鎮魂歌:生まれ変わることが出来なくても

僕の名前は黒木歩。中学二年生だった。「だった」といっても、今高校生になったからではない。僕は中学二年生から時を刻んでいない。つまり、僕はこの世の存在ではない。死んでいるのだ。つまり、幽霊だということ。

僕は約3年前に自殺をした。原因はレイプだった。僕は、学校内で他のクラスの生徒に裏庭に連れられて犯されたのだ。そのとき僕には恋人がいた。電車内で痴漢にあったのを助けられたのが始まりだった・・・。

あのときのことは幽霊のくせにまだ覚えている。それほど大事な想い出だから・・・。

 

三年前・・・

僕はこの忌々しい童顔のせいで、結構痴漢に遭うこともあった。今も僕の尻に手を触れている奴がいる。いつものことだ、気持ち悪いけど触らせておけばいい。すると、駅に着いた途端、誰かが痴漢の手をつかんだ。

「おじさん、その手はなんですか?」

言い逃れが出来なかったのか、その痴漢はドアが開いたらすぐに逃げていった。僕はお礼を言った。

「あ・・・ありがとうございます」

といってその助けてくれた人を見ると、結構若い人だった。スーツを着ているので、会社員なのだろうか。それなら通勤中にとても迷惑をかけてしまった・・・。だけど、その人は気を害したようではなかった。

「礼には及ばないさ。だけど、嫌なら嫌と言ったほうがいいぞ。何も言わないのは痴漢の思うつぼだ」

僕はうつむいてしまった。僕は人からよく内気だといわれる。それは自覚しているところで、言おうとしてもいまいち勇気が出ないのだ。すると、その会社員の人は僕の髪をかき回しながらいう。

「君は今日と同じ電車に乗っているのか?」

彼の意図は分からないが、恩人なので素直にうなずいた。

「そうか・・・それなら明日から俺と一緒に乗るか?危なっかしくて見ていられない」

僕に否応のあるはずがなかった。そしてこれが運命の出会いとなった・・・。

 

その会社員は、秋本博というらしい。最初はただ乗り合わせているだけの関係だったが、すぐに仲よくなった。若くて結構ハンサムな人で、理性的な見かけで、最初見たときはあまり感情を出す人ではないような印象だったけど、案外感情が表に出やすいみたいだ。笑うときの顔がとてもかっこいい。

休日は一緒に出かけるようになった。僕はどちらかというと家にこもっているほうだったけど、秋本さんが僕を引っ張り出すようになった。あまり外は楽しくないと思っていたが、秋本さんと一緒に出かけるのはとても楽しかった。こんなに他の人といて楽しかったのは何年ぶりだろう。僕はすぐに秋本さんを好きになった。

 

最初のほうは渋々と送り出していた親も、秋本さんを信用したのか、快く送り出すようになった。だから、遠出をすることも多くなった。今日は隣の県のある湖に行っている。だけど、何か秋本さんの様子が変だ。湖岸に近づくたびに緊張していくのに気付いた。そしてしばらくの間沈黙が続いたが、岸辺に着いた時、秋本さんが口を開いた。

「歩・・・好きだ・・・」

僕も・・・といいかけて、やめた。おそらく僕の考えているものとは意味合いが違うだろう。それはそういう意味での・・・。

「なぜこんな気持ちになるかわからなかった・・・男同士なのに。分からないけど、歩を助けたときに、お前と一緒に電車に乗ると決めたときに好きになっていたのかも知れない・・・」

その言葉をゆっくりと話す秋本さんの顔は、苦しみに満ちていた。僕は男が好きな人ではないから、痴漢も、男に言い寄られたときも結構不愉快だった。だけど、この人に言われるのはなぜか不快ではなかった。むしろ、心臓がどきどきさえした。

「こんなことを言ってもお前には迷惑だって事はわかっている。自分の気持ちを整理しておきたかったんだ。ただの友人としてやっていくための。だから、今ここで俺を振ってほしい」

 

これだけの告白をするのに、秋本さんはどれだけの勇気が必要だったのだろうか。僕にはそれを知ることはできなかった。いつもあの人は笑っていたから。心の中でそれだけ苦しんでいるとは思いもしなかった。

