだろーな」
ディーノはリボーンの意図するところを読めずに、素直に返事を返す。かかった、とリボーンはほくそえんだ。
「てゆーことは、だ。くだらねー男にスクデーリアを渡さねーためには、おめーはもっと強くならねーとな。…オレがまた鍛えてやる」
「えっ!?」
瞬時に、ディーノの脳裏にリボーンに鍛えられていた頃の悪夢のような日々がよみがえる。硬直したディーノを、リボーンはげしっと蹴りつけた。
「ほら、グズグズしてねーで、さっさと来い。遅れたらどーなるか、わかってんだろーな」
脅しつけて窓から出て行ったリボーンを、はっと我に返ったディーノは急いで追いかけた。リボーンがやると言ったら本当にやることは、元弟子であるディーノには骨の髄まで刻み込まれている。
「すげー…。さすがリボーンさん。跳ね馬の扱い、心得てますね」
「っつーか、ディーノさんがいまより強くなったら、スクデーリア結婚できねーよな」
「そうなる前にヒバリさんがディーノさんを止めることを祈るしかないね」
嫌な将来を予感する3人に見送られてリボーンを追いかけるディーノは、スクデーリアが昼寝から覚めている時間になったことを、すっかり忘れていたのだった。