片想いは永遠に?

「ずっと・・・好きだったんだ・・・」

「ごめん、俺、お前のこと、そういう目では見れない・・・」

「うん・・・分かった。変なこと言ってごめん。だから・・・このことは忘れて!」

これ以上その場にいると泣いてしまいそうだった。そんなことをして彼に負い目を感じさせたくない。だから僕は大急ぎでそこから去ろうとしたけど、強く腕をつかまれてしまい、それは叶わなかった。振り返ってみると、彼はすがりつくような顔をしていた。

「恋人としてはだめだけど・・・友達としてなら側にいて欲しい・・・それじゃ、だめか?」

「そうやって言われると・・・嫌といえなくなるじゃないか・・・」

おそらくそれは僕を振った彼なりの気遣いだろう。だけど、そんなことをされると・・・

そこで目が覚めた。

 

今日もまたあの時の夢を見てしまった・・・。あれから一年、これまで見なかったこの夢をまた見るようになってしまった・・・。

僕は水野海斗。ちょっと普通でぴちぴち() の高校二年である。まぁ、普通でないというとしたら、自分を抱きしめてくれそうな美「男子」に極めて弱いことだろうか。ハンサムな男の人を見ると、ふら〜っとしてしまうのである。まぁ、それは一過性のもので、僕にはずっと好きな人がいるんだけど・・・。

「まだ寝てるのか?この年中睡眠魔族は」

ずかずかと僕の部屋に侵入してくるやつが、堺雅之。文武両道、いかにも優等生だけど、いやみのない容姿の彼は、僕の親友であり・・・僕の片想いの相手である。僕は一年前に告白し、あっけなく振られてしまった。親友として側にいて欲しいといってくれたけど、どうせなら手ひどく振って欲しかった。お前は気持ち悪いから二度と俺の前に姿を現すなと言ってくれればよかった。そうすれば、諦めることも出来たのに、とても優しい雅之は僕に嫌いになる機会を与えてくれない。おかげで僕の雅之に対する想いは風化をせずに、いまだに僕の中でくすぶり続けている・・・。

 

着替えと食事をしていつものように登校する。そしていつものように僕はあたりをきょろきょろする。習慣なのだ。自分を抱きしめてくれそうな人を探すのが・・・。

「・・・いい男、見つかったか?」

半分呆れた口調で雅之が聞いてくる。いい加減やめろと言いたいのは分かっている。だけど、僕を振った手前、言えないらしい。

「ん〜さすがにいい男はいない・・・って、あ、いい男」

その人は、非常に整った顔立ちをしていた。モデルだといっても皆疑わないだろう。それだけ超絶美少年だったのだ。しかも、どうやら僕と同じ高校の制服・・・これは運命だ。だけど、どこかで見たことのあるような・・・ま、気のせいか。誰のことを言っているのか分かったのか、雅之が顔を曇らせた。

「あ・・・あいつ・・・確か、相楽由貴とかいったな・・・。今年転校してきたらしい。あいつはやめとけ!女をとっかえひっかえしてるって噂がある。それがほんとかは知らないが、男のお前が行ったって門前払いされるのがオチだ」

意外だった。雅之は基本的に人のことを悪く言うやつではない。だから、ここまで言うって事はそれだけ悪いやつなのだろうか。それなら雅之の言う通りにしておけばいいのだろう・・・だけど、僕はそれとは全く別なことを口走っていた。

「別に僕が誰に興味を持ったっていいじゃないか!僕を振ったくせに、何の権利があってそんなことを言うんだよ」

いい加減やめろと理性は言っている。だけど、今までたまり続けた想いは止めることを許さなかった・・・。

「だから・・・雅之には関係ないんだよ!いい加減保護者面するの、やめてよ!もう・・・嫌なんだよ!」

言い終えた途端、僕は後悔した。雅之が僕を振ったということはタブーとなっていたのだ。だけど、その触れてはいけない部分に僕は触れてしまった。だから、怒って欲しかった。なのに、雅之はそうしなかった。その代わりに、その端正な顔はショックと悲しみと後悔で歪んでた。

「あぁ・・・そうだな・・・悪かった・・・俺には関係ないことだったな」

関係なくないのに・・・ほんとは自分があの人に一目惚れをしたことを認めて欲しかったのに・・・つい売り言葉に買い言葉で言ってしまった。弁解しようとしたけども、それから気まずい空気が漂ってしまい、話すことが出来なかったのだ・・・。

 

結局僕は誰にも相談できないまま、告白することにした。今ほんとにやっている人がいるのか分からないが、手紙を彼の下駄箱に入れるという常套手段を使った。もちろん尾行して調べたのである。まぁ、来るだろうとは思っていなかったので、のんびりと待っていたら、驚いたことに相楽由貴が来た。

「お前がこの手紙の差出人?」

「え・・・来たんだ・・・」

途端に相楽が脱力する。しかし、脱力してもその顔は美しい。

「自分で出しておいてそれはないだろう・・・」

「だって、普通、同性からもらって行くとは思わないよ?」

「出した本人が言ってどうするよ・・・。まぁ、俺に出す変な男の子は誰だか見たかったからな。想像以上に可愛いし、俺のほうからもよろしくお願いするよ」

ここまですんなりと決まってよいのだろうかと思う。だけど、それを思う以上に嬉しかったので、抱きついてみた。すると、照れながらも抱きしめてくれた・・・。

 

