ファミリー




 拳銃を手の中で弄ぶソロモンはこちらを見てはいなかったが、少しでも隙を見せればすぐさまこちらの額を撃ち抜きにかかるだろうと言う明るい不穏さを滲ませていた。先程から私はそればかりに気を取られソロモンが窓の外を見遣りさも楽しげに話す様々なことに全く耳を傾けてはいなかった。恐れていると言うわけではない。拳銃でいくら撃たれようとさしたる痛みも感じないし何処に当たろうが瞬く間に再生されてしまうのだから畏れようもない。どちらかと言えば火薬の匂いが染み付きはしないかとか、そちらの方が私にとっては問題で、ソロモンが自分で銃を持ち出しておきながら硝煙臭いと臍を曲げて何かやらかすのではないかと言うそちらの方が心配で憂鬱だった。
 ソロモンは今の所随分機嫌が良いようでべらべらと何か話している(私は右から左へ流していたが) 手には鈍い光沢を持った小さな拳銃。そしてソロモンの拳銃が間違いなく当たるだろう距離に座る私は奇妙で理不尽な緊張を強いられていると言うわけだった。何たる不条理かと思う。だがこの場にソロモンがいてソロモンが話しソロモンが拳銃を握っている限り私に何か口出しする権利はない。いや、何か口に出して文句を言ったとしてソロモンがそれを聞き入れる可能性が微塵もない。だから沈黙しているしかない。真綿で首を絞められているような気分だった。私は一刻も早くこの時が過ぎ去って欲しいと――この男が私の目の前から消えてくれるようにと願うだけだった。何とも情けのない話だが。
「ねえ、カール。僕らはいつまでをこうやって生きていくのでしょうね。自然な死から長らく切り離され、こうしているとまるで生きていることからも疎外されているような気分になりますよ。ただ単に周りと違う、決定的に違うと言うだけなんですけれどね。それだけのことがこんなにも寂しいだなんて、想像できました?」
 ふと意識した言葉に引っ掛かりを覚え、私はソロモンの方を気味の悪いものを見るような思いで見遣った。ソロモンの表情は先程までと何等変わるところがなくそれが私には嘘寒い。私はソロモンが私の答えを待っていることは分かっていたが、何も言うことはできなかった。戦慄さえ、覚えていた。
「カール?」
 我に返ったのはソロモンがこちらを見てそう問い掛けて来た時だ。私はソロモンを見詰めたままぼんやりと口を開く。
「……寂しい、だと?」
「そうです」
 ソロモンが何と言うことのないように頷く様を見て私は反射的に笑みを浮かべる。顔が引き攣ったのとそう変わりないが、ソロモンはいつもの微笑を返してきた。銃からは意識を外している、ように見える。私は、安堵の息を吐き出しかけて堪えた。
「カールは寂しくありませんか? 此処に、存在し続けると言うことは。僕らは既に人間なら老齢と呼ばれる程に年を重ねていますが、未だに変わらず、これからもずうっとこの姿のまま……それは、寂しくありませんか?」
 首を傾げ問い掛けてきながらも、ソロモンはそれが愚問だと言うように苦笑する。私は正しくそう考えていたので……ソロモンに考えを見透かされているのが癪ではあったが……鼻で笑って見せる。
「そんなことがある訳が無い。私たちは一つの目的のために騎士となったのだ。それを果たしもしない内に、寂しい、等と」
「僕も普段はそんなことは全く感じないんですけどね。カールが傍にいて、兄さんがいて……ディーヴァは、眠りにつけば少しの間、会えなくなってしまいますけれど……でも、目覚めればまた共にいられる。僕はこのユニット自体は本当に気に入っているんです」
 ソロモンはらしくもなく早口にしかし考えながら話しているのか時折視線をちらちらと泳がせながら喋り続けている。私はソロモンを胡乱な目で見た。私の知る中では、この男はこんなにも安定しない話し方をしたことはなかった。
「家族、と言うのが適切でしょうか、ディーヴァを中心とする擬似的な家族。カールは目的を果たすために僕等シュヴァリエがいると言いましたけど、でも僕はそれは、ディーヴァの寂しさから生まれたような気がして」
「ディーヴァは、寂しいから、私たちシュヴァリエを作り出したと?」
「だから僕は寂しくなってしまったんです。寂しさを癒すために自らに似た存在を作り出したところで、果たしてディーヴァは本当に満たされるのだろうかと。そして僕等も……」
 ソロモンはそこで言葉を切った。私は沈黙する。ソロモンの語る言葉は大抵が虚言か、戯れ事か、そのどちらかだとは解っている。けれど。
 ――ディーヴァ。
「もし本当にお前の仮定が正しいとするなら」
 私の声は何か、憮然としていた。
「――やはりその勤めを果たすだけだろう。ディーヴァが寂しいと言うなら、それを埋めよう。
 私たちが寂しさなど感じるはずなどない。私たちには、ディーヴァがいるのだから」
 そこまで言い切りソロモンを見ると、何故か奴はにこにこと胸糞悪い微笑を浮かべてこちらを見ていた。足音も立てずこちらに歩み寄り、顔を覗き込むように身を屈めて首を傾げる。
「カールは本当に、いい子ですねえ」
「な」
 あまりと言えばあまりの言い草に私が言葉を返しかけると、額に何か冷たいものが押し付けられた。何かはすぐに察せる。私は息を呑んで何処までも透徹としたソロモンの翠瞳を見返し、
 ガチン、と言う音は酷く間抜けに聞こえた。
「……は?」
 ガチガチガチ、連続して虚しい金属音が響き渡る。私は身体をわななかせてソロモンを睨んだ。何て滑稽な、これは――
「ソロモン……」
「護身用の銃と言うのは、撃たないのがやはり最善だそうですよ。知ってました?」
 笑顔を浮かべるソロモンの吐く言葉はあまりにもどうでもいい。どうでも良すぎる。私は怒りに目が眩みそうだった。
「中身の無い銃か」
 それでも震える声で返事を返す。我ながら殊勲ものの自制心だ。本当なら八つ裂きにしてやりたかった。
「貴様そのものだッ。見てくればかりで、実が何も入っていないッ」
 叫ぶ。ソロモンはきょとんとした顔でこちらを見――何故か満面の笑みを浮かべた。
「心配しないで下さい」
「何がだッ」
「僕はカールが傍にいて、幸せです」
「何でだッ」
 ソロモンはにこにこ笑うばかりで何も答えては来なかった。意味不明だ。やはりこいつの言うことなど、まともに聞くものではなかった。




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