WHITE KISS
瀬古岬は、目の前の塊を前に悪戦苦闘していた。
(何でこんなもんを・・・)
季節柄、恋人にチョコを渡すというお菓子メーカー発祥のイベントに乗っかってはみたものの、別に買って渡せばいいのでは?と我に返ることになる。だが・・・
(俺って結構健気かも)
結局恥ずかしい思いをしてチョコの塊を買って手作りに挑戦するのは、柚月の喜ぶ顔が見たいだけなのだ・・・それを確認し、彼はチョコ作りに没頭した。
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九条柚月と付き合うようになってから二回目のバレンタインデイ、緊張しながら岬は恋人を待つ。
(早く来ないかな・・・)
いつも以上に彼が来るのが待ち遠しい。それなら柚月の家に押しかければよかったのかもしれないが、彼の都合で待ち合わせ場所が駅になってしまったのだ。
待ち合わせ自体は嫌いではない。直接家に行くのとは違って、何か特別だ。
だが・・・柚月が来ない。それが気がかりだった。
(時間、間違えたかな)
何度も腕時計を見るが、時間は間違っていない。基本的に柚月は時間に正確である。
「そうやって躾けられた」と笑って話していたことがあるが、躾だけでどうこう出来る話でもない。もともと性格的なものもあるだろう。
だから、待ち合わせ時間に遅れるなんて・・・ありえない・・・そう思っていたところに。
「もしもし・・・はい、あぁ・・・先輩ですか」
『岬、本当にすまないが・・・』
理由があって今日会えないのだろう。落胆しそうになるのを必死に堪えて無理やり笑顔を作る。
「わかりました。忙しいんですよね。じゃ、また今度で・・・」
「よくないだろ!」
言い終える前にツッコミが入る。だが、それは携帯と別の場所で聞こえた。
「・・・柚月先輩?」
振り返り、驚きのあまり固まる岬。彼の後ろには携帯を手にした柚月が立っていた。しかも、寒い日なのに汗かいていて、急いでいたのがよく分かる。
「何でお前は・・・いや、その・・・遅れて悪かった」
どうやら電話しながらここに来たらしい。その意味はあるのか?とは言わないでおく。遅刻した柚月を責めるつもりは全くなかった。
どんなに遅れても来てくれたのだから、それでよかった。
「だが・・・今日会わなくてもいいです・・・なんて言われたら、急いできた俺の立場がないだろう」
そんな柚月は全身で息をしていて、一気に愛しさが湧き上がってくる。
「ごめんなさい。また今度なんて嘘です。もし今日来なかったら・・・絞め殺してやろうかと思いました」
物騒な言葉だが、それとは裏腹に表情は愛情で満ち溢れている。
「危なかった。死んだらお前を抱けなくなる」
そういう方面に話を持っていく彼に、一気に脱力する。
「結局そこですか。まぁ、いいでしょう。先輩、今日って何の日か知ってます?」
『あぁ・・・』柚月は沈黙した。その様子からはただ単に忘れているのか、知っているのに黙っているのかまでは読み取れない。
「はい、これ」
答えを待たずに包みを渡す。聞かなくても答えは分かったようだ。
「あぁ・・・そういえば・・・そう・・・だったな・・・」
柚月の喜ぶ顔を見たかったのに、肝心の受け取った相手はどんよりと暗い顔をする。何か地雷でも踏んだか?だが、その心当たりがなかった。
「先輩、どうかしましたか?」
「いや・・・すっかりバレンタインだということを忘れてて」
岬へのチョコを忘れていたということだ。別にそれで機嫌を悪くするわけでもないのに、それだけで暗くなってしまう柚月がとっても愛しい。
「そうなんだ・・・先輩のチョコ、楽しみにしてたんだけど・・・」
だが、そんな気持ちは教えてやらない。柚月にとっては忘れてしまう一日でも、岬にとってはとても大切な日なのだ。
だから多少柚月をいじめても問題はないだろう。彼をいじめるのは岬の特権だ。それを思う存分行使させてもらうことにする。
「あ、いや・・・その・・・悪かった・・・」
とはいえ、心の底から申し訳なさそうにする柚月が可哀想で。ほどほどのところで手を打っておく。
「まぁ・・・仕方ないですね。だったら他のものもらうんでいいです」
「他?」
「先輩の、これ」
柚月の股間にそっと手を添える。チョコもいいけれど、恋人自身が一番のプレゼントだ・・・それを言ったら柚月は小躍りしそうだが、恥ずかしいからあえて言わない。
最初は驚きを見せていた柚月もその意図には気づいたようだ。やわらかい笑みを見せる。
自分だけに見せてくれるこの甘い笑顔が好きだった。
「こんなのでよければ、いくらでもくれてやるぞ」
「じゃ、今がいいです」
持ち帰るのか持ち帰られるのかは分からないが、とにかく柚月と一緒にいたい。
会える時間が減った分、限られた時間を大切にするのだ。
そして・・・たまには自分から迫ってみよう。彼は驚くだろうか?それとも調子に乗るだろうか?だが、そんなことはどっちでもいい。
どんな柚月だって岬は愛してるのだから。
(大好き)
心の中でそっとつぶやき、恋人の頬に軽くキスを落とす。肝心の恋人もこういうときは恥ずかしがらずにちゃんと応えてくれる。
上からなにやら舞い降りていたが、そんなことは全くお構いなしな二人だった。
一日遅れではありますが、バレンタインプレゼントです。
去年のバレンタインネタはそのまま続いてしまったので、VDの短編はかなり久々です。
今回の話は、本編のかなり後の話です。オチのない。ただ甘い話です。似るなり焼くなり好きにしてやってください。
まだまだ寒い日は続きますので、その辺は充分にお気をつけて。
秋山氏(2008/02/15)