鎮魂歌〜想いは架け橋を渡る〜

七夕・・・一年に一度、愛するものが出会えるその日、日本人は竹、もしくは笹に飾り付けをし、短冊という長細い紙に願いを込め、飾り付ける。現代のように、「望めば手に入る」ような時代では七夕は見るイベントと化しているようだが、我が家では未だにそれを続けている・・・。古き良きものはなくしたくないという親父の考えに賛成である。

「倉科、君はどんなお願いをしたの?」
と、親友の黒木歩に聞かれ、俺はどう答えようかとしばらく考え込む。昔から言うだろ?願い事は心にしまっておくべし、と。口に出すと、叶わなくなるんだよな。もっとも・・・俺の願いは口に出しても出さなくても叶わない、そんな厄介なものだ。
「そりゃぁ・・・健全でいられることだな」
「倉科って・・・オヤジくさい・・・」
オヤジ・・・いくらなんでもそれは傷つくぞ。まだ俺は中学生。前途はまぁ、多難だが、続く人生はそれなりに長いと信じている。オヤジくさいことをいったことは事実だけど、オヤジと言われて嬉しいはずがない。
あ、そうそう、健『康』でなく、健『全』であることには、ちゃんと意味があるんだ。俺は・・・歩が好きなんだ。いわゆる、ホモというやつか。まぁ、俺自身はホモという自覚はないんだけど、歩が好きだという事実は覆しようがないわけで・・・せめてバイと言っておこうか。後ろめたくはないのかって?後ろめたいに決まってるさ。俺も、歩も男だろう?歩を好きになったことに何も後悔がない・・・そう思えるほど俺は強くはないんだ。今は少しだけ「歩だから好きになった」と思えるようになったけれど、何度も彼を好きになった俺を呪ったものだ。本当は無邪気に話しかけてくる彼を恨んだこともある。でも、友達でいられるのならそれでよかった、その気持ちは本当だ。もともと・・・俺の願いなど叶う筈がなかったんだ。
「お前の願いは・・・秋本さんと一緒にいたい・・・という感じか?」

自分の出した言葉に、自分で傷つくのを感じる。そうだ、歩には恋人がいる。しかも、男だ。その秋本さんには会ったことはないんだけど、しょっちゅうノロケを聞かされているせいで、大体どんな人だかは想像がついている。どうやら、クールなようで感情豊かな人らしい。しかも、『大人』なんだとよ。そんな話を聞いているだけで焼餅を焼いている俺など、到底及ぶはずがない。あー、生まれて初めて俺がこんなにネガティブな男だと知ったよ。
「・・・違うよ。それもあるけど、僕の本当の願いは・・・」
「願いは・・・?」
聞き返したが、彼は沈黙を守ったままだった。どうしてそこで黙り込むのかと思ったけど、考えてみたら・・・それほど大切な願いということだ。口に出すことが出来ないのだから・・・。俺は秘密を抱えている親友にちょっと寂しさを感じたが、大好きな彼との貴重な時間を楽しむことにした・・・。

(そんなの・・・言える訳ないじゃない)
隣の、実は鈍い親友に見つからないよう、こっそりと僕はため息をついた。お願いって口に出すと叶わなくなるんだよ?僕にとっては生きるか死ぬかを左右してもいいほどそれは大切な問題なんだ・・・。
気がつくと倉科はトイレに行ったのか、席をはずしていた。僕は、悪いと思いつつも、彼のお願いを見てみることにした・・・。
『ダイエット!』
これは、おばさんのお願いらしい。おばさん・・・別に太っているわけじゃないんだけどね。どうやらどんなにやせていても女性はダイエットをしたいらしい。
『禁煙・・・明日から!』
これを見たとき、吹き出すかと思った。おじさんのお願いなんだけど、「明日から」というのがどうしてもね。だって・・・書いてはみたものの、禁煙する気は全くないような気がするんだもの。
『非現実的だけど・・・成績アップ!』
あったあった、これが倉科の願い事のようだね。「非現実的だけど」と書いてあるけど、それでも彼、すごく頭いいんだよ?これ以上頭をよくしてどうするんだろう・・・って、本当は知っている。将来先生になりたいんだって。だけど、今は厳しいから相当勉強しないといけないんだ。照れくさそうにそれを言ったとき、彼が教師だったら生徒は幸せなんだろうな、そう思うと同時に、倉科に教わりたいな・・・という、それこそ「非現実的」なことを思ったものだ。彼のことだから、真摯に生徒と接するんだろうな。

『息子に・・・立派な恋人が出来るよう』
これは、おじさんの願い事。それに平静を装っていられるほど、僕は無神経ではない。僕は倉科が誰が好きかを知っている。それは・・・僕なんだよ。おじさん、僕は息子さんの人生を狂わせているんだ・・・。それが自意識過剰だったらどれだけよかったのだろう。だけど、それは事実。彼は僕にキスしたことがある。キスくらいコミュニケーションの一つだという人も多いけど、彼がキスするということは・・・本気だということなんだ。なぜなら僕は、男に向けられる好意を嫌う人間だから・・・。だから、冗談で出来るはずがないんだ・・・。
『健全でいられるように』
さっきの彼の願いだった。健『康』でない理由は分かっている。だから、痛む胸を押さえつつ、僕は短冊を見ていった。勿論、覗くことに警鐘が鳴っていない訳ではない。知ってはいけないことも、世の中にはたくさんある。でも、僕は好奇心に打ち勝つことは出来なかった。そして、知ってしまった・・・倉科の願いを・・・。

