FINAL
決して自分の気持ちを口にしない光輝兄。抱きしめてから沈黙する。
でも、全身から彼の真心が溢れている。だから、俺の言葉に対する返事を音で聞こうとは思わなかった。俺の身体で受け止めたかった。
気がつけば双眸から涙が溢れていた。恥ずかしいけれどそれは次々と、耐えることなく流れ出し、止めることが出来なかった。
だけど、そのつもりもなかった。不思議と苦しいものが涙と一緒に流れてくれるような気にすらなっている。
今なら光輝兄を心から信じられるから。こんな情けない俺でも受け止めてくれることが解るから・・・自分の気持ちに正直でいたかった。
「全く・・・本当に甲斐性のない兄だな、俺は・・・」
俺の涙を見て自嘲する光輝兄。光輝兄は本当に優しい人だから、今までのことに責任を感じているのかもしれない。
だけど、そんなことは思わなくてもいい。俺はやわらかく否定する。
「ううん・・・光輝兄は何も悪くはないよ。これは、嬉しいから泣いてるだけ。それより、泣き虫な弟でごめんなさい」
軽く謝る俺。光輝兄には泣き顔ばかり見られているような気がする。俺はそんなに泣き虫ではないはずなんだけど・・・。
「お前が謝る必要はないんだ。泣きたいときは泣いていい。無理する必要はない。
だけど・・・瞬が泣かなくてもいいよう、努力するから、俺が側にいてやるから・・・お前も俺のそばにいてくれるよな?」
『うん』返事はそれだけしかなかった。でも、光輝兄は俺の気持ちをしっかり受け止めてくれている気がするから、続ける必要はなかった。
俺がするべきことは、光輝兄に身と心を預けていることだった・・・。
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「あー・・・そういえば、ホテル予約しているんだけど、どうするか?」
まったりと俺を抱きしめてからしばらくの後、ふと思い出したように口に出す光輝兄。その意味がわからない俺ではない。想像し、一気に沸騰する。
「え?え?」
「せっかくのお前の誕生日なんだ。たまには贅沢をしても罰は当たらないだろう?」
光輝兄の言いたいことはわかっている。ただ高級ホテルに泊まりたいからではない。つまり・・・そういう意味だ。
俺は考える。臆病な俺が前に進めないから、光輝兄が手を差し伸べてくれているのだ。
「ありがと、光輝兄。でも・・・悪いけど、もう少し待って」
しばらく考えたところ・・・結局返事はこうなってしまう。光輝兄の気持ちは本当に嬉しい。
でも・・・もうちょっとだけ時間がほしいんだ。
好きになったのは俺のほうだけど、光輝兄が俺を愛してくれているのは分かっているけれど、不安がないわけではない。
この線を越えるのが、少し怖い・・・恋人同士になって、そう思うようになった。
片想いのときは絶対境界が崩れることはないと思っていたから問題はなかったけれど、今はそうではない。いつでもそれは溶けてなくなるだろう。
だから、もうすこしだけこの位置にいたかった。もうちょっとだけ『弟』としても甘えていたかった。
「そうか・・・解ったよ。俺も急ぐつもりはない。お前が追いかけてくれた分、今度は俺が追いかけるよ」
どう考えても俺の我侭だけど・・・光輝兄もこの気持ちは受け取ってくれたようだ。苦笑はするけれど、納得してくれた。
「光輝兄、ありがと・・・」
「でも・・・このくらいはいいよな」
照れ笑いを浮かべながらぎゅっと光輝兄は抱きしめる力を強くし、おまけに俺の額に・・・。
嫌であるはずがなかった。嬉しすぎて困った。ここは、俺が世界で一番安心できる場所。でも・・・
「ちょっと・・・やばいんだけど」
好きな人の腕の中にいるわけだから。おまけにキスなんかされるから。全身が一つの心臓になってしまったかのように、どきどきする。
「やばいって・・・あぁ、そうか」
光輝兄はわかってくれた。それなら少し力を緩めてくれる・・・そう思ったのは、俺の甘さだった。
「それなら早くどうにかしないといけないな」
「光輝兄!」
付き合うようになって変わったことがある。最近光輝兄は、ちょっと意地悪だ。俺が困ることを言って、楽しんでいる部分がある。
「本当に・・・早くどうにかしたいな・・・」
だけど、光輝兄が遠い眼をしながらつぶやくのを聞いて、それがただの冗談なんかではないことを知る。
光輝兄は相当我慢している・・・この状況はきついけど、嬉しいのも確かだ。
それだけ光輝兄が俺を必要としてくれるから・・・だから俺もいい加減覚悟を決めないといけない。
「でも、急ぐことはないよ」
あせり掛けた俺に『今も楽しいから』そう言ってくれる光輝兄。だけど、それはそれで寂しいと思うのは、贅沢な悩みだろうか。
「俺だって一応男だから、お預けは辛くもあるんだけどな」
苦笑いする光輝兄。そんな彼の首に腕を回した俺だった。
“The-faint-love-to-you...”
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