明るい家族計画にご用心?
突然だけど、俺に弟ができる。高校生二年にもなって一歳年下の弟ができるのは、やっぱり実感がない。別に産むわけじゃないんだ。母が再婚するんだ。俺としては急に何を言うんだ的な話だったけど、それよりも小さいころに父をなくし、女手ひとつで育ててくれた母には、幸せになって欲しかった。
「和臣、おばさん盗られてさびしいか?」
なんて聞くのは、水島圭吾、俺の親友・・・というより悪友な人である。気がつけば俺らは一緒につるむようになって、こいつには何でも話している。
「ん〜・・・正直、言うとな」
「ははは・・・お前には俺がいるだろう?」
「なんだかな・・・。お前に俺みたいなガタイの男を押し倒す趣味はなかった気がするが」
こいつの人格というのが、俺には未だにわからない。普段は本当に気の利くいいやつで、俺もそれに結構助けられているんだけど、どこまで信用していいのかわからない部分もある。こいつは結構優しそうな顔をするのだが、八方美人的な優しさといった方が正しい。彼曰く、本当の自分をさらけ出すのは、俺の前だけとのことである。
「あぁ、俺はどっちかというと子羊系の方が・・・。でも、お前相手ならひょっとすると・・・」
「そうかそうか、俺もお前が相手なら抱かれてもいいかもしれない。もちろんその逆でもいいが」
別に嘘偽っているわけではない。圭吾の涼しげな容貌、均整の取れた肢体は、あの行為をするにはそれほど抵抗感を与えるものではない。
「そうか・・・今度暑い一夜を過ごそう」
「優しくしてくれよ?」
なんて言う暑苦しいトークの裏で、周囲が凍り付いているのがよくわかる。俺と圭吾がそういう関係だと思い込んでいる連中が多いのだ。実のところを言うと、俺たちの間にそういう関係はない。関係がないからこそ言える、大昔圭吾が珍しく切なそうな眼差しをして言った覚えがある。
「で、今度会うんだっけ?」
話が逸れたことに苦笑しながら彼は言う。俺もすっかり忘れていた。
「あぁ、今度向こうの親子と対面するよ。もちろん気に入らない相手だったら反対するけどな」
俺が反対しても仕方のないことは知っているし、本当はするつもりもない。だけど、それが明らかに釣り合わないやつであれば反対する、これは息子の特権だろう・・・。
僕の父が再婚する。家事は何をやらせてもだめという、本当に救いようのない人だけど、優しい彼は彼なりに努力して、幼いころに母をなくして傷ついていた僕の心を癒そうとしてくれた。だからその話にはもともと賛成だった。
しかも、僕に兄ができるらしい。その人は僕も父も会ったことがないんだけど、話によると、容姿端麗な上に、聡明であるらしい。僕は一人っ子だから、そういうお兄さんができるのは嬉しい話だ。でも、ほんのちょっと不安もある。だって、急にお兄さんができるといっても実感がわかないよ。
結局期待半分、不安半分な気持ちで僕ら親子は向こうの親子と会うことになった。須藤という苗字らしい。どこかで聞いたことがあるような気がするんだけど、気のせいかな・・・なんて思っているうちに件の親子が来た。母親さんのほうはほのぼのした容姿の中にビジネスウーマン的部分が見えた、そんな感じで、僕はすぐに好感を持った。もう一人の僕の兄になる人を見ると・・・僕はそこで凍り付いた。
な、なんであの須藤和臣先輩なの!?須藤和臣先輩といったら、それこそ僕の高校の超有名人だ。少し(一厘程度)ワイルドそうに見えなくもないが、基本的に甘く整っている顔立ち、180以上とちびな僕を痛く刺激してくれるその背の高さ、スポーツも出来て、なおかつ優しい。褒め殺しだせばキリがない、雲の上の人。そんな人が兄になるのは、嬉しさよりも、戸惑いのほうが勝る。
「はじめまして・・・だな。その様子だと俺のことは初めて知ったようだね。俺は須藤和臣。君の義兄になる予定だ。まぁ、こういう話にはなったけど、急に兄ができるのは実感がわかないと思う。正直なところ、俺も同じだ。だから俺のことをいきなり兄だと思えとは言わないし、言うつもりもない。でも、この話は君にも賛成して欲しい。今まで俺を育ててくれた母には幸せになって欲しいんだ」
いきなり頭を下げた。そんなことをされたら困るよ。僕はあなたに頭を下げられるような人じゃないのに・・・。こんな憧れの人に頭を下げられたら、僕はなんて言えばいいのかわからない。
