学校から帰る途中、綱吉は道の真ん中で泣きじゃくる金髪の女の子と遭遇した。
「……迷子かな」
「親、見当たらねーすね」
辺りを見回した獄寺が、苦い声で言う。女の子は見たところ幼稚園くらい。親と離れて、一人で出歩いてここにいるには、幼すぎるように思えた。
「ねえ、キミ」
ぶえぇぇ、と泣く女の子に近づき、しゃがんで同じ目の高さになって、綱吉が話しかける。
「ねえ、お名前は?」
「……カナ」
優しく話しかけられて、女の子は涙声で答えた。
「カナちゃんていうんだ。お家はどこ? ママのお名前、言える?」
にっこり笑った綱吉に見とれて、カナは泣き止む。離れたところで煙草を消した獄寺が、綱吉の隣にしゃがんだ。
「おい。親の名前、言えねーのか?」
「っ、ふぇ…」
獄寺の鋭い目つきに怯えたのか、獄寺を見るなりカナがふたたび涙をにじませる。綱吉はカナを自分のほうへ向かせると、ハンカチを取り出して涙を拭いた。
「ねえ、カナちゃん。このお兄さんは、顔は怖いけど優しいよ。オレとこのお兄さんがママを探すから、ママのこと教えて」
「ママは、カナといっしょなの。カナとリアと、おでかけしてるの」
「そうなんだ。リアっていうのは、誰?」
「リアは、カナのおねえちゃん」
「そう。リアちゃんは、どこにいるのかな」
問われるままに答えたカナは、姉の所在を聞かれて、うつむいた。
「……わかんない」
「わかんないのか。そっか…。ママは、どこにお出かけするか、言ってた?」
綱吉の問いかけに、行き先を覚えていなかったのか、カナはぶんぶんと首を振った。
「っつーか、ちょっといいすか、10代目」
「なに、獄寺君?」
それまで、カナを泣かせないように少し下がっていた獄寺が口を挟んだ。
「リアって、すげー聞き覚えあるんすけど」
「やっぱり、獄寺君もそう思う?」
先ごろ生まれたディーノと雲雀の娘の名前は、綱吉が付けたのだが、スクデーリアという。長いので、両親も含めて、愛称のリアで呼ぶ者がほとんどだ。だが、スクデーリアはまだハイハイもできない赤ん坊で、当然、妹がいるはずもない。
「別のリアちゃんかな」
「の割には、このガキ、跳ね馬に似てやしませんか」
獄寺に言われて、綱吉はカナの顔をしげしげと眺めた。確かに、ディーノによく似ている。
まさか、隠し子…!?
脳裏を過ぎった可能性を、綱吉も獄寺もいやいやいや、と打ち消した。雲雀と出会う前には愛人も多かったようだが、ディーノがそんなことをしているとは思えない。
と、耳に覚えのある単語を聞きつけたカナが、ぱぁっと顔を輝かせた。
「はねうまはカナのパパ!」
「…!!」
綱吉と獄寺は、否定したい直感が的中したことで、雷に打たれたようなショックを受けた。
「か…っ、カナちゃんのパパ、跳ね馬なの?」
「うん」
嬉しそうにうなずく幼女は、通常の状況であれば非常に愛らしかったが、状況が状況だけにそれどころではない。
「パパのお名前わかるなら、ママのお名前もわかる?」
「……わかんない」
ぎゅっと唇を噛んで、カナはうつむく。ディーノのことがわかるのに、どうしてママはわからないのかと、綱吉と獄寺は困った顔を見合わせた。
「なんで、わかんないの?」
「ママのこと、パパはキョーヤってよぶの。でも、テツはキョーサンってよぶの。でも、ツナニイはヒバリサンってよぶの。ぜんぶママのことなの。だけど、おなまえはひとりひとつだから、どれかはママのおなまえじゃないの。だけど、カナはどれがママのおなまえで、どれがちがうのか、わからないの」
綱吉と獄寺が絶句しているあいだに、カナは言いたいことをぜんぶ言い切った。さすがにここまで聞けば、カナがディーノと雲雀の娘であることに間違いはない。姉のリアというのも、スクデーリアのことで正しかったのだ。
だが、雲雀はまだ1人しか産んでいないはずだった。
「……ランボの10年バズーカだ…。しかも、誤作動」
「あのアホ牛」
綱吉と獄寺は揃って頭を抱えた。原因がわかっても、対応方法がわからなくては仕方がない。
「とりあえず、家に連れてったほうがよさそうだね」
「まあ、放っとくわけにもいきませんしね…」
きょとんとふたりを見つめるカナをよそに、綱吉と獄寺が話しているときだった。
