ニューロン




 ラインが引けなくなった、それが正しいのだろう。
 妄想ゆめ現実うつつの、過去むかし現在いまの、虚構うそ真実ほんとうの。
 今がいつなのか、ここは何処なのか――そして自分が誰かすら。
 曖昧になる。ぼやけて溶けていくように。時たま意識が浮上すれば、意識するのはずきずきとする額――頭の痛み。酷い偏頭痛。
 いっそ全て記憶を消してしまえればいいのにと。
 何度思ったことか。酷い痛みだ。何故――何故。
 いくつもの記憶を忘れていく。手から零れ落ちていく記憶エピソード。認識が薄れる。


 ――消去、シマスカ。


 何度も何度も繰り返す自問自答。
 繰り返されるのを感じる。自分たちは繰り返しているという錯覚――しかしそれは所詮錯覚だと頭を振った。繰り返しているのは俺の思考だけだ。
 ぐるぐると、忘れられることと忘れてしまうことと忘れられないことと。交錯し。忘却し。浮上してくる記憶に、また頭が痛んだ。


 ――信じられ……戦士――反乱……なんて……!


 記憶。それは妄想ゆめでは無いのだろう。恐らくは。
 忘れようとしても忘れられない記憶。何度も何度も頭の中で再生され、頭を脳を精神を傷つけていく過去。


 ――もう……は、解体するしか……


 やめろ!
 意識が弾ける。ずたずたに身が引き裂かれるようだった。

「俺のッ……」

 俺の弟に何をするんだ!
 貴様ら……触れるな……手を触れるな!

「弟に……触るなッ……」

 痛み。
 問いは繰り返される。ただ繰り返される。ラインを引くことは出来ない。


 ――タダ今ノ 時空間的ナ 文脈ヲ 保存シマスカ


 此れは幻聴か?
 そうでないのなら――


 ――消去シマスカ。


 やめてくれ。
 もう、思い出させないで。
 忘れ――忘れさせてくれ。
「消去、しろ……」
 もういっそ楽になってしまいたい。
「……ッ……」
 息が詰まる。何が――
「記憶を――」
 何がどうなってしまったのだろう。
 ラインを引くことができない。妄想と現実。過去と現在。虚構と真実。ぼやけていく。混ざっていく。曖昧に。滲み、崩れ、そして。
「消してくれ……」
 誰か。




「俺の記憶を消してくれ!」




 叫びが誰に対してのものなのか、自分でも解らなかった――自分が。
 解らなくなってゆく。今がいつなのか、此処は何処なのか――そして自分が誰かすら。
 繰り返される。苦しみと。痛みと。








 ――暗黒物質ダークマターヲ投与シロ!








 別の声。
 繰り返される……呟きか、命令か、それとも――叫びか。
「……っ!」
 身体が痙攣する。舌が乾く。そして――


(俺は兄弟が無事ならそれでいい)


 その声は一体誰のものだったのだ。
 兄弟とは何なのか。理解が出来ないのかも知れない。
 ――弟。兄。仲間――五人の兄弟。
 言葉の羅列に答えは見つからない。


(俺以外が傷つかないのならば)


 たとえ一人で痛みを引き受けたとしても?
 自然と笑みが浮かんだ――此れは、誰の言葉だ。




 ――




 ……痛みが。
 痛みが酷くなっていく。視界がぼやけていく。歪んでいく。
 ――




 狂っていくのか。既に狂っているのか。




 解らないままに言葉と苦痛だけが繰り返される。




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