親友達の妖しい等式〜無謀な子羊は無策な戦いを始める〜
「あのさぁ・・・さっきからこっちを覗いてる奴がいるんだけど、気付いてた?」
そう聞くのは三原純。穏やかそうで、かなり線のやわらかい、だからといって可愛い系ではなくかっこいい系に入りそうな容姿と、一年中春な思考回路をしている。しかし、面倒見がいいため、中学時案外後輩から人気が有ったりした。
「あぁ・・・あいつか?そりゃ、俺を見てるんだろう。この見たものすべてを魅了する俺だ。あいつだって例外じゃないはずだ」
と言うのが、菊池硅。見た目良し、運動神経良し、さらに頭も良し。と三拍子そろっているのだが、困ったことに傲慢な言葉遣い、容姿をほめるとすぐ図に乗る、態度がでかい、とこっちのほうも三拍子揃っている。それでも嫌いだと言う人があまりいないのは理不尽であるが、それも仕方のないことで、この人、表ではかなりの優等生をやっているため、差し引きプラスになってしまい、嫌う要素が見つからないのだ。
「なるほど・・・そうかもしれないね。菊池は誰よりも格好いいから男すら虜にしてしまうんだねぇ」
いつものことなので、三原は別に驚きもしない。それどころか、納得すらしてしまう。
「・・・ここは突っ込むべきとこだぞ?」
「突っ込むって・・・突っ込むって・・・」
「・・・おそらくお前の思っていることとは違う」
こんなおバカなやり取りがされている頃、その覗きの張本人は・・・
「やっぱり三原くんは素敵・・・」
みていたのは菊池ではなく、三原のほうだった。彼、立石円高校一年生、容姿普通、強いて言うなら子羊のような少年は、三原に恋をしている。そのきっかけは、廊下の角から出てきた三原と頭がぶつかり、謝った彼に対して運命的なものを感じてしまったという、実にお約束なものである。だが、お約束であるがゆえにそれだけ想いも深くなってしまった、と本人は言っている。
「はぁ・・・あの人に抱きしめられたい・・・」
「・・・・・」
無言で、だけど、明らかに「あんな年中春男のどこがいいんだ?」と書いてあるこの女は、清洲純子。立石円の親友をやっている。美しいロングヘアーで、スレンダーな体型、高校一年の癖に170と立石円よりも5cmほど多いこの人、逆転カップルとして有名になりそうだが、恋愛にはまったく興味なく、悪巧みを生きがいとしていることのほうで有名である。なお、彼女は自分の手を汚さない主義であるため、実害はあまりない「らしい」のだが・・・。
「え?そこがいいんじゃない・・・それとも、菊池くんのほうがいいの?」
「あのナルシストのどこが?」
と、にべもない。この女に恋愛論を説こうとしても無駄である。通販で今ならもう12個・・・というのより、はるかに無駄である。もちろん、無駄でもそれなりに使い道がある通販のおまけと比較すること自体失礼だというツッコミをしてはいけない。
「まぁ、それは主観の問題だからいいが、お前あの二人の間に入ろうというのか・・・?」
呆れ顔で清洲が聞く。それも当然で、三原と菊池はかなり仲がいいということは、結構有名な話である。えぇ、カップルと思われても仕方のないほど。
「う・・・絶対割り込んでやる・・・」
なんてやり取りをしていると・・・。
「きみ・・・ちょっといい?」
げっ。立石引きつる。そりゃそーだ。片想いの張本人がそこにおるわけだから。嬉しさよりも緊張のほうが勝る。なお、清洲のほうは涼しい顔をして傍観者に徹していた。
「ずっと俺らのほうを見てたんだけど・・・」
聞いていいのかどうか迷っているような口調で聞く。その内容は一体・・・。立石は不安になる。まさか、自分の気持ちが悟られたのでは・・・
「菊池に恋してるの?」
ばたっ。ここで立石倒れる。いくらなんでも原始的ではないか。そりゃ、知らぬは本人ばかりなりとは言うけど。そして、つい一言。
「俺はあんな奴は好きじゃないの。俺が好きなのは三原くんなの!」
原始的というくせに、立石もやっぱり原始的な事をする。そして・・・大混乱する。本人はまだ言うつもりはなかったらしい。ここで菊池登場。
「随分情熱的な告白だこと。だけど、ここは往来よ?それを考えてくれない?」
ちょっと不機嫌な口調。
「え・・・お・・・俺?」
周囲を見回してから、三原は自分を指差す。一年中春な男でも、とまどう事はあるらしい、その場にいた人々は同じことを思った。
「菊池、後は頼んだ!」
逃げた。さすがに脳の許容範囲を突破したらしい・・・。そして残されたのは二人。気まずい沈黙が続く・・・。
「で、あいつのどういうところが好きなわけ?」
沈黙を破って菊池さんが言う。