「カナ!!!」
少女の大声が聞こえ、人影がガバッとカナに抱きついた。
「おねえちゃぁん!」
抱きついた黒髪の少女にしがみついて、カナが泣き出す。妹を見つけてほっとしたのか、少女もぐすぐすと泣き出した。
「なんだ、妹見つかったか。よかったな」
聞きなれた声に振り向けば、部活帰りの山本がいた。
「山本」
「よう、ツナ、獄寺。あの子がカナって子?」
「うん。山本は、あの子が誰か知ってるの?」
「いや。帰りに偶然見つけて、話聞いたら妹探してるって言うから、つきあってたけど…。誰?」
「ディーノさんとヒバリさんの子」
綱吉の衝撃発言に、山本も絶句して2人の女の子を見つめる。獄寺は自分だけがそうなったのではないことに、にやにやと笑みを浮かべた。
「あの。カナを見つけてくださって、ありがとうございました」
綱吉たちを見上げる少女は、小学校の高学年くらいに見えた。雲雀によく似た黒髪の美少女だ。まだぎゅっと妹を抱きしめているが、泣き止んでしっかりとした顔つきで3人を見上げている。
「わたし、スクデーリア・ジーリョ・キャバッローネといいます。この子は、金糸雀・マルゲリータ・キャバッローネ。助けていただいて、ありがとうございました」
「オレは、沢田綱吉っていいます。カナちゃんが無事にお姉ちゃんに会えてよかった」
綱吉が名乗ると、スクデーリアは変な顔をした。名付け親と同じ名前だと気付いたのだろう。綱吉の後ろでは、獄寺と山本が「ヒバリの娘でカナリアかよ…」と金糸雀を見つめていた。
「あの…、違っていたらごめんなさい。お兄さんは、ドン・ボンゴレ…?」
「の、10年前だよ」
スクデーリアの質問に、綱吉は苦笑いして答えた。現在生まれて数ヶ月のはずのスクデーリアがこの大きさならば、これはもう誰がなんと言おうと、ディーノと雲雀の娘の10年後で確定だった。
「たぶん、ランボの10年バズーカの誤作動だと思うけど、心当たりはある?」
「はい。わたしたち、母と一緒に、ボンゴレ本部にいました。カナは守護者の皆さんに遊んでいただいていて……鬼ごっこの最中に、ランボさんの10年バズーカが暴発したように記憶しています」
スクデーリアは年齢以上にしっかりした少女だった。明解な状況説明に、綱吉も獄寺も山本も、感心した目を向ける。
「たぶん今頃、ランボさんを半殺しにした母が、探してくれていると思います。お手数をおかけして大変申し訳ありませんが、この時代の父か母に、わたしたちを預けていただけないでしょうか」
「それは構わないけど…あのね、リアちゃん。たぶん理解してもらえると思うけど、この時代のヒバリさんは10年バズーカを知らないんだ。だから、ヒバリさんに預けようとしても預かってもらえないと思うし、ディーノさんに預けたら、リアちゃんたちをディーノさんの隠し子だと誤解したヒバリさんに、ディーノさんが咬み殺されると思うよ」
綱吉の説明を聞いたスクデーリアは、深いため息をついた。しっかりしているだけでなく、聡明な少女に育っているようだ。綱吉の言葉を正確に理解し、同意したようだった。
「確かに、ドン・ボンゴレのおっしゃるとおりになると思います。…では、わたしたちを、母が来るまで安全に待っていられる公園かどこかに案内していただけないでしょうか」
スクデーリアと綱吉が話をしている間に、いつのまにか泣き止んだ金糸雀を、山本が相手していた。獄寺は金糸雀に遭ったときから、口淋しいに違いないのに、煙草を我慢している。親友2人の様子を確認した綱吉は、スクデーリアに一つの提案をした。
「公園なんかじゃなくて、オレの家においでよ。ヒバリさんはオレん家知ってるから大丈夫」
「でも…」
「気が咎めるなら、リアちゃんの知ってるディーノさんとヒバリさんのこと、教えて。お礼はそれで充分」
ね? と笑う綱吉に、スクデーリアは思わず抱きついた。ディーノのおかげで抱きつき癖でもついたのか…? と綱吉は思ったが、スクデーリアの笑顔は本当に可愛かったので、深く考えないことにした。
スクデーリアと綱吉が手を繋ぎ、金糸雀は山本が抱き上げ、獄寺が二人のカバンを持って、綱吉の家へ向かう。
綱吉はふと、日常的にこの子達といられる未来の自分がうらやましくなった。