Memory From Maple  
 
「晴れてよかったねぇ・・・」

「あー、そーだな」

天気は秋晴れ・・・というよりは、冬晴れに近いんじゃないか?そんなちょっと寒い気候の中、俺と光輝兄はのんびりと歩いている。
すがすがしい空気、青い空に映える真紅・・・。外界の喧騒もここには届かず、ちょっと日常とはかけ離れた光景。一日を過ごすのは辛くても、半日を過ごすのには丁度いい。
ただ、乗り気なのは俺だけで、光輝兄のほうは・・・余り乗り気じゃない。色気が全くないから・・・確かにそれもあるけれど、本当の理由は・・・場所だ。山でデートというのに光輝兄が不満らしい。俺たちは郊外でいわゆる『紅葉狩り』をしているんだ。


「デートするなら他にいい場所があると思うんだけどなぁ・・・」

光輝兄の意見も一理はある。確かに健全な青少年のデートとは遠いかもしれない。
だけど、紅葉はそう簡単にいつでも見れるわけではない。季節限定だからこそ、光輝兄と一緒に行きたかった。
光輝兄とたくさん特別な想い出を作りたかった。



「たとえば・・・?」


それなら光輝兄はいい場所を知っているのだろうか?いつもは俺も光輝兄の提案を受け入れるけれど、今日ばかりは遠慮はしたくない。

「ホテルでまったりとか・・・」

「光輝兄!」

そんな言葉が出るとは思わなかった。真っ赤になって怒鳴る俺に、『おーこわ』とわざとらしく肩をすくめる光輝兄。
照れ隠しに一発たたこうとしたら軽く走って逃げ、俺は彼を追いかける。
だけど、表面上は嫌がっていても、ちゃんとついてきてくれる・・・本当に優しい人だ。俺はこの人にどれだけ救われてきたのだろう?指で数えても足りないほど、彼には本当にお世話になっている。もはや彼の存在しない世界など、考えることすら出来ない。



物心ついたときから側にいてくれた、世界で一番大切な人・・・。


「ねぇ、光輝兄?」

後ろから呼びかける俺に、光輝兄は不思議そうな顔をして振り返る。いつもと様子が違うことに気づいたのだろうか?

「俺のガキのときってどんな感じだった?」

『ん?』ひらひらと舞い落ちたモミジの葉をすくい取る。しばらく掌で遊ばせて、光輝兄は遠い方角を向く。

「そーだな・・・って、あまり覚えてない」

え?俺は驚きのあまり、固まってしまった。光輝兄のことだから、そういうことはマメに覚えていそうなのに・・・。
俺ってそれだけの存在?ショックを受けている俺に気づいたのだろう。光輝兄が慌てて弁解する。


「仕方ないだろう。俺だってあの時は小さかったんだし。ガキのときの記憶はありません。
でも・・・そうだな。以前に一回家族で紅葉狩り行ったことがあったな」



懐かしそうに話す光輝兄。光輝兄は覚えているようだけど、俺の記憶にはない。
何度記憶の引き出しを開いても、それが出てくることはない。光輝兄が覚えていて、俺はそうでない・・・その事実に一抹の寂しさを覚える。


「そんな顔をするなって。お前は本当に小さかったから、忘れていて当然だ。俺自身覚えているのが不思議だし。
まぁ、俺は仕方なくついてきたんだけど・・・そのときお前、本当に楽しそうでな。見ているこっちも楽しくなったよ。
何でだか知らないけど、今でもそれは記憶に残ってる・・・まさかあの時は俺たちがこんな感じに行くことになるとは思わなかったけどな」


苦笑して締める光輝兄。それを言われても俺の記憶はよみがえらなかったけれど。
光輝兄が特別に覚えているということは、俺もあの時はたぶん純粋に楽しかったんだと思う。

それが今は・・・光輝兄と『そういう意味』で行くなんて・・・絶対想像なんか出来なかっただろう。



「光輝兄・・・俺とこんなことになって、後悔してる?」



ふと、言葉が出た。綺麗な想い出と、そうでない現実。

「またそれか・・・。お前、俺の気持ちをなめてるのか?」

「違うけど、やっぱり信じられなくて・・・」

解っている。光輝兄がただのお情けで付き合ってくれているわけではないことくらい。でも、好きだからこそ、思わずにはいられない。この幸せは一体何なのだろうか・・・。

「仕方ないんじゃないか?この葉っぱだって、赤くなる前は青々としていたんだ。青いときには、自分がそのうち赤くなるなんて思わないだろう?」

こじつけなのでは?そう言おうとした俺の口を、優しくふさいだ。

「それでも、モミジはモミジだ。俺たちだって同じようなものなんじゃないか?」

『恋人になったとしても俺たちが俺たちであることには変わらない。だから後悔する必要もない』そう言われて、少し俺の心が軽くなった。

恋人である以前に、俺たちは・・・兄弟なんだから。

俺は確認したかったのかもしれない。光輝兄の言葉で、『今』が切り取られたアルバムなんかじゃない、『現実』であることを、確実なつながりが俺たちに存在することを・・・。