「いえ・・・和臣さんこそ、こんな人が父親になっていいんですか?」
「もともと俺に反対するつもりはないさ。それに、君みたいな可愛い子が弟になるんだ。どうして俺に反対する理由がある?」
自分の顔が真っ赤になるのが嫌でもわかった。こんな本当に嬉しそうな顔で微笑まれると、心臓がばくばく言って困る。僕も親が幸せになることは全く問題はなかったけど、別な意味で問題が出てきそうだった・・・。
新しく弟になった少年は、本当に可愛かった。考えていることが手に取るように判るんだ。俺を見ての反応は、まず驚き。後から聞いて分かったんだけど、俺と蒼、新しく弟になった彼は同じ学校だったらしい。そりゃ、驚きもするか。
次に見せたのは、困惑。新しい家族への期待と不安と言ったところだろうか。こればっかりは特効薬など存在しなく、時間をかけないと解決しない問題だと思う。それは蒼も同じ見解のようで、時間をかけて理解していくということで一致した。そういうわけで、一緒に学校に行くという、ほんの些細な一歩から始めることにした。
「おーい、蒼、急がないとおいていくぞ」
「和臣さん待ってよ・・・」
彼は俺のことをさん付けで呼ぶ。俺としては「お兄さん」と呼んで欲しいんだけど、彼には彼の都合があるのでそれは仕方ないし、兄と思えと言わないと言ったのも俺であるので、その辺はなるようにしかならないと思っている。そんなことはいいとして、これから俺たちの新しい第一歩が始まろうとした矢先に・・・
「おはよう、和臣、その子は君の新しいプリンセスか?」
そんなことを言いながら俺にぎゅっと抱きついてくる。これはいくらなんでもこの場でやってはいけないだろう。絶対彼は誤解する。俺と圭吾の関係は下の学年まで伝わっていたらしく、何度も蒼は俺らの関係を聞いてきたんだから・・・。案の定蒼は圭吾に敵意をむき出しにした。
「あなたには和臣さんは渡さない!」
あぁ〜とうとう蒼は言ってはならぬことを言ってしまった。こんなことを言うと・・・
「ははは、その子羊のような容姿に似合わず威勢のいい子だ。ふふふ・・・君はたかだか弟君だ。親友の俺に敵おうとするなんて、百年早い!」
蒼の挑戦するような視線を涼しげに、いとも簡単に流す圭吾。しばらく膠着した時間が続いたが、俺が恐れていたのはその後だった。
「なるほど、俺の大好きな和臣が褒めちぎるわけだ。気に入った。君にはこいつの弟であることを許そう」
こいつは自分に挑みかかるようなやつを見ると、非常に楽しそうになるんだ。おまけに、圭吾ときたら、蒼に抱きつきやがった。
「やっぱり可愛いなぁ。和臣、俺に頂戴?」
「やらん。絶対やらん」
「じゃ、代わりにお前が」
「それならいい」
そういう問題なの?ジト目で蒼が見るのは分かったけど、こいつにやるくらいなら、俺がモノになる・・・と言うと。
「ん〜・・・そう言われると俺も返しようがないんだよな」
と言ってやり取りに決着がつくのは、俺らの間の不文律である。まぁ、この分だと圭吾も気に入ってくれたようなので、よかったと思うべきなのかもしれない。
和臣さんと水島先輩の関係は、妖しい。兄になる前からその噂はまことしやかに流れていたけど、実物を見ると納得する部分も多々あって困る。
「須藤先輩も水島先輩もナイトなんだよな」
「永沢、それどういうこと?」
「お互いが悪い虫のつかないように守りあってるんだよ」
「あぁ、そういうことか」
まぁ、僕も弟をやって分かったんだけど、存在自体妖しいけど、この二人にはそっち方向での妖しい関係は全くない・・・と思う。確かにそういうネタが流れるのを許容するくらい仲がいいのは確かなんだけど、実際のところ彼らは周りの反応を見て楽しんでいるんだ。秀才コンビのすることは理解に苦しむよ・・・。
「ってか、あの二人ものすごく人気あるんだぜ?そんな人の弟やるのって大変だろ?」
普通は「和臣さんが兄で嬉しいよ」と言うべきなんだけど、否定できないのが悲しいね。あの人が兄になって嬉しいことは嬉しいんだけど、プレッシャーが・・・。結局僕も「須藤和臣の弟」という目で見られるようになったから。血がつながってるわけじゃないのに・・・僕は次第に彼に劣等感を抱くようになってきた。
「ここが分からないのかい?」
僕のそんな苦悩も知らずに和臣さんが聞いてくる。素直にうんと言うと、彼はすらすらと問題を解いてしまった。
