ぬくもり

まだ春には遠い季節のことだった。


夜遅くにみぞれ混じりの雨が降りしきる中、エドは1人街の中を歩いていた。時々立ち止まっては白い息をふうっと吐きながら暗い空を見上げた。

今回長い旅から戻りイーストシティに滞在している間、エドはこの道を幾度も通ってはロイの待つ家へと通いつめていた。今日ロイは夜勤ではないし、もうとっくに帰宅しているはずだとぼんやりと考えながら、歩き続けていた。

曲がり角をいくつか曲がって、ロイの住まう家が見えた時、窓に明かりが灯っているのに気がつくと、エドはほっとしてその門をくぐった。

「また来ちまったな・・」

そうつぶやくと、エドは玄関への階段を上がり、呼び鈴を鳴らした。

しばらくするとドアが開き、中からロイが出てきた。彼はエドの姿を見ると、すぐに中へと招き入れた。

「鋼の、ずぶぬれだな。風邪でもひきたいのか。」

そう言うと、ロイはエドの身体を抱きしめ、その唇に軽くキスをした。

降りしきる雨に濡れて、服を着ていても機械鎧の腕と足は氷のように冷え切っていた。

「大佐こそ、なんて格好だ。あんたのほうが風邪引くだろ。」

上半身なにも着ていなかったロイの身体を突き放すと、エドはそう言った。

「ちょうど今からシャワーを浴びようとしていたところでね。君も一緒にどうだ?温まるぞ。」

そう言ってニッと笑ったロイを睨みつけてエドは言った。

「ことわる。ごたごた言わねえでさっさと入ってきたらいいだろ。」

「残念だな。私はすぐに済むから後でこい。」

「うるせえなあ。」

そう言うと、エドは居間へと1人入ってドアをバタンとしめてしまった。玄関に残されたロイはやれやれという顔をして、浴室へと向かった。



部屋に入ったエドは上着を脱いで壁にかけると、暖炉の前のソファーに座った。暖炉にはまだ火を入れたばかりらしく燻っており、足元からは冷気が上がってきた。

「・・寒いなあ・・くそお、震えがとまらねえ・・」

自分の腕や足の機械との接合部分の冷たさに耐えられなくなったエドは、立ちあがるとそっと浴室の様子を見にいった。

ロイはまだシャワーを浴びているようだったが、エドがドアの外にいることに気がつくと、中から呼んできた。

「鋼の。私はもう出るから入れ。」

それを聞いてほっとしたエドは、ずぶぬれの服を脱ぎ捨てバスタオルを身体に巻くと中に入った。すると、シャワーカーテンの向こうのバスタブには、中に湯をはって、まだゆったりとつかっているロイがいた。

「・・もう出るとさっき言っただろ。」

「さて、そんなことを言ったかな。」

ロイはそう言って白を切っていたが、こんなところで言い争う気にはなれなかったエドは、そのままだまってバスタブに入り、彼に背を向けて髪を洗った。

「じろじろ見んじゃねえぞ。このエロ大佐!」

そう言ってエドが振り向くと、ロイは出したままのシャワーの湯が顔にかからないようにと顔を背けていた。その様子を見てバツの悪いエドは早々に身体も洗い終わると、ようやく湯に身体をつけた。

「おい、大佐がいると、おれが入る場所がないだろ。」

身体をバスタブに伸ばしたロイは、自分の足元でそう文句を言うエドの手をつかんで自分へと引き寄せた。

「こうすればいいだろう?」

そう言ってロイはエドの肩を抱き、額にキスをした。はじめは抵抗していたエドも、白く濁った湯の温もりと、エドの肌の上をゆっくりと滑るロイの手の心地よさにおとなしくなり、やがてロイに身体を預けた。

「たまにはこういうのもいいだろう。」

そう言ってロイはそっとエドの髪をかきあげた。

「たまには・・な。」

エドはロイの首に腕を廻して目を閉じ、ふうっと深い息をした。ロイのよく鍛えられたたくましい体と触れ合う肌がいつにもまして心地よく、震えが止まらないほど身体が冷え切っていたこともすっかりと忘れてしまっていた。

しばらくそうしていた2人だったが、そのうちロイの手が徐々にエドの身体の敏感な部分に触れてきていることに気づくと、エドは身体を離した。

「おい、なにさわってやがる!」

エドがそう言って立ちあがろうとすると、ロイはその後ろから抱きしめて止めた。身動きできないほど抱え込まれて、エドは動揺した。

「・・こんな所でなにやってんだよ・・」

「私はどこででもかまわないがね。」

ロイはそう耳元でささやくと、後ろからエドの肩や首筋に唇を滑らせた。さらに片方の手で感じやすい部分を触れてくると、エドはたまらずロイの腕から滑り抜けて、バスタブから飛び出した。後方からロイの笑い声を聞きながら、エドはバスタオルをつかんで浴室を出ていった。



