犯罪の影に温泉アリ



「おーい、水谷・・・今度のデートはどこにするかい?」

クラスメートがいる中でそのような話をする男に、俺の頭痛が一割り増しする。
そんな男、緋村皐月を恋人に持つ俺は、水谷樹。両方とも男だと言う指摘がありそうだが、そんなことは気にしても仕方ない。
俺たちが付き合うきっかけというのが『ノリ』というやつで、それに比べれば男同士など些細なものなのだ・・・。

「そういう話はもっと人のいないところでしてくれませんかねぇ」

一応恋人として付き合っているが、俺たちにはそれ以前からホモ疑惑が流れていた。
理由はかんたん。俺たちが必要以上にべたべたしまくっているからに他ならない。
そんな話すらも平気でしてしまうので、皆さんそう思ってしまうのも仕方のないというもの。
もっとも・・・今は『疑惑』ではないんだけどな。


「なるほど、一理ある。こういう話は人のいないところでこっそりと恥じらいを持ちながら・・・それで、上手くいけば青・・・」

「恥じらいは日本の誇るべき文化なのだよ。で、夢を壊すようで悪いんだがな・・・アオカンはあまり楽しいようなものではないらしいぞ?」

緋村にはガタイの癖に乙女だと言われるが、そんなことは関係ない。いつ虫に刺されるかわからない外でやるよりも、しっかりとだな・・・。

「言うと思った。水谷はホテルでまったり派だろ?」

「いかにも。だけど、温泉旅館でも可」

都会のシティーホテルもいい。高級ホテルで無駄に金を使い一夜を過ごすのもいい。
だが、温泉旅館もなかなか風情があってよい。
時の流れという財産は最近できたホテルになんぞ真似できるはずがない。今度緋村とのんびり行きたいものだ。

18禁になるかどうかは別として。


「温泉・・・いいよな。誰もいない温泉で・・・むふ・・・むふふ・・・誰か死ぬな」

「そうそう、朝風呂に入ったらきれいなネーチャンが浮かんでるんだよな。

何でか温泉では人がよく死ぬ。『犯罪の影に温泉あり』と言うくらいだ(いや、言わないか?)。
温泉には癒し効果だけでなく、殺人者を引き寄せる何かがあるのだろうか。
ともあれ、死ぬのは美人にしてほしい。中年のどざえもんが浮いていたときには・・・チャンネルを即回す俺。


「そーそー。だけど、浮かんでるネーチャンはそんなにきれいじゃないぞ?」

「おいおい、夢を壊さないでくれ・・・」

現実がそんなに甘くないことは解っている。ぶよぶよで、気味が悪い・・・ってか、見たら吐くだろう。だから、せめてテレビでは夢を・・・見せてくれてもいいんだけどな。
この緋村って男は、妙に現実的だ。まぁ、そんな彼も好きなんだけど・・・な。


「そこが面白いんだろう、水谷くん。ちなみに、実際に見つけたら警察署行きだからな」

「犯人は現場に戻るってやつか。温泉には要注意だな。しかも、女湯入ったらつかまる・・・って、そっちで捕まるのか!男二人、愛の逃避行・・・しゃれにならんぞ」

「確かに視聴率は稼げませんな」

犯罪を目撃、警察に疑われ、逃走する男二人・・・設定的にはあまりムラムラとはこないな・・・って、視聴率を稼いでも仕方ないと思うが。そんなことをしても、俺たちにマネーが入るわけではないのだから・・・。

「それ以前に、恋人同士でする会話でないことも確かだわな」

恋人同士でどざえもんの話をする奴がどこにいるのだろうか・・・って、ここにいた。俺たちに常識を当てはめても仕方のないことだった。





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何故死人に悪人が多いか・・・そんな疑問があるのだが、それは教育上の問題だろう。そう易々と善人が殺されても、お子様には見せられませんからね。
というか、美女の水死体というのもあまり健康上見せてはいけないと思うんだけど・・・某年齢不詳のくのいちの入浴シーンと一緒で、それをとめてしまったら世の中の楽しみが減る。
これはグロくなければいいのだ。

もうひとつ、水谷の裸体も見せてはいけませんな。それを見ていいのは、この俺緋村だけなのだ。
今までいろいろな男の裸を見てきたけど(なんかいやらしい表現)、彼のは絶品だ。もともと身長は高いものの、がりがりしている訳ではない。
しっかりと筋肉がついているものの、がっちりというわけではなく・・・おいしそうだ。