と、いうことでオッケーされたので、僕は家に案内する。今日は幸いに親の帰りは遅いから連れ込んでも大丈夫だろう。

「早くしようよ〜」

僕は早速寝室に連れ込み、ねだってみる。

「はは・・・お早いことで。それよか、俺男同士の場合どーすんのか知らねんだけど。俺、何すればいいんだ?」

う〜ん・・・まずは全身を愛撫するべきなんだろうけど、僕はダイレクトに快感が欲しいほどに飢えていたので、相楽を後ろに座らせ、僕のものを握らせる。

「ぁ・・・」

いつも自分でするよりも強い快感が僕を襲う。すると彼はそれを上下させてきた。

「・・ぁ・・・あん・・・」

僕の喘ぎに気をよくし、要領を得たのか、首筋に跡をつける。

「ぁ・・・いぃ・・・いぃよぉ・・・まさゆきぃ・・・」

この手が、僕に跡をつけるこの口が雅之のものだったらいいのに・・・。すると、相楽は全てをやめ、冷たい瞳で僕を睨んできた。

「お前って女っぽい声出すんだな・・・。やっぱ気持ち悪りぃや・・・」

そう言ってそのまま何も言わずに帰ってしまった。僕の心が凍りついた。皆僕の性癖は気持ち悪いと思うのだろうか・・・。そう考えると、僕の胸は張り裂けそうだった。せっかく手に入った存在だと思ったのに・・・。今一人でいるのが恐い・・・誰かに側にいて、慰めて欲しい。頼ってはいけないと知っていても、それができるのは彼一人しかいなかった。

だから僕は、雅之の家に行った。この前までは勝手にドアを開けていたけれど、あまりにも気まずかったのでチャイムを鳴らした。すると、鍵を開ける音がして雅之が出てくる。

「海斗、どうした?」

鬱陶しがると思ったけど、いつもの雅之だった。だから、僕は安心してつい涙が出てしまった。

「どうした!一体何があったんだ!」

彼は大慌てで僕を部屋に連れて行った。そして、泣き止んで落ち着いてから僕は、ことの顛末を話した。

「ほら、言っただろ?お前の性癖は誰にでも受け入れられるわけじゃないんだ。」

「うん・・・結局雅之の言うとおりだったね・・・」

いつも雅之は僕に最善のアドバイスをしてくれた。だから、今回も信じればよかったんだ。そうすればこんな思いをしなかった・・・。

雅之は僕があんなにひどいことを言ったのにこうやって僕の話を聞いてくれ、おじさんとおばさんに僕を泊めるように頼んでくれた。そのおじさんとおばさんが妙に嬉しがったのが気になったけれども、それよりも雅之の暖かさが嬉しかった。つくづく好きだなぁと感じさせられる。そりゃ、優しさを見せられるたびに胸は痛むけど・・・。

さすがに一緒のふとんに寝るわけにはいかないので、図々しいけれども余っている布団を借りて、雅之とは別々に寝ることにした。だけど、その雅之は僕に手招きをする。ひょっとして一緒に寝ようということなのだろうか。

「だけど・・・嫌でしょ?こんな僕と一緒に寝るなんて」

すると雅之は苦笑した。

「バーカ、今のお前ほっといて一人で寝れるか」

「なら・・・ほんとにそっちはいっちゃうからね。後から出てけったってそうはいかないからね!」

「いいからつべこべいわずに入って来い」

そう言って雅之は僕を布団の中に引きずり込む。口調はきついけど、本当に僕のことを思ってくれているのが分かる。それだけで幸せなのに、いきなり雅之は僕を抱きしめてきた。まぁ・・・手の行き場に困ったからなんだろうけど、そんなことは全然構わない。今雅之が僕を抱きしめている、この事実さえあればいい。

幼なじみだということもあって、僕たちは一緒に寝ることも結構あった。だけど、僕が告白してからは、そうすることも無くなった。多分振ったことを理由に迫れば雅之は折れてくれるだろうけど、そうやって困らせたくなかった。出来るだけ僕は親友として振舞わなければいけなかったので、一年近く一緒に寝ていなかった気がする・・・。だから、久しぶりの腕の中は心地よくて、自分が何のためにここに来たのかも忘れてすぐに眠ってしまった・・・。

 

夜中、いつも目覚めることは無かったのに、何故だか僕は目を覚ました。隣では雅之がすやすやと寝息を立てている。だけど、抱きしめられているのは変わらなく・・・この手で僕を触ったらどんなに気持ちがいいだろうかと思う。そんないやらしいことを考えていたら、つい自分のあそこが固くなってしまった。

「ぁ・・・」

つい耐え切れなくなって雅之の腕の中で僕は自分自身を軽く扱く。大好きな人がすぐ近くにいるだけで僕は感度が上がっていく。最初は歯を食いしばっていたけれども、追い詰められていくたびに、声が出てしまう・・・。

「ぁ・・・ぁ・・・・ま・・・まさゆきぃ・・・」

「・・・呼んだか?」

僕は瞬時に凍りついた。よく見ると雅之は寝ぼけ眼で僕を見ている。だけど、すぐに僕のしていることが分かったのか、盛大なため息をつく。

「・・・あのなぁ、俺もお前の気持ちにこたえてやれないから、お前が俺のことを想像してひとりでやるのは仕方ないさ・・・。だけどな・・・せめて・・・俺の目の前ではやらないでくれ・・・」

もう、何もかもお終いだ。これで友達としてさえいられなくなる。そりゃ、自分のすぐ側で、しかも自分をオカズにされたら不愉快極まりないだろう。僕は雅之の布団から出た。

「・・・それじゃ、きついだろ?済ませてから戻って来い」

本当はそうする気力もなかったけれど、今無理に拒んでもさらにこじれるだけなので、仕方なく処理を済ませてきた。

戻って別の布団で寝ようとしたら、雅之が布団を開けて待っていた。僕に入れというんだろうけど、今更そういうことが出来ない。だけど、布団は片付けられていて、僕はそこに入るしかなかった・・・。

僕が所定の位置に入ると、雅之は僕の背中に手をまわしてくれる。さっきまであんなことをしていたのに、気持ち悪くはないのだろうか・・・。雅之の手が心地よかったので、つい気が抜けて言葉がこぼれた。

「雅之は気持ち悪いと思うだろうけど、僕ね、自分が男好きだということは後悔もしてないし、気持ち悪いとも思ってないんだ・・・」

雅之は何も言わない。続きを待ってくれている。

「だけど・・・どうしようもないんだけど、自分が男だということは後悔してるんだ。何で僕は女の子に生まれなかったんだろうね・・・」

つい耐え切れなくなり、僕の目から涙が出てしまった。だけど、雅之は僕のことを女々しいとも言わずに僕の背中をさすってくれる。

「僕が女の子だったらここまで苦しくなかったのに・・・好きだと言って付き合ってもらう事だって出来るのに、男だから相楽を想うことも、雅之を想うことも許されないなんて・・・」

