大石君の大晦日

 冴えた空気が頬に刺さる。白い息を吐きながら、大石はふと、隣を歩く長身に目を向けた。しんと静まり返った深夜の住宅街。手塚は黒いダッフルコートのポケットに手を入れて、上に巻いた太い毛糸のチャコールグレイのマフラーに半ば顔を埋めるようにして歩いていた。

 1月1日の深夜零時まであと2時間。寒い夜中に除夜の鐘を撞くのを面倒がった越前南次郎氏の要請により、氏の管理するお寺の境内に青学テニス部の夏のレギュラー陣が集合するところである。実の父親の横着振りを、よりにもよってその父親自身に暴露された越前リョーマ本人は烈火のごとく嫌がったが、除夜の鐘を、それも自分たちの貸切状態で撞くというなかなか貴重な体験を、見かけによらず(?)イベント好きなレギュラー陣が逃すはずもなく、除夜の鐘撞き&初詣ツアーが催行されることになったのである。

「手塚、寒くないか?」

 見上げ気味の視線の先にあった、髪からちらちら覗く赤くなった耳が気になって訊くと、手塚は平然とうなずいた。

「ああ、大丈夫だ。そういうおまえこそ、平気なのか?」

 手塚は少し目線を下げ気味に、紺のカシミヤのコートの大石に尋ねる。彼が襟元にアスコットタイのように巻いているシルバーグレイのウールのマフラーは、母親と妹からのクリスマスプレゼントなのだと、さっき照れながら話していた。

「俺は、寒いのは結構平気だよ。だから、俺のことより、寒くなったら言えよ。風邪引いたら大変だからな」

 そう言って微笑んだ大石に、手塚は知らず目元に朱を上らせる。慌てて視線を大石から逸らせ、歩調が早まった手塚に、大石は微苦笑を漏らすと、小走りに追いかける。

 来年もこうして、手塚の横で、手塚を支えながら、手塚を追いかけながら、テニスができることに、大石はこっそりと天に感謝した。そして、自分だけに見せてくれる表情を、変わらず自分だけに見せ続けてくれるように。

 行く手に、待ち合わせ場所である越前家管理の寺院が見えてきた。除夜の鐘を撞きながら、鐘にそれを願おう、と大石は思った。


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