こん、こんこんこん……
 塵芥ごみ溜めの山を、欠けた硝子瓶が乾いた音を立てて転がり落ちて行った。
 それを蹴飛ばした青年は、黒い眼を瞬かせ、ちょっとだけ笑い、とんとん、と軽やかに山を降りて行く。その足取りに危なげは無く、青年にとってそこは馴染み有る場所なのだと知れた。
「お」
 唐突に青年は立ち止まり、塵芥ごみ溜めの地面を見下ろした。
「死体か」
 男か女か、見た目ではよく解らない。口から血を流し、身体の中身を半ばぶちまけて。地面に足を広げ、塵芥ごみ山に背を預け、何とか座っているように見える。血はまだ乾いていない。
 しかし土や挨に汚れていても、「出す」為に使ったらしい腹の裂傷以外身体に損傷は少なく傷も目立たない。顔も腫れてはいない。
 綺麗な死体だ、と、青年は嗤う。
 どうやら屍は、青年の心を動かすようなものでは無かったらしい。
「高価く売れるかもな」
 そう呟き、もう一度まじまじと見つめる。臓器として売るよりも、その趣味の者に売れそうな。どの道、こう中身が出ていては臓器は使えないかも知れないが、傷は縫合すれば見た目には解らない。
 死体はよく見れば綺麗な顔をしていた。
 何故死んだのかは解らないし、彼は興味が無い。いや。
 弱かったのだろう。それだけだ。
 目を引く顔である。これだけ美しいなら、すぐに目をつけられ嬲られて殺される。多分そう言う死に方をしたはずだ。もしかしたら自分で舌を噛み切ったのかも知れないが。
 青年は少しだけ顔をしかめ。
「……ッ手に、人、売ろうと、すんじゃ、ないよ……」
 声にぼんやり考えたのは、ああ人間とは内臓を引き摺り出されても案外死なないものなのだと言うややずれた思考だった。
 辛うじて口は動いているが、死にかけなのに変わりは無い。今から直そうとしてもすぐに死ぬだろう。
「いやなのか?」
「当たり、前だ」
 声はさっきよりも少ししっかりしていた。
「私の身体は私のものだ」
「死ねば意味が無い。そんな主張は」
 言葉に少しだけ死体、死にかけのそいつは笑った。笑みを浮かべても男か女か解らないのは変わらなかった。
「恐くないのか」
 笑いながら死ぬ時、そう言う奴は大低狂っていた。こいつはそうは見えない。
「恐い」
「なら何で笑う」
「解るんと違うか」
 はは、と、笑い声を上げ、瀕死のそれは喀血する。覗いた舌は少し千切れていた。
「死にたかったのか」
「そんなはずあるか」
「でも舌を噛み切ったんだろう」
「死んだ方がマシと思ったのさ」
「今は違うって言うのかい」
「もう考えても意味は無い」
 軽く言ってそいつは脱力した。目が閉じられるがまだ息をしていた。痛くないはずはなかろうに、痛みで死んでもおかしくないだろうに。
「私の死体燃やしてくれるか」
「あんた高く売れそうなのに」
「嬉しくない」
「そりゃそうだ」
 青年は頷き、
「良いよ、燃やしてあげよう。その代わりオレが火をつけるまで生きていてよ」
「ああ、分かった。有難う」


 青年は少しの間そこから去り、戻ってくると死にかけにガソリンをかけた。「ちょっと間が開いてたから死んだと思ったのに」と言ったら、死にかけは「売られたくないからな」と笑った。
 ぽっとマッチにつけた炎はあっと言う間に広がって、死にかけは周りの塵芥ごみ山もろともごうと燃え上がった。
 わずかに火の中で影が揺らめいて、それから崩れた。
 青年はちょっとだけ微笑んだ。それから炎を前に大きく伸びをして、くるりと背を向け歩き出した。振り返りはしなかった。
 ……蒼い空にふわふわと、一筋の煙が立ち上っている。


短。死体がどうのとかいう話ばっかりです。



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