春樹は複雑な気持ちで登校の支度をする。本当だったらこんな日は休んで身も心も幸せに浸っていたかったのだが、こういうときに限って真面目な亨のせいで、渋々と行くことにした。兄さんは俺と一緒にいたくないの?そう聞きたかったけれども、宗像家を預かっているからそれは仕方ない。恋人になってもあまり進歩ないな・・・そう思っていたところ、チャイムが鳴る。嫌な予感がして出てみると。
「春樹、おはよう」
その相手は弘平だった。避けられるかなと思っていたので、ほっとした部分はあったものの、一方で顔をあわせにくくもある。
「えーっと・・・弘平、おはよう」
「何その反応?来ちゃまずかった?」
拗ねた。弘平が拗ねた。無視するなり、怒ってくれるなりしてくれれば謝りようがあるが、拗ねてくれるとどうしたらいいのかが分からない。
「そうじゃなくて・・・」
「おや、柊くんじゃないか。おはよう」
回答に困っていたところに、幸か不幸か亨がやってくる。何とか窮地を脱したかと思う一方で、タイミングが悪いのではないかとも思う。
「亨さん、おはよう。春樹とはやっちゃったの?」
ずけずけと聞いてくる。根本的に弘平はそんな言い方をするはずではなかったのだが。
「いや?まだキスだけ」
亨のほうは平然として答えた。
「安心していいよ。春樹には手を出してないから」
「ありゃ?春樹とやんなかったの?」
「うーん。何か手を出し損ねてさ。いつ出そうかなんて思っていたときに、こんな結末になっちゃった。ちなみに、脱がせてもいませんので」
人の身体をネタに盛り上がる二人に、春樹は頭を抱える。
「あー悪かったな」
「ま、仕方ないさ。後から割り込もうとした俺が悪いんだし。それよりも、いい子いない?」
「いい子ねぇ。俺が優しく抱いてやるけど?」
「3P・・・俺、受けるの嫌なんだけど」
春樹の親友にまで手を出そうとする亨に文句を言いたかったけれど、辛うじてこらえた。すると亨は「わがままだなぁ」と言いつつも、手帳をぺらぺらとめくり、何かを探す。
「ふむ。柊くんはタチだから・・・リバかネコね?俺に抱かれるのは嫌?春樹も愛してあげられるのよ?」
「え?亨さんに抱かれるの・・・?やめとく。俺、やっぱ上がいい」
「そーね。じゃ、後で候補を教えておくよ・・・」
言いたい放題言い合っている二人を見て、ひょっとして自分に気を使っているのか?と思ってみる。自分が弘平を振ってしまったことを気にしなくていいように計らっているのだろうか?しかしそれは聞いても答えないだろうことはわかっている。
「あぁ、それより、時間」
亨に言われ、思い出したように弘平が慌てる。
「あ、そーだそーだ。だから亨さん、こいつ借りてくから」
「今日中には返せよ〜」

「その、弘平、ありがとう・・・」
弘平の厚意については、最初は黙っておこうと思っていたけれども、やはりお礼は言っておいたほうがいいという結論になり、一言ではあるが、口に出した。
「ま、気にするな。俺はやっぱり俺を見てくれるやつの方がいいし。春樹も俺と付き合う動機が不純だったしな」
弘平が親友であってくれて、本当によかったと思う。しかし、自分には出来すぎの親友だ。彼には、彼にふさわしい人が恋人になってくれればいい。心の底からそう思う春樹だった・・・。

「ん〜・・・柊くんにお似合いの恋人は・・・」
まだぺらぺらとページをめくっている亨だが、実際は文字など目に入っていない。探す気などさらさらないのだ。彼ほどの器量の持ち主なら、自然とそういう人は見つかるものである。だからこれは弘平の気遣いに応えたということを示したのに過ぎない。
それよりも大事なのは、春樹との付き合い方だ。両想いであることは確認したけれども、それ以外はあまり変わっていないのではないか?という気になってくる。春樹は亨と一緒にいたいと思ってくれているようだけれど、さすがに学校をサボらせるわけにはいかない。こんなときに限って固い自分は困る・・・そう思っていることは事実だが、しっかりとすべきことはした上で付き合っていこうとも思う。それに、せっかく兄と弟という壁を越えて恋人同士になったのだから、本当に休ませるときは・・・とすでに決めちゃったのであった。

めでたしめでたし。