「ごめん・・・ごめんな・・・」

何度も雅之が謝る。泣いているのは僕のほうなのに、どうしてだか雅之が泣いているような気がした。そりゃそうだね、僕の厄介な想いは雅之を苦しめるしかないんだから。でも、どうしたら雅之のことを諦められるのだろうか・・・そんなことを考えているうちに寝てしまった・・・。

 

「とっとと起きろ!」

感傷的な気持ちにさせてくれずに僕をたたき起こす。

「ん〜・・・おはようのキスをしてくれれば起きる・・・」

寝起きのせいか、とんでもないことを口走ってしまった。だけど、今更取り消しようがない。

「・・・口にすればいいのか?」

「え・・・してくれるの?」

本気でしようとしているので、僕は慌てて止めた。やっぱり同情じゃなくて・・・好きだというキスをしてほしいから・・・。すると、雅之は残念そうにしていた。

「キスくらい・・・いつでもしてやるのに・・・」

いつもは雅之が呆れるけど、今度は僕が呆れてしまった。

「あのね・・・僕は雅之が好きなんだよ・・・分かってる?」

「あぁ、そうだった。悪い悪い。それより、これで懲りただろう。だから、男遊びなんかするなよ?」

「男遊びって・・・言っとくけど、僕まだバージンだよ?初めては雅之のためにとってあるんだから」

「あーはいはい。それはありがとうございますよ」

「少しは喜べ!こんなに好きでいるのにさ」

僕の中でいうことを禁止していたことだったけど、いつの間にかこうやって口に出せるようになってきた。そりゃ、奥底の想いはいまだに口には出せないけれど、なんだか昔に戻った気分である。だから、ぎゅっと抱きついてみると・・・重い一撃をくらった。

「調子に乗るんじゃない」

「いーじゃん、このくらい。そ・れ・と・も・誰かいい男を見つけてくれるの?」

「うっ・・・」

一気に形勢逆転。今度は雅之のほうが追い詰められた・・・かと思ったら、

「分かった・・・いい男をそっちによこせばいいんだな?」

苦虫を噛み潰したような顔で言う。違うのに〜僕がすきなのは雅之だけなのに。反論しようとしたけれども、雅之の顔があまりにも怖かったので、できなかったのであった。

 

さて、そんなことがあってから数日後、僕は会いたくもないようなやつに会ってしまったのである。相楽由貴である。

「僕の目の前から消えてくれない?その面、見たくないんだよ」

「まぁ、ひどいわ!こんな美しい顔を見たくないなんて・・・」

僕は一気に脱力した。こいつはナルシストか?

「で、何の用?」

すると、急に相楽は真面目な顔をして言う。やっぱり自分で言ってるだけあって美しい。

「その・・・この前は悪かった・・・そこまで傷つくとは思わなかったから」

自分でひどいことを言っておいて、今更謝るなんて、考えられることは一つである。

「ひょっとして・・・雅之に脅された?」

この前雅之はいい男をよこすといっていた。きっとこれはそうなのだろう。彼は生徒会長をやっているので、裏でそういうことをやっていてもおかしくはない。

「雅之?生徒会長のことか?まぁ・・・それもあるけど、やるのは実は嫌じゃなかったんだ。だけど、ほかのやつの名前を出されてかっとしちまってな・・・」

「はは・・・ははは、ごめん・・・」

僕としたことが、大失態である。情事のときに他人の名を出すのはタブー中のタブーである。いくら飢えていたとはいえ・・・

「それで、お前その堺雅之が好きなんだろ?」

「うん・・・そうなんだ・・・」

「あいつもなんかお前のこと大事にしてたみたいだけど、告白してないのか?」

「ははは・・・もちろんしたよ?だけど、あっけなく玉砕。だから、忘れようとして男を漁ってたら、相楽に一目ぼれしちゃったってわけ。結局、雅之が一番だということを思い知らされただけだけどね・・・」

「そうか・・・そりゃ、大変だな・・・。まぁ、俺はお呼びじゃないんだろうけど、せっかく会ったんだし、俺達友達になれないか?」

突然の申し出である。彼は話してみて思ったほどは悪くない性格だった。だからその申し出をありがたく受けさせてもらった・・・もちろん美形だからということもあるけどね。

 

それから、僕と雅之と相楽のユッキーと珍妙奇妙な三角関係が始まった。

「お前ら・・・随分仲よくなったんだな」

「ひょっとして雅之ったら、妬いてるの?」

「いや?全然。ただ、あれほど泣いたのに懲りないものだなって・・・」

変に感心しながら雅之が言う。いくらなんでもあの時泣いた話はここで出さないでほしい。

「おかしいな、全然あいつ妬かないぞ?」

「う〜ん・・・僕とユッキーがいちゃつけば、少しは引き剥がしてくれると思ったんだけど・・・」

「妙に応援されているような気がするのは気のせいか?」

全然気のせいではない。ユッキーが僕と雅之を結びつけることに協力してくれることになり、その作戦として二人がべったりするものを取ったんだけど、雅之は怒るどころか、喜んでいる気さえするのである。

最初のうちはただ雅之もひたすら嫉妬を隠してくれているんだろうと思った。だけど、何日たってもそれが表に出ることはなかったし、堂々と応援宣言をするまでになった。自分の作戦が裏目に出るにつれ、僕の精神状態も悪化していった。万策尽きたと思いかけた頃、ユッキーが意外な提案をしてきた。

「こうなったら、他力本願ということで保健室の先生に相談してみたらどうだ?」

保健室の先生・・・そうか、ユッキーは転入したばっかりだから・・・あの人を知らないのだ。でも、あの人なら役に立つかも・・・ということで僕たちは保健室に向かったのだった・・・。

 

