Thorn-in-the-Heart

あれから刺さった棘が抜けない・・・。



俺には高校生の弟がいる。瞬という名前の彼と、今アパートで同居している。
きっかけは些細なことだった。大学生だから・・・と一人暮らしを選んだ俺だが、ずっと親元にいると慣れないもので、不便があると弟を頼ることになる。最初はそれだけだったのだが、気がつけば瞬の荷物が増えてきて・・・本当に些細な理由だった。
そんな同居によって、瞬の色々な面が見えてきた。よく気が回るところもそうだし・・・我侭放題に見えて、一歩退いているところなんかがそうだ。俺と同居していることに負い目でも感じているのだろうか?その方がいいと頼んだのは俺のほうなのに・・・。

ある雨が降り続く日・・・そうだ、俺がバイトから帰った日だ。瞬の部屋が、少し汚かった。いつもは綺麗に掃除している彼も、何か大変なことや、辛いことがあると、そこまで手入れが行き届かなくなる。
余計なお世話かと思ったけれど、日に日に悪化していくのに胸の痛みを覚え、俺は声をかけることにした。

「何か嫌なことでもあったか?」

何となく今回は様子が違った。

「ううん・・・何でもない!」

慌てて否定する瞬。慌てるなんて・・・何でもないわけがないじゃないか。だけど・・・そればかりは仕方がない。本人が言いたくないのを答えさせるわけにはいかない。
心を開いて答えるのを待とう・・・そう思ったのだけれど、泣き腫らしたような目を見て、悠長に構えている場合ではないことに気づく。同居するようになってから、そんなことは今までなかった。いつも瞬は明るくて、そんな元気さに励まされてきて・・・だから、俺が出来ることならしてやりたいんだ。

「何でもないわけはないだろう?」

そんな顔をしているのに。頭に何かをぶつけたような跡があるのに。もっと俺が頼れる兄だったら良かったのかもしれないもっと瞬を見ていてやればよかったのかもしれない。。それなら瞬も独りで抱え込まずに相談してくれるのに・・・俺の中で小さな棘が刺さる。
心配で心配で仕方がなかった。ここまで弟のことが心配でならなかったことは、未だない。本当にたちの悪いブラコンだ。以前友達に言われたことがある。弟離れをしないと、彼女が出来たときに鬱陶しがられる・・・あぁ、そうか。



「失恋でも・・・したのか・・・?」



そこまで泣きはらしたといえば、他に原因が思いつかなかった。だが、それはそれで納得できない。
何故、振られる?瞬ほどの器量の持ち主なら、相手など腐るほど作れるだろう。気は利くし、優しいし、俺が見ても魅力的だと思う。
他に何か・・・と思いかけたが、図星だった・・・というか、俺は気づかぬ振りをしていたほうが良かったのかもしれない。
瞬は笑っていた。哀しそうに・・・引きつりながら笑っていた。おそらく、俺に心配をかけたくない、その一心で笑顔を作っているのだろう。

「そうか・・・」

俺にはそれだけしかいえなかった。彼の傷を暴くのは酷過ぎる気がしたし、この分だと・・・聞いても答えてくれない、漠然とであるけれど、解ってしまった。
俺との間に壁があるのだ。全身で触れるなと言っているのだ。

「だが・・・きっといい子が現れるよ」

それだけ真剣に恋をしてきたのだ。報われたっていいだろう。瞬の深い傷を癒す人が・・・そう思ったけれど、そんな俺の一言に彼はますます泣きそうになった。

「・・・どうした・・・俺、何か悪いことしたか・・・?」

俺の何かが瞬を傷つけてしまったのだ。無神経な俺の言葉で、瞬は辛い想いをしているのだ。
お前が泣くくらいなら、悪いなら悪いと言ってくれたほうが・・・。

「光輝兄は・・・悪くはない・・・」

でも、それは言わないのだろう。全て自分に閉じ込めて。

「俺が・・・俺が悪いんだ・・・」

自分を責める瞬。その言葉は俺に深々と突き刺さった。俺では何もしてやれないから。瞬の傷を癒してやれないことを責められているようで。
すぐそこにいるはずなのに、兄弟はどうしてこんなにも遠いんだろうか?ここまで何も出来ない自分がもどかしいと思ったことはない。

「そうか・・・辛かったらいつでも言えよ」

その言葉が何の意味を表さないことは、俺が一番よく知っている。瞬は、今が辛いのだから。一番手を差し伸べてほしい時期なのだろうから。それを俺はこんな言葉で誤魔化そうとしている。



「俺はお前の兄なんだから」


当たり前のように言った言葉、それが、何故か小さな棘となって俺と瞬を突き刺したような気がした・・・。




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その日は雨だった。じめじめとしていて、動くのも嫌だった。身も心も最悪で、鉛のように重かった。
理由は天気だけではない。自分の気持ちに気づいてしまったから・・・。

俺、鷺沼瞬には、光輝という兄がいる。些細なことがきっかけで、二人同居している。
一緒に暮らして兄という人間が少しだけわかった。彼は非常にモテる。周りには人が絶えない。本人はそれをウザイと言っているけれど、まんざらでないことは知っている。
優しくて、かっこよくて自慢の兄だった。でも今はそこが一番嫌だった。そんな兄のせいで俺は・・・俺は・・・

