Beautiful Name

 ディーノが呼んでいるという伝言を聞いて、綱吉が応接室に向かったときには、暖かな日差しが部屋中に降り注いでいた。

 明るい室内に優しい光が満ちて、中央のソファには、照れくさそうにそっぽを向いた雲雀が、ディーノに守られるように座っている。

「すみません、お待たせしちゃって…」

「お、来たな」

 ディーノも雲雀も、待たせるわけにはいかないと、廊下を走った綱吉は、ぜいぜいと息を切らせながら部屋へ入る。すると、待ちかねたようにディーノが手招きした。

「ちょっと、そこに座ってくれよ。頼みがあるんだ」

「頼み…、ですか? ディーノさんが、オレに?」

 思ってもみなかったディーノの言葉に、綱吉は目を瞬かせながら、言われるままにディーノと雲雀の向かい側に腰を下ろす。改めて正面から向き合うと、雲雀の腹はすっかり大きくなっていて、綱吉のよく知る鋭利な印象の雲雀と同一人物にはとても見えないほど、全体的に柔らかな雰囲気を纏っていた。

「ヒバリさん、お腹、かなり大きくなりましたね」

「まぁね。予定日まで、あと1ヶ月もないし」

 ならば、腹の子は眩しい新緑の季節に生まれることになる。桜の時期は逃してしまったけれど、春と夏の狭間のさわやかな頃もいい時期だ。

「それでな。ツナに、子供の名前を頼みてーんだ」

「はい!?」

 赤ん坊に名前をつけるという大役をさらりと打診されて、綱吉は素っ頓狂な声を上げた。雲雀が「うるさい」という恨めしげな目を向けたので、綱吉は慌てて謝ると、ディーノに向かってぐっと身を乗り出す。

「ディーノさん、オレ、無理ですよ。だって、名前って、その子に一生ついてまわるものじゃないですか。そんな責任重大なこと、オレなんかじゃとても……」

「そんなに難しく考えることはねーって。気楽に、ツナがいいと思う名前をつけてくれれば、よ」

「簡単に言わないでくださいよ。第一、オレ、名前なんてペットにも付けたことないのに、いい名前を付けられる自信、ないです」

「じゃあ、うちの子が記念すべきツナの名付け子第一号ってことで」

「だから、無理ですってばー!」

 思わず大声を出した綱吉を、ふたたび雲雀が一睨みで黙らせる。これでは反論もできやしない、と、綱吉は半泣きになってディーノを見つめた。

「……困ったな、ツナに引き受けてもらえねーとなると、また面倒なことになるぜ…」

「だから、僕が自分で名前考えるって言ってるでしょ。この草食動物も嫌だって言ってるんだし、そこまでして頼むことないよ」

 すっかり困惑しているディーノに、雲雀が腹立たしげに言った。この話も、おそらくは何度も繰り返されているのだろう。

 ディーノは綱吉の拒否と雲雀の反発に困り果てた顔で口を開く。

「そうは言うけど、この子はキャバッローネ・ファミリーの総領なんだぜ。マフィア社会で安全に育つには、誰も手出しできねーくれー有力な後見人が必要なんだよ。だから、オレの弟分でもあり、大ボンゴレの次期ボスでもあるツナに、名前をつけてもらうんだ」

「僕の子なのに、僕は名前付けちゃいけないなんて、納得がいかない」

「恭弥はママじゃねーか。ママが名前付けたら、名付け親がいなくなっちゃうだろ」

「だから僕は名付け親を立てることが納得いかないって言ってるんじゃないか。あなた、僕の言ってることちゃんと聞いてる?」

 予期せずに目の前で言い争いが始まってしまい、綱吉はおろおろとディーノと雲雀を見比べた。この2人が本気で喧嘩を始めたら、確実に凶器使用の上、流血沙汰になる。

 どうやって止めたらいいのかと、真剣にうろたえる綱吉は、しかし、ふと気付いた。雲雀の腰に回っている、抱き寄せるディーノの手を、雲雀が払い除けようとしないことに。

 ディーノと雲雀の口論はまだ続いている。説得しようとするディーノと、撥ねつける雲雀。平行線の言い合いは、激しいものなのに、ディーノは雲雀を抱き寄せて離そうとしないし、雲雀はディーノの手を払うことなく寄りかかっている。

 ぷふっと綱吉は小さく吹きだした。結局、この喧嘩さえ、ディーノと雲雀にはただのレクリエーションでしかないのだ。

「ちょっと、なに笑ってるのさ」

「なんだよツナ、笑い事じゃねーって」

 綱吉の笑い声を聞きつけた二人が振り返ることさえ、ただたまらなく可笑しいだけ。綱吉はくつくつと笑いながら、口を開いた。

「ディーノさんの考えはわかりました。オレでいいなら、一生懸命考えます。ディーノさんちの子の名前」

 途端に、ディーノはほっとした表情になり、雲雀はムスッと口をヘの字に結ぶ。ああ、雲雀を怒らせてしまったかな、と、綱吉はすこし寂しく思う。

 が。

「変な名前付けたら、咬み殺す」

 やがてぽそりとつぶやいた雲雀の言葉に、綱吉は「わかりました」と微笑んだ。





 数週間後、無事に女の子を出産した雲雀の枕元で、綱吉は悩みに悩んで考えた名前を披露した。

 Scuderia Giglio

 この単語を「スクデーリア・ジーリョ」と読んだ綱吉に、ディーノは「この綴りはそんな読み方しねー…」と思ったが、それは言わずに綱吉の決めた名前を受け取った。世界にたった一人しかいないこの子に、綱吉流の読み方をした他の誰も真似できないこの音は、ぴったりだと思った。

「スクデーリア・ジーリョ。世界はキミを歓迎する」

 改まった綱吉の声が、雲雀の隣に眠る女の子を祝福した。


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