愛はお菓子よりも甘い?
「・・・何それ」
放課後の屋上、外山晶は呼び出されて行ったところ、すでに呼び出した本人である倉科がいた。
嬉しくもあり、呼び出された事に対する疑問もあったが、目の前でその教師が持っている菓子の箱を見て、まずその疑問を口にした。
どうしようもなく嫌な予感がする。目の前の男に、黒い翼と尻尾が生えている・・・ような気がした。
「何それって・・・少しは俺に会えたことを嬉しく思ってもいいだろう」
つれない恋人に苦笑した様子の倉科。
少しは喜んで抱きついてほしいようだが、少年には無理だと分かっている。
晶は素直ではないから、甘えるのが苦手・・・というよりも、根本的に何も考えずに反発してしまう癖がある。
晶自身はもう少し素直になりたいと思う部分はあるのだが、永い時間をかけて形成された性格は、簡単に変わらないものである。
恋人相手にもそれは十二分に発揮され、そのつど晶は後悔するという状況だ。
「だからってわざわざ呼び出さなくても・・・で、何それ」
「何って。ポ●キーだろう」
何を聞くのかとばかりに、倉科は答える。
それは、細長いプレッツェルにチョコがコーティングされた、近代日本の菓子の中でもかなり伝統のある逸品だ。
その派生商品の一つは人気ゆえに生産が追いつかず、ラインを止めてしまったくらいである。
「だから、なぜそれを?」
何故その有名なお菓子を屋上で持っているのか。
お菓子は食べるためにあるのだろうし、倉科は甘いものが好きなので、そういうのを持っていてもおかしくはないのだろうが、ここで持っているのには、何か特殊な意味があるに違いない。
食べたければ、他のところで食べればよいのだ・・・。
倉科息吹という男は、優しそうな性格と、温かそうな容姿で生徒に人気があり、普段は倉科自身も分け隔てなく優しく接しているが、晶が相手だと別で、優しさに意地悪さが上積みされる。つまり、倉科は何かを企んでいる可能性は極めて高いのだ。
「つまりだな・・・」
人がいない屋上の癖に、彼は透き通ったバリトンで耳打ちをする。
その甘い声もダメージが大きかったが、内容が内容であるだけに、晶が一気に真っ赤となる。
「ま、マジ?やんの?いい年した大人が?正気かよ!」
それは、あまりにもベタで、王様ゲームでも愛用されている、定番中の定番であるアレだった。まぁ、晶が慌てるのも、無理はない。男同士がやったところで、寒い・・・かもしれない。残念ながら、これは好きな相手とならいいという問題ではない。
「別にいいじゃないか。やってみたいんだから。晶は嫌なのか?」
「嫌だ。嫌に決まってる。嫌で嫌でたまらない!」
一秒もかからずに即答した。
別に倉科のことが嫌いなのではない。
確かに以前は嫌いだったが、今はしっかりと好きなのである。
しかし、だからといってそれをするのが好きかというと、そうではない。
もともと晶は開き直ってそれが出来るような性格ではないので、年中真夏である恋人同士がしそうなことは苦手なのだ。
照れくさいし、恥ずかしい。
「なるほど・・・恥ずかしくてしたくないほど俺のことが好きなんだな?」
挑発するように聞かれたので、自棄になって言い返す。『できないのか?』と馬鹿にされているようだった。
「あー、分かったよ!やってやるよ!やりゃぁいいんだろ!?」
そう答えた途端、倉科がニヤニヤしていたので、晶は言わされた事に気づいた。
この教師は自分がどう反応するかをわかっていて、そう言うよう仕向けたのだ。
だが、知ったところで今更やめるとも言えない。それに、今やめたら次何をされるかが分からない。
どうせなら自棄になったうちにやるのが得策だろう。
「ほら、一本かせよ」
「・・・もう少しムードを出せよ・・・」
「うっさい!やるのか?やらないのか?」
「はいはい・・・」
仕方のない子だなぁ・・・文句は言いつつも、上機嫌で封を開け、一本渡す。用意はいいのかとの言葉に、少年は諦めて頷いた・・・。
「そこまで震えなくても・・・」
咥えた棒の先の方が微妙に揺れている。それは晶の心臓の響きそのものだった。
自棄になっても、緊張はするもので、いつでも止める準備が出来そうである。
「うるせー。さっさとしろ」
と言うものだから、それを落としそうになり、慌てて口を塞ぐ。今落としたら、せっかくの覚悟が水の泡と化す。
「いいか、お前もかじるんだぞ?落としたらやり直しだからな」
と倉科は念を押し、晶はそれに頷く。妙に有無を言わさぬ迫力があり、晶にそれ以外の選択など許されなかった・・・。
が、そんな要素とは別に、やってみるとこれが難しいもので、一方だけが動くのならまだしも、双方が動かなければならないわけだから、呼吸を合わせたり、ゆっくり動いたりと、かなり大変なのだ。
罰ゲームでもないのに、どうしてか心臓が違う意味でドキドキする。
(はー・・・カッコいい・・・よな・・・)
真ん中近くまで食べ進んでから、倉科の顔がどアップになったため、晶の動きが止まる。
つまりは、見惚れてしまったということ。
男に不足しない(だろう)と言われる倉科の顔は、晶の心臓にかなりの負担を掛けた。
それ以上に、このぎりぎりの距離で、宝石の輝きすらも鈍ってしまう二つの黒曜石に見つめられ、平静でいられるはずがない。
しかし、その後に来たものは、それ以上のインパクトがあった・・・!