『ずっと・・・ずっと歩と一緒にいたい・・・』

たった一言、そう書いてあった。胸の痛みがいっそう強くなる。倉科・・・どうして君は僕に構うの?僕は君につりあう人間じゃない。それに、僕は君の気持ちには応えてやれないんだよ?どうしてそこまで・・・?君を見てくれる人なんて、山ほどいるじゃない。そんな人の気持ちに応えてあげればいいじゃない!そこまで思ってから、脇に小さな字を見つけた。
『もし・・・許されればの話・・・だけど』
これが彼の本音だ。もし倉科の気持ちが知れれば、僕は気持ち悪がると思っている。僕は一瞬気持ち悪いと思ったことはあったけど、倉科が相手ならと、別にそうは思わなくなった。だけど、それは言えなかった。彼の欲しがる気持ちに応えてやることが出来ないので、僕がそれを伝えれば、倉科は僕から離れていく。彦星と織姫は一年に一度会うことが約束されているけれども、僕らの場合、それすらも不可能になる。倉科はそういう男なんだ。諦めるということを知りすぎている。だから僕は鈍い親友を演じるしかない。友達なら・・・ずっとそばにいれるんだ。結局、臆病なのは、倉科ではなく、僕なのかもしれない・・・。
でも・・・本当は・・・嬉しくもあるんだ。頭をなでられたり、抱きしめられたりすると(普通友達同士ではやらないといわないでね)、とても心が温かくなるんだ。倉科の一挙一動がどれだけ僕を左右するかは、気づいていないんだろうね。あ、そうだ。やっぱり僕もお願いしておこう。僕は近くにあった短冊と、マジックを手に取った・・・。

「あれ?歩も願い事書いたのか?」
「うん。せっかくだからね」
照れくさそうに言ったあと、ちょっと涼んでくるといって、外に出てしまった。どうせ聞いたところで答えてくれないだろうから、俺はこっそりと探してみた。
『新しいパジャマがほしい・・・』
そういえばそんなことを言っていたような気がする。歩って根本的に何かを欲しがる性格じゃないから、こういうのは珍しいかもしれない。
『もっと・・・明るくなりたいな』
歩は内気な子だ。本人自身それを認識しているけど、俺は無理して変えなくてもいいと思っている。歩は歩だし、内気だけど、暗いわけじゃない。優しくて、繊細な奴だ。そして、そういうところが歩のいいところ・・・俺はこう思っている。でも・・・歩らしいか、そう思っていたところ、一枚新しいのを見つけた。どうやら俺のお願いとちょうど同じ位置に結び付けてしまったらしい。苦笑しながらそれを見た・・・。

『もし・・・それが許されるのなら・・・倉科がずっと友達でいてくれればいいな』

呆れを越えて、苦笑うしかなかった。本当はショックを受けるべきとこなのに、俺はほっとしている。この分だと、俺の気持ちには気づいていないんだろうな。歩と恋人同士になるという夢は叶いそうにはないけれど、友達としてでも必要としてくれるなら・・・俺は歩のそんな気持ちを幸せに思っているのかもしれない。顔の筋肉が緩んでいるのを自覚している。ちょっとはいちゃついても許されるよな、そんな悪戯心を胸に、外に出た・・・。

気がつくと倉科に抱きつかれていた。多分・・・鈍い僕に対するささやかな報復なのかもしれないね。でも、僕はそれをはがすつもりはない。だって、そういう意味で抱きつくのなら、僕はそういう意味を言い訳にして抱きつかれることが出来る。
「歩・・・大好きだよ・・・」
耳元で囁いてきた。冗談だと分かってはいても、甘く、透き通ったその声が、心臓を鷲掴みにする。何故か本気であって欲しいと思う僕がそこにいる・・・って、考えてみたらそうか。どんな形であれ、僕が倉科が『大好き』であることは、紛れもない事実なのだから。恋愛にこだわりすぎたけど、大切なのはそこなんだよね。
「僕も大好き・・・だから、ずっと友達でいてね」

ふと俺は「因果応報」という言葉を思い出した。今の状況を示すのなら、この言葉がぴったりだろう。痛恨の一撃を食らってしまった。どうせその答えしかかえって来ようがないんだから、変なこと企むんじゃなかった。でも、まぁ、そうだよな。俺は別に歩をそういう意味「だけ」で好きなわけじゃない。恋情、友情、その他いろいろな意味で大好きなのだ。だから、本当はショック受ける必要もないんだ。
「・・・どうしたの?」
つい笑みを漏らしてしまった俺を不思議に思ったようだ。歩は首をかしげている。
「いや・・・」
愛し合う天空の星達とは違い、俺の後ろめたい想いは一年に一度すらも架け橋を渡ることは出来ないけれど、友情なら伝えることが出来る、そう結論した俺の心は清々しいものだった。

「俺は相当幸せなんだな・・・」
歩は笑って「僕も」と言った。

END