さて、そこに入ると一人のスタイルのよい教師(おそらく三十半ば?) と、「美女」の保健教師がそこにいた。

「あら・・・美形が勢ぞろいね」

女教師が言う。おまけに、しなを作るものだから、僕は鳥肌が立ちまくった・・・。

「あ・・・特にそこの背の高い超絶美形クン、あたしを抱いてみない?」

ちょっと顔が赤いユッキーの手をつかみ、自分の股に手を寄せる・・・。

「ついてる・・・」

半分青ざめながらユッキーが言う。そう、彼() 九条薫 (いかにも男くさい名前である) はオネエ型生物で、生徒の間では保健室のルシファーと呼ばれている。

「うふふ・・・驚いた?『よしたか』」

読み間違いなのだろうか?「よしたか」でなくて、「ゆき」なのに。隣でユッキーが固まったのが僕にでもわかった。どうしてだろう・・・。

「その『モデルみたい』な超絶美形もあなたにとってはコンプレックスなのよね?器だけ見られて中を見られてないと・・・。自分の作り出した存在に押しつぶされそうねぇ・・・」

隣でユッキーが震えているのがわかる。耳をふさごうとしているのだろうけど、僕がいる手前、それができないに違いない。だけど、こんなユッキー初めて見た・・・。

「それと、そのディープブルーな片目。どこの人の血を引いているのかしら?小さいころ差別の対象となり、その結果今歪んだ優越感が生まれて・・・」

「九条、生徒をいじめるのはその辺にしておけ」

ユッキーを救うように隣に立っていた教師が横槍を入れる。

「ご、めぇん〜ついいつもの癖で。本当に相談してほしいのは、その隣の小さい子ね?」

どうやら、ユッキーをいじめていたくせに、僕の挙動からすべてを見抜いているらしい。

「さて・・・君の相談は、大方親友に片思いをしてるけど、思いがたまりすぎて身動きができないってことだね?」

急にもとの言葉に戻って言う。この人はただのオネエ趣味なだけで、根っからのオネエではない。

「はい・・・彼は、友達としての僕を望んでるんですけど、僕はそういう感情じゃなくて・・・あきらめなければいけないと思っても、そう思うたびに逆に好きになっちゃって、どうしたらいいか・・・」

九条先生は、しばらく考え込んでから言った。

「そうだねぇ・・・僕はこのやり方が必ず効果を表すとは思わないけど、取る道は何個かあるね。まず、強引にあきらめてしまうこと。片想いの子を忘れるほどまでに誰かと付き合えば、その子に対する思いも昇華されると思うよ。あとは・・・何かに打ち込むことかな?思い出している暇もないくらいにね・・・。

それと、このまま想いを貫くという手もある。ひたすら・・・まぁ、相手が鬱陶しいと思わないくらいにアタックすれば、ひょっとしたらほだされるかもしれない。それか、心に秘めたまま、一生生きるか。これはあまりお勧めできないけどね。現状とまったく変わりないから・・・。

あぁ・・・君にできるかどうかはわからないけど、振られるために告白するという手もあるねぇ。告白して振られるんじゃないよ?うまくいけば付き合えるし、振られても予想通りの結末、さっぱりしましたってわけ。ま、世の中そんな単純には行かないけどね」

今度はもう一人の先生が言う。

「待っているだけでは、何もならないな。今の調和を好むならそれでいいが、この状況を打破したいのなら、前へ進まなければならない・・・」

二人の話を聞いて、僕は自分のやるべきことが見えたような気がした。

「ありがとうございます・・・僕、がんばります」

会釈をすると、彼は手を振って返した。

「がんばれよ〜」

隣の教師が言う。

「どんなことをするにしろ、後悔はするな・・・おまえ達の人生は、やり直しが聞かないからな」

そう言った彼らは、僕の目にはとてもかっこよく映ったのだった。

 

さて、僕らのいなくなった保健室ではこんな会話が交わされていた。

「しかし・・・よく我慢できたな。俺はおまえがいつ手を出すか心配だったよ・・・」

「僕を何だと思っているんですか?いくら男好きでも、将来、本当に彼らを必要としてくれる人がいるようなやつには手を出しませんよ」

「ほぉ・・・そこまで見抜いてたか」

「先生も同じでしょ?だから僕に発言を任せていたんですよね」

「まぁな。あいつらはまだ原石だが、中に強い輝きを持っている。きっとその輝きに惹かれてやってくるやつがいる。それを俺たちの手で捻じ曲げたくないからな・・・」

「そうですね・・・特にあのユッキー・・・めちゃくちゃタイプなのに・・・久々に抱かれてもいいと思ったんですけどね」

「はは・・・そうなのか。やめとけ。おまえのような汚れたやつでは手におえない」

「自覚してるんですから・・・それは言わないでください。あの子、転入したてはかなりの作り物でしたけど、最近いい感じになってきましたね。もっと伸びると思いますよ」

「・・・その伸びた芽を食うなよ?」

「そんなことはしませんよ〜、それとも、先生僕を食べてくれるんですか?」

「・・・一応俺も恋人がいるんだけどな・・・」

「いいじゃないですか・・・向こうは向こうでラブラブなんで・・・ぁ・・・もっと・・・さわって?」

「・・・俺の手を勝手に突っ込むな!」

・・・こんな会話がされているとは、夢にも思わなかったのである。

 

さて、僕たちは無言で歩いていた。ユッキーがさっきから暗い。たぶん九条先生に言われたことがあるのだろう。

「お前・・・俺に声をかけたのって、やっぱりモデルだからか?」

「え・・・モデルって何のこと?って・・・ひょっとして・・・・あーーーーっ、ひょっとしてユッキーって由貴(よしたか)だったの?」

由貴といえば、日本でもトップクラスのモデルである。各ファッション雑誌の表紙を飾り、若者には知らぬ人がいないほどのまさに雲の上の人である。それが今隣にいるなんて信じられない。確かに由貴に会えるのを楽しみにしてたけど・・・

「由貴には悪いと思うけど、僕、モデルの由貴なんて興味なくなっちゃったんだ。あんな男より、今のユッキーのほうが何億倍もいい男だもん。ま、それでも僕の一番は雅之だけどね」

