誓い

 並盛の町は相変わらず、どんな突拍子もない出来事もなんだかんだ言って受け入れてしまう、無神経なのか懐が広いのかよく判らない佇まいだった。

  晴れた並盛中の屋上。綱吉がボンゴレファミリーを継いで、守護者たち諸共に行動拠点をイタリアに移した今でも、ディーノと雲雀の聖地はここだった。

  出逢った頃はまだぺったんこだった雲雀の胸はふっくらと盛り上がり、今では肉感的なイタリア美女にも劣らない妖艶なオリエンタル・ビューティだ。そのクラクラするほど魅力的なプロポーションが、雲雀の上を、そして同様にディーノの上にも流れた時がどれほどなのか、教えてくれる。

  黒いスーツに身を包んだ雲雀は、懐かしそうにフェンスの向こうを眺めていた。

「変わらないな、ここ」

  無言の雲雀の気持ちを代弁するように、ディーノがつぶやく。雲雀が世紀の美女に変貌しているとしたら、ディーノは稀代の名ボスの1人になっていた。あの頃もボスの包容力はあったけれど、今はそれに加えて、威厳と風格が備わっている。

  ディーノのつぶやきで物思いから戻った雲雀は、くすりと笑みをこぼしてディーノに向き直った。

「変わったのは、僕たちだけだよ。僕は子供じゃなくなって、あなたはいまや押しも押されもしない有力ボスだ。同盟の中心は今も圧倒的にボンゴレだけど、キャバッローネは他のどのファミリーよりも腹心の右腕になってる。みんなあなたの功績だ。昔はあんなにへなちょこだったのに」

「恭弥は変わってないぜ。その斜めに構えて周りを見るところ、昔のままだ」

「…前言撤回するよ。あなた、今もへなちょこだ」

  ディーノに余裕たっぷりに切り返されて、雲雀は拗ねた口調で悪あがきした。

「悪い悪い。そう拗ねんなって。せっかく、大事な話しに来てもらったんだからよ」

  骨ばった大きな手が近づいて、優しい声とともに雲雀を包み込む。今も昔も、こんなに穏やかに雲雀をなだめられるのは、ディーノだけだ。ボンゴレでは比較的雲雀の手綱を取れるリボーンでさえ、無条件で雲雀を意のままにはできない。

「で、用って何?」

「結婚しよう」

「ワオ。正気?」

  醒めた表情を崩さない雲雀に、ディーノは真剣な眼差しで向かい合う。その疑いなく本気の様子に、雲雀はスッと真顔に戻った。

「ボンゴレの守護者である僕と結婚することが、キャバッローネにどれだけマイナスか、わかってるでしょ」

「わかってる」

「同盟第2の立場を、失うかもしれないんだよ」

「それでもいい」

「ふざけるな! あなたにとって、ファミリーはその程度のものなのかっ!!」

「そうじゃない、わかれ!! オレにとっては、お前はそれだけ重要な存在なんだっ!」

  ギリギリと視線をぶつけ合い、お互いに一歩も譲らないまま、睨み合う。

「ファミリーが大事だ。オレがオレ自身を大事に思うよりも。だけど、ファミリーのことを思うなら、オレは第一にオレを大事にしなきゃならない。それなら、お前を手に入れなくちゃ始まらない」

「残念だったね。僕はあなたよりボンゴレが大事だよ」

  それは、雲雀の最後の意地なのか、単に天邪鬼なだけなのか、もう雲雀自身にも判らない。ただ判っているのは、雲雀はディーノの言葉をすんなりと受け取ることはできないということ、それだけだ。

  そんな雲雀をわかっているのか、それとも本能的に必要と感じたからなのか、ディーノは雲雀にとっての最後の砦をあっさりと崩す切り札を持っていた。

「ツナには、許可を得た」

「…っ! なにそれ!」

「ボンゴレのこの先に、キャバッローネの存在は不可欠だと言われた。だから、キャバッローネ存続の為に、ボンゴレはあらゆる協力を惜しまないそうだ。……それがたとえ、守護者を嫁がせることであっても」

  ディーノの告げる綱吉の決断に、雲雀は目を瞠った。ドン・ボンゴレは、何もかもお見通しだったというのか。あの、ダメツナと呼ばれていたドンが。そんなに重大なことを、大胆に決断するほどに。

「ツナの許可さえあれば、他に必要なものは何もない。ただひとつ、恭弥が頷いてくれさえすれば」

  ディーノの目に浮かぶのは、自信と懇願。雲雀を愛している自信。雲雀に愛されている自信。どちらも揺るぎなくあるけれど、最後の最後、雲雀自身の言葉がなくては、動けないから。

「恭弥。結婚しよう。オレたち、結婚しよう」

「……バカじゃないの、あなた。僕なんかをお嫁さんにして、後で泣いたって、知らないから」

「恭弥」

「可愛いお嫁さんなんて、なれるわけがないじゃない。あなたの教え子だよ? あなたの隣で、いつだって一番に戦うんだから」

「頼りにしてるぜ」

「大人しくあなたの言うことなんて、聞かないんだから」

「恭弥はそうでなくっちゃな」

「あなた、からかってるの?」

「まさか。そんな恭弥をオレは愛してるんだぜ」

  かすかにむっとした雲雀に、悪びれることなくディーノは必殺の言葉を口にする。

  そこまで想われては、逃げられるわけがない。そうしていつだって、金色の馬はぬばたまの雲雀に白旗を揚げさせるのだ。愛という甘美で直球な鞭で絡め竦めて。

「あなたがそこまで言うなら、結婚してあげる。でも、覚悟してね。僕は、一度手に入れたものは死んでも手放さないんだから」

「わかってる」

  言葉と同時に、ディーノの強い腕が雲雀の細いカラダを抱きしめる。少し苦しくて、結構痛いけれど、なによりこの腕の中は幸せだった。いつだってそれは、雲雀の真実なのだった。

「待ってたんだから、バカ馬……」

  ついた悪態は、涙で揺らいでいた。




 式を挙げるとか挙げないとか、ドレスを着るとか着ないとか、それからもくだらない大喧嘩は続いたけれど、それすらもふたりには幸せな日々。

  そして雲雀が身ごもったことを告げられたディーノは、ありえない大騒動を起こすけれど、それはまた別のお話。


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