ジェイムズはネイサンに気を許している。
 ……などと言えば、カール辺りは顔を顰めて目か頭を診てもらえと辛辣な言葉を投げ掛けてくれるのだろう。誰が見ても彼らは仲が悪い。と言うよりは、ジェイムズがネイサンを一方的に嫌っていると言った方がいいだろうか。彼らの間にある空気は大抵険悪だ。僕だって彼らが水魚の如く親密だとは思っていない。ジェイムズはネイサンを胡散臭い男だとか信用できないとか頭では考えていることだろう。
 けれども、それでもジェイムズはネイサンに気を許している。嫌っていようと仲が険悪だろうと、そこに緊張はないからだ。
 長く付き合って来たこともあるのだろうが、ジェイムズはネイサンに向かう時身構えない。勿論、べたべたと触れられれば怒るけれど、それは彼があまり他人との接触を好まない性質の男だからで、緊張の表れではない。――ネイサンが他人との距離を詰めるのが上手い人だと言うのもあるだろうけれど、あのジェイムズが他人に対して警戒を抱かないなんてことがあるのだ。不思議に思った。よりによって嫌っている相手に対して……いや、もしかしたら嫌っているわけではないのかも。何だかんだ言いつつも彼らはまめに連絡を取っている。ジェイムズは几帳面だからともかくとして、ネイサンにいつも連絡できるものはジェイムズくらいだ。
 ともあれ、彼らを見ているのは楽しい……だが振り返ってみると、少し憂鬱になる。
 そこには僕がいる。
 僕がいて、俯いて身を強張らせている。ちょうどカールが時折僕に対してそうするように、押し殺した怯えを示している。――そう思うと、僕は激しい自己嫌悪に襲われる。思考が止まり吐き気すら込み上げる。息を詰めてそれに耐え顔を上げる僕の、目の前・・・に立っているのは、
「ソロモン」
 僕の背を震わせる声、僕を支配する声が僕の名を呼ぶ。僕は止めていた息を吸い込んで吐き出す。吐息は震え、僕の畏れを伝える。
 僕は笑みを浮かべ、その人へ向けて、
「はい、兄さん」
 従順に答えを返した。偉大なる長兄へ。どうして僕が畏れているのかその理由も解らないまま。頭の中で何か渦巻く思考は何一つ形にならず僕はただ兎のように怯えている。どうして?
 そんなことは解らない。何に対する恐れかも解らない。いつからこうなったのか。いつからこの人と同じ空間に居ることがこんなにも恐くなったのか。彼の顔が見れて声が聞けることが嬉しいのに。嬉しいのに。……
 その視線が逸らされることを怖がるのか、その目が僕を捉らえていることを怖がるのか。
 彼が僕の名を呼ぶのを恐れるのか別の名を呼びはしないかと恐れるのか。
 解らない。僕の思考は停止している。或いは堂々巡りを? ただ言えるのはあまりに自然にその言葉が浮かぶと言うことだ。――僕は彼を愛している。もしかしたら、それ故に僕は彼を畏れている。
 伸びてくる手に僕はゆっくりと目を閉じた。触れられることすら素直に嬉しいのに、僕が瞼の裏に描いたのはネイサンの手を乱暴に払い除けるジェイムズの姿だった。

 ……ああきっと、僕は羨んでいるのだ。




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