ブルー
こいつの行動は気紛れなのか計画性があるのか判断が付け難い。全て計算の上でやっているようにも思えるし、行き当たりばったりにやっていることが全て上手く行ってしまっているようなそんな、気がすることもある。無論後者のような馬鹿げたことがあるはずもなく、この男は何かを衝動的に行うことは少ないだろうとジェイムズは認識している。思い付きを周りに気取らせず、ただ行動を唐突に起こすからそう見えるだけなのだろう。尤も、この男の性質自体は酷く気紛れには違いないのだが。今までの予定をあっさり変えてしまうような……それに周りが翻弄されることを楽しむようなところが、この男にはあるのだ。悪癖である。
もう一人の『兄』であるカールの方も気紛れは気紛れだが、あれはまた色が違う。彼の気分に他人や環境は全く影響しない。カールは基本的には『自分だけ』でいいのである。ソロモンは違う。ソロモンは、自分以外の誰かがいなくてはいけない。要するに、『構ってもらわなくては』いけないのだ。カールは一人で突っ走った結果周りに世話を焼かせる、ソロモンは計画的に周りを翻弄し困らせて楽しむ。その違いである。
ジェイムズが襟元に伸びて来た白い手を認識したのは、その手が彼の服を掴んで乱暴に引き寄せた後だった。思わず呻き声を漏らすジェイムズの唇は、やはり荒々しく塞がれる。ジェイムズは目を瞬き、驚くと言うよりはむしろ怪訝に思いながらキスの相手……ソロモンを見つめた。
(これは気紛れか?)
口の中を這い回る舌に、割かし素直に、腰から背筋に走る寒気とも痺れともつかないような感覚を覚えながら、ジェイムズはぼんやりと考える。深くなっていく口付けに自然に眉を寄せる。ソロモンは目を閉じていた。鼻をくすぐるのは香水の匂いだろう。金色の髪がきらきらと、明かりに照らされて光っている。
ジェイムズはやり場に困っていた手をソロモンの後頭に回した。それからわずかに屈んで、頭の位置を合わせてやる。
ソロモンが目を開いて、意外そうな顔をした。ジェイムズは構わずに、ソロモンと舌を絡ませる。押しのけるようにソロモンの手が動くが、力はこちらが上だ。逃さない。そのままより深く、唇を重ね合わせていく。
――このソロモンから呻き声が聞ける機会などそうあるまい。思いながら、ジェイムズは目を閉じた。
「……参ったな」
顔を離してすぐに、辛うじて口の端に苦笑を浮かべ、吐息のような呟きをソロモンは漏らした。ジェイムズは口を拭い、襟を直しながら無表情にソロモンを見る。
「何がだ?」
「結構、負けず嫌いですか?」
問いに問いで返してくるソロモンは既に常のような微笑を取り戻していた。この男の殻は硬いと同時に柔軟だ。一度は砕いてみせたと思ったが、錯覚だったのだろう。
「何の話か解らんな」
「意表を突いたつもりだったんですけどね。逆に突かれてしまったようです。僕もまだまだ未熟ですね」
呟いて、ソロモンは肩を竦める。乱暴な素振りをみせたのも演出の一つと言うことらしい。だが確かに、この男にしては杜撰な行動に思える。こいつは、こう言うお巫座戯に関しては妥協がない男だと思っていたのだが。
「或いは僕は、貴方が苦手なのかも知れませんねえ」
その言葉が本気であるかどうか、ジェイムズにはどうでもよかった。笑顔でこちらに意見を求めるソロモンを欝陶しげに横目で見遣り、
「用が済んだならさっさと出ていけ。私は、貴様と違って忙しい」
「僕も忙しいですよ。もしかしたら貴方よりも」
そう言いながらもソロモンは踵を返している。が、足を止めて、ジェイムズを振り返り、
「もう一回キス、します?」
「死んでも御免だ」
即答してやる。ソロモンは苦笑を浮かべ、小さい声でつまらないなぁ、と呟き、部屋を出て行った。
嘆息し、ジェイムズは額に手を当てる。その感想、至極結構……ソロモンにとって面白みのある存在になったら我が身の破滅だ。ジェイムズはそう考えている。退屈すらも楽しみに変えようとする悪魔のような強引さと柔軟性がソロモンにはある。
が、一先ず今はまだ、平穏無事な方だろう。
憂鬱には、違いないのだが。
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