第38夜(最終話)

仁科が不安を感じているのは、真鍋と付き合うことそのものではないように見える。
現に、仁科は真鍋の気持ちを否定しているわけではない。彼が恐れているのは、そのあとに待っているであろうもの。



「もし、俺が真鍋さんのことを好きになれなかったら、真鍋さんが俺のそばにいる意味なんかないじゃないですか。俺と付き合って何の得があるんですか!?」


真鍋が仁科に幻滅して離れることを恐れているということだろう。付き合わなければ失うこともない・・・そう思っているのだろうか。

「思うんだが・・・人付き合いに損得は必要なのか?俺としては損得で済む相手に告白するつもりはないが・・・まぁ、そうだな、好きな奴と一緒に居られるなら得することだらけだから、その辺は気にしなくていい」

大切なのは、この次。

「言っておくが、俺はそんな『ちょっと』だけのお付き合いを望むつもりはないぞ。できれば末長いお付き合いをお願いしたものだ。
だから、お前が今俺のことをどう思っているかは、俺にとってはあまり重要ではない。大切なのは、これからのことだろう?」


これから仁科が真鍋のことを好きになれば、全く問題はない。仁科が懸念していることも、その時になったら考えればよい。そして、余計なことだとは思うが、一言加えておいた。

「それに、もしここで『はいそうですか』と引き下がったらさぼったのが無駄になるからな」

「あ・・・そういえば、真鍋さん・・・仕事は・・・」

「だから、今日はさぼったんだ。どうせ向こうにいてもお前のことで仕事まで手が回らないだろうからな。
と、いうことで、俺はこのまま手ぶらで帰るわけにもいかない。仁科には俺をさぼらせた責任を取ってもらわないといけないんだ」


あまり偉そうに言っていいことでもないが、仁科には仁科なりに感じるものがあったらしい。理不尽な言葉対して嫌がる様子は見せなかった。

「その・・・ありがとうございます」

「なんだ?」

「俺、真鍋さんに気を遣わせてばっかりですよね」

「別にお前に気を遣った覚えはないが・・・」

今日仕事をさぼったのも、仁科に会いたいからという真鍋の都合だ。

「あーあ、そこまでされちゃうとな・・・。本当に俺なんかでいいんですか?」

「当然だ。俺は仁科と付き合いたいから告白してるんだ」

全く嘘偽りのない真鍋の言葉。仁科も真摯にそれを受け止めていた。

「わかりました。俺でよければ・・・その・・・オトモダチからで・・・」

真鍋の告白に対する返事。振り出しに戻ったような気がするのは気のせいだろうか・・・真鍋は少しだけ溜息をつく。
そのセリフを言われたのは二回目だ。


「あ、勘違いしないでくださいよ。『から』がつくんですから」

真鍋の心中を察したのだろうか。慌てて仁科が弁解した。つまり、その先もあると思っていいということだ。



「というか・・・本当は俺がお願いする立場なんですよね。こんな俺だけど・・・俺なんかでよければ付き合ってください」



仁科の口からOKのサインが出たのは喜ばしいことだが、まだ引っ掛かることがある。

「・・・仁科、いい加減俺『なんか』というのはよしたらどうだ?」

「すいません」

「あぁ、怒ってるわけじゃないぞ。仁科はもっと自分に自信を持ってもいいと思う。そうすれば・・・」

仁科と知り合ってからずっと気になっていたことだが、彼は自分のことを卑下しすぎだ。
『自分が思っている以上に周りは好意的に見ている』と言いかけたところで、やめた。それはそれでどうも不愉快だ。


「どうしたんですか?」

「いや、自分に自信を持ちすぎて捨てられるのもなんか癪だ」

もともと仁科は魅力的な少年だ。一途に佑のことを想い続けて周りを見ていなかっただけで、ちょっと周りに興味を示せば、今まで見えなかったものが見えてくるはずだ。
だが・・・やっぱりそれは気に食わない。仁科には自分のことだけ見てほしい。それが子供染みた嫉妬だということは本人も理解しているが・・・。


「捨てる?俺が?真鍋さんを・・・?そんなことあるわけないじゃないですか!」

「だが・・・お前を放っておく奴はいないだろう。そうなると、俺みたいなおっさんより、若いこの方が・・・」

「だから、そんなことないですから!た、確かに今失恋中ですけど、そんな誰にでもホイホイついてくほど俺、そんなに軽い男じゃないですって」

暗に『真鍋だからこそ受け入れた』と言ってくれているような気がした。仁科もそれなりに真鍋のことを大切に思ってくれているようだから、無理にここで決断をさせずに、気長に進んでいこうではないか。そうすれば築くべきものも見えてくるだろう。



(冗談抜きに長くなりそうだ・・・)



スタートしたばかりでまだまだ先は長いが、決して先は暗いものではないことは真鍋も解っている。
今は仁科も佑への想いと真鍋に対する気持ちに挟まれているところだろうが、そんな仁科を丸ごと愛してやれるくらいの度量は持っているつもりだ。


(ったく・・・俺をここまで変えた責任は重いぞ)

恋をすると人は変わるというが・・・自分もその対象に入るとは。苦笑しながら仁科の髪をかきまわしてやる。

「ま、真鍋さん・・・!」

「今はまだ『お友達から』で我慢してやるが・・・覚悟しておくことだな」

「・・・何だかんだいって、俺の答えに不満なんですね」

「いや、不満ではないぞ。いろいろと楽しみがあっていいじゃないか」

過去は決して変えることはできない。仁科が佑のことを好きになって傷ついたことを消し去ることはできない。
それでも、少しでも仁科が『これから』のことを考えて、『楽しい』と思ってくれるようになれば・・・それが真鍋にとっても幸せなこととなるだろう。
色恋について関心なかった自分が偉そうに説教するほどのものを持っているわけではないことは分かっているが、その辺に関しては仁科と一緒に知っていけばよいことである。


「真鍋さん」

「どうした?」




「俺を好きになってくれてありがとう」




真鍋の気持ちが通じたのかどうか・・・不意を突く仁科の一撃。




「どういたしまして」




澄ました顔をしつつも照れ隠しに再度仁科の髪をかきまわした真鍋だった。



終わり


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