本人だとは気づかなかったけれども、なんとなく似ているとは思っていた。だから、以前雑誌と見比べたことがある。だけど、あんなに輝いていた由貴は僕にはくすんで見えてしまった・・・。

「サンキューな・・・」

彼はこれだけ言う。よく見ると顔が赤い。ひょっとして照れてるんだろうか・・・。僕はその場をつなぐために言った。

「僕は生ユッキーファン一号だけど、生ユッキーファン二号もいるよ。実は雅之なんだけど・・・」

「え・・・あいつが?絶対そんなことはないと思ってたんだけど・・・」

「いや?雅之ったら由貴が載ってる雑誌を買いあさって、けちょんけちょんにけなしてたよ?ユッキーのほうがいい男だって。まぁ、僕らを結びつけるためだろうけど、雅之、案外人を見る目があるから・・・」

「そうか、あいつもこの俺の美しさを分かるようになってきたか」

最初はただのナルシストかと思っていたけど、今なら分かる。これは照れ隠しだと。だけど、美しいのは自信過剰ではない。もし、僕が雅之を好きじゃなかったら、きっと恋に落ちていただろう・・・。

「で、どうするのか決まったのか?」

どうやら僕が決意していたのに気付いたらしい。見ているとこはしっかりと見ている。ちょっとうなずくと、頑張れよと言って応援してくれた。

 

僕は雅之に電話した。

「もしもし・・・あ、お前か?直に来りゃいいのに、どうした?」

「うん・・・来週の日曜、デートしよ?」

デートと聞いて苦笑しているのが受話器から伝わってくる。

「あぁ・・・いいよ。好きなところに連れてってやる」

「うん・・・それじゃ!・・・希望が丘公園・・・」

今までののんびりとした空気が、一気に緊張した。顔が見えていないはずなのに、雅之の顔が厳しいものになっていくのが分かった。そして雅之はしぼりだすように言った。

「分かった・・・来週の土曜、希望が丘公園、時間は14:00でいいな?」

うん・・・それだけいって僕は電話を切った。雅之・・・あの日のこと、まだ覚えていてくれたんだ・・・。

僕は一年前、同じ場所、時間で待ち合わせをした。それから色々ぐるぐると回ってからその場所に戻って告白した。そして振られた・・・。それから昇華すべきはずだった想いはいまだにくすぶり続け、これ以上ためていると表に引火しそうにまでなっている。だから、そろそろ長い片想いに決着をつけなければならない。だから、もう一度告白することにした。完膚なきまでに振られるのだ。そして、何も知らなかった親友の頃に戻るのだ。自分で消せないのなら、雅之に消してもらおう・・・。

 

すぐにその日は来た。僕は予定よりも15分早く、公園の去年待ち合わせた場所が見えるところに来ていた。雅之はまだ来ていない・・・かと思ったけど、すでにその場所に来ていた。考えてみたら、雅之はいつもこうして僕を待っていてくれたような気がする。朝だってずっと迎えに来てくれているし・・・。

僕は一歩踏み出そうとしたけど、途端に凍り付いて動けなくなった。振られることを決心していたくせに、拒絶の言葉を聞かれるのが恐い。もう一度同じ事を言われたらそのときは立ち直れるだろうか・・・。すぐに笑って諦められるだろうか、泣き顔を見せないで済むだろうか・・・。どうしても雅之のもとにはいけなかった。今の不思議と安定している僕らの関係をこれ以上壊したくはなかった。今告白しないと、吹っ切ることはできないけど、それでもいい。だから僕は帰った。明日すっぽかしたことを怒られるけど、そのときは笑って謝ればいい。しかし、そんな簡単には終らなかった・・・。

 

帰宅して夜になった頃、雅之のおばさんから電話があった。

「海斗くん、そっちに雅之いる?」

「え・・・まだ帰ってないですか?」

「えぇ・・・そうなのよ。海斗くんと一緒にいるかと思ったけど・・・どこ行ったのかしら・・・」

「どうしたんですか・」

「その・・・あの子風邪気味でね・・・。断ればいいのに、と言っても行くって言い張るのよ。まぁ、そっちにいないなら、そろそろ帰ってくるわね・・・」

それから騒がせてごめんと付け加え、おばさんは電話を切った。一体雅之はどこにいるんだろう・・・まさか・・・僕はさっきの場所に向かった。

 

案の定雅之はさっきと同じ場所で待っていた。風邪を引いているのか寒いからかは分からないけど、少し顔が赤い。こっちに気付くと軽く手をあげる。

「よぉ、遅かったじゃないか」

「遅かったって・・・まさかずっと待ってたの?帰ればいいのに・・・」

一時間、二時間の問題ではない。それよりもっと経っているのだ。だったらすっぽかされたと思って帰ればいいのに。それに、電話をすることだって出来るのに・・・。雅之は僕の思っていることを察知したのか、急に優しい顔になる。ずっと僕を守ってくれていた、一番大好きな顔だ。

「アホ。もし俺が帰ればお前が来たときに独りになっちまうじゃないか。するとお前は約束をすっぽかされたと思って傷つくだろ?電話をしなかったのは、自分で来て欲しかったからだ・・・。まぁ、俺も帰ろうとは思ったんだけどな。あと一時間と思っているうちに今になってしまったよ」

雅之、ごめん・・・。僕が告白する前は、いつも雅之が待っていてくれた。待ち合わせても必ず先に来てくれた・・・。僕が一人で待つのが好きじゃないということを知っているから・・・。

以前約束したときに、雅之が遅刻して来たことがあった。たかだか10分くらいだけど、その間僕は忘れ去られているものだと思っていて、彼が来たときに泣き付いたものだった。それからだろうか、彼が僕を待っていてくれるようになったのは・・・。

「言いたいこと、あるんだろ?」

そうだった、僕が雅之を呼んだのは、彼に告白をするためだったんだ。本当はまだ言う勇気がない。このまま時間が止まってしまえばいいと思っている。だけど、雅之は僕をずっと待っていてくれた。だから今どうしても言わなければいけない。