「おいおい・・・よだれ、拭け」

水谷の突っ込みで我に返る俺。つい彼の裸体を妄想してしまった。湯けむりで程よく隠れる彼の肢体は・・・。

「・・・さらに出してどうする」

「おっと、悪い悪い」

「・・・お前、ナニを妄想した?」

「何って・・・お前の身体」

いぶかしげに聞く水谷に、はっきりと答えてやる俺。これに彼が頭を抱えることはわかっているが、そんな彼を見るのが面白い。
俺が水谷を妄想するのなら、彼は恋愛に幻想を抱いている。要は、ベタベタな恋愛をしたいのだ。普通でない始まりをした俺たちなのに、今更だと思うのだが、そんな水谷も水谷であるため、愛しいと言えば愛しい。


「湯けむりに浮かぶ、水谷の幻惑的な肢体・・・すばらしいと思わないか?」

「つまりお前は俺を妄想しておかずにしてたってわけか」

想像通り頭を抱えてくれた。

「恋人をおかずにしてナニが悪いんですか、先生?」

少なくとも美女の水死体でナニするよりは健康的だろう?

「そうじゃなくてな・・・なんというか・・・」

出た。水谷恋愛講座。彼奴は俺と同じく相当もてる。女に不足することなど、あるわけがない。
その手に関してはかなりの熟練者なのだが、やっぱりこいつ、乙女が入ってる。
段取り大好き人間なのだ。そう少し順序をわきまえて言え・・・とでも言いたいのだろう。


「どうすればいいのですか、先生?」

「うぐっ・・・」

「教えてください」

「ごめんなさい、俺が悪いんです」

水谷、敗北。この俺を止めようなど、100年早いのだ!

「解ればよろしい。恋人をおかずにするのは、立派な行為だ!お前だって、この俺様でナニしてるんだろう?」

水谷も、そのくらいはわかっているはずなのだ。ごねているのは、ただのポーズ。人間開き直りが肝心なのに。

「・・・ばれたか。温泉ということで・・・湯けむりを想像しちゃったんだよな。湯浴みをする緋村って結構セクシー・・・あんなことやこんなことをしたくなる俺って変態」

「おぉ、嬉しいことを言ってくれるねぇ。つまり俺はお前の妄想であんなことやこんなことをされていたわけだ。まぁ、心配しなさんな。男は誰でも変態ですよ」

「だよなぁ。恋人相手に欲情しないほうがおかしい」

「それなら、露天えっちもオツだと思わないか?」

「悪くはないが・・・浴衣もそそるだろう?」

「さすがです、センセエ!」

二人きりの布団で、もつれ合う身体、はだけた浴衣の間から健康的な肢体がちらつく・・・むふふ、いい、いいぞ、これは。

「おいおい・・・よだれ」

「そういうお前こそ・・・」

「いけないいけない。しかし・・・本当に温泉行きたくなったなぁ」

「お風呂場で欲情ですか・・・水谷くんってスケベ」

「使い古しのネタはよくないと思うが・・・とうとう、することになるのか、俺たち」

思考は不健全だが、肉体は健全な関係が続いている俺たち。とうとう越えてはいけない一線を越えてしまうのか!

「そればかりはそのときにならんとわからんよなぁ」

「同感。未来の性欲を今日作れるかってんだ」

俺たちは恋人同士・・・のはずだけど、こういう身も蓋もないところでは結構気が合うものである。しかし、それもまた当然だろう。
えっちとは、やらなければならないものではない、やりたいときにすべきものなのだ!


「だけど何か・・・倦怠期迎えた夫婦みたいだな、俺たち」

そんな結論に苦笑する俺。

「それを解消するために温泉行くんでしょうが」

『目的を達成できるかどうかは別だけど』と加える水谷。ぶっちゃけ、俺も水谷も無理して交わろうなどとは思っていない。
そんなことは俺たちにとって重要ではない。本当に重要なのは・・・




「楽しめればいいんですよ」



「それが目的になる・・・ってことだな」

色気のない結論に大爆笑する俺たち。俺たちにとって重要なのは、どうやって温泉デートで楽しむか・・・互いの頭の中は、危ない妄想で一杯だったことはいうまでもないことだった。



おわり