「どうやら蒼は基礎は分かってるようだけど、公式のどれに当てはまらなければいいのか分からないみたいだな。数学って国語力も要求されるから、気をつけたほうがいいな。まぁ、俺もその辺は苦労・・・」
「僕は和臣さんじゃないんだよ!何でもかんでもできるわけじゃないんだよ・・・馬鹿!いつもいつも須藤和臣の弟って言われる人の気持ちも知らないで・・・あんたなんか兄でもなんでもない。こんなことになるって知ってたら、僕は再婚に反対してたよ!」
今まで積もりに積もった気持ちが爆発してしまった。そうだ、この人が兄になってから僕は一人の人間としてみてもらえることはなくなった。いつも須藤和臣があって弟がある、そんな感じだった。それがこんな形になってしまった。怒りに任せてぶつけてしまったけど、すぐ後僕は後悔することになる。
俺は彼にものすごく嫌われていたらしい。彼の投げつけた言葉は、俺の心に深々と突き刺さった。俺は兄失格だ。よい兄であろうとしたことが、実は逆効果だった。俺はどうしたらいいんだろう。
「よ、いつになく落ち込んでるな」
知らない間に俺は圭吾の元に向かっていた。俺はさっきまでのやり取りを根掘り葉掘り白状した。
「お前は急ぎすぎたんだよ。家族にはなったけど、元は血のつながらないもの同士だ。わだかまりも生まれてくるさ」
「俺は・・・どうすればいい・・・?」
「さぁ?俺はお前じゃないから知らない」
圭吾はとぼける。でも、俺はひそかに安堵のため息をついた。こいつは俺を励ますための嘘はつかない。だから、俺は安心して彼に心をゆだねられる。
「今夜、泊めろ」
「お前を?俺の理性が保たないんだけど」
「いいぜ。保たなくても。俺のほうの理性もなくしてくれるんだろ?」
「・・・それだけの元気があるわけか」
「はは・・・お前のおかげだ」
「可愛いこというな。押し倒すぞ」
と言いながら彼はすでに俺を押し倒している。俺のほうも慣れてしまったので、抵抗するつもりはない。でも、今回は趣向を凝らしてみよう。体勢を変えてみた。
「ははは、俺が押し倒されてるわけか。そういうシチュエーションも悪くはないな。お前を咥えながらよがる俺というのも面白い。
和臣・・・あまり思いつめるなよ。そういう時に限って空回りするのがお前の悪い癖だ。時間をかければあの子も分かってくれる・・・」
はぁ・・・僕はどうしてこんなに取り返しのつかないことを言ってしまったんだろう。あれから和臣さんは怒っているのか気を使っているのかは分からないけど、全く僕に話しかけなくなった。おまけで見られるなら、そう見られないよう努力すればいいだけの話なのに、何も考えないで和臣さんを傷つけるようなことを言ってしまった。
僕はこのことを水島先輩に相談することにした。不本意だけど、和臣さんと話せない以上、この人にしか頼れなかったんだ。
「う〜ん・・・それは大変なことをしてしまったなぁ」
「はい・・・せっかくお兄さんができて嬉しかったのに、あの人も優しくしてくれたのに、僕は酷いことを言って傷つけてしまった・・・」
「俺にどうしろと?」
「どうすればいいか教えてください」
「ははは・・・君はそれと引き換えに大切なものを失う覚悟はある?」
なんとなく分かった。僕の身体とだろう。この人は僕を抱きたい、暗にそう言っているんだ。
「約束してくれるんですか?」
僕の身体を差し出せば。そりゃ、僕だって迷う。僕も水島先輩も男だ。それに、こんな僕を知ればあの人は軽蔑する。でも、そうすることであの人と話すチャンスがやってくるなら・・・
「安心しろ・・・秘密は守る」
それならよかった。僕は安心して抱かれることができる・・・。僕はおとなしく先輩に身体をゆだねることにした・・・ら、見てしまった。後ろから和臣さんが来るのを・・・。
あの人は無表情でつかつかと歩いてきた。それだけで怒ってるのがよく分かる。それから不気味なくらいにっこりと笑って先輩の肩をたたく。
「俺の可愛い弟に何てことをしているのかな?」
当の水島先輩も嫌になるくらい極上な笑顔を浮かべて応える。
「何って?言わなくても分かるだろう。それとも言って欲しいのか?」
「いや、言う必要はない。だが、無理やりやろうとするのは感心しないな」
「無理やりじゃないさ。合意の上だ」