「去年雅之に振られてから何度も諦めようとしたんだ。雅之を苦しめるこの感情を捨てなければいけないって。だから、他の男とも付き合おうとした。だけど・・・どうしても出来なかったんだ。ずっと雅之のことが頭から離れなくて・・・。諦めれば諦めるほど、どんどん雅之のことが好きになっていくんだ。

僕もそろそろ雅之のことは諦めることにする。だけど、雅之のことを好きでいさせて?僕の気持ちに応えてくれなくていいから、前のように親友でいてほしい・・・」

結局中途半端な結論になってしまった。もちろん僕は雅之のことは諦める。だけど、諦めたからと言って雅之への想いは変わらない。僕はずっとそれがごちゃ混ぜだった。だから雅之にまた振ってもらうことで、ただ好きでいることができるようにしたい。将来僕に恋人が出来ても、笑ってやっぱり雅之は大好きだといえるようにしたい・・・。

僕は黙って答えを待った。全ての想いを告げた今、どんなに辛い答えが返ってきても、全てを受け入れる覚悟がある。

「・・・本当に欲しいものを諦めると、二度と手に入らなくなるぞ?」

返ってきたのは、意外な言葉だった。そりゃ、雅之を諦めるって事は、そういうことだと分かっている。だけど・・・友達の座も手に入らなくなると考えると、ちょっと嫌だ。雅之も残酷な人だ。僕がどれだけ好きか知らないはずないのに。どんなに決意しても、そういう一言ですぐに揺らいでしまう。

「やっぱり前言撤回。僕は一生雅之を諦めない!例え恋人が出来ても、二人の仲をぶち壊してやるからね。それで、ずっとまとわり付いてやる!他のやつとHしようものなら、雅之を殺してその死体をずっと僕のものにしてやる!仮に先に僕が死んでも、幽霊になって取り付いてやるもんね。恨むなら僕じゃなく、軽率なことを言った雅之自身を恨むんだね」

ここまで来ると、愛の告白って言うよりも暴言になっているような気もする。でも、僕は絶対諦めない。他のやつなど雅之にはふさわしくない。雅之にふさわしいのはこの僕だ!・・・と言い切る自信はないんだけど。そもそも、諦められたら雅之を好きになってはいない。

「そう・・・それでいいんだよ・・・俺もす・・・」

それこそ僕が真っ先に除外していた言葉だった。どういうことか聞き返そうとしたら、その前に雅之は倒れてしまった・・・。

 

雅之はただでさえ風邪気味だったのに、この寒い中ずっと外にいたのが止めを刺してしまったらしい。家に帰って寝込んでしまった。僕のせいであるため両親に謝ると、笑って許してくれたけれど、それでも申し訳なかったので無理を言って一晩泊り込ませてもらった。

額にタオルを置きながら僕は思う。寝顔もやっぱりかっこいい。思わずキスをしようとして、やめた。こんなことをしたら怒られてしまう・・・じゃなかった、今は雅之が回復するのを待たないといけない。

「それでいい・・・」この言葉がいまだに忘れられない・・・。これは、少しは僕を好きだと思っているということなんだろうか。ひょっとしたら、風邪引いて意識が朦朧としているのかもしれない。だけど、それならそれでいい。ほんの一瞬でも僕の想いを受け入れてくれたから・・・。だから、この言葉は僕の心の中にずっとしまっておいて、大事にしよう・・・。気が付くと僕は眠りに入ってしまった・・・。

 

「・・・重い」

その一言で目が覚めた。どうやら僕は雅之の上で眠ってしまったみたいだ。急いで退こうとしたけど、その前に抱きしめられ身動きが取れず、おまけにキスまでされてしまった・・・。

「ん・・・んん・・・」

口だけですむかと思ったけど、舌が歯列を割って僕の中に進入し、僕のを絡める。くちゅくちゅといやらしい音が響き、僕も同じようにして返す。好きな人にされるキスってこんなに気持ちがいいものなんだ・・・僕自身が熱を持ってくる。このままもっとキスしてと口走りそうになったけど、全理性を集中して言う。

「雅之ぃ・・・どーしてそんなにキスウマイの?・・・じゃない!キスだけじゃ嫌・・・僕のを触って・・・あ、これも違う!僕のファーストキス、ディープで奪わないでよね!」

雅之はこれでもかというほど目を見開いて固まっている。これは驚いているのだろうか?

「お・・おま・・お前、まさか今までキスしたことがなかったのか?」

「そうだよぉ、今まで誰ともしてないのに・・・ファーストキスは触れるだけって決めてたのに・・・」

そうなのである。男好きを公言してるくせに、キスは一度もしたことがない。あれをちょっと触ってもらうだけなんだ。キスは好きな人としたいってのがあるから、どんなにつきあっても誰とも出来なかった。

「そうか・・・悪い・・・俺は・・・お前の気持ち、知ってるくせに・・・」

「そうだよ・・・僕が雅之を好きだってのは、知ってるはずでしょ?何でこんなキスをするの?同情でもしたの?一年も諦められない僕のこと、哀れに思ったの?」

言ってから落ち込む。雅之が僕にしてくれたのは、多分寝起きか、そうでなければ僕に対する同情なのかもしれない。じゃないと、キスなんてしないだろう。だけど、雅之が思い出したように言う。

「あぁ・・・そういえば言う前に意識がなくなっちまったからな。俺だって同情でするつもりはないさ。好きじゃないとこんなことできないさ」

まさか、雅之も僕が好きだって事?そりゃ、本当だったら嬉しい。だけど、ずっと片想い中の僕は素直に信じることはできない。だから、問いただそうとして雅之を見ると心なしか、雅之の顔が赤い気がする。その言葉、信じていいんだね?僕は遠慮せずに雅之に抱きついた。雅之も今度は拒まずに抱き返してくれる。

「その言葉、もう取り消させないよ?ずっと待ってたんだから・・・雅之が僕のことを好きになってくれるのを・・・。昨日のだって、完璧に振られるという前提で告白したくらいだもん」

