自分の首から好ましからざる音が聞こえているのをカールは人事のように聞いていた。
首に絡みつく白い指はひどくしなやかなくせにどれ程力を入れても離れることはなかった。身を突き抜けるような激痛が走り意識が飛びそうになるがその激痛ゆえに意識は引き戻される。再生する骨と砕けていく骨の擦り合うきしきしと言う感触が喉の奥でしていた。それだけが妙に現実味を帯びていた。喉から迸る自分の絶叫すらもカールは知覚できていなかった。ただ、痛い。そして骨の擦れ合う感触と、
(……笑……う、か)
カールの首を絞めながら、カールに手首を骨が露出する程に強く爪立て掴まれながらもそれでも、穏やかな微笑を浮かべてみせる「兄」の顔が、意識にはある。
血が流れているのだ。傷口をさらに爪で抉られている。皮は破れ肉は割られ骨は軋み、それでも、ソロモンは微笑っている。
浮き沈みを繰り返す意識の中、その中で酷くクリアな激痛から気を逸らすためにカールは相手の顔を見つめていた。淡い金の髪が明かりに照らされて煌いているのが、見えた。それはぼやけている。
「……何が望みだ!」
カールは絶叫した。カールの頭の中だけのことで実際は言葉になどなっていないただの喚き声だったが少なくともカールはそのようなことを叫ぼうとしたのだった。一度目を閉じて涙を払い、カールは目を見開いて相手を睨み付けた。ソロモンの笑みは硬直しているように見えた。或いはカールの視界が歪んでいたのか。カールは歯を食い縛り、それから、
「何のためにこんな真似をする。こんなことでお前は安らぐと言うのか、そんな」
「カール」
首をぎりぎりと締め付けたまま鼻同士をぶつけるようにしてソロモンは笑みを歪めた。端正な微笑は不穏な色を滲ませ獣のように獰猛だった。カールは咳き込むように言葉を止める。血が口から溢れ出していた。
「――本当に僕は酷いことをしていますね。貴方を殺すこともできないのに。徒に苦しませるような真似ばかりしている」
「心にもない言葉を吐くな……怖気が、する……」
「壊してしまえればよかったなぁ」
再生の追い付く限り翼手にとって致命的な傷と言うものはない。意識は言葉を吐き出すことではっきりと現実に還ってきていた。痛みだけが強く身体を責め苛んでいた。指が肉を抉り内に潜り込んで来る感覚。骨に爪が立てられる、電撃の走るような痛み。
「ああ……何て無様な生物なんでしょう!」
歌うようにソロモンは言った。それは生物として括る限り自分にも適用される台詞なのだと、ソロモンは恐らく理解した上で――誰よりも! 強く理解した上でその言葉を吐き出していた。同病相憐れむなどと言うものは擦り付けるものではないだろうとカールは思う。そんなものをこの男と分かち合いたくはないと思う。それでもソロモンとカールは同じ生き物なのだった。それでも、
「……物が」
カールはそう罵らずにはいられなかった。
「……化物が……!」
声にならない声だった、破壊し続けられ再生し続けるのどは声を発するまでは回復できてはいなかった。それでもカールははっきりとソロモンを睨み付け、忌々しげに叫んだ。
ソロモンが常にない爆笑をこちらへ浴びせかける頃にはカールはようやっと気絶することができそうだった。彼は積極的に
そうしようと試みていた。
やがて世界は遠のいていく。
赤い血の臭いだけがしていた。
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