待ちこがれし喜びの光

 その電話は、不意打ちでかかってきた。

『助けに来て。急がなくてもいいけど、できれば早く』

 そのままぷつっと切れる。

 いったいいまの電話はなんだったんだろうと考えているうちに、別の番号からの着信が入る。

『山本連れて、今すぐ来てくれ』

 その電話も、そのままぷつっと切れる。

 ボンゴレ本部の自分の執務室で、あの夫婦はいったいオレになにを求めているんだろうと、綱吉は電話を見つめて考えた。



 わざわざ雲雀を借り出して日本へ行ったディーノが、戻ってくるなり結婚すると宣言したのは、3ヶ月ほどばかり前の話だ。

 そのまま、あれよあれよという間に入籍し、地元の教会で式を挙げ、雲雀はボンゴレ本部の居住区からキャバッローネの城へ住まいを移した。

 いまでは、雲雀は城から、キャバッローネ・ファミリーの送り迎えでボンゴレへ通勤している。

 その雲雀が体調不良を訴えて、休暇を取ったのが昨日のこと。病院の診察結果くらい、教えてくれたらいいのになーと思っていた矢先の電話連絡だった。

 それきりうんともすんとも言わない携帯電話を諦めてスーツのポケットにしまい、綱吉は守護者たちがよく集まっているサロンへ足を向ける。

「山本。キャバッローネに行くから、一緒に来てくれるかな」

 雨の守護者は二つ返事でついてきた。




 キャバッローネの城に着くなり、綱吉と山本が通されたのは、雲雀の寝室だった。

 より正確に述べるならば、南向きのいちばんよい場所にある客間を雲雀用に設え直した寝室だった。

「よぉ、ツナ。山本も、急に呼んで悪かったな」

「案外早く来てくれて、助かったよ。沢田綱吉。この人、何とかしてくれないかな」

 ベッドサイドの椅子に、看病というよりは監視くらいの勢いで座っているディーノと、ベッドの中でシーツと毛布でぐるぐる巻きにされた上、クッションの山に埋められている雲雀が、それぞれに声を上げた。

「……何事ですか?」

 呆気に取られた綱吉を、いったい誰が責められようか。山本も、ぽかんとしたまま、戸口に立ち尽くしている。そんなふたりに、ディーノはこの上なく上機嫌に、雲雀はうんざりげっそりと、爆弾を落とした。

「「妊娠したんだ」」

 表情も口調もまるで違うのに、ぴったり声が揃っているところはすごいと思う。

「おめでとうございます。ディーノさん、ヒバリさん」

「おめでとっす。男の子なら、跡継ぎっすね」

 綱吉と山本の言葉にも、雲雀はげんなりとうなずいた。

「どうしたんですか、ヒバリさん? 嬉しくないんですか?」

「わかったときには嬉しかったよ。でも、もうちっとも嬉しくない」

 ちらりとディーノを見る顔で、雲雀の不機嫌の理由がディーノだと気付いた綱吉は、山本に目配せしてディーノをベッドサイドから連れ出してもらう。

「ディーノさん、どうかしたんですか?」

「どうかしたなんてものじゃないよ。昨日、どうしても熱っぽくて病院行って、3ヶ月だってわかった途端、大騒ぎ。診察室で毛布に巻かれた僕の気持ち、あの人絶対わかってないよ」

「……それは大変でしたね」

 としか、言いようがない。困り顔で微笑を浮かべる綱吉に、雲雀はクッションと毛布を退かしてくれと頼んだ。

「あの人、部下がいないと寝相も最低だから、お腹蹴られちゃたまらないし、メイドに言って僕専用の寝室を用意させたんだけど、そのときだって、そりゃもう嫌がって聞かなくて。僕、怒鳴った拍子に赤ちゃん出てきちゃうかと思うくらい怒鳴ったよ」

 クッションをかき分けて、雲雀が身動き取れるくらいまで毛布を剥いた綱吉は、珍しく愚痴っぽい雲雀に、ディーノが相当すごかったのだろうと想像する。

「ヒバリさん、3ヶ月じゃまだ赤ちゃんは出てこれませんよ」

「それでも出てきそうなくらいだったってこと。キミ、あの人の弟分なんだったら、なんとかして」

 ああ、それで「助けに来て」なのか、と綱吉は納得した。その瞬間、綱吉はどんっと押しのけられて転ぶ。

「恭弥、ダメだろ温かくしてなけりゃ!!」

 山本が窓際まで連れ出していたディーノが、世界記録を更新できそうな勢いで戻ってきて、ふたたび雲雀に毛布の十二単を着せ付けていた。

「あの、旦那様。お客様にお茶を…」

「ダメだ。オレがいいと言ったもの以外、この部屋に持ち込むな」

 戸口からおそるおそる尋ねるメイドに、ディーノは素気無く応える。しかし、すでに廊下から紅茶の香りが部屋に入ってきていた。

「う…っ」

 うめいた雲雀が、眉を寄せてうつむく。さっと雲雀を抱き上げたディーノは、洗面室に飛び込んだ。

「ねえ、山本。あれって…」

「噂に聞く、つわりってヤツだな」

「つらそうだね」

 綱吉の言葉に、山本は深くうなずいた。

「それで、ヒバリは実は、何日か前からマトモに食ってねーらしーぜ」

 ディーノが異常なくらい過保護なのも、食事が一向に喉を通らない雲雀を心配してのことのようだった。経緯を聞けば、綱吉も表情を曇らせる。

「…それって、よくないんじゃないの?」

「だからオレを呼んだんだってさ」

 やれやれとため息を吐く山本に、綱吉は首を傾げて先を促した。

「ヒバリがな、カンパチの握り以外食いたくねーと、そう言うんだそーだ。…勘弁してくれよ、カンパチったら太平洋の魚だぞ。イタリアでどーやって用意しろっつーんだよ」

 カンパチの握り。イコール、寿司。ならば、寿司屋の息子に話せば早かろうと、そういうことらしい。イタリアでは簡単に用意できないオーダーに、山本は頭を抱える。

「山本のお父さん、呼んじゃダメ?」

「親父を呼ぶのはどうにでもできる。でも、ネタの用意ができねー」

 職人肌の山本父が納得するネタが、イタリアでは仕入れられないそうだ。綱吉はうーんと考えて、言った。

「ボンゴレの力使って、なんとかするよ」

 折りよく、ディーノがぐったりした雲雀を抱えて戻ってくる。過保護が過ぎるディーノに雲雀がうんざりするのもわからないではなかったが、自分の経験どころか身近に妊婦のいたことさえない男性陣にとっては、どれだけ大事にしても足りないような気がする事態だった。

 結局、雲雀がなんと言おうと、ディーノが思うままに雲雀を大事にすることは、誰にも止められないのだと思う。

「ヒバリさん、ディーノさんの言うことよく聞いて、大人しくしていてくださいね。ファミリーの方は、どうにでも調整しますから」

 こうして、雲雀は見渡す限りの仲間に、意に沿わない毛布包みの生活を強いられることになったのだった。


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