「取り消すくらいなら、こんなことしないさ・・・」

「じゃ、もう一回キスして・・・」

「分かった・・・」

再び僕達の唇が一つに重なる。今度は雅之の舌は入ってこない。だけど、僕はとっても幸せだった・・・はずなんだけど・・・突然侵入者が・・・

「あ・・・これはお取り込み中のところを・・・失礼」

その人ダンディー雅之パパにみられ、一気に気分急降下。あっちはあっちで現実を認めたくなかったせいか、即ドアを閉めてしまったのでした・・・。

 

さて、舞台裏で全てを整理したのか、ダンディー雅之パパ(以降ダンディーさん)が僕らの前に戻る。その顔は渋くて、中年ランクでは一番なのである(本当は30代後半で結構若いんだけど)

「で・・・君達は何をしているのかな?」

「父さん・・・知っているくせに言わせるの?」

「当然だ・・・それとも、言えないことでもしてたのかなぁ?」

「くっ・・・キスしてたんだよ・・・」

その一言でダンディーさんの顔が怒りに染まる。何故かちゃぶ台をひっくり返す。

「おじさん・・・ちゃぶ台よりもテーブルのほうがいいんじゃない?」

どうでもいいけど、ダンディーさんは洋風な顔立ちだ。ちゃぶ台なんか似合わない。

「あぁ・・・そうだな。そ・れ・よ・り・も・・・雅之、貴様こんなに無害で可愛い海斗くんを毒牙にかけようなんて、神が許してもこの俺が許さない・・・ってか、男同士じゃないか・・・」

ダンディーさんはマシンガンも真っ青な勢いで連発する。だけど、雅之も負けてはいない。

「あ・・・そう・・・それなら・・・」

今度はダンディーさんに耳打ちをする。

「お前・・・なんでそれを知ってる?」

雅之はにやりとする。

「何ででもいいじゃない。父さん、これ、ばらしてもいいって事だね?」

どうやら雅之はダンディーさんの秘密を握っていて、それを盾に脅しているようだ。さすが生徒会長。脅すことに長けている。しかし、カエルの親はカエル。親も負けてはいない。

「あぁ・・・一回海斗くんのお父さんに手を出したことか?それなら解決済の問題だ」

大問題発言だ。ダンディーさんが父さんに手を出していたなんて・・・

「ってことは、ゲイ婚だったの?」

「いや、それは違う。俺もあいつも愛し合った人と結婚した、それは信じてくれ」

「父さんに手を出したくせに、何で僕には手を出さないの?」

隣で雅之が呆れているのが分かる。だけどダンディーさんはそんなことはお構い無しだった。

「それは親子どんぶりだからな。大事なやつの子に手を出すわけがないだろう。雅之、お前の趣味がいいことは認めてやるが、海斗くんに無理やり手を出すことは許さん!」

どうやらダンディーさんは勘違いしているようだ。無理矢理手を出したのは雅之じゃなくて・・・

「あの・・・無理矢理手を出したのは雅之じゃなくて、僕なんだけど・・・雅之は悪くない・・・。そもそも男が好きなのは僕で、雅之はゲイじゃないんだ・・・。だから怒るなら僕を怒って!」

「ってことは・・・お前ら両想いか?」

すると、雅之が照れながらぼそぼそと言う。

「うん・・・そうみたいなんだ・・・」

すると、何でかダンディーさんは目を輝かせた。

「おーい!きーたかー、洋一!こいつら両想いだってよ〜」

洋一ってのは、僕の父さんだけど。ひょっとしてそこにいるの?

「そうか、それはめでたい!博之・・・きゃっ」

・・・そう言って父さんと博之さん(ダンディーさんね)は熱い抱擁を交わす。二人のラブオーラが全開になったころ、巨大な音が鳴り響き、二人が地の底に沈む。

「全く、いい年したオヤジがいちゃつくんじゃないよ!」

「こんのクサレホモ!」

こう言うのはおばさん、しかも、母さんまでいる。どうして?

「そりゃ、二人がめでたく結びついたんだから、お赤飯を炊きにね・・・」

「・・・俺、まだ手を出してないよ?」

げすっ。おばさんが雅之に蹴りを入れた。

「こんな至れり尽くせりなのに、どうして何もしないの!据え膳食わぬは男の恥!博之だって手を出したのに・・・」

すると、博之さんが起き上がる。

「俺、洋一には一回も手を出してないよ?」

衝撃の事実!二人の間には一度も肉体関係はなかった!ってことは、別に秘密にするようなことではないのに・・・なんで・・・。父さんが遠い目をして言う。

「結局、どんなことがあっても博之は僕を抱いてくれなかったんだよ・・・。手を出したってのは女性方の思い込みと、僕達のネタ」

「ってことは、父さんは博之さんのことを・・・」

「あぁ・・・好きだったよ?お前が雅之くんのことを好きだという意味で。結局振られたけどね・・・」

「だから何度も謝ってるだろう」

「完全に諦めるから、一度だけ抱いてくれって言っても、抱いてくれなかったんだ・・・。あれにどれだけ僕が傷ついたか分かる?」

「だからごめんと言ってるだろう。それに・・・大事だから抱けなかったんだ。そんな軽い気持ちで抱いたら、お前は絶対壊れちまう・・・そんなお前、絶対見たくなかった・・・。それに、一度抱いたら一生会えなくなるような気がしたから・・・」

「博之・・・」

二人は完璧に自分の世界に入ってしまったため、残されたものたちは部屋を移動した・・・。

「あの二人・・・あんなにラブラブだけど、どうして結婚なんて・・・」

「確かにね・・・」

僕らはお互いにうなずく。そりゃ、僕らがいるのは彼らが結婚してくれたおかげだけど、どうして結婚したのだろうか。それが分からない。偽装は否定していたし。

「彼らには、彼らの事情があるのよ。これは後で聞いた話なんだけど、洋ちゃんの片想いのせいで二人の仲が疎遠になったらしいの。だから、私も二人が親友だったなんて知らなかったし」