僕の気持ちはまだわからなかった。秋本さんが好きであるかと聞かれれば、もちろん好きだといえる。だけど、それが恋愛感情かどうかはわからない。今まで本気で人を好きになったことなんかなかったから・・・。だから、この心臓がどきどきしているのも、恋愛感情によるのかもわからない。だけど、その一方では恋人として付き合いたいとも思っている。結局わからなかったので、僕は一つの賭けに出た。振ってくれるのを待っているであろう秋本さんの唇にキスをしたのだ。

されたほうの秋本さんは、いきなりの出来事に硬直していた。何が起こっているのかわからないようだ。いや、必死でそれを理解するのを拒んでいるようにも見える。しばらく震えていたけど、ゆっくりと僕を抱きしめた。

「歩がそんなことをしなければ・・・俺は諦めることができたのに。おかげで諦められなくなった。友人からでいいから、付き合ってくれないか?」

秋本さんにキスした時点で、僕の答えは決まっていたのかもしれない。

「何か僕、秋本さんと同じ意味で好きみたいです。秋本さんとなら、恋人になりたい!」

それから僕たちは再びキスをした。自分からしたのがあるため、ファーストキスじゃなかったんだけど、それが初めてであるみたいで、妙に恥ずかしかったのである・・・。

 

再び現在・・・

今こうして思い出すと、なかなか照れくさいものである。生きていたら僕は今は気持ちだけでなく、見た目も真っ赤になっているだろう。そう・・・生きていたら。いまさらこの現実を思い知って、僕は寂しくなった。誰にも僕がわからないからだ。もちろん、少し霊感がある人は僕の存在に気づいているようだ。だけど、気のせいで片付けるか、その場から逃げ去って僕を見ようともしない。他人の目に入らないって、こんなにつらいことだったんだ。僕の目から一筋涙が出た。

それからしばらく何も考えられずに立ち尽くしていた僕だったが、誰かに呼ばれたような気がして我に返る。気のせいか。普通、幽霊に声をかけるなんて物好きな人はいないのだから。だけど、それははっきりと僕を呼んでいるものだった。

「歩・・・歩なんだな」

「あ・・・倉科?」

 

僕を呼んだのは、倉科だった。彼は僕の親友で、外見、内面ともに結構いい奴だ。生きている間いろいろ相談に乗ってもらった。僕が秋本さんと付き合っていることも知っている。だけど、気持ち悪がらずにずっと友達でいてくれた。とにかく、とてつもなく大事な人なのである・・・秋本さんの次にだけど。

「こんなところで奇遇だね」

僕をわかっている人がいて嬉しかったので、これでもハイテンションになっていた。倉科は苦笑している。

「一応おまえは幽霊だから、ここで話すのは恥ずかしいんだけど。俺の家に移動していいか」

確かに一人でそこにいるのは恥ずかしい。僕はうなずいた。

 

そして倉科の家に着いた。彼の家は一軒家で、僕も生前あがらせてもらったことがある。親はたまたま旅行中でいないらしい。落ち着いて話せそうなので、僕は気になっていたことを聞いた。

「何で僕が見えたの?倉科って霊感あったの?」

すると倉科はしばらく考え込んだ。

「それが俺にも分からないんだ。今まで幽霊の類は見たことないのに・・・。ひょっとして愛のなせるわざ?」

最後に茶化して言ったので、僕達は大声で笑った。ただ、倉科はほんの少し寂しそうだったけど。しばらく笑った後に、倉科は真剣な顔をして訊いた。

「なぁ・・・答えにくいとは思うけど・・・どうして・・・」

どうして死んだのか。倉科は優しい奴だから、最後まで聞けなかったのだろう。でも、倉科ならいいや。葬式のとき号泣させてしまったから。僕が死んだ後相当つらそうだったから・・・。放ってはおけなかったし、どうすればいいのか分からなかったので、しばらくの間はこっそり倉科についていたんだけど、僕が死んだ後の数日間は食事がのどを通ってなかった。だから、倉科には言っておくべきだ。それに・・・あのことはすで僕の中で過去になっているから・・・。

 