やがて居間にロイが髪を拭きながら戻ってくると、エドはロイの白いシャツを羽織って暖炉の前に座ってぼうっとした。

「大佐が変なことするからのぼせただろ。」

そう言って恨めしそうにしているエドに、ロイはお茶を持ってきて飲ませ、隣に座った。

「せっかくいいところだったのにな。だが君の身体はじっくりと眺めさせてもらったぞ。」

ロイににやっと笑ってそう言われて、エドは彼を睨みつけて怒鳴った。

「なんだよ!やっぱりじろじろみていたんじゃねえかよ!」

「ああたっぷりとね。君の白い肌も、黒光りする機械鎧も。」

「このエロ大佐!」

普段あまり自分の身体を見せたがらないエドは、それを聞いてすっかり逆上してしまった。思わず右手の拳がロイの顔に飛んだが、寸でのところでロイによけられてしまった。

「ふざけやがって!」

「・・これ以上怒らすわけにはいかないな。少々からかいが過ぎたか。」
そう言うとロイは、エドの小さな身体をつかんで軽々と抱え上げると、肩に担いで2階の寝室へと運んだ。そうなるとどんなに暴れても逃げられないエドは、悔しそうにロイの背中を叩いた。



2階に上がると、ロイは寝室のベッドにエドをほうり投げ、ドアを閉めて小さな明かりを灯すと、ベッドに腰掛けた。

「さて、どうして欲しい?エドワード。」

穏やかにそう話しかけると、ふてくされたエドは起きあがって髪をかきむしりながら言った。

「・・わかってるくせにいちいち聞くなよ。嫌味なヤツだな。」

「わからないな。君はきまぐれだから。」

しばらくだまっていたエドは目をそむけたまま言った。

「・・さっさと始めろよ。もたもたすんな。」

「お望みのままに。」


ロイは微笑むと、エドの右手をとり、その甲にキスをした。そしてエドを抱きよせ唇に深くくちづけた。舌を滑りこませると、小さな舌がたどたどしく中に導いてきた。きつく舌を絡め合ううちに混ざり合った2人の唾液をエドがごくっと飲み干すと、ロイはその唇を離しエドの顔を見つめた。頬が上気し、金色の瞳がすがるように自分を見つめ返してくるのに満足したロイは、エドの服を脱がして彼をベッドに横たえた。

「先ほどの前戯ではまだ不充分すぎるな。」

ロイはそう言って服を脱ぎすてると、横たわったエドの頬を撫でた。

「明りを消せよ。」

「それは困るな。君の表情が見えなくなる。私しか知らない素敵な表情がね・・」

「エロ野郎・・」

ロイはそう言うエドに自分の身体を重ね合わせると、幾度もキスをして耳元で愛の言葉を囁いた。身体を優しく撫でられながら、エドはロイの首に腕をまわしてそれを素直に受け入れた。

ロイと身体の関係を持つようになってまだ間もないエドだったが、1から彼に教えてもらったこととはいえ、自ら求めることも多かった。肌が触れ合い、ロイの熱い息遣いを感じ、快楽を得ることで、自分は生身の生きた人間であると実感することができた。そんな彼の気持ちを知ってか、ロイはエドが求めるままに与え続けていた。

やがて身体に舌を這わせ始めたロイがエドの敏感な部分を吸うと、エドはその口からかすかに小さな声をあげた。まだエドに残る羞恥心を取り去ろうと、ロイはエド自身を口に含んだ。

「・・あ・・やめろ・・」

なおもロイが熱い舌で舐め続けると、エドは身体を反らせ甘い声をあげた。徐々にエドが変わっていく様子を楽しみながら、ロイは手で激しくエド自身を刺激した。

「私のエド・・お前は何を望む?」

手を止めてそう言ったロイに、エドは懇願するように言った。

「ロイ・・早くくれよ・・がまんできねえ・・」

それを聞いてにっと笑ったロイはエドの腰を抱え上げると、その中に身体をゆっくりと沈ませた。ロイの身体がじっとりと汗ばんでくるのを感じながら、エドは徐々に激しくなる動きにあわせて声をあげた。

「あ・・ロイの・・すげえ・・いい・・」

我を忘れて息を荒げるエドの姿はロイをますます興奮させ、その動きを激しくさせた。

「・・お・・れもう・・・イかせてくれ・・よ」

やがてうわ言のようにそう言ったエドの唇にキスをすると、ロイは耳元で言った。

「・・一緒にな・・」

そして2人はお互いの名前を呼び合いながらのぼりつめ、開放した。



「エド、お前はいつまで東方にいるんだ?」

ゆっくりと身体を起こしてロイはそう話しかけた。

「さあ・・でもそのうちまた出かけるつもりだけどさ。」

シーツに包まれ横になったまま、エドはけだるそうにそう答えた。

「寂しくなるな・・旅先からは電話くらいちゃんといれろ。」

「ん・・そうだな・・」



窓の外の雨はまだ止みそうになかった。雨音を聞きながら、エドはロイの腕の中でまどろんでいた。わずかに聞こえるロイの心臓の鼓動が、子守唄のように心地よく耳に響いてきた。

もしいつかこの暖かい腕が、優しいまなざしが失われるようなことがあったなら、自分はふたたびあの禁忌を犯してしまうのだろうか・・・そんな思いを打ち消しながら、エドは静かに目を閉じて、深い眠りの中に入っていった。

 

(END)


(05年4月)