ラブレター

「は・・・?」
下駄箱を開けた俺はひらひらと舞い落ちたそれを見て絶句する。拾いあげたその怪しげな物体は、ファンシーな封筒だった。
「おいおい、俺、何か悪いこと、したか?」
ちょっと角張った字で『釜本 静様へ』と書かれていて、俺の背筋が凍るのを感じる。そのまま破り捨ててしまいたいというのが俺の本音だったが、万が一送り主がいたらを考えると、そう易々と行うことも出来ず、仕方ないのでそれを開いた。

『放課後、体育館の裏で待っています』

やはり、俺の考えは当たっていた。これは、時代遅れであるが、果たし状だ。敵は誰だ!考えても仕方がないことに気づき、俺は深くため息をついた・・・。

今日一日その手紙のことで頭がいっぱいだった。俺は今まで他人に迷惑をかけるようなことも、敵を作るようなこともしたことはないはずだった。むしろ、人の良さをある程度は出していたはずだった。それなのにどうして?相手にする必要はないとは思っていたが、俺はその答えを知りたく、約束どおり待つことにした。

「よぉ、俺の手紙、見てくれたんだな」
目の前に現れた男を見て、俺は絶句した。彼は槌谷初音と言い、俺の親友・・・であるはずだ。俺は知らない間に彼を傷つけるような、怒らせるような真似をしたのだろうか?
「槌谷、俺の悪いところがあるならそう言ってくれ。直せるところは直せるから・・・」
その言葉を聞いた彼はしばらくぽかんとし、何故かそのあと爆笑した。
「あーおかしー・・・まさか俺がお前をフクロにするかと思った?ははは・・・傑作だわ」
「違うのか?」
普通、体育館裏に呼び出されれば、そう思うはずだが。違うとしても、今日一日俺らは一緒にいた。わざわざ呼び出さなければいけない用事は何だと言うのか。その疑問が浮かび上がる。
「・・・呼び出した場所が悪かったか。あー・・・改めて用事を言うのは恥ずかしいな」
突然もじもじする槌谷。いつもの不遜の彼からは全く想像ができなかった。
「つまりな・・・お前が好きだから付き合ってほしい・・・と言うつもりだったんだわ」

なるほど、だからファンシーなのか!果たし状じゃなくて安心したぞ。
「って・・・ここは納得すべきとこでも、安心すべきとこでもないな。つまりお前は・・・」
「安心したまえ。俺様はモーホーではない。綺麗なお姉ちゃんが好きだ!」
「あ、そ。それなら俺に用はないな」
「あのなぁ・・・人の話は最後まで聞けとお母様に言われなかったか?」
いや、最後まで聞きたくないから。
「ふむ、俺もおかしいと思ったのだよ。だって、俺もお前も男だろ?どうしてそんな感情を抱く必要があるんだろうか」
どうやら彼もその不自然な感情に疑念を抱いているらしい。ほんの少し安心した。
「・・・どうせなら心に秘めたまま生きてほしかったんだけど」
残酷な物言いであることは理解している。それでも俺は易々と彼の気持ちを受け入れるべきではない、そんな気がしたのだ。
「だよなぁ。俺もそう思ったわけだよ。だから、こんな感情はすてちまおうって。そしたらなぁ、気づけばラブレターなんか書いちまった。しかもファンシーよ?このモテまくりの俺様がよ?入れてから慌てて取り戻そうとしたら、お前が先に見ちゃったからなぁ・・・」
力説する彼には苦笑するしかない。確かに槌谷はモテる。男の道に走る必要は全くないのだ。だけど、何故か嬉しいと思う俺がそこにいる。
「んー・・・やっぱり振って。気持ち悪いと言われるとさすがに俺も傷つくから、それ以外だと嬉しいな」
「わかった。俺でよければ付き合おう」
ありゃまー。明らかに彼はそんな顔で俺を見た。彼にとってシナリオ外だったらしい。
「お前、頭やられた?」
俺は今平静を装えないくらい窮地に立たされている。本当だったら『ごめん。気持ちは嬉しいけど、俺はお前のことをそうは思えない。本当にごめん。もしよければ友達として・・・』と言うつもりだった。槌谷ならそう言っても笑って許してくれるという自信があった。
「お前がそれを言うか?」
「だってなぁ、普通は気持ち悪いと思うぜ?」

告白しといて何を言うか。しかし、槌谷の指摘が俺を止めた。たしかに、彼に告白されたのは、悪い気はしなかった。彼の顔が整っているから?それだけではないだろう。どんなに顔が良くても彼は男だ。とすると、『槌谷初音』だから?まぁ、彼と共にいるのは心地いい・・・って、どうしてこいつのいいところしか見つからない?まずい、とんでもなくまずい。
「いいか、俺は今ものすごく混乱している。正直に言うが、お前に好かれて嬉しいという気持ちと、困っている気持ちがあるんだ」
普通はこんな俺を情けないと思うだろう。だけど、槌谷は満面の笑みを浮かべた。
「まずいな・・・。どうやら冗談じゃ済まなそうだ。何か知らないけど・・・すげー嬉しい・・・」
ナニがどう嬉しいんだ?それを聞くのも許さず俺に抱きつきやがった。
「俺にしとけー。尽くすぞ?お買い得だぞ?」
つい反射で槌谷を抱きしめてしまった。自爆だと分かっていた。だけど・・・耳をくすぐるちょっと色素の抜けた髪、しっとりとした肌が心地いい。うなじをくすぐる彼の吐息は何だか知らないけれど甘酸っぱい。どうやらそれで俺の答えは出てしまったようだ。
「飽きたからって・・・俺を捨てるなよ?」

諦めた俺は彼の耳元でそう囁いた・・・。