三年前・・・

同じクラスの人に、裏庭に連れてこられた。名前は・・・思い出すと頭が割れそうになる。たしかあいつとそいつと・・・何人だったかも思い出せない。一緒に帰ろうという誘いだったから、僕は何の疑いを持たずについていった。だって、誰が自分のことを襲う奴がいると思うだろう。僕みたいなどこにでもある顔の奴を襲っても楽しくないじゃないか。だけど、僕はもっと用心しておくべきだったのだ。幸せすぎて忘れていたのだ。僕が痴漢に狙われやすいって事を。というわけで、僕はまんまとだまされて犯されてしまった。今から考えてみれば、僕はそのとき初めてでなく、それ以前に秋本さんに抱かれていたから、それだけは救いだったのかもしれないけど。もしあれがはじめてだったら死んでも死に切れない・・・。

 

いつ、どうやって家にかえって来れたかはわからない。それだけ僕の頭の中は真っ白だった。不幸中の幸いとも言えるのが、跡が見えなかったことだろう。おそらく彼らは学校にばれるのを恐れて、気をつけてやったのだろう。その割には乱暴だったけど。それから僕は身体に受けた負担だけが理由でなく、熱を出して寝込んだ。

熱を出して寝込んだのは幸いだったかもしれない。誰にも会いたくなかったから。そう、秋本さんや、倉科にさえも。僕は風邪がうつるからと言って、僕に用のある人はすべて追いやってもらった。それほどつらかったのだ。だけど、休むということは、人と顔を合わせないで済む代わりにどんどん嫌なことを考えなければいけなかった。麻痺した頭の中に、レイプの事実が重くのしかかる。僕はきれいな身体じゃなくなってしまった。こんなほかの男に汚された僕を見てどう思うだろうか。気持ち悪いと思うに違いない。そして、きっとみんな僕から離れていくのだ、倉科はおろか、秋本さんさえも・・・。それに気付いて僕はひたすら泣いた・・・。ふと、僕の頭の中に「自殺」の二文字が浮かび上がった。なんて馬鹿なことを、と最初はその考えを振り払ったが、考えてみればそれもいい。嫌われて、振られて捨てられるくらいなら、僕の中に秋本さんとの楽しい思い出だけを封じ込めてこの世から消え去ることにしよう。だけど、何も書かないで死ぬのは一応失礼だから、遺書くらい書いておこう。僕は親宛のほかに、秋本さんのも用意した。

 

『僕は穢れてしまって、もう貴方の好きな僕ではなくなりました。だけど、生きているうちはどんなに願っても離れられないので、この命を断ち切ります。身勝手ですが、最期の我侭だと思って許してください』

 

遺書にしては短いかもしれない。だけど、これ以上は書けなかった。これが僕のすべての想いだったから。それが卑怯なことだということは分かっている。前を見ない逃げだということも。だけど、分かっているけどこうするしかないと思った。そして、遺書を見るから、僕がレイプされたことは分かってしまうだろうけど、僕は伝えたかった。命をかけて秋本さんを愛しているということを・・・。

 

そういうわけで僕はあっけなく死んだのだった。方法は、一応日本人に比較的多い方法でさせてもらった。これで地獄にいけると思っていたが、世の中はそんなに甘くはなかった。何の未練か、僕はこの世界に残ってしまったのだ、霊として。そして、僕は自分の死体にすがり付いて泣く秋本さんの姿を上から見ていた。遺書を見ていたときは、とても悔しがっていた。俺はお前を守ってやれなかった・・・と自分を責め続けていた。僕は死んでから自分のした事を後悔した。秋本さんはそのくらいじゃ僕を嫌わなかったのだ。だけど、僕はもはや戻ることはできない。これは、罰なのだ。大事な人を残したこと、ここまで泣かせてしまったことに対する・・・。

それからすぐに、倉科もやってきた。学校に行く前なのか、制服だった。僕を見た途端崩れ落ちた。そして、僕を揺さぶり、必死に呼びかけた。

「おい、目を覚ましてくれよ、歩!眠ってるだけだろ!おい・・・起きろよ!」

だけど、当然の事ながら僕は何も言わなかった。

「ははは・・・嘘だろ・・・。夢だよな・・・。俺が目を覚ましたらお前は笑っているよな・・・。おはようっていつものように言ってくれるよな」

しかし、やっと倉科も事実を認めたようで、

「・・・分かってるよ、もう歩の笑顔は見られないんだよな」

そして、僕を抱きしめて泣いた。静かに・・・だけど強い想いを込めて・・・。

 

