空は高く晴れてちぎれ雲が青い空に適当に泳いでいた。
 アスファルトの地面を軽いステップで踏みしめながら、少年は白い息を吐き出して、後ろを振りかえる。
「寒いねえっ」
「そうですねぇ――」
 少し後ろを歩く男が、鼻の頭を赤くして、気弱そうな笑みを浮かべた。短く切った黒っぽい赤毛、その前髪がわずかに揺れる。
 閑静な住宅街。一戸建てや背の低いアパート、そんなものが長いまっすぐな道路を挟んでいる。
 その間を何をするでもなく歩きながら、少年と男は会話を交わし続ける。
「もう少ししたら、きっとたくさん雪が降るね。
 そしたら、ほら――雪だるまとか作ろうっ」
 息を弾ませ言う少年に、男が少しだけすまなそうな表情になった。
「いえ、ここら辺はあったかいから、雪はそんなに降らないでしょう」
「あったかい?」
 目を見開いて、少年は立ち止まった。後ろを振り返り、瞬きをしながら男を見つめる。
 男は灰色のセーターを着込みクリーム色のマフラーを巻いて、どう見ても「あたたか」そうな服装には見えない。
「だって、寒そうじゃない」
「いえ、他んとこと比べて、っていう話です。
 雪がたくさん降るのは、もっと寒いところでしょ」
「そうかな」
 首を傾げて、少年は周りを見る。
 ちょうどそこは長い道路の曲がり角で、小さな畑が広がっていた。何を作っていたのかは、もう収穫も終えてしまった今では解らない。畑の向こうには、また家々が建ち並んでいた。
 少年は畑に歩み寄り、足を踏み入れるか踏み入れないかのところで立ち止まり、ふ、としゃがみこんだ。
「でも、さ」
 口を開くと、また白い息が漏れる。
「ほら、これ。
 何だっけ。寒い時にさ……」
「え?」
 男が怪訝そうな顔をして、しゃがみこむ少年に歩み寄り、後ろから地面を見下ろした。
「ああ」
 笑みを浮かべ、隣にしゃがんだ。
「霜柱ですね。こうやって見るのは、何年ぶりぐらいだろう……」
「つららとかはできんの?」
「俺は見たこと無いですよ。この辺では」
 男は言って立ち上がった。少年もつられるように立ち上がり、一歩足を踏み出した。
 ぐしゃ。霜柱が踏み潰されて、そんな音を立てる。
「ハハ」
 少年は笑って、男を振り返る。
「何か、変な感じだね」
「そうですか?」
「僕は霜柱も初めて見るんだ。
 君はずっとここ最近『寒い』ばっか言ってたけど、今日はあったかい、って言うし。
 それにここより寒い――つららができるようなところは、本当にどんなところなんだろう」
「俺も、この町から北には、行ったことないですから」
「そうなんだ」
「そうです」
 男が頷くと、少年はにやりと笑い、
「じゃあ、僕とあまり変わりないね」
「そうでしょうか?」
「だからほら、ここだって雪がたくさんたくさん降って、雪だるまだって作れるかも知れない」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
 少年は笑った。
 そうやって、ふと顔を上げる。
「あ。」
 笑い声が、空に吸い込まれる。
「鳥だ」



 高く高く高く冷え冷えて、蒼い空が、白い雲が、夏よりは弱々しく、それでも地面を照らす太陽が。
 それを横切っていく小さな黒い影が。
 やたらに強く目に焼きついた。



ヤマなしオチなしイミなし。何だこれは。



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