カード・ゲーム




「カール、やっぱり貴方カードゲーム向いてないわよ目茶苦茶解りやすいもの」
「解りやすいとはどう言う意味だ」
「顔に出てるのよ……、一喜一憂まさしくそれね。馬鹿にしてるわけじゃないのよ? 私は親切で言ってるの。だって考えてご覧なさいソロモンやアンシェルだったら貴方のことを延々カモにしてるとこよ」
「……そんなに解りやすくないぞ。私は」
「あ、ほらまた。ダウト」
「……ッ!……」
 ネイサンの白い指先がカードの一番上をめくって返した。ハートの7はすぐにまた裏返され、カードの山がカールの方へ押し出される。カールは渋い顔をして山を受け取って手札に加えた。対してネイサンの手札は残り少ない。
「ッネイサンお前……この時もか!」
「あら見直して責めるなんて陰湿ゥ。大体これは嘘をつくゲームなんだから褒められこそすれ怒鳴られる筋合いはないわよ?」
 手元に来た札の順序を確認し、非難めいた悲鳴を上げるカールに向かって、白々しい口調でネイサンが言う。
「ネイサン貴様ッ……」
「いい加減にしろ」
 思わず声を荒げたカールの声に被さったのは、低く紡がれたジェイムズの呟きだった。
 机に向かって何やら書類に書き付けていた彼は、がたんと音を立てて立ち上がり、部屋の隅でカードゲームをやっていたネイサンとカールを睨み付けた。
「貴様ら、どうして私の部屋でそんなものをやっている。……大体、それは二人でやって楽しいのか?」
「4、ハイこれで上がり」
「ダウ……」
「心配しなくてもこれはちゃんと4よ、ほら」
「……」
「ちゃんと計算しないとねェ。いつまで経っても上がれないでしょ」
「私を無視するな!」
 声を震わせて、ジェイムズが怒鳴る。
 カードをまとめながら、ネイサンは視線だけジェイムズへ向けた。口の片端をわざとらしく吊り上げて笑いながら、
「別にいいじゃないのよ。殆ど使ってない部屋なんだから」
「今は使っている」
 冷めた口調のネイサンに、多少声を落ち着かせてジェイムズは答えた。ネイサンはそれを鼻で笑って、ジェイムズの向こう、彼が今しがたまで座っていた机を指し示す。
「だから、机しか使ってないじゃない。いえ、貴方がこの部屋で使うのって、大体ベッドとその机くらいでしょ。それを私たちが有効利用して、何が悪いって言うのよ」
「邪魔だ、と言っているのだ。それ以前に不毛なカードゲームの何処が有効利用だ」
「じゃあ貴方も入ってよ」
「私は仕事をしているんだ!」
「やーだ男のヒステリー? 恐ァい」
「ネイサン……!」
 怒りに身を震わせるジェイムズを、馬鹿にするようにネイサンがクスクスと笑う。噛み合っているようで噛み合わない会話を繰り広げる二人の弟の横で、カールは欠伸を噛み殺した。彼には会話の内容よりも、いつまで経ってもまとまらないカードの方が正直気にかかる。
「……ネイサン、ジェイムズと話しているのなら私がカードを切るぞ」
「あら、じゃあよろしく頼もうかしら」
「カール! 貴様今まで何を聞いていたんだ!」
「カードゲームの話よ。ねェ、カールお兄様?」
「貴様らなァ……!」
「――おや、トランプですか」
 そろそろ怒りを堪えるのが不可能になって来たジェイムズの耳に届いてきたのは、場違いにのんびりとした声だった。三人が一度に沈黙し、声の方へ目を向ける。
「あら、いらっしゃいソロモン」
 カードの山をカールに引き渡し、ソロモンを見遣ってネイサンが笑った。ドアを後ろ手に閉め、ソロモンはカールが整えるカードを見ながら、三人の方へ歩いてくる。
「貴方も入る? カールと二人じゃすぐ勝負が着いちゃうから、ちょっぴり飽きて来たところだったの」
 カードを切るカールを手で示し、ネイサンが首を傾げてソロモンに問い掛けた。ソロモンが思案げにそうですね、と呟く横で、カールがブスッとした顔を作り、カードの山をやや乱暴に置いた。
「馬鹿にするな。……次は勝つ」
「次は何がいいかしらねェ。このメンバーでダウトをやったら大惨事になりそうだしね……」