そして現在・・・

一通り話した僕に対して、倉科は口を開いた。

「何で俺宛の遺書を残さなかったんだ?俺のを見たかったのに」

「あのねぇ・・・この話を聞いた後で言うことじゃないと思うけど・・・」

あまりにも予想外のことを言ったので、つい僕もそんな事を言ってしまった。だけど、倉科は何かこらえているようだ。上を向いている。

「この話の後だからだよ・・・。そういわなきゃ俺だって・・・」

胸が・・・と言おうとしたらしいが、最後まで言うことはなかった。上を向いていた彼の二つの目から、きれいな光の筋が滴り落ちたからだ。僕は本当に申し訳なくなった。倉科はあまり泣かないのだ。つらいときもあまりつらそうにしない。だから、彼が泣くときは本当につらいときしかないのだ。

「ごめんね・・・つらい思いをさせちゃったね」

だけど、倉科はすぐに涙をごしごし拭いて笑った。

「まぁ、お前が死んだのはつらいけど、今こうして会えたからいいや」

本当は泣きたいだろうに、僕に負担をかけさせまいとして、こうやって笑うのだ。倉科はそういうやつなのだ。そういえば、一回だけそれと似たことがあった・・・。

 

三年前・・・

「僕、好きな人ができたんだ・・・」

秋本さんと付き合うことになったとき、僕は倉科に言った。無理に誰かに言うべきことではなくても、倉科にだけは知ってほしかった。彼にだけは隠し事をしたくなかった。倉科は、硬直したが、喉からしぼりだすようにしていった。

「え・・・誰?俺の知ってるやつなのか?」

「違うんだ。秋本さんといって、この前僕を痴漢から助けてくれたんだ・・・」

倉科の目に一瞬だけど、何も写らなかった気がする。彼は震える声で続けた。

「それで・・・つきあってるのか・・・その秋本さんと・・・」

「うん・・・男同士だけど、変かな・・・」

僕の声は小さくなっていった。倉科に嫌われるのは怖い。窺うようにして倉科を見ると、彼は泣きそうだった。その理由を聞こうとしたが、急に笑顔になった。泣きそうな顔をしていたのが嘘のように見える。

「別に、歩が選んだ人ならいいんじゃない?男同士でも変じゃないと思うし」

誰かに認められることって、こんなに嬉しいことなんだ。だから僕は倉科にありがとうといった。彼は照れていたが、真顔になって言った。

「歩には恋人ができたけど、俺たちずっと親友でいられるよな」

「もちろん」

僕だって、倉科とは親友でいたい。だから、そう言ってくれるのはとても嬉しかったのだ・・・。だけど、あのときの顔だけは目に焼きついてどうしても忘れることができなかった・・・。

 

現在・・・

とにかく、倉科が泣きそうになったといえば、その日だった。なぜか今になって僕は気になりだしたので、そのことを倉科に聞いた。彼は言おうか迷っていたが、「今だったらかまわないか」と、口を開いた。

「俺は歩が好きだったんだ。だから、付き合っている人がいたときはショックだったんだよ。だけど、俺に話しているときのお前は真剣だったから、どうしても反対できなかったんだ。それで俺はお前を応援することにしたんだよ。まぁ、それからの歩は幸せそうだったから、そうして正解だったけどな」

最後はおどけるように(だけど、無理した様子で)言う。そうか、倉科も僕のことを好きでいてくれたのか。それなら倉科には相当苦しい思いをさせたことになる。気休めかもしれないけど・・・僕は言った。

「ごめん・・・今この身体だからつきあうことはできないんだ。僕は自殺したから難しいかもしれないけど、もし生まれ変わることができて、お互い覚えていたら付き合おうよ」

気休めと思われるかもしれないけど、本心だった。自分をこんなにも好きでいてくれた親友。生まれ変われるなら倉科を好きになりたい・・・。倉科は微笑んだ。

「あぁ・・・俺のところに来るのを待っているよ、ずっと・・・いつまでも。そういえば、明日はお前の命日なんだぞ。一緒に墓参り、行くか?」

「え?そうだったの?」

「・・・おまえなぁ、自分の死んだ日くらい覚えとけって」

「だって、日にちは覚えてるけど、今が何日かは分からないし。感覚が鈍っちゃったみたいで。自分の墓参りをするのも変だけど、行くよ。逃げるわけにも行かないし」

倉科は本当に呆れていた。でも、しょうがないじゃないか。何かをしているわけじゃないから時間の流れを感じないんだから。昼と夜を数えてるのじゃわけ分からなくなるし。僕は拗ねてみた。そしたら、倉科はしょうがないなと言って笑って許してくれた。