今度は母さんが言う。

「二人が親友だって知ったのは、偶然私たち四人が出くわしたときなの。あの時の洋一の顔は今でも忘れていないわ・・・。ショックだったのよね、博之さんに彼女がいたのが」

「それだけならまだしも、博之のほうもショックみたい・・・ずっと自分のことを好きでいてくれるんだと思ったんだろうね」

二人の話を総合すると、父さんたちは両想いだということになる。

「ま、想いの違いはあれど、二人は両想いだったわけね。だけど、今の自分達じゃ幸せになれないから・・・その願いを子供に託すために結婚したのよ・・・」

「それじゃ、おばさんたちは・・・道具だって事じゃないですか!父さんたちは何で・・・」

雅之が憤慨する。自分が好き合っている人同士の結婚じゃないと思っていることは確かであるし、実際僕のほうもそう思ってしまう。だってそうじゃないか。本当に好き合っているのは、父さんたちなのに・・・。すると、母さんは首をかしげながら言う。

「そうなのよねぇ・・・本当だったらそうなるんだろうけど、どうやらあの人たち、私達のことも好きだったみたい。そんな事情があっても私を必要としてくれたからね・・・だから、しょうがなく結婚してやったのよ。それで、生まれた子には幸せになってもらいたい、結婚してもらいたいというのが四人のたくらみだったんだけど・・・困ったことに、産まれてきたのが両方とも男の子だったのよ・・・。ま、それはそれで面白いから静観に徹してたけどね」

どうやら僕らは彼らの手の内で踊らされただけのようだ。つまり、僕が雅之を好きなのも、雅之が僕のことを好きになってくれたのも計算の範囲内で・・・そう考えると何か悔しい。

「雅之も大変だねぇ・・・こんな人たちのせいで僕みたいなのを好きになるんだから・・・」

「あぁ・・・そうだなぁ・・・俺の結論は早まったかな、と今更思ってるよ」

「そうだねぇ・・・」

「俺達、別れる?」

「それはそれでまずいんじゃない?」

ここまで来ると、本来当事者であるはずの僕らも、傍観者に徹するしかなかったのだ。結局さっき言ったとおり母さん達は赤飯を炊いてしまい、父さんたちは自分の世界に入り込んでしまって、妙な一日になってしまったけど、僕らのことを認めてくれたこともあって幸せだったのだ・・・。

 

「あらま・・・熱い空気だな・・・ひょっとしてお前ら・・・」

次の日、ユッキーと僕達は見事に会ってしまった。どうやって説明しようかと思ったけど、向こうは勝手に理解してしまったようだ。

「そうだよ。おかげさまで僕達は晴れて恋人同士になりました!」

今まで僕は片想いだった分、こうやって自分のことを知っている人には思いっきり自慢してやりたい。

「そうか・・・おめでとう・・・。だけど、雅之も昨日今日で好きになったんじゃないだろ?」

雅之が・・・?いくらなんでもそれはないだろう。まぁ、万が一そうだったとしても・・・

「今僕を好きでいてくれるなら、そんなことはどうだっていいんです。それより、ユッキー、ありがとね。君がいてくれたからこうやって僕達が恋人同士になれたんだ・・・」

この言葉に嘘偽りはない。もし一目ぼれをしたのがユッキーじゃなかったら、きっと今までと同じ、かっこいい男を漁り続ける生活が続いていただろう。それに、ユッキーが隣にいて、励ましてくれたおかげでこうやって雅之にも告白を出来た。だから、僕は感謝の気持ちを込めてユッキーにキスをする。すると・・・真っ赤になったらすぐに真っ青になってしまった。

「おまえ・・・恋人がいるのにそういうことをするなよな・・・。俺を殺す気か?」

何で?僕が聞き返すと、ユッキーは雅之を指差した。

「普通、恋人が他の男とキスをされると、あまりいいものだとは思わないぜ?」

「そうかなぁ、雅之どう思う?」

「ん〜別にいいんじゃない?相手がユッキーならね」

そう言ってから雅之はユッキーの口にキスをする・・・。

「お前ら・・・」

ユッキーは呆れてしまった。そして・・・

「ん・・・んぅ・・・」

僕にディープなキスをする・・・。雅之もかなりのテクニシャンだけど、ユッキーも上手い。かなり上手い。

「ユッキー・・・最高。僕を好きにして・・・」

ってな気分になってしまう。雅之も好きだけど、ユッキーも案外いい・・・。すると、ユッキーは僕のシャツの中に手を入れてまさぐる。しかし、男慣れしていないせいか、まさぐっているだけなので僕は胸の突起を摘ませる。

「ん・・・ここ・・・もっとつまんで・・・」

すぐそこに雅之がいるのに、僕はユッキーの与える刺激に身を任せる。あぁ・・・気持ちいい・・・。すると今度はユッキーはもう一つの手を僕自身に触れるかと思いきや・・・一発殴った。

「痛い!何するんだよ!」

「それはこっちのせりふだ。彼氏いるのに誘惑するなよ。雅之も雅之だ。人のものを襲ってるのに少しは焼餅焼くなり引き剥がすなりしろよ!」

僕は雅之のほうを見た。すると彼はあいも変わらず涼しい顔をしている。

「え?だって、二人が本番に及ぶところを見たかったからな」

僕のほうはこんなにも好きでいるのに、どうして雅之はこんなにも独占力希薄なんだろう。本当は怒りたいのに、好きになったのは僕が先だからどうしてもいえない。すると・・・

「よし、分かった。水野、俺の家来るか?一人暮らしだから誰にも遠慮する必要はない」

「え?ほんと?やった!あ・・・でも、優しくしてね?」

僕とユッキーは手を繋いで逃げ去る。すると、今まで平静を装っていた雅之の顔色が変わる。

「おい、貴様らちょっと待て!俺を仲間はずれにしていくんじゃない!」

世にも哀れな形相で雅之が追いかけてくる。どうやら涼しい顔をしていたのは必死に耐えていたものだったようだ。生徒会長も大変だ。感情的になることを許されないんだから。まぁ、自分達はよろしくないことをしているのに、雅之が追いかけてくれるのでなんか嬉しいと思ってしまう。ふふ・・・このまま雅之には追いかけてもらおう。一年も追いかけてきたのだから、このくらいはしてもらおう。ユッキーもそれに気付いたのか、にっこり微笑んでスピードアップしたのでした。