 そのカードを取り、ネイサンは思案げに呟いた。意見を求めるようにジェイムズを見る。
 ジェイムズは考えるように顔を俯かせ……不意に顔をしかめた。何故、自分が次のゲームについて真剣に考えねばならないのか。
「……私は出ていけと言ったはずだが」
「私は、貴方も混ざってって言ったわ」
「だから、私は仕事中だと言っている……」
「まあまあ、いいじゃないですか」
 苦笑を浮かべてソロモンが口を挟む。ジェイムズの険悪な視線を見返し、彼は腕を広げて肩を竦めてみせた。
「たまには息抜きも必要ですよ、ジェイムズ。――それに此処でこうしていたって、いつまで経っても仕事になりませんよ」
「そうそう。それとも、負けるのが恐いなんて言うんじゃないわよねェ、ジェイムズゥ?」
 ソロモンの言葉に頷きながら、ネイサンがわざとらしい挑発をジェイムズへ。ジェイムズはそれを安い挑発だと鼻で笑いながらも、置かれたカードの山を手に取った。
「――いいだろう、付き合ってやる」
 低く紡がれた宣言に、ネイサンが満足げに笑う。
「そう来なくっちゃね……じゃあ、何にする? ハーツ? それともナポレオン?」
「シンプルにババ抜きなんかいいんじゃないでしょうか。久し振りにやりたいです」
「……いや、シンプルなら」
 黙りこくっていたカールが、ジェイムズの手の中のカードを見ながら、ポツリと呟いた。
「インディアン・ポーカーだ」
 沈黙。
 それまで殆ど口を開かなかった五男の提案に、他の三人はそれぞれの表情で押し黙った。インディアン・ポーカー。何ゆえに、どんな考えの下で彼の唇からその名が紡がれたのか。
「……それって、どんなゲームです?」
「ポーカーの一種だ」
 一人知らなかったらしい、胡乱な顔をして問うソロモンに、ジェイムズが説明になっていない説明をする。
 それは流石に解りますよ、と呟いたソロモンに目を向け、ジェイムズは手の中のカードから一枚を取ると、自分からは見えず周りには見えるようにそれを額に当てる。
「こうやって、相手の手札は見えるが自分の手札は解らないと言う状態で勝負を受けるかどうか決める。勿論エースが最も強く、2が最弱。――これなら、時間も取らんな」
 いい提案だ、とばかりに頷いて、ジェイムズはカードを元に戻した。自分の部屋に会した兄弟を見回し、僅か口の片端を吊り上げて、
「……大の男四人が、額にカードを当てて顔を突き合わせると言うのも、間抜けな光景ではあるがな」
「それがいいんじゃない! 点数付けてやりましょうよ。勝ちは一点、負けはマイナス一点、勝負から降りたら零点でどう?」
「成る程――これって、相手の手札について何か言っても構わないんですよね?」
「むしろそれがメインなんじゃない? また大変なことになりそうではあるけど……ジェイムズ、ムキにならないようにね?」
「何故私に言う。カールに言え。カールに」
「私だって別にムキになったりはしない……」
「まあ兎に角、始めてみましょうよ。ジェイムズ、紙とペンあります?」
「ああ、今持ってくる」
 ジェイムズは頷いて、カールに持っていたカードを差し出した。目を瞬いてジェイムズを見上げるカールに向かって、
「カードはお前が切れ、カール。――他の二人に任せると何をするか解らんからな」
「人聞き悪いわねえ。別に何もしやしないわよ……まあ、カールがカードを切るのは賛成だけど。ねえソロモン?」
「ええ、そうですね、ネイサン」
 笑顔で牽制し合うネイサンとソロモンの間に挟まれ、怪訝な顔をしたままカールはカードを切り始めた。戻って来たジェイムズが紙に四人の名前を記して線を引き、彼らはようよう、騒ぎながらもゲームを始める。

 一時間後、通り掛かったディーヴァが、カードを額に当てて険悪に腹の探り合いをする兄弟たちを見つけ、爆笑を浴びせることなど、今はまだ誰も予想できないことだった。




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