先輩には似合わない優しげなまなざしを受けて僕の心臓が凍りつく。そうだ。僕たちの間には合意がある。水島先輩はちゃんと確認したんだ。無理やりだったら弁解の余地もあったんだろうけど、これに関しては弁解の余地は無い。僕は自分の意思で了解してしまったんだ。
「どうせ蒼の弱みを見つけてそれにつけこんだんだろ?」
「ばれたか。だって、お前と話すきっかけが欲しいと言うから」
和臣さんは頭を抱えて壁にもたれかかった。相当呆れているらしい。何も言うことができないみたいだ・・・。
「あぁ、そっか。妬いてるんだな?だったらそう言えばいいのに」
妙に楽しそうに和臣さんにまとわりつく。それで和臣さんの顔がどんどん苦いものとなっていくけど、水島先輩はそれを知っていてわざとやっているようだ。一通り遊び終わってから、満足したのか、大笑いで彼は帰ってしまった。後には二人、気まずい空気が流れる。僕は勇気を振り絞って謝ることにした。
「和臣さん・・・ごめんなさい・・・。別に和臣さんが嫌いなわけじゃないんだ。でも、和臣さんと比べられると自分が何も持ってないことを思い知らされて・・・本当にごめんなさい」
「いや、謝るのは俺のほうだ。蒼と早く本当の兄弟になりたくて急ぎすぎたよ。蒼は蒼なのにな。あいつにも言われたよ・・・」
あいつってのは水島先輩のことだよね?てことは、すべてを知っていて・・・和臣さんにこの事を聞いたら・・・。
「それは一番考えたくなかったことだよ。でも、あいつのお陰でこうやって俺たちが話していられるのも事実なんだよな・・・」
和臣さんは盛大にため息をつき、天を仰いだ・・・。
と、いうことで何とか俺たちの仲は修復されて、元の兄弟に戻った。悔しいけど、これは圭吾のおかげなのかもしれない。弟に手を出そうとしたのは感心できないが、それが結果的に俺たちが話すきっかけを作ってくれたのだから、感謝すべきなのかもしれない。だがそれは、やっぱり新しい疑惑を生み出すことになる・・・。
「和臣さんってタチ?ネコ?」
「は?蒼くん何いってるの?」
あの蒼がこんなことを口に出すとは思わなかった。この手の言葉はまず一般社会じゃ出てこない。最近では一部のそういう漫画でも使われるようになってきたが、それでも割合的にはまだ「攻・受」が圧倒的に多い。いったいどこで彼はその言葉を知ったのだろうか。いや、根本的なものが違う。
「俺と圭吾はそういう関係じゃない」
「その言葉、説得力がないよ・・・」
まぁ、そりゃ分かってるけどさ・・・。
「おーお前ら何言い争ってるんだ?」
最悪のタイミングで最悪の奴、諸悪の根源が来た。これでまた話が一段と厄介なことになるだろう。俺の繊細な胃はいつまで持つのだろうか・・・。
「えっと・・・水島先輩ってHのときどっちが上になるんですか?」
「あぁ、和臣とやるときか・・・。どっちだったっけな。てか、蒼くんマンガの読みすぎ。男同士だからって一方的に掘る、掘られるわけじゃないさ。抱き合うことだって・・・」
「あぁ、なるほど、リバってやつですね」
涼しげな圭吾の瞳が点となる。さすがにこれには驚きを隠せなかったようだ。
「・・・君はどこまで知ってるんだ?」
「ははは・・・いつも和臣さんたちには・・・。だからたまには・・・ね」
どうやら彼は相当な知識を得て俺たちをうろたえさせるつもりだったらしい。しかし、そのままうろたえる俺たちではない。本当に俺たちをやりこめるには、詰めが甘すぎる。俺の胃はいつの間にか回復していた。
「何だ。知っているのなら話は早い。俺たちはこういう関係なんです」
そういって彼は俺を抱きしめる。抱きしめられた俺は、一方的にならないように、圭吾の腰に手を回す。まぁ、蒼には俺たちが抱き合っているように見えるだろう。
「まぁな。こう見えて圭吾って結構かわいいんだぜ?」
「ふふふ・・・お前には及ばないな」
「いやいや。だってあの時は痛いって泣きそうになっただろう?」
「天下の須藤和臣様が使い古しのネタを使うのはよくないんじゃないかな?」
蒼が固まっているのがよく分かる。これで彼も学習しただろう。好奇心、猫を殺すと・・・。繰り返し言うが、俺たちに肉体関係はない。それを信じていれば、こんなことにはならなかったのである。でも、これから先蒼が諦めるとは思えない、それはそれで楽しみだ、そんなことを思っている圭吾と俺であった。
めでたしめでたし