Hepatica〜雪割想〜


この気持ちは、いつまで閉じ込めていられるのだろう・・・?

どんなに暗くても、決して明けない夜はない。

どんなに寒い冬でも、そのうち春がやってくる。

でも、叶うはずのない想いはたくさんある。俺のこの気持ちもそのようなもので、何度も諦めようとしたものだ。

だけど、永久に解けるはずのなかった恋心も、雪の中から花をのぞかせる雪割草のごとく、芽を見せ始めている。
それは目を凝らさなければわからないほど小さな芽だけれども、だけどそこにしっかりと存在する、希望の芽・・・。




(本当に・・・)



まだまだ不安はあるけれど、俺は世界で一番幸せな男なのかもしれない。
かつて振られたはずなのに、兄は自分を想うことを許してくれた。こんな俺を受け入れてくれた。
今こうやって抱きしめてくれて・・・って・・・?


「光輝兄・・・何してるんだよ」

最近、光輝兄のスキンシップの回数が増えてきた気がする。
そんな人には見えないのに、兄は機会があると俺に触れていることが多い。
それ自体は嬉しいんだけど・・・その・・・慣れない俺は赤面するしかない。


「そういうお前こそ、優雅に何を悩んでいるんだ?」

俺の様子がおかしかったから特別サービスしてくれていたらしい。
本当に・・・優しい人だ。
嬉しいけれど、その優しさが辛いときもある。


「溺れるものは藁をもつかむって言葉、知ってる?」

幸せだけど、やっぱり恐い。兄は俺に何のためらいもなく手を差し出してくれるけれど、どこまで取っていいのかが分からない。
今はこうして『兄弟』でいられるけれど、そのうち俺ももっと光輝兄に縋って彼を困らせてしまうかもしれない。
甘えてもいいとは言ってくれているけれど、これ以上甘えて嫌われるのが、恐い。
一度失いかけたから・・・『片想い』のときよりも俺は臆病になっている気がする。


「そのために俺がいるんだろう?」

「でも・・・」

好きな人だから甘えたいけれども、好きだからこそ、負担を掛けたくない。
だけど、そんなジレンマ、兄に言うことは出来ない。好きだからこそ、知られたくない。


「少なくとも、俺以外には甘えるな」

え・・・?今、さらりと恐ろしいことをいわれたような気がする。
指摘しようと思ったけれど、殺気が渦巻いていたので、やめておいた。


「はは、俺って実はすごく幸せ者?」

光輝兄は、どんな俺でも愛してくれる・・・それがわかり、少しだけ不安が薄れた。
こんな素敵な人に愛されるなんて、やはり俺は世界で一番幸せな男だ。
俺は嬉しさのあまり、光輝兄の首に腕を回した・・・。




花の開く日は、近いのかもしれない・・・そう思ったのは、兄には内緒。





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この道は、どこまで続くのだろう・・・。

決して先の見えない道に差す、一筋の光明。

彼の笑顔が、俺を支えてくれる・・・。

隠していても、弟が悩みを抱えていることは、知っている。
一言でいうのなら、恋の悩みというやつだ。しかもその対象は、実の兄である俺。


もちろん、それに抵抗がなかったわけではない。俺も、瞬も、男だ。
手ひどい言葉をかけて傷付けたこともある。
だが・・・まぁ、あれだな。そんなことを気にしても仕方のないことだ、と、今になっては悟りを開いた状態になってしまった俺。
重要だが、決定的要素ではない。本当に大切なのは、瞬が俺にとって決して失うことの出来ない存在だということだ。


瞬が俺に嫌われるのを恐れているのなら、俺は瞬を失うことを恐れている。
魅力的な彼は、いつ俺から離れていくか分からない。
一度本当に失いかけた俺は、臆病になってしまったのかもしれない。
俺は実に情けない男だ。こんな気持ち、彼に見せることなど出来るはずがない。


本当だったら、決して出てくるはずのないその気持ち・・・瞬に対する気持ちは雪の中に埋まっているはずだった。
だが、ほかならぬ瞬のおかげで、もはやその雪は融けかけている。完璧に消え去るのも遠くはないのかもしれない。

だが、瞬はどうなのだろう。まだ彼の雪は融けていないのかも知れない。
まだ彼は自分の心の奥底は俺にはさらけ出していない。多分、俺が心変わりするのを恐れているのだろう。
だから、自分を守るために、彼は・・・。


「光輝兄・・・何してるんだよ」

腕の中の瞬が振り返る。うなじが真っ赤だけど、それは指摘しないでおく。

「そういうお前こそ、優雅に何を悩んでるんだ?」

いつも彼は独りで何かを抱えようとする。俺に負担を掛けたくないと思っている。

「溺れるものは藁をもつかむって言葉、知ってる?」

その言葉を知らないはずはない。だが、彼の言いたいことは、その裏にあるもの。恐らく、俺の想像が正しいのなら・・・。

「そのために俺がいるんだろう?」

一歩踏み込んでいいのかどうか、彼は迷っている。俺を頼りすぎて、離れることが出来なくなるのを恐れているのだろう。

「でも・・・」

わかってはいても、そう簡単に割り切れはしないのだろう。俺だって無理変えろとは言えない。でも・・・

「少なくとも、俺以外には甘えるな」

瞬には瞬の悩みがあるのだろう。でも、お前が友達に心を許しているとき、俺がどんな気持ちでいるのか、わかるか?
無力さを嫌というほど思い知らされて・・・。


「はは、俺って実はすごく幸せ者?」

俺の気持ちに、少しは気づいてくれたのかも知れない。そんな『幸せな男』に愛される俺は、世界で一番幸せなんだろうな・・・恥ずかしいので、そう思ったことは瞬には内緒。
俺は瞬を抱く腕の力を強くした・・・。




すぐに変えられないのなら、時間をかけて変えていけばいい。そのために俺が側にいる。
ずっと側にいてやる。だから・・・少しずつでいいから、俺に心を預けてほしい。頼ってほしい。甘えてほしい。

瞬が俺を愛してくれるのなら、俺はお前の心に積もる雪を解かしていこう・・・

勿論そんな決意は、瞬には内緒である。





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このSSはこちらが普段訪問させていただいている「埋葬蝶」の浅見ひなさまのお誕生日祝い(とライゾーのお礼を兼ねて)として書かせていただきました。
今回のテーマは「ユキワリソウ」。2月28日の誕生花の一つだそうです。「内証・優雅・高貴」といった花言葉があるみたいですので、「内緒(内証)」や季節柄、「雪解け」といったものをイメージしてみました。そろそろ春になる・・・そんな季節感を味わっていただければと思います。
そんなわけで、このSSを浅見さまに捧げさせていただこうかと思います。(このSSは浅見さまのみお持ちかえり可となっています)

浅見ひなさま、誕生日おめでとうございます。今年一年がよきものとなるよう・・・。

秋山氏(2005/03/04)