「ありがと、光輝兄。その言葉、ずっと忘れない」



光輝兄のくれた言葉は、ずっと俺の中に刻まれている。あまり想いを告げてくれないからこそ、一言一言が重い。
優しい言葉も、身を切るような一言も、全て俺の想い出となっている。そして、新しく一言が加わることになるけれど・・・それを言うのはちょっと恥ずかしかった。
照れ隠しにちょっと光輝兄から逃げてみたけれど、彼は俺の気持ちをわかってしまったようだ。苦笑しながら頭をかく。


「想い出に浸るのもいいけど、少しは前を向いて歩け・・・って、危ない!」

え?その瞬間、俺の体が傾いた。前を向いて歩いていなかったから、石があるのに気づかなかったらしい。
不思議なもので、そんなときにでも俺は『こけるな』と他人事のように思う。だけど、頭が地につくような事はなかった。

気がつけば・・・光輝兄の腕の中に俺はいた。そして、ふと浮かんできた、記憶の断片。同じようなことがあった気がする。
そうだ。俺がはしゃぎ回ってつまずいたのを、光輝兄が抱きとめてくれたことがあった。それが光輝兄の覚えている紅葉狩りの話なのかも知れない。だけど、そんなことは光輝兄の一言でどうでも良くなってしまう。




「ったく、昔っから危なっかしい。だから放っておけないんだよ。また頭をぶつけたらどうするんだ・・・」



それは、記憶喪失のことを言っているんだろう。俺たちの境界が曖昧になってしまった原因である事故。
全てはそこから始まった。決して甘いものではない。何度も泣いた。でも、それのおかげで今の俺たちがある。
それは光輝兄の左眼と引き換えだったけれど・・・今となっては光輝兄の左目がどうなっているかは、俺ですらも知らない。
俺の気持ちのせいで・・・罪悪感がないわけではないけれど、それ以上に得たものの方が大きかった。




でも、もしまた記憶を失ったら、今まで築き上げたものはどうなるんだろう?



「ま、それならそれでいいか。想い出なんて、腐るほど作れるしな」

彼はそういう人だ。どんなに俺が悩んでいても、悩んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなるくらいあっさりと答えを見つけてしまう。
『簡単に』言ってしまう。本当に・・・ずっとそうだ。俺が動けなくなると、何の惜しげもなく手を差し出してくれる。決して俺を置いていったりはしない。


「何であっさりと言っちゃうかな」

「そんなもん、考えても仕方ないだろう。大体お前が考えすぎなんだ」

そうは言うものの、光輝兄が一番考えている。もともと彼は男を好きにならない。だから、俺の知らないところで彼は色々悩んでいるんだと思う。
だけど、それは決して表には出さない。出してしまうと、俺が傷つくと思っているから。


「・・・またそういう顔をする。俺が付き合いたいと思ってるから付き合ってるんだ。気にするな」

抱きしめる力が強くなる。それが光輝兄の言葉が真実であることを示していた。だから俺は彼に身を任せる。どこよりも安心できるこの場所・・・なんだけど・・・。



「ちょっと・・・辛い・・・」



好きな人に腕の中にいるわけだから。



「奇遇だな。俺も同じだ」



苦笑する光輝兄。振り返るとその顔はほのかに紅くなっていて。



「だったら離れてみる?」



「いや、このままがいい」



今度は俺が紅くなる番だった。



「大好き・・・」



そう言うと、俺を抱きしめる力が強くなって・・・。



ゆったりと舞い落ちる木の葉の存在を忘れ、しばしの間想いに身を任せた俺たちだった。



END






この小説は日ごろ何かとお世話になっている相楽さまのサイト「slightfever」が150000hitを迎えたお祝いにと、半分無理やりに書かせていただきました、「Forget-me-not」の瞬と光輝兄です。
色々テーマはあるのですが、ある秋の日の二人・・・という感じでしょうか、モミジの花言葉は・・・。
ちょっと本編が暗かったので、せめて捧げものでは・・・と、色々詰め込んでみました。みたのですが・・・その後思いもよらぬことが・・・!(真相はこちらへ)
相楽さま、150000hitおめでとうございます。これからもがんばってください!


秋山氏(2005/12/20