光の色




 ある画家は純粋な黒と言う色を指して光の色と言ったと言う。確かに動きもしない部屋の中の影は窓から入り込む太陽の光によって作り出されたようにも思えた。黒とは言えないがむら気のない影の色をしていた。それは薄められた闇なのかそれとも影と言うものなのか、解らないがただ、この部屋の静けさを作り出しているのはこの影なのだろうとぼんやりと思う。昼を少し過ぎた頃だろうか、部屋を誰かが訪ねてくる予定はなく、片付けるべき仕事も珍しくない。読みたい本もなかった。空白の時間。要するに、閑なのだった。
 聞こえてくる音と言えば木々を風が揺らす音ばかりで、それとて絶え間なくと言うわけではない。音の消えた瞬間の静けさを強調するだけのものだった。少し前までは昼食を食べる生徒たちの声が聞こえてきていたのだがそれも無い。椅子に座って机に頬杖を突き、静寂の中、世界から切り離されていく感覚を味わう。いや、世界からなど、自分はとっくに除外されていることは理解しているのだけれど、その認識を、改めて噛み締めるのだ。
 そう言う時に不意に蘇ってくる光景がある。自分の中の恋慕を、焦燥を、掻き立てるそれを、縋り付くように目蓋の裏に焼き付けるように身を縮めて感じる。
 あの銃声や爆音や悲鳴の中、一人、立つ少女がこちらを見据えている。
 彼女に手が届くと思う寸前、自分の右腕はもう失われている。脳を掻き回されるような激痛とそれに引き出された恐慌すら、今は愛しい。あの時、あの瞬間、自分と彼女だけの世界に、戦場に、絵画の中に入りたいと望む夢想家のように、戻りたいと説に切に願う。
 それができるから、自分はいつまでもそこから何処へも行くことはできないのだ。赤く染まる闇の中に立ち尽くし、彼女を追っているのか、待っているのか。それは全く、自分には判断できないことだった。




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