(あ・・・)
と言うまもなく、唇に何かが当たった。それを何かと確認するまでもなかった。
(ちょ、ちょっと待て!)
まさかやっぱり偶然でなくそれが目的だったのか?引き剥がそうとしたら、倉科に抱きしめられ、身動きが取れなくなる。
「ん・・・」
唇をついばまれ、晶は軽く声をあげる。その声に反応してか、倉科の舌が、晶に侵入する。
しばらくは晶のそれをつついていたが、晶が拒否しないことを悟ると、動きは大胆になり、互いの舌が絡まる。
「ん・・・んぅ・・・」
晶は抵抗できなかった。否、しなかった。倉科の腕の中にいるときだけは、『素直な』自分でいることができるから。
力を抜いて好きな人に身を任すことが出来るから・・・。
好きな人とのキスは、チョコなんかより甘く、情熱的で、そして心地が良かった。
恥ずかしいけれど、抱きしめられているならいいや・・・大きな腕に縛られていた晶も、何とか倉科を抱き返す。
細長い菓子のことは忘れ、彼らはまったりと唇を堪能しあった・・・。
「で、そんなことをするために俺を呼んだのか?」
先ほどとは大違い、むすーっと、不機嫌さを隠さなかった。
幸か不幸か、晶は冷静になってしまった。倉科の策にはまってしまったことが口惜しくてならない。
キスするなら、そんなまどろっこしい手を使わないで、普通にすればいいのだ。
晶だって、倉科のキスを拒むつもりは毛頭ない。抱きしめて唇を合わすだけでいいのであって、王道であるのが嫌なだけだった。
「男のロマンだろう?」
そんな晶の真情に気づいているのかいないのか、倉科はこともなげに答える。
心なしか、お肌がつるつるになっているような気もするが・・・晶はそれには無視しておいた。指摘すると何が起こるかわからない。
「・・・エロジジイ」
それでも悔しくて、ぼそっとつぶやく。聞こえないように言ったつもりだったが、恋人はしっかりと聞いていてくれたようだ。
もともと悪口は耳に入りやすい・・・それを失念していた晶が悪い。
「晶・・・そういう悪い子にはお仕置きが必要だな・・・」
「え?な、何?わ、悪かった!俺が悪かったから!だからもうそれは・・・」
本能的に危険を察知し、冷や汗をたらしながら晶は逃げようとするが、金網に退路を絶たれる。
そんな絶体絶命の彼に、じわりじわり、にっこりと、不気味なくらい穏やかな笑みで、倉科は迫る。
「だから許してって・・・ん」
わめこうとすると、一本それが突っ込まれ、音を封じられる。
「冗談だ。って・・・そんなに嫌か?」
先ほどまでの危ない教師とは違って、純粋に困ったように聞かれ、晶はそれを飲み干してから答える。
「嫌って言うか・・・恥ずかしいんだけど・・・そりゃ、あんたは大人だからいいかもしれないけど」
照れ隠しに、一本とって、倉科に食べさせる。
「確かに、晶はウブだからなぁ・・・」
口にくわえていたそれを、手を使わずに晶に食べさせる。
瞬時に晶は赤くなるが、その菓子のせいでお得意の『何も考えずに反発』ができない。
「いつもお前は素直じゃないだろう?俺に文句言ってばっかだし、校内でいちゃつこうとすれば逃げるし・・・たまには恋人らしいことさせてほしいんだよ」
ポツリと呟いた倉科の顔がほのかに紅くなっていて、晶は恋人が照れていることを悟る。そこまで自信満々ではなかったらしい。
「ったく、それなら最初から言ってくれよな」
乱暴に言ったが、それは晶の照れ隠しだった。紅くなった顔を隠そうと、倉科に抱きつく。
いつもは何かとからかおうとする倉科も、今回ばかりは優しく抱きつかれていた。
余裕綽々に見えてはいたが、実は倉科も慣れない『遊び』に緊張していたのは、秘密の話である。
晶は晶の苦労があるように・・・倉科には倉科の苦労があるのである・・・。
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神月聖也さまが、倉科&晶くんを描いて下さったので、お礼として書かせていただきました。
今回はリクエストにお応えして、倉科&晶です。ちょっと甘々仕様です。晶にはかなり無茶をしてもらいました(爆笑)。
とはいえ・・・王道ではありますが、書いていて何故か恥ずかしくなってしまいます。開き直りが重要だとわかっているのですが・・・。
つたないものではありますが、捧げさせていただきます。もしよければもらってやってくださいませ(このSSは神月さまのみお持ちかえり可となっております)。
神月さま、これからもサイト運営頑張ってください。
秋山氏(2004/11/04)