 

次の日は快晴で、墓参りをするのには絶好の天気だった。倉科は花屋で店員にいくつか見繕ってもらい、花束を買った。葬儀用などの仏花ではなく、黄色やオレンジの、僕の好きそうな花ばかりだった。そして、彼は今行っている高校(ちなみに、今は高二らしい)の制服を着て、僕とともに僕の墓に行った。

墓にはすでに人がいた。男性が二人のようである。しかも一人は・・・秋本さんだ。来てくれたんだ。僕でさえ忘れていたのに。だけど、もう一人は誰だろう・・・。恋人かな。だったら嬉しい。まぁ、自分の好きだった人に恋人ができるのは複雑だけど、自分のせいで恋ができないのよりははるかに嬉しい。すると、秋本さんは倉科に気付いて、こちらに向かってくる。だけど、恋人らしい男の人は先に帰らせたみたいだ。

「君は・・・あのときの・・・」

秋本さんは、倉科の事を覚えているみたいだ。だけど名前は聞いていなかったみたいで、なんて呼べばいいのか迷っている。

「倉科といいます。自分で言うのも変ですが、歩の親友でした。といっても、今でも親友だと思っていますけど」

「ああ、歩から聞いていたよ。倉科君の事は。あれより前に会ったことがなかったし、名前を聞いてなかったから君だとは思わなかったけど・・・。いつも楽しそうに君の話をしてたよ。それほど仲がよかったんだね」

秋本さんが懐かしそうに話す。それに倉科も相槌を打つ。おたがい、過ぎ去った時間を懐かしんでいるようだ。僕という存在をよく知る人同士・・・。しかし、しばらくして、何かの決意をした様子で倉科が言う。

「歩のことを・・・ずっと想い、愛し続けていいですか?」

決死の覚悟の告白だったためか、倉科は緊張している。それが認められない上の告白だったのだろう。だけど、秋本さんの倉科を見る眼差しは優しいものだった。

「君みたいな純粋で思いやりのある人に想ってもらえるなら、歩も幸せだろうな。俺のほうからも頼むよ。俺が想い続けるには限度があるから・・・。それに、独りじゃないということをあいつには分かってほしいから・・・」

「ありがとうございます・・・。ずっと想い続けます・・・そして、もし歩が生まれ変わることができて、俺と会うことができたらそのときは・・・」

秋本さんは、返事をする代わりに、緊張しきって震えていた倉科の髪をなで、抱きしめた。そして・・・

「悪かったな、幸せにしてやれなくて。今度こそは幸せになるんだぞ・・・歩」

まさか僕が見えていたの?それを聞く間も与えず、帰っていった。しばらくは見送っていた僕らだったが、倉科が僕を見て青ざめる。

「おい・・・歩、薄くなってるぞ」

よく見たら僕の身体は薄くなっている。もちろん原因はすでに分かっている。

「あ・・・ほんとだ。薄くなってる。きっと未練がなくなったみたい」

未練?倉科が聞き返す。

「うん。どうやら僕には未練があったみたい。死ぬのは平気だったくせに、誰にも忘れて欲しくなかったんだ。だけど、倉科と秋本さんが僕を覚えていてくれたから・・・嬉しかった。だから・・・もう逝くね。未練がなくなったから、僕の存在している理由がないし・・・」

 

倉科は、やっぱり微笑んでいる。最後の最後まで、僕を笑って見送るつもりのようだ。

「さよならなんて言うつもりはないからな・・・!!」

だけど、結局耐え切れなかったのか、倉科の瞳から止めどなく涙があふれてくる。だけど、全然つらくはなかった。無理しないで、ありのままでいる自分を最後に見せてくれたから・・・。

「うん・・・僕もだよ。倉科・・・ありがとね。今度会えたらそのときは僕を・・・」

僕の身体と意識が段々薄れていくのが分かる。だけど、全然不安はなかった。倉科の涙が鎮魂歌の代わりになってくれるから・・・。だから、生まれ変わることはできなくても、地獄の業火に焼かれようとも、秋本さんと倉科からもらった想いさえあれば苦しくもなんともない。僕はそっと目を閉じたのだった・・・。

 

終わり