誘蛾灯
ばちっ。
少し大きな音がして、視線を移せば、白い光の周りを虫が飛んでいた。
――今のは、虫が死んだ音だろう。
暑い夏の日。
つっと肌を伝う汗をぬぐいながら、その白い光よりももっと明るいコンビニの店内に眼を細める。
彼はわずかに肩をすくめて、ふと思い出していた。
――笑いながら語る友人の顔だ。
(――要するに、飛んで火に入る夏の虫っていうのはよ、『夏の虫』を嘲ってる諺なわけだ。だってそうだろ?
火に入った虫は死ぬしかないからな。
――だけど俺はこう思うわけだ。火に入っていく虫って言うのは、たぶん……)
ばちっ。
思考を遮る、大きな音が鳴った。白い光に近づいていくと、足元に大きな蛾が痙攣して落ちていた。
「……知っていたのか」
我知らず呟きが漏れた。
「……死んでいく蛾は、知っているのか?」
(――たぶん、知っているんだよ。白い光に入れば死ぬってことを。でも入らずにはいられないんだ。
何故かって……入らなければ、自分が生きていることを否定することにもなりかねないからさ)
冗談交じりのその言葉が今になって引っかかるなんて。
(――だってそうだろ? 自分で自分を否定しながら生きていくのと、自分の生き方を貫いて死んでいくのと――どっちが幸せだと思う?)
『それ』は単なる死体に過ぎなかった。
『それ』が生前浮かべていた、皮肉にも見えた自信たっぷりの笑みも。
『それ』が言った全ても嘘のようにその苦しげな顔に否定されて。
「あんたは、知っていたのか……?」
彼はぶつぶつと呟きながら、小さな痙攣すらも無くなった蛾の死体を拾い上げた。
ぼろ、と羽が崩れ落ちて、羽を失った体が手のひらの上に残った。
ばちっ。
また音が鳴った。知っているのだろうか。知っていたのだろうか。これから死んでいく虫と。既に死んでしまった虫と。
……それらは自分が死ぬことを、知っているのか。また、知っていたのか。
それならばもしかしたら愚かなのは、こんな白い光を用意した、『虫』を馬鹿にする『人間』の方では。
誘蛾灯とは蛾などの虫を光でおびき寄せ、水に溺れさせる罠…らしいのですが、此処ではコンビニの前にある白い電灯として登場させてみました。TOP