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「な!」

瞬時に出たのは、その一言だけだった。瞬間いろいろなことが頭をよぎったけれど、容量をオーバーしてしまった。
しかも、光輝兄からそんな言葉が出るとは思わなくて、言葉を失った・・・。


「俺だって男だぞ?」

俺の驚きように、彼のほうがびっくりしてしまったようだ。
そうだ、確かに光輝兄は男だから、性欲というものがある。
いや、男でなくても性欲はあるはずなんだけど・・・ってそんなことはどうでもいい。
夏の終わりに二人で出かけたときも、俺を襲いかけたことがある。
普通は俺のほうが襲われるようにするべきなんだろうけど、俺がこんな性格だから、必然的に光輝兄のほうがそういう役回りになってしまうみたいである。


「いたすときに女の子の顔を思い浮かべるようとしているんだけどな・・・」

『だけどな』の後、何を言うかが解ってしまったので、俺は一気に硬直する。
『貞操の危機』などと冗談めかして言っていられるような楽観的な状況ではなかった。
俺は今日間違いなく本気で失う・・・そう思ったところで、気づいた。光輝兄は・・・口元に笑みを浮かべていた。


「俺をからかうな!」

俺はいつの間にか光輝兄のおもちゃになった・・・というわけではない。
光輝兄は光輝兄なりに何か考えている。そういうときに限って、そんな言葉が出てくることを知っている。
何かはぐらかしたんだけど、別に怒るつもりはない。それは光輝兄の照れ隠しなのかもしれない。
そして、俺もそれを認めてしまうのも恥ずかしかったから、ついそんな言葉で返してしまう。


「悪かったって」

あっさりと光輝兄は謝る。どうも俺の考えていることは正しかったようだ。

「だって、光輝兄はノンケだろ?」

だから、キスまではできても、そう簡単に男など抱けるはずがない・・・ないはずなんだけど。

「さぁ?」

軽く笑って流したと思った。だから何か返そうかなと思ったけれど、彼の顔を見て一瞬凍りつき、それはできなかった。光を映さないはずの左目が、鋭く光っていた・・・気がする。
もちろん光のない状態で光るはずがないから、俺の見間違いなんだけど・・・もしかして、光輝兄の気持ち・・・?


『どうして・・・?』

そんな彼に見つめられ、俺の心臓がまたもや暴走し、息が続かなくなる。
光輝兄の顔はいつも見ていたはずなんだけど、正視することができなかった。魂を彼に喰われてしまいそうだった。


『ひょっとして・・・隠してる?』

俺はとんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。
俺の好きな光輝兄はとても優しくて・・・とても熱い人なのかもしれない。
多分俺の前ではそれを隠している。本質はやさしいから、俺が怯えないよう振舞っている。
でも・・・考えてみたら、そんな光輝兄も光輝兄なんだ・・・。


「性欲処理したければ、いつでもどうぞ」

いつされてもいいわけではないけれど、一応強がってみた。
ますます光輝兄が好きになってしまったことは、隠しておくことにする・・・。


「お前の覚悟が出来たら・・・な」

だけど、そんな強がりも、光輝兄はあっさりと見抜いてしまうらしい・・・苦笑いしながら俺の髪をかき回した。





気がつけばはるか彼方から舞い降りた白い雪は雨に変わることはなく、ますます降り注いでいった。
そして、気づかぬうちに一面をうっすらとパウダーが覆う。
その白さは、周りの土だけではなく、俺の心にあった黒い雨を、白く塗り替えてくれる。
例え神様に祝福されない恋であっても、隣には俺を祝福してくれる彼がいる。
それだけで俺は充分だ・・・そんな照れくさいイブ、そしてイブが終わりを告げるそんな時間、俺は軽く兄に腕を絡めた。



”My Heart Is Burning !”



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