夢を見る従僕の
何故うまく行かないのだろう。何故彼女は自分のことを真っ直ぐに見詰めてくれないのだろう。何故彼女は覚えていてくれなかったのだろう。彼は首を傾げ、考える。考え、続けている。
重い右腕の付け根、接合部をなぞるように撫で、力を篭めて押さえる。浸みるような痛みは、思考を掻き乱しクリアにはしてくれない。だが彼はそこを握り締めるよう、骨が軋む程に強く掴んでいた。疑問は際限無しに浮かんでくる。けれども何一つ答えは提示されなかった。視界も思考も混乱で回るようだった。
彼女と再会できた喜びと、彼女が自分を記憶していなかった失望。頭が熱に浮かされたようなのに芯は冷えている。
「……小夜」
呟いてみる。当然答えは返ってこない。彼女は此処にいないから。いや、彼女が此処にいたとしても、彼女は応えてはくれないだろう……彼女は覚えていないからだ。三十年以上自分は待った。けれど、その間に彼女は全てを忘れていた。同じ赤い瞳を刹那だけ見せた。だがすぐに、ただの人間の少女のようになってしまった。自分の知る彼女は、霧散してしまった。
(こんなことだったら)
三十年前周りの反対を押し切ってでも小夜を探しに行くべきだったのだ。そうすべきだった。それなのに、自分は待ってしまった。三十年も、こんなところで彼女を待ち続けていた。どうして……
(ディーヴァ)
そう、ディーヴァだ。
眠りについたディーヴァのことを任されたから、自分はヴェトナムを動くことができなかった。三十年間ディーヴァの傍で彼女を待ち続けるしかなかった。ディーヴァの、 ディーヴァのせいで、……彼はそう考える。
彼が今まで考えてもみなかったことだったし、考えてはならないことだった。彼はそのディーヴァを護るための存在であり、ディーヴァに忠誠を誓う兄弟の一人だった。
彼はその思考の異常さに気付かなかった。
「小夜」
彼は小さくその名を紡ぎ、肩に爪を突き立て、食い込ませていく。強い痛みは思考を飛ばす。彼は身を縮め膝を抱えて、流れ出す血を感じながら震えながらゆっくりと目を閉じた。零れ落ちる涙を拭うと言う考えは沸かなかった。
「小夜……」
……血のように赤い瞳が、瞼の裏に焼き付いている。彼女は、いる。ただの少女の身体の奥に魂の奥底に眠っているだけだ。揺り起こして、やらなければ……
微睡む。薄目を開けば視界の端、義手を流れ落ちていく赤い液体を見た。彼は目を閉じ、束の間の眠りの中へ落ちて行った。
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