実の兄に恋をしてしまったのだから・・・。

知られるわけにはいかなかった。この気持ちが明らかになれば絶対彼は軽蔑するから、ずっと封印しなければならない・・・その一心で隠してきた。
でもある日、そんな俺を見かねて声をかけてきた。

「何か嫌なことでもあったのか?」

いつもだったら素直に答えるけれど、今回ばかりはそういうことも出来ない。

「ううん・・・何でもない」

干渉してほしくなかった。普通の悩みならまだしも、これは男同士という決して存在してはならないものだから。
お願いだからそっとしておいてよ。世話を焼かないでよ。そんなことをされると俺はどんどん光輝兄に傾いてしまう。
今でも自分の気持ちに押しつぶされそうなのに、これ以上は・・・辛いよ・・・。

「何でもないわけはないだろう?」

それなのに、この兄は俺の心配をする。何も知らないからこそ、俺にかまおうとする。
それは彼の優しさだ。小さいころからそうだった。俺が何か躓くと光輝兄は必ず手を差し伸べてくれる。絶対置いていくような真似をしなかった。今まではそれが嬉しかったけれど、今はそれが辛い。どうせなら突き放してくれればよかった。そっとしておいてほしかった。
昔から俺は極度のブラコンだった。端から見ると異常らしく、友達には兄離れをしろと何度も言われている。そうしないと兄彼女が出来たときに鬱陶しがられるから・・・ここで俺の胸の痛みが増す。光輝兄は当たり前のように女の子を好きになって、付き合っていくんだ・・・。



「失恋でも・・・したのか・・・?」



恐る恐る聞かれる。どうして光輝兄は気づかぬ振りをしてくれないのだろうか?
これが赤の他人に恋していたのならまだいいけれど、俺が恋したのは実の兄だ。認めることなんか、出来ないじゃないか。
気づかぬ振りをしてほしかった。この話には触れてほしくなかった。終わりにしてほしかった。それなのに兄は気づいてしまった。誰かは知らないようだけれど、『俺が恋している』ことに気づいてしまった。
だから俺は笑顔を作った。自分の口が引きつっているのは知っていたけれど、笑っておかないと光輝兄はまた心配をするから・・・『触れるな』という想いを込めて・・・。


「そうか・・・」

光輝兄はそれしか言わなかった。俺が溝を作ってしまったのだ。
彼の諦めに似た呟きに、胸が痛まないわけではない。だけど、それでいい。この汚れた気持ちを知られるよりは、はるかにいい。

「だが・・・きっといい子が現れるよ」

別にいい子なんか現れなくてもいい。光輝兄が俺を見てくれればいい。他の誰が相手でもこの棘が抜けることなんてないのに。
純粋に心配する光輝兄の言葉で、傷つく俺がいる。誰もいなかったら・・・泣いてしまいたい。だけど今は泣きたいのに泣けない。

「・・・どうした・・・俺、何か悪いことしたか・・・?」

「光輝兄は・・・悪くはない・・・」

そうだ。光輝兄は悪くはないんだ。

「俺が・・・俺が悪いんだ・・・」

俺が男を好きになったばかりに光輝兄に迷惑をかけている。途端、光輝兄は苦しそうな顔をする。俺が彼を頼らないから。
光輝兄は優しいから、自分で俺を癒そうと思っている。それは純粋な善意なんだろう。でも、光輝兄、知ってる?そんな優しさが俺を縛ってるんだよ?光輝兄が優しくすればするほど、俺は貴方に引き寄せられてしまうんだ。
全く違う存在なのに、何で兄弟はここまでも近いんだろうか?これが赤の他人であれば、離れればすむのに、そんなに辛くても光輝兄の側を離れることが出来ないと知っている自分自身がもどかしい。

「そうか・・・辛かったらいつでも言えよ」

その言葉が何の意味を表さないことは、俺が一番よく知っている。一番相談したい相手には一番相談してはいけないのだから。



「俺はお前の兄なんだから」



当たり前のように言った言葉、それは棘となって俺を刺し、蝕んでいく。



抜けるときがいつか来るのだろうか?終わりの知れぬ痛みに、そっと俺は胸を押さえた・・・。




当サイト3周年記念に誰を書こうかと思ったのですが・・・結局彼らになってしまいました。鷺沼兄弟過去小説・ちょっとパラレルに近いかな形態です。テーマは「棘」です。
考えてみると、長いものですね。連載開始からすでに一年以上経過・・・。
兄として弟を想う光輝兄、一人の相手として兄に恋する瞬・・・どちらも相手を想っているはずなのですが、ちょっとした違いから、何かが変わっていく・・・またもや切ない系になってしまいましたが、良ければ捧げさせていただきますので、欲しい方がいらっしゃるのなら、もって帰ってやってくださいませ。
この二人の関係はまだまだ続きます。当サイトもまだまだ続きます・・・多分(笑)。これからも応援してやっていただけると嬉しいです。



秋山氏(2006/01/15)



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