08

弥生が『独りだと不安』だと言い、俺に力を貸してほしいという。
その言葉は嬉しいが、俺はお前にひどいことをしたんだぞ?
腕の中で気の利いた言葉を返せない俺だったが、勝手に彼は疑問に答えてくれる。




「こういう言い方は卑怯なのかな?君じゃないとダメなのかもしれない。
河合くんの言うとおり、僕の傷は君がつけた。
だから、この傷は君にしか・・・他の人にはどうすることも出来ないんだよ」


その腕はとても暖かい。俺の凍りきった心が少しずつ融けていくのを感じる。それと同時に、首筋にぽたぽたと滴り落ちるものを感じる。


「泣いて・・・いるのか・・・」


「どうしてだろうね・・・」


別に泣きじゃくっているわけではない。ただひたすら涙を流しているような感じだった・・・顔は見えなくてもそのくらいは分かった。
弥生に泣かれ、俺の胸が締め付けられる。抱き返すにも、俺は今弥生の腕の中。
そんな顔はさせたくなかったのに、二度と泣かせないと決めたのに、また俺のせいで・・・。


「お、お前、弥生ちゃんを泣かしたな!」

別の方向から聞こえた声に、俺は一気に硬直する。なんだか分からんタイミングで如月の奴が戻ってきたのだ。

「アレほど泣かすなと言ったのに・・・」

「それは・・・えっと・・・あの・・・」

「・・・如月くん、ちょっと・・・」





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「なるほどな。河合の奴が弥生ちゃんを強姦したことがある、と」

俺たちが二人でいることをかなり心配して戻ってきたらしい。野生の勘だそうだ。
噂になられても困るので、俺たちはおとなしく白状した。如月は想像に反しておとなしく聞いていた。


「・・・悪かったな。知り合いだったんだな。俺が無神経だったよ。言ってくれれば・・・って言えるわけないな」

「そういうことだ。そんな話を聞いたついでに頼まれてくれないか?」

「頼みごと?珍しいな」

「このことは・・・」

「阿呆。口外なんかするか」

普段人に頼らない俺からのお願いで、事の重要性を察知したらしい。これに関しては信用することにした。
如月の奴は誠意には応える、そういう男だ。しかし、釘をさすのだけは忘れなかった。




「弥生ちゃん、もし襲われたら遠慮なく逃げてこいよ?」





「如月くんっていい人だね」

まだ彼の全てを知っているわけではないのだが、先ほどの一件でそのような評価になったらしい。

「いい人?あいつ心のうちで絶対弱みを握ったって喜んでやがる」

如月はそんなに単純な人間ではない。裏で何か考えていてもおかしくはないだろう。そうでないと、俺たちの関係を簡単に理解できるはずがない。
更に「口外しない≠いい人」だということを強調すると、納得してくれた。


「それは困るね。二人っきりでいられる時間が少なくなる」

「ちったは警戒しろよ・・・」

俺の苦悩を知らずにそんなことを言う。懐いてくれるのは嬉しいが、素直に喜べないのも否定できない。





「警戒・・・してほしいの?」





ぞっとするほど色っぽい顔で聞いてくる。本人は無意識なんだろうけど、こんな顔も出来るんだな・・・なんて納得している場合ではなかった。
そんなことを言うなんて・・・彼の怒りはまだ解けていなかったらしい・・・。
久々の親友だった男との再会、これは俺にとって幸か不幸か・・・それは神にすら解らないのであった。



END



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