Cherry-blossom〜Sakura-Saku〜

「馬鹿が・・・」

それだけ言って俺は瞬を抱きしめる。いつもの「ぎゅっ」としたものとは違い、骨がきしむほど強いものだった。
今日出かける時に沈み込んでいたのは知っていたけれど・・・まさかそんなことを考えているとは思わなかった。

「誰が終わらせたいと言った!お前は俺の気持ちを疑ってるのか!その程度にしか思っていないのか!?」

つい不機嫌になってしまい、ため息をついた俺に、腕の中でびくっとする瞬。彼の気持ちは解るのだ。だけど・・・。

舞い落ちる桜が、俺の毒気を一気に消し去ってくれる。これは、伝えるべきことを伝えてこなかった俺が悪いのだ・・・俺は反省する。
彼はいつもSOSのメッセージを発していた。それを俺は受け取ってやらなければならなかったのだ・・・。
それを、解ってくれているだろう・・・そう思っていたのは、俺の思い上がりでしかない。

ソメイヨシノと瞬は似ているような気がする。花を咲かそうと必死に努力していること、そして・・・見た目に反しあまりにも繊細であることが・・・。
ソメイヨシノは結実しないという。つまりは、日本のソメイヨシノは一本の樹から生まれた兄弟であるということになる。自然界である交雑がないため個体差が少なく、同時に花を咲かせる反面ある病気にはきわめて弱く、それにかかると花を咲かせなくなるという・・・。
それでも樹は、毎年花を咲かせるよう努力をしているが、人によって作り出された以上は、人が支えてやらなければそれを残していくことは出来ないのかもしれない。
瞬も同じようなものだ。普段は本当にいろいろ頑張っていると思う。辛いことがあっても逃げ出さないようにしている。
だけど・・・「恋」に対しては本当に臆病だ。常に自分の気持ちを封じ込めようとする。俺が想いを受け入れてもそれは変わらず、俺にとって「いい弟」であろうとする・・・。
だから、瞬という桜を支えるには少なくとも俺がいてやらなければならないのだ。

「信じたいよ。でも・・・ずっとなんて保証はないじゃないか!光輝兄、ずっと俺の側にいてくれるの!?そんな約束、出来るわけないだろ!」

光輝兄は常識人だから・・・!瞬が放った棘に、俺は胸を突き刺される。常に最良の選択を・・・そう思っていたけれど、彼はずっと俺のそんな態度に苦しんでいたのだろう。俺が、好きだから・・・。本気で、愛してくれているから・・・。だから、俺も本気で返さないといけない。



それが瞬にしてやれる唯一つのことなのだ・・・。



「ソメイヨシノの寿命は、60年位だそうだ。中には100年を越えるものもあるらしいけど・・・他の桜に比べれば短命だな。しかも、種で殖やせない。それでも日本全国に咲いているのは何故か解るか?」

何故って・・・考えてみたが、答えは出ないようだ。

「たくさんの人が植え続けてきたからだよ。しかも一本の樹から殖やしてきたというじゃないか」

かつて、「吉野桜」として植木屋さんが売り出したのが始まりだった。しかし、結実性が低く、例え自然界で生まれたところで、生息するのは限定的なものとなるだろう。だから、此処まで殖えたのには、人の手があったからだ。
その手間を惜しまなかったのは・・・ソメイヨシノにはそれだけの魅力があるからだ。
俺たちの間にある気持ちも、同じようなものだ。最初は本当に少ししかなかったものが、今は無視できないほど満ち溢れている。
いつの間にか瞬の存在が欠かせないものになっている・・・。相手が男であっても、兄弟であっても、切り捨てることが出来ないのは・・・瞬がそれだけの存在だからなんだよ。

「だから俺はお前と終わらせるつもりはないんだよ」

瞬は俺たちに「終わり」が来ることを恐れている。それは、俺だって同じだ。「兄弟」に終わりはなくても、「恋人」というのは曖昧だ。
でも・・・あるのか分からない永遠を信じるより・・・。

「限りあるからこそ、育てていこうと思えるんだろ?桜がずっと咲き続けていたら、皆当たり前だと思って有難がらないさ。俺たちの関係も・・・『当たり前』でないからこそ・・・」

「俺は光輝兄みたいに物分りよくない!」

瞬の心からの叫びに、俺は抱きしめる力を強くする。

「じゃぁ・・・どうしたら信じてくれるんだよ・・・」

「好きって・・・言って・・・って・・・ごめんなさい。俺、光輝兄には迷惑をかけてばかりだな。今のは忘れて!」

自分の言っていることに気づいたのか、あわてて謝る瞬。無理やり俺の言うことを理解しようとしているのだ。
確かに今忘れれば・・・とも思ったけれど、それをしたら、俺は絶対後悔する。壊れた後では遅いのだ。

「好きだよ」

「え!?」

慌てて俺を見上げる瞬。どうやら俺が言ったと信じられないらしい。

「好きだからな」

諭すように言ってやると、瞬もやっと信じてくれた。安心したかのように顔を埋めた。

「もっと・・・言って」

「好きだ」

「もっと」

「あぁ・・・大好きだからな」

俺は彼が求めるだけ、好きだと言い続けた。言葉の安売りはしたくなかったけど、それで彼の気が満足するなら、何度でも言ってやりたかった。
腕の中で彼が泣いていたのは・・・気づかぬ振りをしてやった。ただ思うとおりにさせてやりたかった。
最愛の弟の気持ちを代弁するかのごとく、俺たちの周りを桜が咲き乱れていた・・・。



TOP

INDEX