「えっと・・・その・・・ぼや〜んとしたところが。癒されそうで・・・」
なるほど。納得する。三原のまとう空気は一言でいえば天然ボケなのだが、それをどう受け取ってか癒し系だと思う人も多いのだ。
「あんな奴のどこがいいのか。どうせなら俺にしない?テストの勉強も見てやるし。得だと思うけどな」
お色気(?) 八割り増しの笑顔で言う。こうすればほぼ全ての奴が菊池になびくのだ。案の定立石は・・・と思ったのだが。
「なんともお色気たっぷりの顔だね。でも俺、三原くんにしか興味ないから」
立石は別に彼に興味はなかった。思い込みの強さで三原に恋してしまったことも大いに関係したが、立石は菊池の優秀さを胡散臭く思っていた。
菊池の完全敗北だった。非常にやばい、このままでは二人が結びついてしまう・・・ということはこの際どうでもよく、自分の誘惑が効かなかったことがショックだった。そして、そんな菊池の様子が一変する。
「どうした?」
「・・・・」
一言もしゃべらない・・・しかし、なぜかジェスチャーをする。
「ん?何・・・3、腹、尾、読んで、くれ?・・・三原くんを呼んでくればいいの?」
そのジェスチャーがどんなのかは分からないが、立石にはなぜか理解できたらしく、三原を呼びにいった。
「突然で悪いけど、あの男の様子が変だから来てほしいんだ」
三原はしばらく考え込んでいたが、納得したようだ。
「あぁ・・・しゃべれなくなったんだね?」
何でわかったんだ?訝る立石を引き連れ、物言わぬ菊池に・・・
「まったく・・・」
ちゅぅ。キス。接吻。ベーゼ。マウス・トゥ・マウス・・・。立石の頭の中でぐるぐると回り、コサックダンスをする。すると、菊池の声が戻る。
「悪い悪い・・・。どうなるかと思った・・・」
「そりゃ、しゃべれなくなるのに決まってるだろう」
何もなかったように会話をするお二人。彼らにとっちゃぁ、日常茶飯事なことなんだろーけど、立石には事情がつかめない。
「あぁ・・・一応説明しておかないとな。俺はあまりにもストレスがたまってくると話せなくなる上に聞こえなくなる。目は見えてるから相手の話を理解するのはできるがな。そうなったときにこうやって直してもらうんだ。話せないのはちょっと困るし」
立石の出現そのものよりも誘惑が効かなかった事の方が、やっぱり菊池にはショックだったみたいである。納得しつつ、今度は三原のほうがすまなそうに言う。
「その・・・俺のことが好きだといってくれたのに、とんでもないところを見せてしまったね」
「・・・いや・・・なんかどうでもよくなっちゃった・・・」
げんなりとして立石が言う。二人の濃厚なラブシーンを見てしまった以上、二人の間に割り込む自分がばかばかしくなったのだ。
「いや、どうでもよくないよ?俺には君が必要だから・・・」
天使様真っ青の笑顔で、三原がいう。それに立石がくらくらし、意識が半分吹き飛んだことはいうまでもない。
「そうだよな。俺にもお前が必要だ。俺の秘密を知ってしまったからな・・・逃がすわけにはいかないんだよ」
堕天使どっきりの笑顔で菊池が言う。これには立石の顔は引きつるしかない。
「わ・・・わかりました・・・俺は立石円・・・どうぞお手柔らかに・・・」
「私も混ぜてほしいものだな」
ここで清洲登場。三人、特に某二人の顔が引きつる。
「私を差し置いて盛り上がっているようじゃないか・・・」
「き・・・清洲さん?これは俺たちの問題だから・・・」
必死に繕って三原が言う。しかし・・・
「ふむ・・・一時的失語症の治療法として、姫から王子へのキスか・・・実に素敵だな。研究機関が黙っておかないだろうな」
一言で言うと、脅迫。しっかりちゃっかり一部始終を見ていたらしい。それにはこの二人も・・・
「お願いだから黙っておいてください・・・」
と言うしかなかったのである・・・。
で、後日談
んちゅ〜・・・とまぁ、例の二人がディープなキスをしていらっしゃる。
「今度はどうしたの?」
目の前でされたことにはほんの少し妬いてしまうものの、その後開き直って徹底的に割り込んでやる!と宣言した立石は驚きもしない。
「あぁ・・・あのおん・・・いや・・・清洲様がいらっしゃるから、あまりにも緊張してしまい・・・」
本音は清洲が付きまとうからストレスがたまるとのこと。ただ、清洲を敵に回すな、というのがここ緑耀高校の不文律であるため、口には出せない。それは菊池であっても例外ではない。一方三原のほうは慣れてしまったようで、
「いや〜常に見られるって大変だねぇ」
と他人事のように語っていらっしゃったのであった。
おわり。