「僕は罰を受けると思うかい?」
 聞いてきただけだ。この男には『全て解っている』のだから。
 それでもこの男は返答を求める。
 声が聞きたいとか、確認がしたいとか――それが『必要なこと』だからとか、恐らくそんなくだらない理由なのだ。
 肩をすくめて、私は出来るだけ冷たい嘲笑を浮かべた。
「私の知ったこっちゃないですよ。
 例えあんたが私の所為で罪を犯そうと死のうと、私にはこれっぽっちも関係ありません」
「……ありがとう、ルシィン」
 何故礼を言ったのか私には理解することは出来ないが。
 この男を満足がらせた自分に腹が立って、フンと私は鼻を鳴らした。




The World




 ……未来視。
 それはそう呼ばれているが、そんな『生易しい』ものではないことを彼は知っていた。
 未来視という呼び方すら正しくは無い。時視――その呼び方がもっとも適切だ。時を視たもの。あるいは視るもの。
「全てを記憶に収めるというのはどういう気分だい?
 此処に何もかもが詰まっていると考えると――すごく不安になるってことはない?」
 トントンと自分の頭を指先で叩きながら、友人は歌うように言ってくる。
 暗い部屋。友人は床に座り。自分は立っていた。壁も床も天井も白いその部屋は、一つある扉すらも白塗りで――そして『そこ』には、彼と友人しかいなかった。
「――それに耐えられなかった僕は臆病者だと思う?」
「いや、そうは思わないよ。おそらく今のこの状態が異常なのさ。
 それに私だって……果たして自分が本当に正気なのか、解らないからね」
「じゃあ僕の精神が本当に傷ついているのかも解らないね」
「私たち二人揃って、狂っているのかも知れないし」
 冗談のつもりだったのだが、友人は笑わなかった。無表情に、頭に触れていた手を下ろす。
「僕らが本当に怖がったのは……人間の脳に全てを詰め込める程、『時間』は、『世界』はちっぽけなものなのかってことさ。
 そんなに短いはずは無いのに、君は全てを記憶した。
 普段『記憶』と同じように表層に浮かび上がってくるものではないけれど」
「思い出そうとすればそれはすぐに解る。考えようとすると思考するまもなく解る。
 これからあることも過去にあったことも。過去に『あったかも知れない』ことも。
 ――もしかしたら、これは脳にある記憶じゃあないのかもしれないね」
「なら、何処にあるんだい? 『繋がっている』とでも? 時視の意識と」
「あるいは、そうかも知れない」
 時視。時を見続けるもの。時を越えて存在するもの。存在し続けるもの。ゆえに無いもの。
 触れたものに『時』を見せるもの。世界を拒んだもの。――
「なら君は狂ってる。あんなものに触れて正気でいられるわけがないからね」
「――そうかもしれないね」
 言いながら彼は踵を返し、扉に向かって歩き出す。
「……行くの?」
 問いに、彼は一瞬立ち止まり、振り返って笑った。
「あぁ、私が狂っていないことを確かめにね」
「『彼』のことは?」
「必要なモノだからね。君が上手くやるんだろう?」
「まぁ、そうだけれど……」
「そうだ――セリィ」
「何?」
「私が憎いかい?」
「――君が僕以外の人間に殺されるのは我慢がならないとだけ言っとこう」
「そうか」
 友人の言葉に自分が満足したのか否かは解らなかったのだが……否、自分でも解りたくはなかったのだが。
 彼は頷いて、扉に手をかけた。
 と。
「……あぁ、そうだ。
 ノゾミ」
「何だい?」
 かかった声に予想していたように振り返る。友人は指で空に羽のようなものを描き、
「天使によろしく言っておいてくれ」
「……解った」
 今度こそ扉を開ける。
 向こうに広がった世界は閉ざされているのか、それとも拓けているのか。




 灰色の空に青空を夢見た少年と。

 自分の命を殺いでまで復讐を誓った青年と。

 やがて世界を拒むようになる少女と。

 ……言葉を失った少年と。

 そして二人の導き手。

 利用する。全てを利用する――許されることなのか、それは。




 それでもやるしかないと自分に言い聞かせるのは勝手なのだろうか。
 ……自分は狂っているのだろうか。




 問いに答えずに、記憶の中の少年はただ笑う。自分が一番傷つけた少年は。
 ただ笑って――こう言うのだ。知ったことか、と。
 それだけが救いだ。
 それが自分の世界だ。




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